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33 不法侵入

 ドーマとロズカには隠れておいてもらって、何食わぬ顔でさっき追いかけてきたのとは別の衛兵を見つけて、モンドー先生の死体がある場所を伝え、ついでに犯人がバルザックさんであることを教えておいた。


 「待ちなさい!」と衛兵に言われたが、捕まるのは困るんだよね。

 とにかく市民の義務は果たしただろう。


 自分一人なら『身体起動』ですぐさま逃げおおせることは簡単だ。


 長い時間共に過ごした訳ではないけど、モンドー先生はいい先生だった。

 鑑定で出た文章を読んでもちゃんとは理解できなかったが「何かしらのバルザックの秘密を暴こうとした結果、殺された」ということはわかった。


 バルザックはやはり悪いヤツだ。すぐにでも捕まってほしいところだ。



 二人の元に帰ると、ロズカは文句を言った。


「なんでわざわざ衛兵に伝えに行ったの?」

「え、だって、犯人がわかってるのは、きっと俺たちだけだよ? 教えておいてあげないと」

「はあ……君はわかってない。ルナットが『鑑定魔法』を使えることをアタシは信じる。けど、君が事実をわかってたって、それは明確な証拠にならない」


 それはそうだけど、だからってどうしようもないじゃないか。


「バルザック支店長はこの街一番の権力者。下手に告発なんてしたらどんな仕返しをされるかわからない」

「でも、モンドー先生を殺した犯人を見過ごすなんてできないよ」


 今までずっと様子を伺っていたドーマがニヒニヒと笑い出した。


「ロズカの(あね)さんのいう通りでっせ? こういう時は、然るべき力を持っている人間を利用するのが賢いやり方でさぁ……ね、(あね)さん」


 不気味なものを見るような顔でドーマを見るロズカ。

 まあ、自分でやっておいてなんだが、このおばさんのような変装は不気味というほかないのだけど。


 いや、そこじゃない。こいつが本当に不気味なのは何もかも見透かしたかのようなこの目だ。


「……アタシの父親はドンソン商会副支店長。つまりNo.2ってこと。だから、アタシから父に話してみる」




 ドーマの案内で、目的地にたどり着いた頃には、あたりは街灯や家の窓からの灯りで照らされていた。


「あそこがアッシの住処ですがね、見ての通り扉のところには衛兵が見張りとして常に目を光らせてるんでさぁ」


 一見すると多少ボロそうではあるものの普通の民家だった。話しかけてきた時は物乞いのような外見だったので、ほぼ野宿かとも思っていたのだが、ちゃんとした家があって驚いた。


「向こうさんもかなり周到でしてね。表の出入り口とは別に外と家の中をつなぐ隠し通路もあるんですが、それもバレちまってるようなんです」

「どうにかバレずに中に入る方法があればいい、と」


 ドーマはいやらしい笑みを浮かべ、こちらを上目遣いで見上げる。


「ルナットの旦那なら『転移魔法』で中に侵入できるんじゃあ?」


 こいつ、どこまでこっちのことを……。


「ルナットは『転移魔法』も使える?」

「使えるっちゃ、使えるけど……」


 俺は簡単に『転移魔法』の仕様を説明をした。


「つまり転移をするためには外だけじゃなく、家の中にも魔法陣を設置する必要があるってぇわけですか」

「俺が中に入れないと、魔法陣は設置できないよ」


 正確には、カーソルが中に入りさえすればいいのだが、説明するのが面倒なのでそういうことにしておいた。

 そもそも、俺が見えない場所にカーソルを刺したとして、そこに魔法陣を作るのは、どこに飛ぶかわからないしリスクが高い。


 ロズカが尋ねる。


「魔法陣は持ち運べる?」


 質問の意図はわからないが、とりあえず返答しておく。


「板とか、布とかを平らに敷いて状態で魔法陣を貼り付けておけば、板や布ごと魔法陣を運ぶことはできるよ。布は運んだ後、シワがないように伸ばさないと上手く転移できなかったりするけど」


 『魔法陣(サークル)』→《魔法陣の設置》で「空間に固定」と「平面に固定」が選べる。初めはわざわざ魔法陣の貼り付けの方法が二種類も必要ないと思っていたが、後から「平面に固定」を行えば、魔法陣の持ち運びができることに気がついたのだった。


「だったらアタシに任せて」



◆◆◆




「こんにちは。見張りご苦労様」


 学生服を着た少女に突然話しかけられた衛兵は少しの警戒から眉をひそめた。


「学生が何か用かね? ここは立ち入り禁止だよ」


 少女はヒソヒソ話をするように声を落とした。


「盗難事件の犯人の家、だからでしょ?」


 衛兵は余計に警戒を強める。なぜこの少女はそのことを知っているのか。

 それに、この少女にはどこか見覚えがあった。


「ジョンさん、久しぶり。アタシのこと覚えてない?」


 ジョンと呼ばれた衛兵はなんとか思い出そうとした。確かに自分はこの少女のことを知っている。

 だいぶ前にどこかで会ったことが……。


「ああ! ロズカちゃん! 久しぶりだね! 大きくなったんでわからなかったよ」


 この衛兵はローディーの部下で、ロズカが小さかった頃に会ったことがあるのだ。

 それなりに広いこの街では、生活リズムが合わなければ全く顔を合わせないような相手がいることも多々あることだ。


「お父さんから、この部屋のあるものが手がかりになるかもしれないから急いで持ってきてほしいって頼まれたの。入らせて」


 衛兵ジョンはどうしたものかと悩んでいた。ローディー副支店長が職員でなく自分の娘に依頼することなどあり得るのだろうか……?

 

「もしかして嘘だと思う? でも、アタシがこの家が盗難の事件の犯人の家だって知ってる理由って他にあり得る?」


 衛兵はそう言われて納得せざるを得なかった。ここ最近ローディー副支店長は指示が不自然だったり、妙にことを急いでいる様子も見受けられていた。下っ端のジョンには詳しいことはわからなかったが、支店長であるバルザックとの内部抗争に由来するところのようだった。


 きっと、今回もローディー副支店長には考えがあるのだろう。

 そう思って衛兵ジョンはロズカを中に通したのだった。

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