40 決戦!
校舎で衛兵の声がした俺は、すぐに脱出を試みた。俺を捕まえようとしている衛兵たちが、俺が中にいることを知っているのであれば、当然出口は封鎖しておく。
だったら簡単なこと。窓から飛んで逃げよう。
俺は「身体機動」で夜の空中散歩と洒落込んだ。
下を見ていると、衛兵達が次々と校舎に入っていくのが見えた。その中に、なんとバルザックの姿もあった。
なんてこった、総動員じゃないか。
そのまま静かに空を通りこしていくと、怪しげな馬車があった。無視して通り過ぎようとしたが、大勢の衛兵がいそうな割には馬車は一台しかない。
もしかしたらバルザック用のものかもしれない。
入り口に2人見張りがついていた。このまま逃げても埒が開かないし、万が一バルザックの弱みでもあるなら掴んでおきたいところだ。
俺は2人の背後から舞い降りて、フライパンだったもので殴りつける。だった物、というのは『形状』→《対象物を変化》で、細長い円柱方に変形して持ち運びやすくしているからだ。先端は金属製、持ち手は木製、まるでサイリウムだ。
扉を開けると驚いたことに、変な鎖のような物で縛られたロズカの姿があった。
俺はバルザックのことを心の中で毒づいた。
女の子を鎖で縛って監禁してるなんて、このヘンタイ! スケベ親父め!
「今、助けるね」
背中側には大きな錠前がついていて、中央に鍵穴が空いている。これを開ければいいのか。
とりあえず、さっき殴って気絶させた2人の衣服を探ってみる。
しかし、残念ながら鍵は見つからない。持っているのは監禁ヘンタイオヤジのバルザックだろう。
「アタシは大事な人質だから何もされないと思う。だから、無理そうなら君は1人で逃げて」
と、そんなつれないことを言うロズカ。
「何を言ってるんだよ。馬車を使って逃げれば、ロズカも一緒に逃げられるよ!」
「君、免許持ってる?」
「免許なんて今は気にしてる場合じゃないって」
急いで前方の御者台に乗り込んで、馬の手綱を握った。しかし馬は動こうとしない。御者台に座ったときに膝あたりにくる位置、ちょうど車でいうサイドレバーのあるあたりに謎の装置があることに気がついた。
「免許がないと馬車って動かせない。安全装置を免許を読み込ませて外さないとダメ」
俺はさっき倒した護衛二人に目をやった。どっちかは、運転手なのではないだろうか。
「免許だけあっても本人の魔力認証をしないとどっちみち無理」
俺は、台から降りて、馬の左右の側面についている槍のような杭を見つけた。これが地面に刺さっているから動かないんだ。俺は、力一杯引いてみたが、杭はびくともしない。当たり前か、馬の力で動かないくらいでないと意味がないのだから。
今度は杭にカーソルを合わせ、『移動』や『形状』を試す。
だが、動物である馬と触れている固定具には魔法は使えない。
「もういい。逃げて、いいから」
「絶対助けるよ。俺、ロズカに今まで何度か助けてもらったから。だから、今回は俺が助けないといけないんだよ」
馬車で逃走するアイディアを切り上げて、ロズカを連れて逃げることに切り替える。
ロズカを縛っている拘束具は引っ張ってもちぎったりはできそうもない。当たり前か、そんな簡単に切れる拘束具なんて意味ないもん。
リュックの中を探る。これはどうだ?
