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31 転換点

 土魔法の講師ドネル・モンドーは確かに「明日、家で兄レイネル・モンドーの残した手がかりを見せてくれる」という約束をしたというのに。


 ロズカは不信感を募らせていた。

 モンドーは本日、学校を欠席していたのだった。


 他の教員数名に、校長にまで声を掛けてモンドーに用事があることを伝えるものの、「本日は学校に来ていない」ということ以上の返答はなかった。モンドーにとってやむを得ない事情があって、急遽学校に来られなくなったのだとしたら、学校側に事情は伝わっているはずである。校長まで含めて、声を掛けた全員が事情を知らないということはないだろう。しかし、考え直してみれば、いくら前日に約束を取り付けていたとはいえ、一生徒でしかないロズカにモンドーが仕事を休むほどのプライベート事情を教えてくれるはずもない。


 ダメもとで、図書室でいつもの犯罪者の資料に目を通しながら待ってみる。

 しかし、一向に現れる気配はない。


 仕方がないので帰ることにしたのだった。


 もしも「モンドー先生は学校を辞めた」と言っていたのであれば大事だが、そうではない。今日会えなければ別の日に会えばいいのだ。

 ただ、本音を言えばすぐにでもホズのことを聞きたかった。




 帰りがけ、ルナットが必死な形相で走っているのを見かけた。

 派手な身なりの「おばさん?」の手を引いて、その後ろから衛兵が追いかけてきている。


 角を曲がったところに小道があるから、そこに引っ張ってきて結界魔法で道の入り口を隠した。


 助けた理由は、好奇心。

 面白そうだったからだ。


 日常から外れる行為について、ロズカは他の人よりも抵抗が少なかった。

 自分の生活にはホズという特殊な存在がいた。彼は、大袈裟に言えば自分のアイデンティティを築いてくれた。

 法から外れた存在だったとしても、危険を呼び込む存在だったとしても、ロズカはホズに感謝していた。


 法がホズを拒む物であるのなら、法が必ずしも正しいとは限らないのではないか?


 助けた後、ルナットに事情を聞くと、彼もこのおばさんのような外見の「ドーマ」という濡れ衣を着せられた男の逃走を手伝っているのだそうだ。


「アタシもついてく」

「へ?」

「嫌なの?」

「いやいや、心強いけど。なんで突然?」

「一日一善がモットーだから」

「えっ……? というか、それならさっき助けてくれたから果たされてるんじゃ?

「嘘。ただの興味本位」


 ルナットはハハハっと笑った。



 3人でしばらく歩いていると、ルナットが思い出したように質問を投げかけてきた。


「前にさ、俺に呼び出されて、話をしたって言ってたよね。何の話をしてたの?」


 記憶は未だに戻っていないようだ。いや、彼の様子を見ていればそんなことは分かりきっている。

 以前の攻撃性が彼からは感じられない。


 記憶を無くしたことでここまで性格が変わるとは。というよりも、もしかしたらこっちが本来の人格なのかもしれない。大人に反抗する不良として振る舞っていたのは、環境の影響なのかもしれない。


 悪い友人に影響を受けたからか、捻くれてしまわざるを得ないような嫌な出来事があったのか。


「いいよ。聞かせてあげる」


 ホズについてはあまり話すのは避けよう。


 ロズカはその日のことに重点を絞って話をすることにした。



 その日、ルナットはほとんど話をしたことのないロズカに向かって話があるからと言って学校裏に呼び出した。

 ロズカは初め、不良が難癖をつけてきたと相手にするつもりはなかった。


 しかし、ルナットはこう言った。

「ロズカが探している人物について、心当たりがある」と。


 自分がホズについて調べていることについて知られていることに驚きを覚えたが、やはりこの不良がそれほど有益な情報を持っているとは思わなかった。仕切りにルナットは詳しく話ができる人物を紹介するから、放課後についてきてほしいと言ってきた。


 ロズカは真横で必死の説得をするルナットを無視していた。このまま無視を続けるつもりだった。

 しかし、ルナットが捲し立てる話は雲行きが怪しくなった。


「【悪魔(ゾーヤル)】。歴史書に名前だけ登場し、童話にも目と口の大きな化け物としてどこにでも現れるという存在。

これの本当の正体、それは " 裏世界を暗躍する情報組織" なんだよ」


 一体突然何の話をしだすのか。


 歴史に関連した解釈を必死に並べ立てるルナット。

 例えば、イド教徒が使う『水属性』の魔法に対抗するために両国で開発された『雷属性』の魔法。これが同時に開発されたのは、どちらの国にも属さない情報組織【悪魔(ゾーヤル)】が情報を流動的に流し続けていたからなのだと。


 確かに、それが本当であれば辻褄の合う歴史的な謎はある。


「それで君は言った。アタシの探している人が、その【悪魔(ゾーヤル)】なんじゃないかって。正直言ってあんまり信じてなかったんだけど、作り話にしてはよく作られてるし、ダメもとで話を聞いてみようかなって思ったの」


 【悪魔(ゾーヤル)】という存在は、童話の中でも、壁や障害物などを関係なくすり抜けてきて、いつの間にかそこにいるという性質の怪物だ。残忍で狡猾だが、利益に敏感で、物語によっては【悪魔(ゾーヤル)】の力を借りて目的を果たそうとする話もある。


 これらの性質が、実在する情報組織をもとに作られているという話は、驚くほど腑に落ちる。


「へぇ……謎の組織【悪魔(ゾーヤル)】かぁ……。にしても、前の俺はなんでそんなこと知ってたんだろ?」

「知らない。前のルナット嫌いだったし、ほとんど話したこともなかったから」


 それから、「今の方がいいよ」と付け足した。


 ルナットは、何が「今の方がいい」のかよくわかっていなさそうだった。



 路地は薄暗く、狭かった。広い通りにはなるべく出ないほうが見つかりにくいということで、小道から小道へと渡っていく。


 ふとロズカが視線を落とした先に咲いていたのはヨミツナギ草だった。森によく生えていることがあるそうだが、都会でこの植物を見かけることは " 不吉 " であった。


 ヨミツナギ草とは、黄泉(よみ)つまりあの世を繋ぐという植物である。


 死んだ生命から発せられる生命エネルギーに引き寄せられて育つ植物なのだ。


 つまり……ヨミツナギ草が生えているところには死体があるということになる。


 やはり、陰鬱とした空気には、「悪いもの」が溜まる。こんな路地裏に長くいるものではなかった。


 嫌な予感がロズカの胸を締め付ける。そうであってほしくないのに、そうではないかという予感が強まる。


 必ずしも人の死体とは限らない。犬やネコの死体だってありえる。

 いや、そんなはずないと分かっているはずだ。瓦礫からのぞいているのは人間の手なのだから。


 ロズカはゆっくりと瓦礫をどけた。



 その下から姿を表したのは__


__モンドー先生の無惨な姿だった。



「モ、モンドー先生……」


 ルナットもショックに呆然とした様子だった。

 彼は純粋に恩師の死にショックを受けているのだろう。


 ロズカも同じ思いはあった。


 ただ、目の前にあったはずの手がかりが再び水疱と化したことに、気を持っていかれ、真っ直ぐな気持ちで先生の死を悼むことができないでいた。自分の気持ちが嫌ではあったが、どうしようもなかった。


 そんな矢先、ルナットの口から抑揚のない声で、驚くべき言葉が飛び出した。



「鑑定結果…………犯人はバルザック・ウォルス………………バルザックさんだ」



 ルナットの使える『鑑定魔法』とは、

「 生きていないものから情報を得る魔法 」

である。

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