24 真面目な父・不真面目な息子
ふう、と息を吐く。おばちゃんたちの話によると街の衛兵達がリンゴスボリスの盗難の犯人を捜索しているそうで、とても肝を冷やした。それって犯人、俺じゃん。あとエビィーとイェーモ。
幸いまだこうして自由の身でいるわけだが、捕まったら一生牢獄生活だろうか?
それはいやだなぁ……。
タイトルをつけるなら、「異世界転生した俺は自由気ままに学園生活を謳歌するはずが、まさかの投獄されて強制獄中スローライフを過ごすことになった件」とかだろうか? 震えるぜぃ。
話を聞いていて、緊張のあまり尿意を催してしまった。嘘や隠し事が苦手な俺にとって、おばちゃんたちにバレないように平然としている時間は苦痛だった。俺、はたから見て怪しくなかっただろうか……? いや、おばちゃんたち、あんまり鋭くなさそうだし大丈夫でしょ!
それでも家に戻ってきてしばらくは悶々としていたが、「悩んでもどうしようもなさそうなことは悩んでもどうしようもない」がモットーの俺は、しばらくすると、なるようになる気になっていた。
それよりも、だ。
俺は明日の模擬戦闘訓練に向けて自分の使える魔法の検証をさらにすすめていく必要がある。
家の庭に出て、いろいろ試してみよう。
使える魔法については少しずつ理解が進んできた。さっきはなかなか強力そうな魔法を実践で使うことができた。
そう、ズバリ「転移魔法」である。これはなかなかにすごいでしょう!!
さっきは木の上の猫を転移魔法で救出することに成功した。もう一度復習で「転移魔法」を試してみよう。
まずは、
『魔法陣』→《魔法陣の設置》→「空間に固定」っと。
俺が設定した通り、魔法陣が石が転がっている地面付近に現れる。もう一度同じ作業をして、別の場所に魔法陣を作る。2カ所の魔法陣を設置して準備は完了だ。次にこの2カ所の魔法陣の上のものを入れ替えるコマンドをすればうまくいくはず。
ちなみに「空間に固定」の他に、「平面に固定」というのがあり、平らなところに魔法陣を貼り付けることもできる。まあ、基本的には「空間に固定」でこと足りる気もするけどね。
魔法陣の上に自分が立ち、
『魔法陣』→《陣内の物体を交換》で、
片方の魔法陣を選択すると……
数秒間魔法陣が光って…………ワープ! って、あれ? 俺は移動していなかった。
おかしいな。魔法は発動した感じがしたんだけどな……。よくみると俺の下の小石の配置がさっきと変わっているような。これはつまり、小石だけ移動して、俺は移動できないということなのか?
いや、もしかしたら体が少し魔法陣からはみ出していたのがよくなかったのかもしれない。
俺はもう一度試してみることにした。
気を取り直して……ワープ!!!
よっし! 今度は、上手くいったようで俺は別の魔法陣の上に立っていた。
陣からはみ出ると、転移の対象外になるっと。勉強になった。
というか、よく考えたら、もし陣の中のものだけを正確に切り取って移動するのだとしたら、体の一部が切断されていたことになる……。
こわっ! もう少し魔法を使うときは慎重にやらないとなぁ……。
木の上の猫を地面に下ろして助けたとき、最初に『移動』で猫を移動させることも試したが、やはり生物である猫を移動させるのはできないようだった。しかし、この「転移魔法」は生物にも有効なようだ。
それから俺は色々な物や距離で「転移魔法」を試してみることにした。
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「うーん、思ったようにはいかないなぁ……」
「転移魔法」で俺も異世界チートの仲間入りかと思いきや、早々上手くは行かないようだ。
《陣内の物体を交換》による転移には2つの制限が存在した。
「移動距離」と「質量」である。
以前グレイオスとの山越えで活躍した『移動』でも重いものほど移動が遅くなってしまったように、「転移魔法」についても重いものほど転移できる距離が短くなってしまう。
本日「実行に必要な魔力量が不足しています」の表記を何度見たことか……。
具体的にどれくらいまで可能かというと、俺の体を転移できる距離は数メートルほど。
