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39 学校の中で

 誰もいない夜の学校。オバケでも出るんじゃないかというような雰囲気だ。


 門が閉まっていて周りは高い石垣で囲まれている。しかし、高かろうが、空を移動できる俺には関係がない。

 さてと、暗い中をどうやって移動するかだが、困ったことに俺の魔法では今のところ解決する方法はない。


 全8能力のうち、『仕事量(エネルギー)』は熱や音、電気、光などのエネルギーを扱うことができる能力だ。

 以前使った《一点集中》させれば、エネルギーが一点に集まるので、一見ライトのように使えそうだが、扉の「音」を集中させると、音がしなくなるように、力を一点に集めている間はそのエネルギー自体が外に放出されないため、要するに「光」のエネルギーを集中させるともっと暗くなる。


 物質中の魔力(マナ)を光に変換して発生させる《仕事量(エネルギー)変換》というのがあるのだが、発生した光は一瞬で拡散してしまうので意味がない。何か方法はありそうなのだが、現時点では暗闇の中を進むしかない。


 幸い、二つある月のおかげで夜であってもある程度の明るさはある。目が慣れてくればそれなりに辺りは見える。


 教室へと向かい、リュックを手に入れる。中身を確認して……よかった、ちゃんと入ってる。


 3時のオヤツは先生に没収されたが、一部隠し持っていたのでそれも残っていた。

 よし、腹ごしらえだ!


 美味しいオヤツをもぐもぐと貪り食い、舌鼓を打ちながら俺はボーっと考えていた。


 あ〜〜……これからどうしよ……。


 ロズカのお父さんがいつかはバルザックを捕まえてくれるとしても、それが3日後なのか2週間後なのか、それとも数年かかってしまうのかわからない。


 それまで俺は濡れ衣を着せられた殺人容疑者だ。

 頭が重い、気が痛いぜ……。


 いや、頭が痛い、気が重い、か。

 どっちでもいいや。


 ドーマの逃走は手伝ったが、まさか自分が追われる立場になることになろうとはその時は考えもしなかった。


 俺も街の外に逃げるしかないかな。

 この街ではバルザックは領主みたいなもんで、コール街にいつづけるというのは、捕まえてくれと言っているようなものなんだろう。


 じゃあ、街を出てどこへ向かうのだろうか……?


 街の外で頼れるのっていったら……やっぱりドーマのところを尋ねるのがいいのかな。


 ああ見えて、情報のスペシャリストみたいだし、話だけでも聞きにいくか。


 どこへ行くって言ってたっけ……確か、メゾなんとかの街って……。


 俺はポケットを探ると、昨日渡された紙が丸まって入っていた。そうだ、メゾリック街! そこを目指そう!


 そう考えていた矢先、コツコツという物音が聞こえた。


 俺は反射的に神経を尖らせる。学校内にいるのは俺1人のはずだ。そんなところに物音がするのはおかしい。


 慎重に足音を立てないようにしながら、音のする方へ向かう。野生動物や魔物ならいい。しかし、街中には人間以外の動物よりも人間の方が圧倒的に多い。つまり、音の主は人間である可能性が高いということだ。


 廊下を照らす明かり。

 暗がりを照らしながら現れたのは衛兵だった。


 俺の足取りをつかんだのか? それともたまたま?


 2人組みの衛兵が明かりを作り出す魔法器具であちこち照らしながら探している。


 こんな時のための道具を俺は持っている。リュックの横についているポケットから小石を取り出す。


 手頃な大きさと重さの石を選んだものだ。そして、使いやすいように『形状(シェイプ)』で全て球体にしてある。


 『生地(テクスチャー)』→《面の貼り付け》で「引数(パラメーター)」の反発率を200%、残りは打撃耐性を上げられるだけ上げる。


 グレイオスとの戦いで、踏み台に施した配分だ。


 しかし、今回は使い方が違う。


 俺は、『生地(テクスチャー」』を施したいくつかの真ん丸の小石を、何も知らずにこちらに向かってくる衛兵に向けてデタラメに投げる。


 着弾した小石は『生地(テクスチャー)』によって加速して跳ね上がる。ぶつかるほど小石は勢いを増していく。壁にぶつかりながらどんどんスピードをあげていく石ころたち。


そのうちのいくつかが衛兵達に避けようもない角度でぶつかる。


 殺人スーパーボールだ。

 威力は申し分ない。『生地(テクスチャー)』の打撃耐久力を上回る勢いになると、結界は消滅して、そのままぶつかった石が破壊される。ただ、面自体が小さいのでその分、耐久力は高く設定できている。


「なんの音だ!」


 別の場所から声がした。どうやら、他にも衛兵が来ているらしい。スーパーボール作戦は屋内でしか使えないことと、音がうるさいというデメリットがあることだ。


 それにしても。衛兵が集まっているということは、この学校に俺がいることがバレているってことか?



 なんでここが分かったんだ……?



◆◆◆



 ロズカは馬車に乗せられ、体を拘束されていた。魔法を発動しようとすると、拘束具によって術式があちこちに散らされてしまい、上手くいかない。

 魔法を発動させないための魔法器具のようだ。

 これではいくらロズカが魔法に長けていても、意味がなかった。ここから拘束を解いて逃げ出すことなど不可能だった。


 どうやら、話によく出てくるバルザックという男に捕まったようだった。

 父と対立しているこの男は、平気で人を殺すような人間のはずだ。モンドー先生はすでに殺されているのだから。

 

 一体どうやって捕まったのか?

