13 パン男とジャムおばさん
結局、数回試してみたけど、俺には十分な強度の結界魔術を作り上げることはできなかった。
どうやら原因は魔力不足ということらしかった。
まず、視野にある8つの項目のうち、結界魔術は『生地』によって再現できそうだと思い至った。
『生地』に意識を集中すると、いくつかの項目が出てきて、その中から《面の貼り付け》を選択する。
そうすると、「引数」という表記と共に、視界に色々な文字項目とメーターが現れる。半透明ではあるが、視界を文字の羅列で埋め尽くされるのは邪魔だ。
項目は本当に色々あって、何をどうしたら良いか分かりづらい。
色相、彩度、透明度、パターン配列、んんん……?
これは見た目を変えられるってことか?
粘着率、反発率、熱伝導率、光反射率、etc。
あった。ロズカの言ってた耐性。うげ……耐性ですら3種類ある。どれどれ…………
打撃耐性、斬撃耐性、変質耐性、か。
打撃耐性と斬撃耐性はなんとなくイメージがつく。
クッションは柔らかく、衝撃には強いが、ハサミで簡単に切れてしまう。これは打撃耐性が高く、斬撃耐性が低いということなのだろう。
俺は前世で小学生の頃、理科の授業で先生が言っていたことを思い出した。
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「ダイヤモンドは硬いと言われますが、これはある意味では正しく、ある意味では間違っています」
「どういうことですか?」
「それをこれから説明します。石の硬さをはかる方法を知っている人はいますか? 石と石を擦り合わせることで傷のつかなかった方がより硬い石ということが言えるのです。この王様がダイヤモンドというわけです」
先生はこの硬さをモース硬度というのだと説明した。
「ダイヤモンドは確かにこうした引っかき傷には強いのですが、実は一定の方向から力を加えると簡単に割れてしまいます。つまり、ダイヤモンドをうっかり落としてしまうと、それだけで割れてしまう可能性もあるのですよ」
最後に先生は「皆さんも結婚指輪でダイヤモンドをプレゼントしたり、プレゼントされたりするかもしれませんが、くれぐれも本当に硬いのかなどとハンマーで叩いて実験しようなどと考えないで下さいね」と言って締めくくった。
俺は、先生の言っていることが本当なのか確かめるため、やっぱりダイヤモンドをハンマーで叩いてようと思った。
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ダイヤモンドの持つ、引っかき傷への強さが斬撃耐性だろう。おそらく。
では変質耐性とは? 意識を向けると、変質耐性のところからさらに分岐が分かれた。
高熱耐性、冷却耐性、電撃耐性、酸耐性、塩基耐性……。
それら一つ一つにもメーターがついている。
なるほど、ダイヤモンドだと、火をつけると燃えるから変質耐性は高くない、という感じだろうか?
いじっていくと、なんとなく理解はできてきた。しかし、メーターをあげようとすると、あるところで「実行に必要な魔力量が不足しています」の表記が現れる。
他をメーターを下げることで、そのぶん耐性を上げることはできたが、結局ロズカの蹴りに耐えられるような丈夫な魔術は生まれなかった。
体内の魔力量を増やす方法というのはあるのだろうか? それとも生まれつき決まっていて、増やすことができないのだろうか?
