35 教会に行く
目が覚めてからベッドから飛び起き、階段を降りてから、食卓に着く。いつも通りの朝だ。父、妹はすでにご飯を食べ始めていて、母が料理を俺の前に運んでくれる。
「おお、目玉焼きかぁ!」などと浮かれていると、母から提案があった。
「今日こそ教会に行きましょう」
教会……。この世界では神様や宗教は以前の世界と比べて大半の人が大なり小なり信仰している。確か……イド教だっけか?
なんなら神様も実体があるとかないとか。
それでも興味のないものは興味がないのだから仕方がない。
「いや〜〜学校に行かないといけないし」
「何言ってんのよ。学校は休みじゃない」
本日は、いわゆる日曜日的な日のようだった。
「あなたの記憶、全然もどってこなさそうじゃない。お母さんたち心配してるのよ?」
「そんなことは……」
と言って目を泳がせる。突っ込まれた質問をされたら答えられないのは明らかだ。
日曜日的な日を忘れるくらいには何もわかっていないことがバレているので、取り繕う意味はない。
父にも、「母さんを少しでも安心させるためと思って行きなさい」と言われてしまった。
しかし、ぶっちゃけ教会に行くのは面倒臭い。
「今のままでも特に困ったことないし」と言っても、取り合ってもらえない。
話し合いも人数比も両親 対 俺の2:1だから分が悪い。選挙をしたら、過半数の賛同で教会に行くことが可決してしまう。
俺は、このまま駄々をこねていても状況が良くなりそうにないと判断して、イタズラ心で条件をつけてみることにした。
「いいよ。そこまで言うなら行くよ。ただし、それなら俺からどうしてもお願いしたいことがある」
両親は俺の言葉をじっと待っている。
俺が教会に行くのであれば、少しくらいのわがままは聞いてやってもいいというつもりでいるようだ。
優しい両親だぜ。
「教会に行く道は俺にはわからない。だから、妹のミアに案内してもらいたい」
今の状況が過半数で不利だというなら、人数比を変えてしまえばいい!
当然父や母を説得することはできないが、家族はもう一人いる。
妹は話し合いの中、中立の立場を貫いていた……というか興味なくて入ってこなかっただけだが。その妹を仲間に引き入れるのだ!
もちろんただ単にミアの性格からして「協力して」なんて頼んでも意味がないどころか逆効果だ。
ツンデレという特性から、あえて俺に対して反抗するような態度を取らせることで結果的に協力体制に持ち込むのだ。
俺が「ミアに案内してほしい」と言えば、きっと「なんでお兄ちゃんなんかと一緒に行かなくちゃいけないの! 絶対にイヤ!」と駄々をこねることだろう。
なんという頭脳プレー!
そう思っていたのも束の間。妹のミアはこっちを見てニヤリと笑った。
「別にいいわよぅ?」
へ?
俺をいっぱい食わせるためだけに……! とも思ったが、妹が前より懐いてくれているということもあるのではと、前向きに捉えることにした。
◆◆◆
街を歩いていると、おばちゃんたちがよく話しかけてくる。
「あらルナットちゃん、どこ行くの?」「妹ちゃん連れて仲良しねぇ」「これ持って行きなさい、うちのゴボウ!」
ミアはその度に目を見開いて、おばちゃんたちから距離をとった。まるで自分より大きな動物に警戒する小動物だ。いつも口達者なのに、外では人見知りだなんて、あらあら。
しかし、こうして改めていい街だよなぁ〜〜。
みんな陽気で明るい雰囲気。街並みは綺麗でオシャレだ。
その中でもミアの目を引くものがあったみたいだ。
ミアがガラス越しに商品を見つめていた。何かほしいものでもあったのかな、と目線の先を見てみると可愛らしいクマのぬいぐるみ。
「ミアちゃん、せっかくだし店の中のぞいてみよっか」
「べ、べつにほしいものとかないんだからね! さっさと要件終わらせて帰りたいんだけど」
「またまた〜〜。いいよ、ちょっとした収入があったからお金あるんだよね。なんか買ってあげるよ」
ちょっとお兄ちゃんぶってみたくなった俺は、得意げにそう言った。お金は例の裏バイトをした時のものがある。
ミアも文句を言わずに店の中についてきた。
インテリア専門店だろうか。色々な置き物が展示してある。俺はミアにさっき見つめていたぬいぐるみを手に取って見せた。
「じゃっじゃーん! これがほしいんでしょ〜〜?」
ん〜〜どれどれ〜〜。ミアちゃん名物伝家の宝刀『ツンデレ』が見られるかなぁ〜〜?
「はぁ? 違うわよ! バッカじゃないの、子供じゃないんだから。ほしいのはこっち……」
まだまだ子供のクセに〜〜と、俺はミアの指差す方を見て、愕然とした。この子が欲しかったのは……タワーをかたどった美しいガラス細工だった。俺の背の半分くらいある高さ、細やかな装飾と色使い。そして気になる値段は、今の俺には手が出せない額だった……。
「ごめんね、思ったより予算が足りなかったみたい」
「い、いいわよ! 買ってもらおうなんて思ってないんだからね!」
「ふん」と鼻を鳴らす。でもいつもよりガッカリしたような「ふん」だったことを俺は気がついていた。お金もう少し稼いだら、買ってあげたいな……。
妹のミアについていき教会に辿り着くと、随分立派な建物だった。少し人気のない草木の茂っている空間。落ち着いた場所だ。石畳を一段ずつ踏んでいきながら教会の入り口に差し掛かったところで声がした。
「ミアちゃぁん!!」
きゃーーと言う黄色い叫び声と共に、背後から妹に襲い掛かる、もとい、抱きつく影。
そのおさげ髪には見覚えがあった。
「パン屋の娘、パニシエだ!」
「あれ、ルナット君? どうしてここにいるの? 私の可愛いミアちゃんと一緒にいるってことは、もしかして
……ゆ、誘拐!?」
「なんでやねーん」
俺はここまで来た経緯をパニシエに説明した。
「あなたたちが兄妹だったなんてね」
驚きを見せるパニシエ。
「そうなんだよ! 俺たち兄妹!」
「不本意ながら」
憎まれ口を叩くものの、いつもより断然言葉数が少ないぞ、妹よ。
パニシエの方はずいぶん親しげだが、ミアは居心地悪そうにしている。