 はっきりとは覚えていない。ドーマの一件が終わり、ホズの手がかりをドーマが調べてくれるかもしれないとなった今、ロズカがするべきことなど特になかった。気だけが急くのを紛らわすため、行きつけの飲料店で飲み物を飲んでいたら意識が遠のいて、この状況となっていた。


 バルザックの話し声がすぐ外で聞こえる。バルザックは用心深い男だった。大事な人質がローディー派によって解放されるリスクを考えて常に近くに置いておくのが良いと考えた。


 窓越しに見える男は真っ暗な校舎を眺めながら呟いた。


「ここにいるのは分かってるんだよねぇ。あとは君だけだよ、ルナットくぅん」


 バルザックは把握していた。ルナットがこの校舎に入り込んだことを。


 この街には所々に人々を監視する監視用魔法器具が隠されて設置してある。

 リンゴスボリス盗難に備えて、西コール山にも設置してあるものと同じ、監視カメラと同じ役割をするものだ。


 しかし、このことを知っているのは一部のドンソン職員だけだ。理由は、監視用魔法器具は非常に見つけにくい半透明の小さな物であり、注意して探さない限りまず見つけるのは不可能だからだ。


 あとは、この魔法器具を見つけるための【共鳴鈴】という特殊な魔法器具を使う方法もある。【共鳴鈴】は近くに監視用魔法器具があると、その方向から音がするという装置だ。もちろんそんな特殊な物を持っている一般人はいないのだが。


 監視用の魔法器具には何も知らないルナットが学校の方向へと進んでいく姿が撮影された。


 バルザックはチェスでチェックメイトをかけるまでの目測がたったような気持ちだった。

 気分のいいバルザックは人質であるロズカにちょっかいをかけることにした。


 馬車の扉を開く。拘束用の魔法器具で手足を縛られ、布で口を縛られ、芋虫のような状態で倒れているロズカをサングラス越しに見下ろしながら話しかける。


「気分はどうだい、ロズカちゃん」

「…………」

「ごめぇんごめん。口が塞がっててしゃべれないよね。私は君のお父さんの職場で一番偉い人。西コール街の支配者バルザックだよ。悪いねぇ、年頃の娘さんをこんな状態で捉えておくなんてしたくはなかったんだけどね」


 不快感を誘う嫌味なニヤケ面。

 圧倒的優位に立った相手の余裕からくる馬鹿にしたような憐憫の言葉。吐き気がする。


「ルナット君って知ってる? 彼って確か君の同級生だよね。ルナット君は人を殺してしまった、犯罪者になっちゃったんだよ。だから私たちで彼を捕まえようとしてるんだ」


 ロズカは表情を変えないで視線を逸らしたままじっとしている。

 普通であれば、とんでもない犯罪に巻き込まれたショックでパニックになったり、自分を捕まえたであろう相手に怒りの感情を抑えきれないものだ。しかし、ロズカは初めこそ縛られている状況にもがいていたが、状況が飲み込めてくると石のように押し黙ったままとなった。今はどうしようもない、体力を温存して機が訪れた時にいつでも動けるようにしておくことがするべきことだと判断したからだ。


 バルザックは黙ったままロズカの顔の方へと手を伸ばす。ロズカは反射的に小さく身を強ばらせた。バルザックは布をずらして口を自由にした。


「これで喋れるね。それとも若い子はおじさんの喋り相手は嫌かい?」

「…………ルナットはやってない。アナタが殺しをした」

「よく知ってるね。でも関係ないんだよ」

「卑怯者……。父の部下だったコヴォーズ・テンニメスさんが行方不明になったのだって」

「いいや、彼もルナット君が殺した。彼は二人も人を殺しているんだよ。私がそう決めたら、ルナット君が殺したことになる。いいかい、これが権力だよ。事実なんてちっぽけなものなのさ。それにね、このことは君のお父さんも了承してるんだよ」


 娘を人質に取られてる状況では父はきっとこの男の言いなりだろう。

 ロズカはますます、この状況から逃げ出す方法を考えなくてはならないと焦りを募らせていた。


「ルナット君、結構強いらしいから、おじさんが直接捕まえに行こうかな」


 信用のできる衛兵に人質のいる馬車を守るように言いつけ、自ら決着をつけに向かおうとするバルザック。

 出入り口は完全に封鎖している。あとは中にいるネズミを捕まえるだけだ。

 まさに袋のネズミ。


「ロズカちゃん、待ってなよ。もうじきルナット君に会わせてあげるよ。クハハハハ……」



 バルザックが行ってしまう。何か、何かできることがあるのではないだろうか?

 この男が魔法の使い手として相当強いのは、直接男の魔法を見ていないがわかる。

 ルナットであっても、この男には勝つことができないのではないだろうか? であるならば、男の注意を引いて少しでもこの場にとどめておいて、鉢合わせるのを遅らせるのが今、ロズカにできる唯一のことなのではないだろうか?


 遅らせてどうする?


 時間稼ぎをしたところでこの状況を解消する方法はない。父は自分が捕まっている時点で、動きようがない。下手に動いてロズカが危険な目に遭うより、きっとルナットのことは二の次にして娘の安全を優先するだろう。頼ることはできない。


 ダメだ何か、何かしなければ……。何か交渉をして、交渉材料は、何か……何か……


「待って__


 言いかけたところで、馬車の扉は閉められてしまった。

 こうなってしまっては何もできない。チャンスは失われてしまった。



 無力感だけが残る。


 どうしようもない。けれど、まだ諦めない。ロズカは自分に言い聞かせる。きっと、まだ、機会は巡ってくる。


 突然、音がした。

 鈍器で固いものを殴ったような鈍い音だ。


 「な、なんだ!」


 外で見張をしていた2人の男のうち、1人が声を上た。すぐに、再び鈍い音がした。


 扉が開く。


「あれ? ロズカ! バルザックのやつに捕まってたんだ!」



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