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11 図書室ではお静かに

 その日の学校の授業が全て終わり、晴れて自由の身となった俺は図書室へと向かった。


 極端な理系少年の俺は、活字が苦手だ。しかし、苦手な活字と向き合ってでも、調べたいこともある。


 山で道中イェーモに動植物のことをいろいろと教わった。聞いてみると、元の世界とは似ている生き物もいれば、全然違うとてもユニークな生き物もいるようだった。すっかり自分でも調べてみたいと思っていた。


 土魔法の教室と違って、図書室は見た目からして図書室然としているので、探しやすい。途中ですれ違ったモンドー先生に方向をき聞きつつも、それほど苦労せずたどり着くことができた。


 図書室はなかなかに立派なもので、ちょっとしたオシャレな図書館のようだった。螺旋階段から上に行って2階、3階と本が壁沿いに並んでいる。


 ん…………なんだ?


 見覚えのある顔ぶれが、何やら揉め事を起こしているようだった。


「おい、もっぺん言ってみろや!」

「だ、だから……僕は、そうやって溜まり場にしてしゃべっているだけなら、どこか他のところへ移るべきだと……

「あんだと?」


 ツンツン不良のグレイオスが、例のガリ勉君のえり首を掴んでいた。グレイオスの取り巻きはガリ勉君周囲を囲んでいた。あら、大変。


 どうせ、またガリ勉君が鼻で笑ったりしたのだろう。「ふん!」みたいな感じで。そして、ヤンキーのグレイオスはそれを見逃せないだろう。そういうのはヤンキー的に沽券に関わるという感じなのだろうから。


 などと、分析をしている間にグレイオスがガリ勉君の頭をどついた。ガリ勉君は痛みに顔を歪める。

 そして、グレイオスはすごんだ。


「図書室の利用は生徒全員の特権なんだよ。オメーだけの私物じゃねぇぞ!」


 ヤンキー謎理論だ。それ、ガリ勉君側のセリフでは?


「ぼ、暴力はやめたまえよ……あとで先生が知ったら、君は停学、退学にだってなりうるんだぞ」


 しかし、そうした脅し文句は不良の闘争本能に余計に火をつけるだけで逆効果だった。

 グレイオスは、今度は横腹に蹴りを入れる。


 このままでは、おさまりそうもない。


 俺はとりあえず、グレイオスの後ろに歩いてきて、先生に挙手をするように片手を高らかに伸ばし、それからグレイオスの見事なツンツンヘアにチョップを入れた。




モサッ


「手は出しちゃダメでしょーがー」

「いてっ」


 俺の一挙手一投足に、その場の全員が固まっていた。

 勢いづいていたグレイオスですら、一瞬停止ボタンを押されたように口が開いたまま、止まっていた。


「ルナット………………テメェ、今何してんだ……」

「いじめ撲滅活動」


 俺はグレイオスの頭の上の手を退け、そして手を高らかに伸ばし、もう一度チョップを繰り出す。


 モサッ


 モサッ、モサッモサッ


 前のめりにセットされた髪型はワックスのようなもので滑っていたが、柔らかく手を包み込まれるような感触はなかなかどうしてクセになりそうだ。


 モサモサモサモサ……


「しつけぇ!!地味に痛いわ!!」


 グレイオスは俺の手を振り払った。

 その拍子に、襟首を放されたガリ勉君がその場にどさりと落ちる。


 時が動き出した取り巻きたちが「は、お前コイツの肩持つのかよ?」「頭どうかしてんのか!?」などと騒ぎ出す。

 グレイオスの額には青筋がピクピク浮かび上がっていた。どうやら相当お冠と見えた。キレたグレイオスの目にはもう、俺しかうつっていない。


「…………覚悟できてんだろうな。 "お前、ルナットのくせに生意気なんだよ" 」




 言葉を聞いた瞬間、俺の意識は記憶の深淵に落ちる…………………………。




 夕方の物寂しい時間帯。ソファに横たわっている記憶の中の俺は、まどろみにいざなわれそうになりながら、全身を包んでいる毛布を小さく巻取り、頭の位置を軽く動かす。眼前には見慣れた空き地。丸メガネの少年が困ったように抗議していたのは、大きな体躯の丸い少年ともう一人。可哀想に、丸メガネの貧弱そうな少年は泣きべそをかいている。大きな体をした横柄な態度の少年が「俺様のいうことが聞けないのかぁ!?」と鼻息を荒くする。そして、それに同調するようにもう一人が言ったのだ。

