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22 タノシイ歴史のお勉強

 山のふもとに着くと、街に入る前に小さな掘立て小屋があるのが見えた。こんなところに小屋があるとは。そこの扉の前で、グレイオスが合言葉を言う。怪しげな男が中から出てきた。いよいよ怪しい。

 怪しげな男は、荷車ごと荷物を引き取った。荷車を引き受けた男はそのまま荷物と共にどこかへと行ってしまった。


「これからどうする?」

「あ…………? もう俺らの仕事は終わったんだよ。とりあえず寝る……」


 頼まれていた荷物の受け渡しは間に合ったということのようだった。

 流石に限界を迎えた3人たちは小屋で眠りこける。小屋の中は何もなく、引っ越しをしたての部屋のようだった。俺も疲れたし眠ろう。ベッドも布団もないが、幸かな過ごしやすい気温だったこともあり、床でも十分だった。



 休息を終えてから、俺たちはまた山を越えなくてはならなかった。そして我らがコール街まで戻った頃には夕方になっていた。大変な長旅となったが、ようやく戻ってくることができた。


 バルザック氏のところに行き、完了の報告をすると、大金を持たせてくれた。口止め料も含まれているとのことだ。なんともスリリングで、いい社会勉強になるバイトだった。もうやろうとは思わないけど。


 こうして、俺ははじめてのお使いならぬ、はじめての裏バイトを完了した。




◆◆◆




  翌日、山越えの疲れから筋肉痛になるかと覚悟はしていたのだが、案外この体はタフなようで、すっきりさっぱり爽快な朝を迎えられた。


 幸いかな、学校に行っていなかったことは家に連絡されていないようで、夕方ごろに戻ってきた時に、家に戻ってきても問い詰められる事態にはならなかった。友達の家で寝泊まりしたあと通学して帰ってきたと思われているようだった。泥だらけだったことは驚かれたが、両親は学校の実習で戦闘訓練をしたのだろうということで勝手に納得してくれた。



 本日も学校だ。学校では魔法の授業は面白いが、当然面白くない授業もそれなりに多い。

 そういう時に目下一番の暇つぶしになっているのはカーソルを使った遊びだ。


 このカーソルというものにも随分慣れてきた。視界には常にカーソルと8つの魔法のマーク。常にパソコンの画面を見ているようだ。初めはずっと表示されているのがなんとなく邪魔でこれらを一時的に視界から消す方法はないか試してみたが、どうにもダメそうなので諦めた。今では特に何も感じない。


 カーソルの扱いも上手くなった。カーソルはパソコンと違うのが、3次元的に動くことができるということだ。上下左右以外に、現実には奥行きというものが存在する。


 俺が「これ」をする未来は、間違いなくカーソルというものを自由に操れるようになったときから、決まっていたのだろう。このカーソルの能力を得た学生が確実に一度はやるであろう暇つぶしを、俺は実行していた。



 授業中に「先生の鼻の穴に、カーソルを刺したり抜いたりすること」である。



 片方の鼻の穴にカーソルが刺さったままにしていても先生は何事もなかったかのように授業を進める。やっぱり刺された感触はないようだ。先生が黒板に何か書こうと動くと、カーソルも鼻に刺さったまま動く。物体にカーソルを刺すとそのものについていく仕様なのだ。


 そして、チョークを落とし、先生がしゃがむと教壇によって先生の姿は俺から見えなくなる。それでもカーソルだけは透視のような状態となり、そこにあることがわかる。

 うん、この性質は何かに使えそうだ。



 暇な時間をやり過ごし、休み時間になると、さも当たり前のような顔をしてガリ勉君あらため、ギザオが話しかけにきた。


「やあルナット。僕の言いたいことが分かっているのだろう? そうそう、それだよ、その通り。今、まさに君が思い浮かべたそれだよ」


 何を言っているのだろう? 俺にはさっぱりわからない。俺が今頭に浮かべてたことは、先生の鼻に突き刺したカーソルは果たして汚いか、汚くないか、という命題だった。


 触ったものが付くということはなさそうだが、一応あとでタオルかなんかに刺したりして拭いた気分になっておこう。


 俺が何も言わずにいると、ギザオが自分の発した意味不明な発言を補足説明しだした。


「まったく、君はわからないフリをして、僕の口から言わせようよいうのかい? 困ったものだね。いいさ、いいだろう。僕がわざわざ言ってあげるよ。分からないふりをして、別に気になんかしてないふりをしている君に代わって言ってあげるよ」


