15 いと哀れなり、ガリ勉君
今日も俺は学校に登校した。今日の俺はリーゼントをしていなかった。昨日一日頭にパンを乗せていたせいで首が痛くなってしまったからだ。とてもじゃないが続けられない。不良は昨日で卒業だ。授業と授業の間の休み時間になると、珍しくも俺に声をかけてくる人がいた。
「やあ。今日は、頭にパンを乗せていないんだね」
誰かと思えば、例のガリ勉君が話しかけにやってきたのだった。昨日は気が付かなかったが、午前中の共通クラスは彼と同じ組のようだ。相変わらず髪を7:3に分けてある頭は、背の低さに強調されて余計に大きく見える。
「おー昨日のガリ勉君じゃない」
「誰がガリ勉君だ。僕のことはちゃんと名前で呼びたまえよ」
「なんていうの?」
「クラスメイトの名前も覚えていないのかい?」
はあ、とため息をつかれた。
同じため息でも、ミアのと違って、なんとなく鼻につくから不思議だ。
彼はチャームポイントのメガネをキランと光らせて言った。
「僕の名前は、ギルドザッカスオーブ・ムッソリーニだ」
「ながっ……!」
長いだけではない。やたらとキラキラした名前だ。ギルドザッカ……なんたら、伝説の騎士とかについてそうな名前だ。ご両親はきっとそういうかっこいい感じの息子に育って欲しかったに違いない。けど、これは愛情という名の暴力だ。あぁ、かわいそうに。分不相応な名前を付けられて、痛ましいことだ……。
「ドンマイ!」
「な、なにがだ!? 僕はこの名前に誇りを持っているんだ。勝手に同情の視線を向けるんじゃない」
「ムッツリーニの方は、とっても似合ってると思うよ」
「ムッソリーニだ!」
「ギル……ナントカカントカはあれだけど……」
「ギルドザッカスオーブだ!」
「ギル……ザッ…………ギザオでいい?」
「ちゃんとよびたまえ!」
「ギルなんとかは覚えられないから、ムッツリーニでいい?」
「……もういい。ギザオでいい……。君と話していると、体力を持っていかれる」
そんなことより、とギザオは切り出した。
「君ぃ。次の算術の授業では小テストがあるそうだけど、きちんと勉強してるかい?」
「へぇー。小テストあるんだ」
「はぁ、そうだろうね。君は小テストの存在すら忘れてるだろうね」
それだけでギザオは勝ち誇った様子だった。算術というのは、数学のことだろう。
「今回の勝負、僕が圧勝させてもらうよ」
今回の勝負もなにも、ここに至るまで俺はこのガリ勉君と競い合った記憶もないし、これからするつもりもない。でも、むこうさんは俺のことをライバル視しているようだった。
算術の小テストは授業開始と共に行われ、授業終わりに返却さえれた。
授業が終わって早速、ギザオは鼻の穴を大きくして俺の席までやってきた。
「テストの結果はどうだったかねぇ? 僕かい? 僕はまあケアレスミスが一つあったからね。ま、それでも92点だったんだけどね。見せたまえよ、君の結果。なに、恥ずかしがることはない。テストがあることも知らなかったんだから、点数が低いのも仕方がないさ。もっとも、わかっていたとしても、まっ、僕の勝利という結果自体は、変わらなかっただろうけd
俺は、テスト用紙を見せた。右上に赤文字で書いてある100点を見て、可哀想なギザオ君は固まってしまった。元々、偏った理系の俺は、前世でも数学、理科は得意だった。その上、この世界は文明が発展していないせいか、問題のレベルが低かったこともあり、かなり時間も余った。
なんか言った方がいいかと思ったが、その前に顔を真っ赤にしたギザオが手で制した。
「いい。何も言わなくていい。ああ、今回は僕の負けだ。たとえマグレであっても、君が勝ったことには違いない。だから、同情の言葉なんて言わなくていい。たまたまであっても僕に勝ったことをせいぜい今は喜んでおくがいい。偶然であってもだ」
俺はお言葉に甘えて、「フゥーーーー!!!」と雄叫びをあげながら、頭を狂ったようにシェイクした。
………………首がとても痛かった。
◆◆◆
授業後は図書館に寄った。昨日はハプニングに巻き込まれて読めなかったが、魔物のことを知りたかったからだ。嫌いな活字でも、興味のあることなら進んで読める。
しばらく魔物のことを学んでから、俺は家に帰ることにした。
ところが、校門のところまで来たときに、三人組が現れ、俺の周りを囲んだ。中央にいたのは見覚えのあるツンツンヘアのシルエットだった。
「スネイオスじゃん。俺に何か用?」
「誰だよそれ! 俺はグレイオスだ!」
グレイオスと、愉快な不良たちだった。
「よう、ルナット。昨日、バルザックさんに呼ばれてるって、確かに俺、伝えたよな?」
そういえば、そんなこと言ってたような気もする。
なんだか上機嫌だ。お付きの不良二人もクククと笑っている。
「お前、バルザックさんの呼び出し無視するとか、終わったぞ。とりあえず、連れてこいって言われてんだよ。どうなるか楽しみだなぁ、おい」
その「バルザックさん」という人物に俺を連れてくるように言われていた彼らは、この門で待っていたのだろう。つまり、俺がずっと図書室で興味深く魔物のことを調べていた数時間、すれ違いにならないように、ここでただ待ち続けていたのだろう。悪いね……お疲れ様です。
「逃げられると思わないことだな。何せ相手はあのバルザックさんだからな」
「はーい」
俺はとりあえず素直についていくことにした。ってかバルザックさんって誰?




