4 異世界の野生動物
エビィーたちに案内してもらって俺たちは下山していった。
エビィーとは意気投合していたが、いまだに妹のイェーモからは嫌われてるのか、警戒されてるのか、怖い顔でこっちをじっと見てくる。
ひそひそ声でエビィーに聞いてみる。
「なんかイェーモ、俺に怒ってる?」
「怒ってはないだろww」
「でも、話しても素っ気ないし、睨んでくるし」
「ルナットのことが気になってんだろwww」
「えっ! モテ期到来!?」
マジでか……。今までモテたことなかったから知らなかったけど、確かに好きな相手に素直になれない、みたいなツンデレ展開はよくあるもんなあ。漫画で。
「けど、モテると、あんなおっかない目で睨んでくるもの?」
「モテたことねぇからわかんねwww」
「それな〜」
ちょっと気まずさを感じながらも、歩いていったところで俺の鼻は何かを感知した。
心地よい甘い香りがこの辺りに漂っていることに気が付いたのだ。
「匂いの強い花かなぁ? お腹空いてきた」
洋菓子を彷彿とさせる芳しい香り。一体どこから……と視線を動かしていると、1匹の黄色と黒のシマシマ模様にささくれ立った棘のような突起を何本もつけたトカゲが、木にとまっているのを見つけたのだ。
「何あれ! 何あれ! めっさシマシマじゃん! トゲトゲじゃん! うおぉお!」
可愛らしくもユニークな見た目のトカゲに、ついテンションを上げてしまう。
俺は生き物が好きなので、前世でもちょっと珍しい動植物を見かけると、好奇心がとまらなくなる。
それが、異世界の動物となれば、最高に心惹かれる!
前世の俺は、生き物が好きだった。というか、極端に理系に興味と学力が偏った理系男子だった。
理系男子というとメガネをかけて、落ち着きがあり、ロジカルに物事を考える利発そうなイメージをいだく人がそれなり数いることだろう。
だが、裸眼で、落ち着きのなく、周りからはアホと呼ばれ、興味を持った自然科学にだけは謎に強い理系男子というものも決して少なくない。
俺は僭越ながら後者のタイプだ。
そんな俺が、この世界に生息する、生き物たちの話を聞きたくない訳がなかった。
「ああ。あれはアメトカゲだよ。こっちの方の森にもそれなりにいるし、それほど珍しい生き物でもないけど……」
意外なことに、答えたのは妹のイェーモだった。
「雨トカゲ!? 雨の日に現れるの?」
「いやそうじゃなくて……」
「じゃなくて!?」
「……飴のような甘い匂いをさせてるからアメトカゲ。エサとなる昆虫を匂いで引き寄せて捕食するんだ」
イェーモは、目をそらしながらも、次第に饒舌になりながら説明していった。
現実世界にはそんな生き物いなかった。
面白い……面白い!
確かに花は匂いで虫を引き寄せたりするけど、動物で獲物を引き寄せるのは聞いたことがない。カメムシやスカンクなど、攻撃手段として臭いを撒き散らす動物はそれなり数いたけど。
俺はワクワクしながら、イェーモに聞いた。
「でもさ、そんなことしたらアメトカゲにとっての天敵に、鳥とかに簡単に居場所を見つけられちゃうんじゃない?」
そういいながら、俺はトカゲの背後からゆっくり忍び寄り、捕獲しようとしていた。少し焦げ臭い匂いがし始めた。構わず、抜き足、差し足、忍足で近づく。
「やめた方がいいぞwwwww」
何やらトカゲを捕獲しようとする俺を見ながらニヤニヤとニヤついてる兄を横に、イェーモは口が滑らかになって早口で語り出した。
「ア、アメトカゲは、確かに天敵に見つかりやすいけど、食べる側もリスクがあるんだよ。アメトカゲには特別な器官があって、アメトカゲを食べた生き物はそのせいで死んでしまうこととかもあるんだよね。その特別な器官っていうのが……」
そして、トカゲに触れようとしたその時……。
バチン!
