26 魔法学園ものでははずせない「戦闘訓練」2
陽気な娘、パニシエは勝利の余韻に浸りながら言った。
「それにしても、こうやって魔法戦をしてると【魔戦競技】の選手になったみたいよね〜」
マジナピック……この世界で何度か遭遇したワードだ。この世界にきた時に大抵の言語は理解できるようになっているが、前の世界に存在しなかった固有名詞は分からない仕様のようだった。
「そのマジナピックって何?」
「本当にどうしたっていうの? やっぱり彼、頭でもどこかで打ったんじゃないの?」
パニシエはロズカにこっそりと耳打ちした。しかし、パニシエの声は本人の思っているより大きくて、俺に聞こえている。誰でも知っている常識的な内容を聞いてしまったようだった。
うーん、しかし実際そうかもしれないな……。俺は山で頭を打って、記憶が飛んでしまったのかもしれない。
などと納得していると、ロズカが簡単に説明をしてくれた。
「【魔戦競技】は4年に1度開催される、魔法戦闘の大会。全国から集まった優れた魔法を使う選手達が出て、国中は大盛り上がりをする」
4年に1度の大会……選手達が集まって、国中で盛り上がる……つまり、魔法のオリンピックか。
「今やってる魔法模擬戦みたいな感じで、選手達が魔法を使って戦うの」
「もちろん、規模も魔法のレベルも全然私たち学生のものなんかとは比べものにならないんだけどね。なんせ、選りすぐりの一流魔導士がプライドをかけて魔法をぶつけ合うんだから。出場できるだけですごいことなのよ」
話を聞いていると、この世界でもテレビのように遠距離の映像を映し出す魔法器具は存在していて、どの町からでも広間などで大々的に放映されるとのことだ。
【魔戦競技】が行われる日は、国中どこでもお祭り騒ぎ。皆が注目するイベントだとのこと。試合が行われるのは首都のハリオという都市のようである。観戦のためだけに遠くから足を運ぶ人間も多数いるようだ。
「はぁ、私は今年の【魔戦競技】も家の手伝いかぁ。私も一度でいいから仕事なしで応援してたいもんよね」
パニシエは毎回の開催日は、家族総出で首都ハリオに赴くのだという。しかし、その目的はお祭り気分の観客にパンを売りつけよう商売根性たくましい理由で、パニシエはいつも以上にこき使われて応援どころではなくなるのだとか。
「第3ペア、所定の位置につくように」
名前を知らない先生が大きな声を出して全体に伝える。この響き方は魔法で音を拡大しているのかもしれない。音は空気の振動だから風魔法の一種だろうか。
何はともあれ、話をしているうちに、俺の出番になっていたようだ。俺はリュックを背負って、いざ行かん……としたところで、先生の1人から注意が入る。
「バルニコル。戦闘訓練でリュックは邪魔だから置いてこい」
「いやいや、先生。このなかに魔法で戦うためのネタが入ってるんですよ。あと3時のオヤツと」
「何言ってんだ。道具を使うのは禁止に決まってるだろ?」
「じょ、冗談ですよね? 今日の模擬戦闘の準備で、いろいろ戦うための工夫を用意してきたんですから。あと3時のオヤツと」
「冗談なわけないだろ。ほら、いいから早く荷物置いてこい」
俺は唖然としたまましばらく動くことができなかった。
「あと、それから3時のオヤツは没収な」
………………マジか。
◆◆◆
ルナットがようやくリュックを置いてトボトボと位置につこうとしていた一方。
「ねぇねぇ、どこか観戦しにいく? ロズカの番は6番目の最後の回だったよね? しばらくどこかでヤジ飛ばしにいきましょう」
野次馬精神を剥き出しにしているパニシエをよそに、ロズカは人だかりの方へ歩いていった。
「はいはい、わかってるって。ロズカはルナット君のこと応援しなきゃだもんねぇ〜〜」
酔っ払いのようにパニシエはニタニタとした表情でロズカを肘でつつく。
「パニシエはアタシのこと勘違いしてる」
「えぇ〜〜勘違いかなぁ〜〜??」
ロズカは「はぁ」とため息をついて、顔を背けた。こうなったパニシエは説得など不可能だ。
「結構人が集まってるわね……って相手グレイオスじゃない!!」
パニシエは「あちゃー」と顔をしかめた。
「ロズカには申し訳ないんだけど、やっぱり勝つのはグレイオスで決まりだと思うよ。グレイオスのやつ、ムカつくけど戦闘系では相当らしいわよ。それで余計に威張ってるんだから、ホントやなやつよ」
狂犬グレイオス。机上の勉学の成績は良くないものの、魔法出力の高さ、炎魔法のクラス内で学年中唯一の上級魔法の使用者と、戦闘面だけで見たときに彼の実力の高さは軽く有名である。
「グレイオスの相手とかかわいそー」「けど、あいつも不良だろ? いい気味じゃん」「てか、相手のルナットって変態らしいぜ。ほら頭にパン乗っけてた」
皆、グレイオスという手のつけられない不良が、それよりも弱い不良のルナットを痛めつける結果になると思っていた。疑いを持っていないようだった。
ロズカはあちこちでルナットの敗北が囁かれるのを聞いて、ルナットには味方がいないのではないかという気すらしていた。
「アタシはルナットが勝つと思う」
友人にまた変な茶々を入れられるとも思ったが、これは言っておかなくてはならないと感じた。
根拠はなかった。けれど、何故だかロズカにはルナットが負けるビジョンが沸かなかった。
ルナットに感じる得体の知れない力が、彼の飄々とした態度の源になっているように思えるのだ。
土魔法の授業で周りを驚かせたときのように、ルナットは何か周りをあっと言わせるようなことをするだろう。無論、本人にその気があれば、の話ではあるが。
「スピルツ君も彼がまた何か起こすんじゃないかと思っている口かい」
横から口を挟んだのは、土魔法の担当のモンドー先生だった。先生は目を細めた。
「魔法操作の緻密さだけなら、バルニコル君はこの中でトップかもしれない。この中でというのは先生達を含めて、という意味だ。彼のこのあいだ土魔法の授業で見せたパフォーマンスはそれほどすごいものだった」
ロズカは黙って聞いていた。
「ただ、魔法戦闘の勝敗は魔法の扱いの器用さだけでは測ることはできない。魔力量や強力な魔法を扱う知識や技能、勝負勘といった明らかに魔法戦闘で重要視される能力と比べれば、緻密な操作ができるという強みはあまり生かされることはないからね」
ロズカは視線を多くの視線が集まる二人の男の方へと移した。自信満々に手首を回してストレッチをするグレイオス、覇気のない様子でぶつぶつと何かを言っているルナット。
「……先生はどちらが勝つと考えてるのですか?」
「君と同じさ。おそらく根拠もね」
パニシエは話についていけず「どういうことですか?」と疑問を浮かべていた。
ロズカは一言だけ呟いた。
「直感、ですか」
モンドー先生は返事をする代わりに、微笑した。
__誰が勝つか、試してみればわかる。