家に帰りながら、あれやこれやと魔法のことを考えていると、いきなり「ドスン!」と大きな音がしたかと思うと、肉付きのずいぶん良さそうなおばちゃんが店の前で転んでいた。
「いてて………………あらやだ! モップが折れてるじゃない!」
さぞかし重そうな体をしているので、モップもひとたまりもなかったことだろう。ギザギザの断面を露出して真っ二つになっていた。
「おばちゃん、大丈夫?」
「あたしゃ大丈夫だけどね。モップが折れちゃってんのよ。まったく、最近のモップは根性が足りやしないわね」
最近のモップの根性ってなんだろう。
「ちょっと貸してみて」
俺はおばちゃんからモップだった2つの物体を借りた。
気分としては、自転車に乗れるようになった直後にそれを見せたがったときのあれと同じだろう。自分が新しくできるようになったことを見せたいのだ。
それで人助けもできるなら一石二鳥だ。
えっと、まずできるだけ折れた部分をジグソーパズルみたいにそろえてくっつける。次に、モップの一方を選択して……『物質』→《合成》→「接着面の接合」、で、モップのもう片方を選択っと。
「発動!」
意味もなく、それっぽい掛け声をつけてみる。コマンド入力で魔法が発動するばかりじゃ味気ない。
うまくいった! モップは多少凸凹はあったものの、元通りくっついた。
「はいどうぞ」
「あっらぁ! どうなっちゃってんの!? これホントにくっついてるのかしら」
おばちゃんは、それを受け取ったモップをまじまじと折れていたはずのところを見たり、触ったり、傾けたり、振ったり、強度を確かめようと力を入れてしならせたり、モップを片膝に乗せて両側を手で持ちおもいっきり…………
「ふん!!」
「ちょちょ、おばちゃん! それ以上やったら、また折れちゃうよ!」
「ああ、そうだね! あはは、ほんとにくっついちゃうなんてびっくりだわ!」
喜んでもらえてるようで何よりだ。
倒れた脚立。横には水の入ったバケツ。どうやらおばちゃんは高いところにある看板の掃除をしていたようだ。
汚れた看板には「ボナペティ屋」と書いてある。何を売っているのか全く予想できないところが逆に気になる。
ボナペティを売ってるのかな? それって食べ物? 衣類?
「看板ほっといたらだいぶ汚くなっちゃったのよねぇ〜〜。脚立に乗って掃除しようと思ったんだけど、踏み外しちゃったのよぉ。そうだ。あんた人助けついでに、あたしの代わりに看板磨きもやっていきなよ!」
よくわからないうちに、看板磨きを手伝わされることとなった。
一通り磨きおわると、我ながら看板は綺麗になった。
店から出てきたおばちゃんはお礼の品ということで俺に何やらくれるようだった。
「助かったよ! お礼にほら」
おばちゃんはジャムの入ったビンを手渡してくれた。
「おお〜〜! 美味しそう!」
「美味しいわよ〜〜? なんせジャム作り名人のこのボナペティ夫人が直々に作ったんだから」
ボナペティっておばちゃんの名前だったんかーい。
売っているのはボナペティではなく、ジャムのようだ。
ボナペティ夫人が売られていたら、それはそれで面白かったけど。
このかなり濃い感じのおばちゃん、ボナペティ夫人に手を振ってその場を後にする。
今度は川の近くに差し掛かったとき、近くで泣いている子供を発見した。
「少年、どうしたんだい?」
「おにいちゃん……誰?」
真っ赤な目をこちらに向ける少年。
「俺はルナット。どうして君は泣いてるの?」
「お母さんとはぐれちゃって……」
「じゃあ、きっと探してくれてるね。ここで一緒に待ってよっか」
少年は恐る恐る尋ねてきた。
「ルナットお兄ちゃんはどうして頭にパンを乗せているの?」
すっかり同化していて、言われるまで忘れていたが、まだ頭にリーゼントを乗せていたんだった。
「それは俺がヤンキーだからだぜぃ!」
「ヤンキー?」
「不良ってことだぜぃ!」
「お兄ちゃんは不良なのに、助けてくれるの……?」
「不良はよぅ、捨て猫とかそういう困ってる相手は助けるんだぜぃ?」
俺は頭のパンをちぎって少年に渡した。
この感じ、どこかのパンの戦士みたいだと思った。
「とりあえず、これでも食べて元気出すんだぜぃ。あ、そうだ。ちょうどいいものがあるんだった」
先ほどボナペティ夫人からもらったジャムを取り出した。
「これをパンに塗ったらきっと美味いよ!」
「……いいの?」
「いいよいいよ! グビっといっちゃいな!」
「グビっと……?」
少年と俺はジャムをつけたパンに同時にかぶりついた。
「ううん……美味い!!」
パンは一日中頭の上にあったので乾燥していたが、ジャムのおかげで総合的に美味しくなっていた。ありがとうボナペティ夫人。
ボナペティ夫人のジャムは、作った本人と同じように、濃くて味わい深いジャムだった……。