何もないところに光の線が走り、手が痛みを感じる。
「うわっ! 何何何!?」
アメトカゲはすぐに木の上へと逃げてしまった。
「発電器官。天敵に食べられると強い電気を発するんだよ。あんまりにも強い電気を流すと自分も感電して死んじゃうんだけど、同じ種が食べられないように「オレたちアメトカゲは危険だぞ」って命を張って天敵に主張するんだ。尊いよね」
ほころんだ表情で、生き物について語る少女は可愛らしかった。
きっと、捕まえる前だったからアメトカゲが自分の電気で死んでしまうほどの強い電気ではなかったのだろう。アメトカゲは逃げていったのだから。
「イェーモって生き物詳しいんだね! すごい!」
「そりゃ……ま、まぁ、大自然と隣り合わせで生きているボクたちは、ちゃんと危険な魔物や植物の毒のあるなしについて知っておかないと、即命取りだったりするからね」
「中でも妹は、部族で一番、生き物に詳しいっていうねwwwオタクだよオタクww」
「ぅう……」
イェーモは恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうにしていた。
地味にイェーモはボクっ子なんだな、と気がついたがあえて口にはしなかった。
俺は好奇心が抑えきれず、イェーモにぐいぐいいった。
「いろいろ教えてよ! まずさ、この世界では魔物と動物ってどういう違いがあるの?」
「……この世界? 魔法を使う人間以外の動植物を魔物って呼ぶんだよ」
「ちょちょちょww。そこからかよwww。記憶喪失は大変だなwwwおつかれちゃんwww」
「さっきのアメトカゲは、『雷魔法』を使ってるっていう解釈がされてるから、魔物に入るね」
なんだかんだで「好き」には逆らえないのがオタクの性というやつだ。イェーモは、口が勝手に動いてしまうようで、捲し立てるように生き物のことを話す。
森を歩いている最中、魔物が現れるとその魔物について解説してくれた。
「なんだこれ!? 生き物? この生き物は何!?」
白樺のような細長くゴツゴツしたものが、上下しながら近づいてきた。
「キリンだよ! ほら! 上見て!」
言われるがまま、頭を上げて……って、思ったより頭上がるなぁ。
白樺のようなものは背の高い生き物の足だということを理解した。その正体は木を悠々と跨ぐほどの高さの動物だったのだ。
「すご! 高っ! 長っ!!」
「温厚な草食動物で、木の上の方葉っぱを餌としてるんだ。長寿が特徴、200年くらい生きるって言われてるよ。体がほとんど皮膚と骨でできていて体が結構硬いから、捕食しようとする天敵がいないんだ。頑張って食べても苦労に見合った栄養が得られないからね。ボクたちの部族の間では神の遣いと言われてるよ」
イェーモは明らかにテンションが上がっている。
あ、それは俺もか。
俺の知っているキリンとは、大分違うようだった。こっちのキリンは肌は灰色をしていて、信じられないほどに背が高い。森の中に生息するというのも違っている。
こちらを視認したキリンは歩くのを止めて、長ーい首を伸び縮みさせて、顔を近づけてくる。ゾウの鼻か、あるいは蛇のように首の骨柔らかく稼働した。これだけデカい生き物に害意があるとしたら恐ろしいが、エビィーやイェーモの様子からその心配はなさそうだったので、ドキドキしながらキリンの頭が降りてくるのを待っていた。
近くまできた顔は愛らしさと不気味さの中間を取ったような見た目だ。そして、俺たちの周りに鼻を近づけ匂いを嗅ぎ比べる。
エビィーのことが気に入ったのか、飼い犬のようにベローンと、エビィーの顔を舐める。俺やイェーモの方には見向きもしないで、ただエビィーの顔面を一生懸命舐めている。そんなに美味しい顔でもないでしょうに。
エビィーは虚無の顔となっていた。
一方で、イェーモは自分が舐められたかったようで、悔しそうにしていた。
「あっ、あっ、ズルい!!」
真顔のまま直立不動で顔面を味見されるエビィー。そしてホクホク顔で羨ましがるイェーモ。
シュールな眺めだなぁ……。
◆◆◆
「ってな感じで、山を降りる間は結構いろんな生き物について教えてもらって、なんかツアーみたいだったんだよ。それからはイェーモも普通に話してくれるようになったんだよね」
俺は山であった出来事を思い出しながら父、母、妹のミアに話していた。
改めて、家の中はログハウスという感じで新鮮だ。インテリアも見慣れない西洋風のものが多く、電灯でなくあちこちに角ばった水晶のようなものがあり、部屋を明るく保っているのも「別のところにきた!」という感じがあって高評価だ。電気は使われていなさそうだから、これも魔法の一種だろうか?
ただ、イスが木製で長時間座っているのはお尻が痛くなりそうというのはマイナスだ。
冷めてしまうという理由から食事をしながらの話となった。
うんうん。こっちの夕ご飯、おいしい!
「大事なことだからもう一度確認するが……。お前が居たのは西側の山、北側の山、どっちか分かるか?」
「わからないよ。エビィーたちも言ってなかったし、「西側の山」とか「北側の山」とか看板があったわけでもないからさ」
「北側であればいいのだが……」
父は何も言わず、眉間を親指と人差し指でつまんでいた。
__あ、そうだ!
俺はエビィーとイェーモに別れ際にもらった美味しい木の実を振る舞うことにした。
「まあまあ、そんな思い詰めずに。これも食べてよ、美味しいから」
袋からテーブルの上に、リンゴスボリスの実を取り出して置いた。
すると、母がイスから転げ落ちた。
父は顔面蒼白であった。妹のミアが一番に開口した。
「あ、あんた、それ……ま、ままさか、リンゴスボリス……!」
「うん、もらっちゃった」
「なんてことだ……」
父は頭を抱え込んでしまった。