 「の○太のくせに生意気だぞ!」と……………………。



 「ス○夫!!!!」


 状況も意に介さず、俺は歓喜の声をあげていた。

 懐かしき日の記憶。年齢を重ねるうちにあまりその番組を見なくたってしまったが、あの頃見たアニメの記憶は心のアルバムの中に今も色褪せずに残り続けている。


 かつての友人に再会したような嬉しさが俺の中で溢れ出していた。


「その前のめりなツンツン頭、嫌味な感じ! クゥー! ス○夫だよ君は!」


「お前…………朝からずっとワケわかんねぇんだよ……コロス!!!!」


 グレイオスが呪文を詠唱し出すと、手に火の塊が浮かび上がる。その火の塊はどんどん大きく膨らんでいき、立派な炎魔法へと姿を変えていく。


 「ヤバいっすよ! 流石に! 死んじまいますって!」「ルナット、お前早く謝れ!!」取り巻きたちが騒ぎ出す。


「どこまでもおちょくりやがって!!!!」


 俺は真っ赤な色をした炎の玉を、獲物に狙いを定めるようにゆっくりと回転するその塊を眩しく見ていた。


 俺には羨ましかった。これほど分かりやすく攻撃力のある魔法は、少なくとも昨日検証した時点では使えなかった。なんとも羨ましい。


 きっと、威力は申し分ないに違いない。当たればただでは済まないだろう。最悪、死もありえる。




 そして、その手は大きく振り上げられ、俺にめがけて………………………………

 …………振り下ろされることはなかった。



 俺が何かしたかって? いやいや何も。結論から言うと、俺が何かをする前に、その()()()()()()()()のだった。

 どうなってんだこれ?



 手は、いつまで経っても空中で止まったままだった。まるで、その空間が固定されたかのように、手は止まっていた。いや、手だけではない。グレイオスは自分の体が一切動かないことに気がついた。そしてそれは俺も、不良軍団の皆さんも同じようだった。


 気がつくと、俺たちの体は、ガラスのような薄い平面にめり込むような状態となっていたのだ。それはガラスのように透明ではあるが、光の反射の仕方の特殊さから鱗のような模様を映し出している。美しくも妖しい平面は、様々な角度から、何重にも俺たちの体重なって動きを奪っている。


「な、なんだよこれ! ざけんな! くそ、くそ!!」


 喚き散らすグレイオス。しかし、そんな彼の頑張りも虚しく、彼はほとんど身動きができないままであった。

 これは、誰かの魔法に違いない。そう思い、可動域限界まで動いて視界を左右にやると、術者の姿があった。


 それは、ロズカ・スピルツ、土魔法の授業のときに周りから称賛されていた女子生徒だった。


 ロズカはまるで自分に関係のない出来事のように、関心のない顔つきで我々のことを眺めていた。けれども、今この現状を引き起こしているのは、ロズカの魔法に間違いなかった。


 ようやくそのことを察したグレイオスが、降ろしどころを失った怒りのエネルギーを視線に込めて、ロズカに向ける。


「女ぁ! 今すぐこのワケわかんねぇ魔法を解除しやがれ!! さもないと


 ロズカの表情がピクリと動いた。


「耳障り。図書室では静かにするって、知らない?」


 ロズカは手をグレイオスの周辺にかざしていき、呪文を唱える。「結界魔法 第二の型(セカンドモルド)『蜘蛛の巣』」と言い終えると、天井から床にはめ込まれた巨大なガラス板のように、新たな透明な平面がグレイオスの顔を固定する角度で生成される。


 顎が固定されたグレイオスは「ん〜〜ん〜〜」とうめいて何かを主張していたが、口を開くことができず、言葉にはならなかった。

 そんなグレイオスの眼前まで近づいたロズカはグレイオスの鼻を摘み、強めに右に左にと引っ張る。

 おお…………痛そうだ。


「んぃぎぎぎ……んっぐっっ……!!」

「は? 何喋ってるのかわからない」


 「お前がしゃべれなくしたんだろ!」とグレイオスは言いたげであった。なおもグレイオスの鼻は引っ張られる。


 ついには戦意を喪失したのか、グレイオスは視線を下に向け、それに呼応して手に集まっていた炎は消え去った。


 ロズカは何の感傷もなく、結界を解除した。


 戦意喪失した不良3人は、すごすごと退散していった。何もせずに立ち去ったのは、きっとロズカという少女に対して格の違いを思い知ったからだ。それほど、さっきの魔法はすごかった。


「今回は……


 口を開いたのは、ずっと尻もちをついていたガリ勉君だった。

 なんだなんだ? まさか、お礼でも言っちゃうのか? まあ、俺がアレを試す前にロズカに見せ場を取られちゃったけど。ちょっと期待していると、彼は立ち上がり、俺に向き直って真剣な顔でこう言った。


「今回は、僕の完敗を認めよう。けど、1つだけ言っておく。僕は君のこともやはり認めていない。そして、次に勝つのは僕だよ」


 2つ言ってるし、と内心ツッコんでる間に踵を返して彼もスタスタと行ってしまった。やれやれ、とんだ茶番劇だった。


 後に残ったのは、俺とこのロズカといいうクラスメイトの二人だった。結果的に俺もロズカに助けられたわけだし、ガリ勉君が行ってしまったから俺からお礼を言っておこうか。


「助かったよ、ありがとう」

「……君、何か狙ってたでしょ」


 栗色のショートヘアをした女の子は、どうやら冷静にこちらの状況を見ていたみたいだった。俺が何かグレイオスに試そうとしていたことまで察していたようだ。


「いやいや、本当に止めに入ってくれなかったら大変なことになってたよ」


 実際のところ、自分が無傷で済む方法はいくつかあった。

 ただ、それらのどの方法でもグレイオスの炎が自分に当たらない代わりに、図書室が高い確率でファイアーすることになっただろう。


 ロズカは有無を言わさぬ無表情で俺に言った。


「ちょっと、来て」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロズカみたいなミステリアスでクールな女子、格好いい!今後ロズカとの掛け合いがもっと増えていくかと思うと、楽しみ。
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