はっきり言って使えない……。だって、これなら魔法発動にかかる時間と合わせると、なんなら走った方が早い。
結局のところどの魔法についても、ネックになるのはだいたい魔力量である。色々なことができるのはいいのだが、明らかに魔法のエネルギー不足が課題である。
気がつくと日も暮れて、夜空には美しい星々と二つの月が浮かんでいた。こっちの世界の月はすごくボヤけて見えるなぁ、と考えていると横からいきなり声がした。
「ルナット。晩御飯になってもなかなか戻ってこないと思ったら、庭で何をしているんだ」
生真面目で少しくたびれた声。まさしくこの世界での我が父親に他ならない。父を見ていると、もっと適当に生きた方が楽ですよ、と言ってあげたくなる。記憶上は短い付き合いでしかないが、きっと冗談も言ったことないのだろう。
「ちょっと転移魔法の実験をねー。なかなかうまくいかないけど」
「「 お、おまえ、『転移魔法』が使えるのか!? 」」
父はのけぞって驚いた。テンションが低い父にしては最大級のリアクションだった。
「鑑定魔法だと、魔力の消費が少ないみたいで、問題なく使えるんだけど」
「「 『鑑定魔法』まで使えるのか!? 」」
そう言って、もう一度のけぞった。
多分これ以上のリアクションは父の中に無いのだろう。
「一体どこで、誰から教わったんだ……」
「いやー、気づいたら使えてた」
「そんな馬鹿な……」
「てへぺろ」
そういえば、前までの俺は使えなかったのかな?
だとすると、前世の記憶が戻ったことで力が覚醒したと見るのが妥当だろう。
せっかくなので、魔法の悩みを、先人である父にアドバイスを乞うてみるのも手だ。体内の魔力量を増やすことができさえすれば、もっと色々とできそうなのだから。
俺は簡単に事情を説明し、父に魔法の威力が出ないことを悩んでいると相談した。
「体の中の魔力量って増やせたりしないのかな? 筋トレ的な何かないの?」
「そうだな……。体の中に蓄積できる魔力量は生まれつきほぼ決まっていると言われているんだ。だから訓練で魔力量を増やすということはできないはずだ」
だとしたら、俺は一生この先も派手な攻撃魔法とかを扱うことができないのだろうか……。せっかく、魔法の世界に来たのに残念すぎる……。
と思っていたが、父は続けた。
「ただ、お前の言う「魔法の威力が低い」というのは、体内の魔力量が少ないことが原因ではないと思うぞ」
「え、どういうこと?」
父は少し考えてから、説明をした。
「魔法は体内のコアに溜まっている魔力を魔術式を通して事象として具現化する、というのは分かるか?」
「いやさっぱり」
「…………。まず体の中心にコアという部分がある。そこに普段から魔力が溜まっている。その魔力を魔術式に__
「魔術式って何?」
「魔術式というのは、ある魔法を作るための言葉だ。表し方は正しく表現されていればなんでもいい。声、文字式、魔法陣、頭の中のイメージ、数式、音程で表す方法もあると聞いたことがあるな。そこに魔力を流し込む。そうすると魔法になる」
正解はたくさんあるのかぁー。確かに考えてみたら、特定の言語でしか魔法が発動しないのは変だもんね。
「そして、お前のいう「魔法の威力が低い」という問題は、魔力を魔法に変換するのがうまくいっていないと考えられる」
あれこれと説明を受けて分かったのは、魔法を扇風機に例えるとすると、電力は足りてるけど、電気がうまくモーターを回す力に変換できていない、ということらしい。
考えてみれば、グレイオスとの山越えで一日中ぶっ通しで魔法を使っていたが、魔法が弱ったり使えなくなったりする気配はなかった。魔力自体はこの体にたくさんあるが、出口が狭くて少しずつしか出ないという表現の方がしっくりくる。
これは、父の言うとおり、出力の問題だということだろう。
「それにしても、こうしてお前と世間話をするなんて不思議な気分だ」
あー、以前までの俺はそんなこと話さないよね。だってヤンキーだし。
「ま、俺も大人になったってことさ……」
通り目をしながら、エアタバコをふかす俺。
父は「何を偉そうに言ってるんだ」と苦笑していた。