俺が取り出したもの、それは『土魔法』の授業で扱った粘土だった。モンドー先生が手渡してくれた粘土。
ロズカを拘束している錠前の鍵穴は比較的大きい。俺は粘土を鍵穴に詰め込んでいく。
「何……してるの?」
「頼むよぉ……うまく行ってくれよ……」
粘土を指でどんどん中に詰め込む。焦るとうまく中に入らず、はみ出してしまう。
正確に、できるだけ早く。
これ以上は入り切らなそうなところで俺は、粘土にカーソルを合わせる。
『仕事量』→《熱》→「一点集中」
粘土の持っている熱を一点に集める。それはすなわち、一時的に粘土の持つ熱量が減るということだ。
粘土は土と水からできている。
つまり、温度が下がり切れば、凍り付くということだ。
「いってくれ…………よいしょお!!!!」
俺は鍵穴に入り切らなかった粘土を持ってぐるりと回転させた。粘土は驚くほど冷たかった。
モンドー先生が後ろから背中を押してくれているような気がした。
カチッ
錠前は解除され、拘束具は外れた。
「よし! 行こう!」
ロズカの手をとって馬車を飛び降りた。
これで逃げられる、そう思った時だった。
「結界魔法 第四の型『球』」
俺とロズカを包み込むような半径2mくらいの球体の膜が現れる。半透明な美しい幾何学模様。魔法戦闘訓練でロズカが使った結界魔法だった。
直後、眩しい光の塊が結界に衝突する。
周辺を照らす光は数秒間結界にぶつかっていたが、消え去ると再び夜の暗黒が舞い戻った。
危なかった……ロズカの結界魔法がなければ、あの光が直撃していたことだろう。
「さすがは、ローディー副支店長の自慢の一人娘。強固な結界魔法だ。それに私の攻撃を事前に察知する感覚の鋭さ、有望、有望」
「…………バルザック!!」
学校へ俺を探しに行ったはずなのにどうして……。
「なんとなく予感がして戻ってみれば危ない危ない、逃げられるところだった。それにしてもルナット君はどうやって私の敷いた包囲から抜け出したのかなぁ? 出入り口は全て封鎖しておいたはずだったんだけどなぁ」
「空を飛んできたんだよ。窓からね」
「へぇ、すごいね。上級『風魔法』の「身体機動」を扱えるのかい。今時の学生はレベルが高くて嫌になるねぇ。じゃあ、ロズカちゃんの拘束具はどうやって解いたの?」
「おしゃべりが好きなんだね」
「はは、歳を取ると口数が多くなるのさ」
バルザックは詠唱を唱え出す。
すると、彼の周囲に球体の光の球ができてきて、それが徐々に強い光を発し始める。
「おじさんの魔法にさ、ロズカちゃんの結界、どれくらい耐えるか試してみようかぁ」
光球から発せられた熱光線がバルザックの指の動きに合わせてこちらに向かってくる。いや向かってくると認識した瞬間には結界に攻撃は届いていた。光の速度など目に追えるはずもないのだ。
これだけ速い攻撃では、結界から飛び出して、グレイオス戦の時のように攻撃を「身体機動」で避けながら戦うのは無謀そうだ。結界から出た瞬間に狙い撃ちにされて終わりだ。
ロズカは、結界魔法の維持で手一杯の様子だった。前に模擬戦闘で他の生徒を相手にしたときは彼女のこの結界はびくともしていなかった。しかし、バルザックの魔法は明らかに攻撃力が違っていた。
守りはロズカに任せて、攻めは俺がするしかない。
そこらへんの小石を試しにぶつけてみるか?
いや、嫌がらせ程度にしかならない、そんな攻撃じゃダメだ。
そうだ。こんな時のための「転移魔法」じゃないか。
自分が攻めていると思っているバルザックの背後にワープして、後ろからサイリウム型フライパンで殴りつけてやる……!
『魔法陣』→《魔法陣の設置》→「空間に固定」を繰り返して自分がちょうど真下と、バルザックの背後すぐそばにそれぞれ魔法陣を設置。大丈夫、そこならバルザックの死角になってるはず。
次に、『魔法陣』→《陣内の物体を交換》を選択して、魔法発動!