 よく喋るなぁ。

 俺はいまだに彼が何を言っているのか分からない。


「歴史だよ、歴史の小テスト。さっきモンドー先生が君に返却するときに、唖然とした表情をしていたから、中々によかったんだろう? いいさ、僕の96点とどっちが上か勝負といこうじゃないか」


 『土魔法』の担当のモンドー先生は歴史の授業も受け持っていた。先生が俺にテストを返す時の表情まで注視していたとは、余程俺のことが気になるようだ。変なやつに目をつけられちゃったなぁ。


 「あぁ、あれね」と言って、俺はテスト用紙を手渡した。


「な、な……これは……」


 ギザオは口をパクパクさせて固まっていた。


「ほ、本気かい……?」

「そうだよ。全部分かんなかったから記号を適当に埋めた」


 ギザオは俺の "4点" の歴史のテスト用紙を穴が開くほど見つめていた。なんでこんなに驚いてるんだ?

 俺は前世から日本史とか世界史とか、全然分からなかったし点数も赤点ばかりだった。というか、転生してきたばっかりなんだから、そうでなくてもわかる訳ないし。


「き、きみぃ! この簡単な小テストで、どうしてそんな酷い点数が取れるんだい!?」

「そんなこと言われてもねぇ」


 ギザオは勝って喜ぶどころか、俺の点数が予想以上に低かったことに4点を取った当人(俺)よりもよっぽど取り乱し、嘆いていた。


「なんでそんなに慌てふためいてるの?」

「そんなの、ライバルの君があまりにも不甲斐ないのでは、僕の品位まで疑われかねないからだよ……」


 知らぬ間に、勝手にライバル認定されてるし。

「よし、僕が基礎の基礎、幼子でも知ってるような話から君に歴史を教えてあげよう」と言ってギザオはこの国の歴史を説明し出した。







 100年ほど前まで、この世界には二つの国があった。ギルファス王国とオルミナール王国、二つの国は同じ戦力差だったが故に、長期間にわたり二国間の戦争は集結することはなかった。


 人が人として文化を築いてきた歴史の中で、最も貢献したのが『炎魔法』と『土魔法』。ギルファス王国は主に『炎魔法』を扱い、オルミナール王国は主に『土魔法』を扱う国色であった。


 戦争は、(いにしえ)の時代から始まり、それはそれは長い年月続いたが、常に流血の歴史が続いて

いたわけではない。

 冷戦時代というものが存在する。


 冷戦のきっかけとなったのが、第三勢力の存在である。人が人を傷つけ合うことを憂い、国籍に関係なく苦しむ人を助けた人々がいた。彼らは慈悲深い神の存在を信じ、祈り、そして経典の教えを神の教えとして実行していた。


  『 イド教 』


 絶対神イドを祭り上げるイド教徒たちは、苦しむ人々を救い、救われた人々はイド教徒となった。やがて殺伐とした戦争の空気に心底疲弊しきっていた人々にとって、イド教の教えは心の拠り所となり、次第に教団は膨らんでいった。


 そして、人数が増えたことともう一つ、彼らが大国に影響力をもたらすことができるようになったきっかけがあった。


 『水魔法』の開発。彼らはこの水を行使する力によって、一時的に両国の脅威とまでなった。圧倒的な攻撃力を持つ『炎魔法』を飲み込み、強靭な『土魔法』の防壁を溶かし貫くことができた。


 『水魔法』は威力や防御力こそ劣るものの、二つの国が主軸としていた炎と土の属性に相性の部分で大きなアドバンテージを取ることができた。


 こうして、イド教が二つの国の間に入ることで二つの国は一時的に身動きが取れなくなったのであった。


 しかし、ギルファス王国とオルミナール王国は表面上イド教の望む通り戦争をしない体制をとりつつも、水面下では『水魔法』への対抗策を模索し続けていたのである。


 そして技術開発によって、ついに『水魔法』を打ち破る強力な魔法が完成した。『水魔法』を貫通して術者を攻撃することができる『雷魔法』である。ギルファス王国、オルミナール王国、どちらか一方が先んじて『雷魔法』を完成させていれば、戦局は出し抜くことができた片方に大きく傾いたことだろう。


