3 ちょw山で記憶喪失のやつと知り合ったんだがwww
カーソルを突き刺した少年は、鼻の頭に見事にカーソルを突き立てながら、愉快そうにこちらを見ていた。
俺は慌ててカーソルを彼の鼻先から抜いた。
「だ、大丈夫!?」
「おw?おw?なんだww!?」
彼の鼻に顔を近づけ、刺さっていたところを手で直接触ってみたが、特に傷のようなものはついていなかった。
カーソルを刺しても傷にならないんだ。
「これ、いきなり刺してごめんね!」
「んあwww? なんのことだww? 俺にそういう趣味はねえぞwwwwww」
「そう言う趣味……? じゃなくて、これこれ」
カーソルをブンブンと少年の目の前で動かす。しかし、彼にはどうやら見えていないようで、奇妙な顔をするばかりだった。
「あの……こんなところで何してるんです……?」
少年の背後から女の子の声がした。
二人の髪は白銀で、肌は元気の良さそうな焦茶色をしている。どこかの部族のような格好。
こんな山地にハイキングでもしにきたのだろうか? それとも家が近くにあるとか?
俺は尋ねてみることにした。
「も、もしかして、原住民の人ですか!?」
愉快そうにヘラヘラと男は笑った。
「え?」
「いやww違うわww」
それから、俺は頭に浮かんだ疑問を投げかけてみることにした。
「キミらもしかして……俺の知り合いだったりする人?」
「はへぇw?」
「なんの話……?」
彼らにとって意味不明な質問だったようで、二人の部族は顔を見合わせた。
こっちの世界での記憶がないということは、実は彼らがこっちの世界ではすでに知り合っている可能性もあると思ったのだが、当てが外れたようだった。
「とりあえず、俺はエビィーww。こっちは妹のイェーモw」
二人は兄妹で、ヘラヘラ度が非常に高いのが兄のエビィーで、小柄で身軽そうなお目めのパッチリした愛くるしい少女が妹のイェーモか。
覚えておこう。
「俺はルナット! ……っていう名前らしい! よろしく!」
「らしいってどゆことww」
「二人はこの辺に住んでんの?」
「いんやwww。俺らはもっと遠くに住んでるヌズムム族って部族だwww」
エビィーの「どゆことw」という反応は当然だけど、それを説明できるほど、自分でも今の状態がよく分かってないのだから説明しようがない。
「じゃ、俺から質問なw。なんでこの山にいんのww?」
「わかんない」
「一人で来てるのかww? 誰か同行者はw?」
「わかんない」
「家はこの近くなんかww?」
「どうなんだろ。ってか俺の家ってあるのかな〜」
「使える魔法はww?」
「わっかんないよ」
「ってかお前そもそも人類?w」
「さぁ?」
「そこは流石に断言しろしww」
何もわからないのだ。
状況を説明できないので、とりあえず記憶喪失ってことにした。
「本当になーんも覚えてなくてさ。多分記憶喪失ってやつなんだと思う」
「山奥で一人、記憶喪失とかwww。絶体絶命ピンチマンじゃんwwww」
「ほんとほんと、「どないすんねん!」って感じだよねー。ってか絶体絶命ピンチマンって何者? 正義のヒーロー?」
「いや、ただの俺の造語wwwww」
「マジかーあははー」
俺とエビィーはすぐに打ち解けた。その間イェーモは一言も喋らなかった。
ところが、いざそんなイェーモが口を開いたと思ったら、思いもかけないことを、かなり真剣な表情で聞いてきた。
「ルナット、君……嘘をついているでしょ?」
嘘?
俺は何か嘘を言ったのだろうか?
「イェーモは俺について何か知ってるの?」
沈黙の時間。見つめてくる二人。
気まずい……。
「おかしいよね。その格好。こんな山奥に荷物も持たずに1人でくるなんて普通じゃあり得ない。
記憶喪失になってるっていうのが嘘で、本当は仲間がどこかに潜んでいて、様子を伺ってる。どう?」
イェーモの向けてくる眼差しは冗談を言っているようでもなく、真剣そのものだった。一定の距離を空けて、腰を低くしている。まるで、外敵を前にするような……。
「え、いやぁ、そう言われてもなぁ。本当なんだけど」
自分が知ってることを話すのは簡単だが、何も知らないことはそれ以上説明しようがない。
言われてみれば怪しい塊みたいな状況だ。ただの登山にせよ、たけのこ狩りにせよ、バードウォッチングにせよ、何の準備もなく山登りするなんて、自殺行為もいいところ。
確かにわけがわからないのは認めるけど、それにしても警戒しすぎじゃ……。
そんな時だった。
凶暴そうなウシのようなウマのような、荒々しい気性の野生動物が走って現れ、今にも俺たちを襲おうと周囲を彷徨き始めた。闘牛がよくやるように、前脚を踏み鳴らして威嚇する。
前に牧場で働いてるおじちゃんが、あれは「前掻き」という動作で、不満が溜まったりするとああいう動作で意思表明すると言っていた。
しかし、牧場で見た牛や馬は大人しかったが、こいつはかなり獰猛そうで迫力満点がある。
「もしかして、これって絶体絶命ピンチマン?」
「いんやww。余裕のヨッチャンマイヤーw」
エビィーは腕を組んでストレッチを始める。
「とりあえず、まずはこっちか。兄さん、さっさと片付けちゃうよ」
イェーモは冷静に、獣から目を離さないままエビィーにハンドサインを伝える。二人の間で伝わる連携のサインのようだ。
「 「身体強化『加速』」 」
エビィーが唱えたと思ったら唐突に加速した。
野生動物は瞬間的に真横に現れたエビィーに殴打され、横に吹っ飛ぶ。
イェーモが吹っ飛んださきに待ち構えていて、重力に逆らうように空中に展開した魔法陣に張り付く。
「 「空間NS陣設置」 」
「 「身体N化」 」
魔法陣から弾かれたようにしてイェーモの蹴りがウシだかウマだかのような獣の脳天にクリーンヒット!
