37 オマエノムスメハアズカッタ
バルザック・ウォルスは優雅に紅茶を飲んでいた。ヒルゲンハイツ地方産のビヒルローズの茶葉を使った高級な紅茶を気に入っていた。
上機嫌に鼻歌まじり。通信用の魔法器具に名前をフルネームで入れ込む。ローディー・スピルツと。すぐにつながる。
「こちらローディー・スピルツ」
「どうも副支店長。私だよバルザックだ」
一瞬の沈黙。バルザックが直接連絡してくることなどあまりないので、ローディーが言葉に詰まったのはおかしなことではない。
が、バルザックの勘が言っていた。すでに「ドネル・モンドー殺害の情報」が伝わっているのだろうと。
「あなたの方から連絡いただけるとは思っていませんでしたよ、支店長」
「なぁに、私と副支店長の仲じゃないですか」
平然と言ってのけるバルザック。
「ご存じのとおり、痛ましい事件が起きてしまいました。善良で生徒思いな先生が殺害されたのです」
「ええ、存じてます」
「犯人は彼の担当する生徒の「ルナット・バルニコル君」です。愛する生徒に裏切られて死んでしまうなんて、なんて不幸な事件なんだろうねぇ」
犯人はアンタだろ。
ローディーは心の中で毒づいた。
バルザックはモンドーを殺害したあと、何も小細工を施していない。遅かれ早かれローディーの耳に入るのは承知の上だ。実際、ローディーは娘のロズカから「モンドーを殺害したのはバルザックであること」、「ルナットという学生が『鑑定魔法』によってそのことを見破ったこと」を聞いていた。しかし、たった一人の学生の意見ではロズカがすでに想定していたように、証拠として不十分だった。
バルザックは、自分を犯人だと衛兵に告げたルナットを邪魔だと考え、犯人に仕立てようという魂胆なのだ。
バルザックの協力者である謎の男ドーマの捜索が一切進展せず、すでに街の外に逃げられたのではないかと考えていたローディーにとって、モンドーの殺害事件はバルザックを追い詰める新たな希望であった。
しかし同時に、こんなに分かりやすい手がかりをバルザックが残していったことが不自然でもあった。
バルザックがルナット・バルニコルをモンドー殺害の容疑で自分の身代わりに犯人に仕立てようとしていることは、当然ローディーの耳に入っている。
とはいえ、ローディーの権限で捜査を続けていけば、真犯人であるバルザックを検挙するのは時間の問題のはずだ。
あまりにもずさん。ローディーは警戒していた。
警戒など、意味をなさないということをまだ知らなかったから。
「アナタが殺したのでは?」
ローディーは相手の反応を見るため攻めた質問をする。こんなことで腹黒の支店長に動揺はないだろう。ただ、何か揺さぶりをかけて、少しでも情報を得たいと思ったのだ。
バルザックは答えない。
「私の部下のコヴォーズ・テンニメスの失踪。あれもバルザック支店長の仕業なのでは?」
コヴォーズ・テンニメス。彼の体はいまだに見つかっていない。生きているのか、死んでいるのか。
【魔戦競技】の選手に選ばれるほどの有能な魔法の使い手で、ローディー派の有望株だったコヴォーズを排除したいとバルザックが考える動機は十分にあった。
「テンニメス君の失踪、あれもルナット君が犯人なんだろうねぇ。うん、そういうことにしておこうか」
こちらを馬鹿にしているのか。
感情を押し殺していると、バルザックは続けた。
「副支店長。アナタに聞かせたい声があるんだよね」
バルザックは短いひげを指でいじりながら、今にも笑い出しそうなのを堪えていた。
ローディーは耳を澄ませた。通信用魔法器具を通して彼の耳に届いたのは何か、布がずれる音。そして__
「ん……んん……ふぅふぅ……」
苦しげなうめき声。
その瞬間、ローディーの心に戦慄が走った
「 ロズカ……!!!! 」
「せ・い・か・い〜〜」
完全に迂闊だった。殺人まで手を伸ばした相手だ。誘拐くらいするに決まっていた。
どうして、もっと警戒をしなかったのか。娘が魔法の才能が高いと言っても意表をつけば、捉えることだってできるのだ。激しい後悔がローディーの嫌な汗となって噴き出る。
「何が……目的だ……」
「決まっているでしょう? 副支店長、アナタが邪魔なんですよ。私がこの街で好き放題していくために、アナタとアナタの派閥には綺麗さっぱり消えてもらいたい」
バルザックにとって、かなりのかけだった。
慎重な性格でもあるバルザック・ウォルスはなるべく足の着くような可能性は排除したかった。
社会的信用のない不良学生を利用するのが彼のやり方。高価な魔法器具を闇市に運ぶことも、無関係な不良学生を使えばバレたとしてもいくらでも逃れる方法はあった。
ローディーの一人娘であるロズカの誘拐も、本当はルナットという不良学生にロズカを言いくるめて連れてこさせる予定だった。そのためにロズカの情報をドーマに調べさせ、「ロズカが謎の男を探している」という情報と、「ドーマ自身の秘密」を組み合わせて、デタラメながら意味のありそうなネタとして流させて連れて来させるはずだったのだ。
「ロズカの探している男の正体は秘密情報組織【悪魔】である」という一見意味のありそうな適当な思いつきを。
結果として、ルナットは記憶喪失となり、計画は頓挫した。
次の手としてグレイオスなど、他の不良を使う手も考えていた。
だが、モンドーを手にかけた時点で、事を急ぐ必要が出てきた。多少強引にでもロズカの誘拐を実行することを決意したのだった。
今回のように彼女の行きつけの店にバルザック自身が直接働きかけて圧力をかけ、飲み物に睡眠薬を混ぜさせ、誘拐をするという方法はとる予定ではなかった。今すぐでなくても、何かきっかけでバルザックの悪評が、それなりに信用のある人物の口から広まってしまうと、不都合なことになりかねないからだ。
今はそんなことはどうでもいい。ただ、自分の思い通りに事が進んだことが気持ちよかった。
「分った……。全てアンタのいうとおりにする。娘を解放してくれるなら……この立場を捨ててもいい」
「ハハハハハ!」
唐突に笑い声をあげるバルザック。ハイになっている。
「冗談ですよぉ! 仲良しのアナタに消えてほしいなんて思うはずないでしょう?」
冷酷な男は笑い終えると要求を述べた。
「アナタの持っている【秘密】について、私の教えていただければそれでいいですよ。詳しくはドーマですら調べきれませんでしたが、何やらとても興味深い事情をお持ちなのでしょう?」
バルザックはローディーが他人にバラされたくない只事でない秘密を抱えていることを知っていた。しかし、その内容を知らない。それさえわかれば、ローディーを自由に言いなりにすることができるという考えだった。
バルザックはローディーを副支店長の座から引きずり下ろすのではなく、ローディー派ごと取り込んでしまおうと計画していたのだった。
娘思いの父は、重い口を開いた。