 しかし、奇しくも両国が『雷魔法』の開発を成功させたのは、全くの同時期であった。


 このことにより、イド教はまたたくまに力を失い、再び戦争の戦火が大地に降り注いだ。長い戦争時代の再来である。


 一番追い詰められたのはイド教の教団であった。両国はこれまでの報復とばかりに彼らを迫害した。


 イド教徒というだけで、はりつけにされた。

 イド教徒というだけで、家族を焼かれた。

 イド教徒というだけで、切り刻まれた。


 平和を願い、戦争の終焉を望む。ただそれだけの気持ちが、殺されるほどの仕打ちを受けなければならない罪なのだろうか?


 両王国はただ、恐れていた。教団が再び自分たちよりも大きな力をつけることを。彼らは教徒たちに不気味な底力を感じていた。それは生そのものの持つ強さだった。


 そして、過剰に追い詰められていくイド教徒たち。最果ての地まで辿り着き、それでもうどこにも逃げ場がなくなった。

 その時…………神が舞い降りた。


 人知を超越した力。小手先の力などではどうやっても太刀打ちできない、天災級の魔法。力の大きさに、戦っていた兵士たちは、武器を捨てただただ頭を地べたにつけたという。


 ……イド教徒の祈りは天に届いたのである。


 神は言葉を授けた。


《 この地に国は一つでよい。そして新たな国に王はいらぬ 》


 神の望みは人と人が殺し合わずにすむ世界。


 ギルファスの王も、オルミナールの王も、神に逆らうことはできない。震えながら、言葉に従うのみ。


 しかし、神は慈悲深い。

 今まで王族を名乗ってきた存在が、唐突に王位を剥奪されることはあまりにも酷である。

 戦争を長続きさせたことは悪であるが、彼らには立場と責任があり、彼らの愛する者と彼らの正義のために動いてきたのだろうから。だから、神は両王家に責を取らせることはしなかった。


 神はギルファスの王とオルミナールの王に特別な家柄の地位と、一つとなった国の政策を決定する権利を与えることとした。「御三家」の誕生である。


 こうして、あらゆる立場の人々に慈悲を施した神は天へと帰るのではなく、イド教の聖地であるアグラ大神殿に籠ることとなった。


《 争いが起きず、人々が平和に暮らせる国をつくるが良い。争いが起きれば神は再びこの地に舞い降りて、今度こそ両家を焼き払うこととなるであろう 》


 楔となる言葉を残して…………。





「こうして今は平和になったわけだが、今でも神様はこの地上にいて、アグラ大神殿から我々人間の行いを見守っておられるのだよ」

「なるほどね〜〜」


 この世界では神様が実際にいるということか。教会が病院の代わりにもなっているみたいだし、そりゃあ神様が実際に姿を現してるんだったら、宗教もそれだけ影響力を持つよね。実際、前世の俺のいた環境と比べて信仰がこの世界では深い人が断然多い。


 俺は根っから理系大好き、科学大好きだから、今まで宗教とか神様とかについてあまり興味を持ってこなかった。せいぜい正月に初詣とかでお祈りするとかその程度だった。そして、ギザオが一生懸命説明してくれたけど、やはり歴史と宗教の話には興味が持てそうもなかった。それが表情に出てしまったのか、ギザオは少し不満そうな顔をしていた。


 それにしても神様がいる世界かー。だったら以前ミアが言っていた悪魔がいても不自然じゃないよね、と改めて思った。せっかくだし、ギザオに聞いてみることにした。


「へぇ……じゃあ悪魔はいるの?」


 ギザオは少し言葉を推敲していた。


「一概にどちらとも言えない」

「どういうこと?」


 なんとも煮え切らない答えだった。いつでも自信満々のギザオ君らしくもない。


「悪魔……ゾーヤルを、今でいうところの子供向けの化け物と定義するのであれば、いないというのが答えだ。だけど、戦時中の歴史書には悪魔(ゾーヤル)という言葉が実際に出てきているというのは確かだ。それが当時の何を表しているのかは不明だが……」


 いないのに、いる?

