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20 山越え

 ミッションだ。依頼主はバルザック・サングラスノオジサン(適当)。内容は、目的地であるハルド街のお届け先に荷物を持っていくというものだ。ハルド街は北コール山、父が以前言っていた「北側の山」と「西側の山」のうち、北側の山を越えていかなくては辿り着けない。俺が、エビィーたちと下山したのは西コール山だから、違う方の山だ。


 お届け指定時刻が明日の早朝。どうやら俺たちはこれから徹夜で真っ暗な山道を荷車を引いて進むことになるらしい。いくら、山道がある程度舗装されているとはいえ、なんというブラックバイトだ。


 というか、これだけ魔法が充実した世界で、荷物の運送は人力なのかとツッコミを入れたい。



 この世界にも電話は存在していた。ただ、携帯できるようなものではなく、置き電話のみであった。電力でなく魔力で動く、『魔法器具』と呼ばれるものらしい。電話番号ではなく、名前と住む地域で家を特定してくれるのだから便利だ。同じ地域に同姓同名が住んでいたらどうなるんだろう……?


 俺は家に「今日は友達の家に泊まることになったから帰れない」と一報を入れた。電話口に出たのが父上だったのは幸いだった。きっと心配性の母上が出たら説明が色々大変そうだ。



 さて、荷車を押すことになった俺たちだが、4人全員で押していくのではなく、前で持ち手を引くのが1人、後ろで荷車を押すのが2人、休憩するのが1人、という体制で進めていき、輪番で休憩を取るそうだ。予想はしていたが、「ルナット、お前は休憩なしだからな!」とのことだ。俺は「うぇえ〜〜そんな〜〜、くたびれて死んじゃうよぉ〜〜」と情けない声をあげておいた。グレイオスたちは大いに満足げだった。


 実はというと、俺はこの仕事でズルができる。俺の8つの魔法のコマンドのうちの1つ『移動(ムーブ)』は、カーソルで指定したものを自由に動かすことができる。細かく言うと、『移動(ムーブ)』→《自由移動》で対象物を俺から見て前後上下左右の8方向に力をかけることができ、サイコキネシスのように触れずに位置を動かすことができるのだ。つまり、直接力を加えなくても荷物は勝手に動くのである。


 俺は前の荷車の引き手を引くふりをしながら、後ろの2人の力と合わせて、いい具合に荷車が動くように調整する。今のところ魔法を使うことで疲れるということはなさそうなので、とても楽ちんだ。


「うぎぎぃ……重い……」

「ギャハハ、ルナットのやつ、もうバテてきてやがる!」

「どうしたどうした? まだまだ道は始まったばかりだぜ?」

「うひぃ〜〜〜〜ご勘弁〜〜」


 期限までギリギリになって、夜中に運ばなければならなくなったのが俺のせいだとしたら、グレイオス不良トリオにも悪いことをしてしまった。だから、大して疲れていないが、疲れていそうな演技をしながら時々情けない声を上げて喜ばせるくらいは、リップサービスしておかないとね!


 正確に言うと、魔法をかけるのは荷車ではなく、中の荷物だ。どういうわけか、人が触っているものに関しては魔法が発動できない。鑑定魔術が生き物に対して発動できないのと同じ理由だろう。魔法は「生きている対象に直接使うことができない」というのがこの世界のルールのようだ。そうでなければ「人体発火!」など恐ろしい魔法が横行してしまうだろうし、ホントよかった。


 そして、生きている対象が触れているものに関しても同様の扱いになるようだ。着ている服を爆散させて「いや〜〜ん!」となる心配もなさそうだ。




 次第に日が暮れてくる。先頭を歩いていて荷物を引いていないグレイオスが手をかざして呪文を唱えると、手の中に小さな炎の玉が生まれた。結構明るい。


「ルナット、お前は『炎属性』の魔法使えねえから先頭で周りを照らすとかできねえよな。荷車引くくらいしかできねえんだから、しっかり引きやがれ」


 得意げにマウントをとってくる。楽しそうでようござんすな。


 しかし、さすがに強気な彼らも代わる代わるとはいえ荷車をひき続けてきて疲れが出てきたようで、食事休憩を取ることになった。


 森の中、自然の木々に囲まれながら彼らのお得意の炎魔術で焚き火を起こす。キャンプファイアー、小学校の時以来だろうか? 何やら荷物をガサゴソと物色していると思えば、食事を持ってきたようで、焚き火を使ってスープやらを温め初め、食べ出す3人。


「あっれーー? ルナット君は食べ物何も持ってきてないのかなーー?」

「けけけ!」

「これは俺らの分だから、一口もやらねえぞ」

「オメェに分ける食料なんかこれっぽっちもねえからな!」


 口々に煽ってくる不良トリオ。


「はぁ、わかってるよ。「このご飯は3人用なんだ」だよね、スネイオス」


 やれやれ。初め分かっていたことだけど、彼らにご飯をもらうことは期待できない。ならば、どうするか。

 俺は木の棒を拾って、焚き火から火を頂戴した。火は木の先につき、立派な松明になった。ケチんぼグレイオスが文句を言ってきたが、無視して松明の明かりを元に森の奥へと進んでいった。




 山での食材調達の基本は、食べられる野草を探すことだ。それでは俺は野草に詳しいかと言われれば、答えはNOだ。確かにエビィーとイェーモの兄妹から、多少聞いてはいるが、ちょっと話を聞いたくらいで食べられるものと、食べられないものを見分ける方法が身につくわけがない。ではどうするか。


 俺は適当に生えている、食べられそうな見た目のゼンマイのような草をちぎって、火であぶる。ちぎりたてホヤホヤの草は生きている判定になるようで魔法が使えないが、少し火を通してやれば、死んでいる判定になり魔法が使えるようになる。


   つまり、鑑定魔術が使用可能になるのだ。



 『感覚(センス)』→《鑑定》→「文化」これでこの植物と人との関わりがわかる。すなわち、食べることができるかどうかがわかるということだ。


 うん、これは大丈夫そう。これは……食べると腹を下すっと。お、あの果物はどうだろう? 焼いてしまったけど、(なま)で食べられるのか、もったいないことをした。


 いちいち文字情報の中から、必要な食べられるかどうかという情報を探してくるのは少々骨が折れたが、十分にお腹を満たすことはできた。最後に見つけた果物はなかなかに美味しかった。甘味の中にある程よい酸味が味に奥行きを与えているといったところだ。でもやっぱり前に食べたリンゴスボリス、あれは別格だったな……。


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