2 ハロー WORLD!!
「ヨォォオロレイヒィイイ〜〜!!!!」
どこまでも続く山々に向かって、気持ちの赴くまま叫び声をあげてみた。
新鮮な空気。日本では見ることのないような植物や山の連なり。天気もいい。
ヨーロッパの自然の景色といえばまさにこんなだろう。けれど、ここはヨーロッパではない。もちろん日本でもない。
だってここ、異世界だもの。
この場所で目覚めたとき、俺には前世の日本での記憶以外にもいくつかの初回サービス特典として、異世界の知識が与えられていた。
1つ、俺のこっちでの名前はルナット・バルニコル。水辺に映る顔を見てみたら、金髪で吊り目のヤンチャそうな顔つきをした異国の少年だった。
1つ、この世界では魔法があり、魔物が存在する。代わりに科学、文明レベルは元いた世界よりも遅れている。
以上!
いやいやいや。
漫画や小説の知識では転生させた女神かなんかがいるなんて聞くけど、もう少し色々情報を融通してくれてもいいんじゃない?
初回サービス特典があまりにもサービスしてなさすぎるでしょ。
個人情報が圧倒的に不足している。
どうして、ルナット少年(俺)がこんなところにいるのか、細かいルナット少年(俺)の家族関係、友人関係、恥ずかしい秘密、初恋の相手、オネショをしていた年齢…………何一つわかることがない。
とりあえず、ここはどこで、今から俺はどこへ向かえばいいのかくらいは教えて欲しいところだ。
わけもわからず見知らぬ異世界に1人で放り出されたとき、人の思考は2パターンに分かれる。
1つは、異世界転生に舞い上がり、とりあえずテンションを上げるパターン。
もう1つは、今後の身の安全、衣食住の確保に危機感を募らせて慌てるパターン。
俺の場合は、もちろん前者。とりあえずよく分からないけど、この状況を楽しんでおこうと、そう思った。
なぜなら、悩んでもどうしようもなさそうなことは悩んでいてもどうしようもないからだ。踊る阿呆と踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。
というか、異世界転生したてで夢見心地の中で、イマイチ現実味がない。
そして空は晴天。自然はこんなにも美しいじゃないか!
とりあえずすることもないし、景気付けにもう一発、叫んでおいた。
やはりこの日本とは異質なヨーロッパ風の景色には「ヤッホー」や「バカヤロー」では似合わない。
「ヨォォオロレイヒィイイ〜〜!!!!」
すっきりさっぱり叫び終わったところで、とりあえず状況を整理してみることにした。
普通、知らない山で遭難したらアウトだが、この世界には魔法があるようだ。
ここは、何かいい感じに魔法を使って山を抜けるのがお決まりだ。
魔法を使う方法はわからない。だけど、ヒントはある。
俺はこの世界に来てから、ずっと気になっていたことがある。
「ふんっ!」
意識を込めると視界の中心にある"ソレ"は自由自在に動いた。
"ソレ"では分かりにくいので、名前をつけよう。"ソレ"の持つ性質と形からぴったりの呼び方がある。まさにパソコンのカーソルのような見た目と役割をしているので、カーソルと呼ぶことにしよう。
カーソルを操作して物に刺すと、刺さったものは薄く光出す。「これが対象物ですよ」と教えてくれているのだ。
カーソルを再び操作して、刺さっているものから抜くと、物が発していた光は消える。
俺の視界にはもう一つ特殊な物が投影されている。視界の周囲に8つのマークが並んでいる。
右上に目のようなマーク『感覚』、左上に魔法陣のマーク『魔法陣』、そして下には左から順に、
『物質』、『形状』、『移動』、『仕事量』、『生地』、『書庫』
の6つのマークが横一列に並んでいた。
きっと、カーソルで選択したものに対して、8つの項目を使って魔法をかけていくという感じなのだろう。
まるでPCゲームの操作画面のようだと思った。
きっとリアルなVRゲームとかはまさにこんな感じなんだろう。
けど、肌で感じる風が、自然の匂いが、これはゲームでも幻でもないと訴えかけてくるのだ。
「そい!」
試しに硬そうな岩に刺してから、目のマークの『感覚』に意識を集中すると、アプリの起動のような感じで機能が発動する。
『感覚』の中にはさらに分岐があり、《鑑定》と《五感》と分岐する。
《鑑定》を選ぶと、そこからさらに「物体」「文化」「固有」「生態」が分岐した。
これいつまで経っても分岐が続いてくだけなんじゃないの!?
と思ったが、これがラストだったみたいで、「物体」を選んだら目の前に文字が現れた。
[岩]
…………いや知ってるし。
これで終わりだったら、なんとも使えない能力だ。
「ワット イズ ディス?」「ディス イズ ア ペン」並に日常で役に立たないやり取りができるだけの機能だ。
しかし、早とちってはいけない。
いつの間にか、強弱のツマミのようなものが視界の右側に現れている。
俺はツマミの強度を上げた。
[安山岩]
おー。確か、溶岩が固まってできた岩石だったか。ということは、この山は火山なのかな。
さらにツマミを上げる。
[輝石安山岩]
なんか、さらに詳しく出てきた。
ちょっと面白い。カーソルが岩石から抜けるように念じると、文字は目の前から消えた。
でも、面白い能力ではあるけど、これじゃあ下山するのには役に立たない気がするなぁ……。
突然背後の茂みから物音がした。
「「 うひゃあ!! 」」
慌てて俺は変な声をあげなから、飛び出してきたものにカーソルを発射して突き刺した。
突き刺したのは…………なんと人間だった!
「なんだww?え、え、お前、何やってんのこんなとこでwww」
カーソルが鼻に突き刺さっていても、少年は気にすることもなくヘラヘラと俺の驚く様子を見て笑っていた。
それが、エビィーたちとの出会いだった。