測ったところ、「転移魔法」は魔法陣が光り始めてから3秒ほどで術が発動し、魔法陣の上の空間にあるものが入れ替わる。
3……
俺は、バルザックを睨みつける。見てろよぉ……今モンドー先生の敵討ちしてやる! 峰打ちだけど覚悟しろよ……。
2……
バルザックの熱光線の魔法は彼の指の向きに合わせて勢いよくロズカの結界に当たっている。
結界を壊すことに執心している。大丈夫だうまくいく。
1……
……なんだこの違和感? サングラス越しの視線が動かない。
まるで何かのタイミングを測っているように……。
0……
「待って!」その瞬間、バルザックは指の向きを素早く変え、発動しかけていた魔法を、すぐ近くの魔法陣に…………俺の転移先の魔法陣に合わせて狙いを変更した。魔法陣が光り、「転移魔法」が発動する。驚くべきことに、バルザックは転移を読んでいたのだ……!そして、魔法陣に向かって攻撃を放てば、ゼロ距離となり、避ける方法など存在しない。
バルザックは首を一切動かさないまま魔法の向きを操作して、いきなり背後の魔法陣に熱光線を放射し…………地面を焼き尽くした。
危なかった……。
ロズカに手を引いてもらって魔法陣から出ていなければ、今頃は転移した先でバルザックの魔法に貫かれていたことだろう。
「ロズカちゃんはやっぱり勘が鋭いね。まあ、作戦がお粗末すぎるんだけどさ。
ルナットちゃんさ、『転移魔法』を教わった師匠から聞いてないのかい? 距離を積めるのに『転移魔法』を使うのは愚策だって。経験を積んだ相手なら、感覚で魔法陣の位置を察知するから、的になるだけだってさ」
そうだったのか……。悔しいが、やつの言うことは正しいのだろう。俺は気がついた時から色々な魔法が使えるが、使い方や注意事項を教えてくれる師匠はいなかった。
「ルナット・バルニコル、ホントわけわかんないよね、君。 ただの社会の役に立たないゴミ不良だと思っていたら、記憶喪失になるし、そうかと思えば「身体機動」の次は『転移魔法』を使うなんてさ。全く、どうなってるのか教えてほしい」
「秘密! お前なんかに教えることないし!」
実際は俺も自分のこと何もわかってないんだけどね。
「まあいいや。続き、いこっか」
再び、バルザックの光線がロズカの結界に直撃する。当たった時の振動で球体の結界が振動する。
冷静になれ、俺。
そうだよ。何を焦ってたんだ。
強行突破なんてらしくなかった。
こういう時に俺がするべき行動は決まっていたじゃないか。
それがうまくいかなかったときは、その時だ!
「ロズカ、もう少し我慢してね」
「何か、手があるの……?」
俺は背負ってるリュックを下ろし、上部分を開く。
内側の背中部分に細工を。
よし、『転移魔法』発動!
今度の魔法陣は、バルザックの真上に発動。
「『転移魔法』は攻撃手段じゃないっての。学ばないねぇ」
バルザックのいたところの真上に転移したのは、お米一袋くらいの大きさの袋。
魔法陣を目視したバルザックは、一度光の魔法を解除し、すぐに距離を取っていた。動きながら魔法を使うことはできないようだった。
落下してするものの、そのままでは距離をとっているバルザックには当たらない。
それで構わない。
俺は『移動』→《自由移動》で、袋を思い切り下に叩きつける。
白煙、いや細かい粉末が空中を舞い、視界を遮る。
一気に袋から飛び出した白が、霧のように広がる。
「ゴホゴホ……煙幕か。この間に逃げるって魂胆かい? させないよ、その前に______
魔法を発動させようとしたのが、煙越しに届いた微かな光で見てとれた。
そして…………
______ドゴーーーン!!!!!!
バルザックの言葉に被せるように爆音がする。彼は手を誤った。爆発に巻き込まれたのはバルザック一人で、俺とロズカは結界によって守られた。
煙が落ち着いて、視界が明瞭になると、ボロボロの服装のバルザックが血だらけで倒れていた。
ロズカは突然の爆発に一瞬怯んだが、好機を逃すことはしなかった。我に返ると結界を解き、バルザックに近づく。
一体何をするのかと思いきや、彼女の手にはさっきまでロズカを縛っていた拘束具が握られていた。
さすが、詰めがしっかりしてますね。いや、ちょっとした仕返しのつもりかな?
魔法と身動きを封じる魔法器具に拘束され、この街の権力者バルザック・ウォルスは身動きが取れなくなった。
これで、俺たちの勝ち…………なのだろうか。