「おお!!!! すげー!! これが魔法!!」
彼らの使う身体強化の魔法は、元々鍛えられていた肉体の運動能力をさらに飛躍させ、木々を飛び移る姿は、猿も顔負けだった。
ビュンビュンと風を切り、俺の頭の上を軽く飛び越える。獣は二人の動きに翻弄される。
想像していた魔法とはだいぶ違っていたが、これはこれでいい! かっこいい!
彼らの姿を見ながら、俺は自分も同じように魔法を使えるようになることの期待で胸を膨らませていた。
しかし、思わぬ事態が到来する。なんということだろう。
もう一頭同じ種類の獣が俺の下がった先から現れたではないか。エビィーたちははじめの獣に夢中で、こっちには間に合わなそうだ。
俺は機転をきかせ、 " 咄嗟に「上着を脱いだ」 " 。
「ヘイヘーイ!」
ヒラヒラと服をヒラヒラさせる。
闘牛士は赤い布をはためかせ、闘牛はそこに突っ込んでいくため、赤色に反応されていると誤解されてることがあるが、ウシは赤色を識別できないらしい。
だから、単純にヒラヒラ変な動きをしてる物体にムカついて突っ込んだるだけなのだという。
俺の着ている服は赤くないが、そういう意味では十分のはずだ。
「ヘイヘイヘイヘーイ! ヘイヘーイ!」
一直線にタックルしてくる気性の荒い野生動物。
俺の体は、この肉体になってから随分と動きやすい。きっと運動神経がいい肉体なのだろう。
十分に避けることができた。
そして、避けたところで……俺は動物めがけて、手をかざし、魔法のイメージに集中する。
そうさ、ここは異世界で、俺だって戦うための魔法を使えるはずなんだ! そして、使うならとりあえず威力の強そうな『炎の魔法』だろう!
イメージ! 体内から何かを捻り出すようなイメージで、内から外へ、手のひらを押し出すように腕を動かす。
波打つように体をくねらせて。柔軟に、力強く……
右手! 左手! 右手! もういっちょ左手!
例えるなら、激しく揺れるコンブのような、熱々のたこ焼きの上のカツオ節のような、その非常に妙な動作を繰り返す。
そして、今だ!
俺は呪文を唱える!!
「「ファイアーフレイムカエンネンショー!」」
とりあえず燃えそうな単語を詰め合わせた闇鍋のごった煮ような魔法は、
………………しかしながら不発に終わった。
魔法は8項目とカーソルを使わないと発動しないのかぁ……。
「ほわちょーwww」
すぐに駆けつけたエビィーのアッパーがもう一頭の獣に炸裂する。
獣たちは、一心不乱に逃げていったのだった。
「危なかったなww」
「助かったよ。でも、あの動物たちのこと、逃しちゃうんだ」
「あいつらの肉はあんま美味くねーからなwwwww」
とりあえず、危機は去ったようだった。
どうやら、手加減して追い払う程度にしてあげたようだった。そう思ったのは、エビィーとイェーモにはあの獰猛な動物達に対しても、終始余裕があったからだ。
「それにしてもwwwなんだよさっきのwwwあのwwwww意味わからんちんな儀式ww! ファイアーwフレイムwwぶはぁwwwwwwwwww」
エビィー氏、なんだかツボに入ったようで、大笑いを始める。ちぇ、こっちは魔法が使えると思って、大真面目に試してみたのに。
俺は少し腹が立ったので、ダメもとでエビィーに向かってさっきと同じ呪文を唱えた。もちろん、左右交互に手を突き出す、カツオ節ダンスつきで。
「ファイアーフレイムカエンネンショー、ファイアーフレイムカエンネンショー」
「ぐぁああwww燃え盛るぅwwwwww笑い死ぬぅww」
やはり、魔法が発動する気配は微塵もない。
大喜びするエビィーを横目に、冷めた声で「いいから早く行くよ」とイェーモ。
それにしてもツノがあるしウシのようでもあり、タテガミがウマのようでもあった。さっきのキリンのように、外見が俺の知っているものでないけど、名前は聞き覚えがあるようなやつかもしれない。
俺は興味が湧いて、この動物の名前を尋ねてみた。
「今襲ってきた動物はなんていうの?」
イェーモが教えてくれる。
「さっきのは「ウヒ」っていう動物」
「ウヒって……。変な名前だ……」
しかし一度口に出すと、癖になりそうな名前でもあった。
この名前を最初につけた先人は、何を思ってその名前にしたんだろ……。
イェーモは「しまった!」とでもいうように、口に手を当てた。つい口が滑ったようであった。
何だろう?