 なんて意味不明なことを言うのでしょう、この子は。


「つまりどういうこと?」

「象徴としての悪魔(ゾーヤル)は存在している、ということさ。僕にだって詳しくはよくわからない」


 そんな話をしていたら、横から聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「なんの話、してるの?」


 表情の読みづらいジト目の少女、ロズカだ。

 今日も相変わらず風船ガムを膨らませたり、しぼませたりしている。


「この世間知らずに歴史の授業を施していたところさ」

「はい。ガンバって施されてました」

「さっきの小テストで4点だったんだよ、信じられるかい? 赤ん坊だってもう少しマシな点数を取りそうなものさ」


 ギザオの同意を求める声も無視して、ロズカは聞いた。


「そのあと。何話してたの?」


 何も興味を持っていなさそうなロズカが思いのほか熱心に尋ねてきたことに少し戸惑いながら、ギザオは答えた。


「……そのあとって、あぁ、悪魔(ゾーヤル)の話を少しね」


 これだけ聞くってことはロズカは悪魔とかそういうのに興味があったり詳しかったりするのかもしれない。

 自分が好きな話題には入りたくなるのは、すごくよくわかる。俺も前世で飼ってるペットの話とかしてるのを聞くと、あんまり仲良くない人だったとしても、話題に参加しようとしてたな……。


悪魔(ゾーヤル)はいるのかいないのか、ギザオもよくわかんないんだって。ロズカは悪魔(ゾーヤル)について何か知ってるの?」


 そう尋ねると、意味ありげに視線を俺に向けるロズカ。

 2、3秒間があって「なんだ」とため息をつく。相変わらず表情は読めないが、少し残念そうにも見えた。


「それなりに知ってることはある」


 言ったあと、ロズカは付け足した。


「前にルナットから聞いたから」

 

 俺から?

 彼女の言う俺というのはきっと、いや間違いなく記憶を失う前の俺だ。

 

 俺のくせに意外と物知りだな、と思った。



◆◆◆



 二人と別れて今日はそのまま家に帰ろうとした時、すれ違うモンドー先生に呼び止められた。

 先生に呼び止められるなんて何事だろう? 先生の鋭い鼻が突きつけられた槍の切っ先のように光っているように見えた。俺は頭を巡らせると、ある一つの結論に至った。


 やばい! さっきの小テストが悪すぎたことを怒られる!!

 いや……不良としてこれまで行ってきた悪事を断罪される可能性も……。過去に自分が何やったか覚えてないからなぁ……。


 しかし要件はそうではなかった。


「バルニコルくん。明日からついに戦闘訓練の授業が始まるわけだが、準備はできてるかな?」

「え……?はぁ…………戦闘訓練?」


 ああ、そういえば前に言っていたような、言っていなかったような……。

 魔法による一対一の模擬戦闘。的に当てる訓練は行ってきたが、対人では初めての訓練だ。


「準備……まだでした! ……何をしたらいいのでしょう?」

「あはは、言い回しが分かりにくかったようだね。必要なのは心のほうの準備さ」


 準備は必要ないのか。でも、俺の場合は自分の持っている魔法で何ができるかもう少し研究しておいた方がいいかもね。


 そんなことを考えていると、モンドー先生は俺の肩に手を当てた。


「しかし、『土魔法』の授業では君に驚かされたよ。あれほど完全な【球体】を、短時間で、しかも他の生徒の粘土の分まで変形してしまうのだから」


 少しやりすぎたかな、とも思ったが、見上げるモンドー先生は満足気だった。


「君には才能がある。将来きっとすごい使い手になるだろう。それが今から楽しみだよ」


 先生の鋭い鼻は俺を攻撃しようとしていたのではない。俺をまっすぐ見据えて、期待をしてくれていたのだ。


「もしかしたら未来のバルニコル君は【魔戦競技(マジナピック)】に出場しているかもしれない。うん、実に楽しみだ」


 マジナピック……以前ミアと母と話をしていた時に出てきた単語だ。マジナピックの選手が行方不明とかなんとか。


 一体何なんだろう?


 先生は別れ際に「さっきのテストはひどい出来だったけどね」と笑って手を振った。なんだか、暖かい気持ちになった。


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