21 夜の登山は一苦労
グレイオスたちのところに戻ろうと焚き火の光を目指していたところ、何やら騒がしいことに気がついた。周辺が急に明るくなったりするのは炎魔術を使っているからだろうか。不良たちが何かを叫ぶ声に混じって、「キィーーーー」という非常に耳障りな音がする。俺は急足になって駆け寄る。
不良少年たちは三者三様に騒ぎながら周りの赤子ほどの大きさのあるコウモリたちに向かって炎魔法を放っていた。
「フレアショット !フレアショット! くそお!こいつら、ゴブリンバットだ! お前らも、早く撃ち落とせぇ……!!」
「やってるけど、素早くてなかなか当たんねえよ!」
「超音波で耳がぁああ」
それを遠目に眺めながら、超音波は人の聴覚じゃ聞こえないから、少なくともこの「キィーーーー」という音は超音波じゃないよ、と心の中で独り言ちる。
どうやら、吸血コウモリの「ゴブリンバット」の群れに襲われているようだった。イェーモが前に説明してくれたのを思い出した。ゴブリンバットは森で稀に出現する、人を襲う魔物だ。集団で狩りをする性質があり、獲物の周囲を飛び、特殊な音波を出して付かず離れず飛び回りながら、獲物が失神するまで待つ。失神したら相手の血液を吸い尽くすのだそうだ。
それにしても嫌な音だ。頭が痛くなる。この音に集中力を削がれ、グレイオスたちはまともに炎魔術の狙いを定められずにいる。ゴブリンバットの方は余裕だ。音が攻撃手段なので、周囲を飛び回るだけで攻撃になるのだから。
とりあえず、俺は音を遮断する手段をとることにした。
『感覚』→《五感》→「聴覚」
指定すると聴覚がカーソルのさしている部分に集中する。つまりそれ以外は音が小さくなるということだ。少し離れたところをさし、俺はだいぶ楽になった。しかし、それだと、魔法で攻撃しようと思った時にコウモリにカーソルを合わせると音を拡大してしまうので良くない。
うーん、どうしようか。こうして悩んでいる間にも、不良トリオは襲われている。
待てよ……これしたらどうなるんだ? 視覚強化や聴覚強化を行うと右側に縦長のメーターが出る。そしてつまみが中央に位置していて、それを上に持ち上げていくように念じると上がり幅に応じて、カーソルの先端に視野や音がズームインする仕組みになっている。
さて、それではこのメーターを逆に下げたら?
答えは試してみて分かった。ズームインは一箇所がよく認識しやすくなり、周辺が見えなくなる。ズームアウトは一箇所が認識しずらくなり、代わりに広範囲の情報を拾うようになる。つまり、コウモリが音波を発している範囲外まで聴覚を広げれば、音を薄めることができるのだ。これはもっと色々使い道がありそうだが、とりあえず今は音を小さくできるだけで良しとしよう。少し楽になってきた。これでもう少し近づける。
次は、ゴブリンバットを撃退する方法を試そう。これは、以前から考えていた攻撃手段だ。
俺は落ちている手頃な大きさの小石をいくつか拾い集め、ポケットに詰め込む。重すぎず、軽すぎず、大きさは握り込めるくらいのものがいい。そうしてから、ゴブリンバットやグレイオスたちがよく見えるところまで近づく。グレイオスがこちらに気づいて俺に何か言っているようだったが、後回し。カーソルを持っている小石の一つに合わせ、『移動』→《ターゲット指定》……と選ぶと「移動対象を指定してください」の文字とともに青白いカーソルが現れる。青白いカーソルを向かわせてい物に刺し、指定先を選択すると、物体がその方向に飛んでいってくれる。荷車の時は方向を自分で指定したが、《ターゲット指定》を選べば選択したターゲットに向かって直線的に物体は飛んでいってくれる。小石はゴブリンバットに飛んでいってくれる。しかし、これだけでは勢い不足だ。小石をぶつけられたコウモリは少々痛そうに慌てて飛び回るが、致命傷には至らない。
「うんうん。やっぱりこれじゃ弱いよね」
次の小石を取り出し右手に握る。『移動』→《ターゲット指定》、ターゲットはゴブリンバットに合わせて、発動。
今度は小石は飛んでいかない。……いや、俺が握り込んで飛ばないようにしているのだ。
そうして力を加えて反対方向に引っ張る。『移動』によって移動しようとする対象物に対し、それ以上の力で逆方向の物理的力を加えるとどうなるか。腕相撲で腕が徐々に力が強い方に倒れていくように、少しずつ石は力の大きい方向に移動していく。そうしてから、今度は魔法のかかっている方向と同じ向きに腕を振り下ろし、石を投げつける。すると小石はさっきよりも断然速いスピードで飛んでいく。
わお、プロ野球選手並みのスピードとコントロール!
ゴブリンバットの1匹に見事に命中。当たったゴブリンバットは勢いよく地面に墜落した。
投げる石の重さを気にしたのには訳がある。この魔法は軽いものほど速く動かせ、重いものほど動かす速度が遅くなる。重たい岩石を飛ばせれば威力もあってかっこいいんだろうけど、素早く動き回る魔物に当てるなら小石くらいの重さでないと現実的でない。
グレイオスがやっぱり何か喚いていたが、聴覚を広げた影響で聞き取りづらい。
すぐ横で、不良たちはそれっぽい呪文と格好のいい技名と共に派手な炎魔術を放ち、 盛大に外している 。
やっぱり羨ましい。俺もそういうみるからに攻撃魔法みたいのが使いたいところだ。俺は淡々と、小石をゴブリンバットに当てて仕留めていった。
一通りコウモリたちを退治し終わったころには不良たちはヘロヘロだった。
こんな状態で山越えなんてできるのかな?
「どうする? もう少し休んでく?」
「バカ言うな。俺たちは明日の朝までには荷物を運ばなくてはならないんだからな! 行くぞ」
ここで根性を見せるグレイオス氏。お付きの2人は「ひえ〜〜」という反応だったが、結局出発することとなった。
「それにしても、俺のおかげでコウモリたちもやっつけられたし、感謝してくれても構わんのだよ?」
「はっ! たまたま炎魔法が効きにくい魔物が出たからっていい気になるなよ」
「効きにくいというより、そもそも当たってなかったような」
「う、うっせえ!」
お付きたちもすかさず、「ルナット、調子に乗んな!」「アホ、アホ」と発するが、ボキャブラリーもなければ、声に覇気もない。
◆◆◆
どれくらいの時間歩いただろうか? いくら荷物を魔法で移動していて楽とはいえ、山道をずっと歩き続けるのはなかなかしんどい。荷物の負担がある他3人はもっとだろう。ゾンビのような顔をして、ほとんど口も利かない。道に下りが多くなってきたことで、半分は超えただろうと予想できるが、果たしてどれくらいで着くのかはわからない。
ときどき、魔物が現れるが、全ての魔物が攻撃的な訳ではないようで、こちらに関心を持たずにいなくなるものもいた。
もっとも、襲ってくるものもいたので、その場合は戦いになったが、幸いそれほど強力なものは現れなかった。
「ねえ、グレイオス。おーいスネイオス? スネイオスやーい」
「るっせーな……お前なんでそんな元気なんだよ……」
「元気じゃないよ。疲れたしチョー眠い。このままだとさ、寝ちゃうから、なんか喋ろうよ」
「はぁ……? なんでだよ」
「じゃあ、しりとりしよっか。じゃー、俺からね。しりとりの「り」からで「リンゴスボリス」!」
「…………」
「もしもーし?」
ダメだ。言い返してくる気力すらないようだった。
「グレイオスはさ、なんでこんな大変なアルバイトしてんの?」
「…………」
「だって、夜中に荷物持って山を越えるなんて、普通じゃないと思うんだけど。魔物にも襲われるし」
「決まってんだろ……。儲かるからだよ。他に理由ねえだろ……」
そう言ってから。グレイオスは俺の顔を見返して念押しした。
「もう一度言っておくが、バイトのこと、他のやつに言うんじゃねえぞ。親とか友人とか絶対話すんじゃねえぞ」
「出発前もそう言ってたね。だから、お家には電話で友達の家に泊まるってごまかしてきた訳だけど」
「バルザックさんはな、コール街で一番偉いんだ。ドンソン商会ってわかるか?」
「ドンソン?」
聞き覚えはある。そうだ、初めて家に着いた日、父が言っていたこの辺りを収めている商業グループのことのはずだ。
「この国で「御三家」って呼ばれてる、権力持ってる家が3つある。そのうちの一つがドンソン家だ。そのドンソン家の持つドンソン商会はこの国の商業を牛耳ってるグループだ」
「バルザックさんはそのグループのお偉いさんなんだよ。このコール街の支店長。つまり、あの人がやろうと思えば俺らなんか簡単に不審死させることもできる権力があるってことだ」
この街で一番偉いバルザックさんが秘密にしようとしている、裏バイト。とてもきな臭い話だ。
「グレイオスはなんでそんな危ないバイトしてまでお金稼ぎたいの? 買いたいものでもあるの?」
グレイオスは何も言わない。
言いたくないのか。疲れて答える気力が無いのか。
そう考えていたところでポツリと本音が出た。
「冒険者に……なりたいんだ」
冒険者。異世界転生でギルドやらランクやらといっしょに出てくるイメージの、少年心をくすぐる単語だ。この世界にもあるんだ……冒険者。
「冒険者になるために、装備がよ……必要なんだわ。十分な準備していかないと、依頼とかであっさり死んじまうんだとよ。カッコいいけど、常に危険と隣り合わせの職業だ。お袋はスゲー反対してて、でも絶対なりたいから、だから自分の力だけでなってやるんだ……」
まあ、確かに親御さんは心配するよな。うちの母に「冒険者なりたいんだ!」とか言ったら血相変えそうだもんね。
「クソ……なんでお前なんかにこんな話してんだ、俺」
空は薄明るくなってきた。街も遠くに見えてきた。目的地はもうすぐだ。




