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58 愚か者

 イェーモを潰した、あの大きな塊が、ドラゴンの足だと気がつくのに、エビィーには時間が必要だった。


 『身体強化魔法』は本来攻撃力、防御力、機動力、全てを上昇させることを目的として使う。エビィーのように、一点突破の強化は特殊であり、イェーモの身体も身体強化の影響で、頑丈にはなっている。


 しかし、当然限度がある。


 巨大で美しくもあり、人工的でもあるようなツルツルとしたウロコの足は、許容値を超えた重量を持っていた。


 エビィーは無我夢中で巨大な足を蹴り飛ばす。



「ああああああ!!!!  

 「身体強化『衝撃(インパクト)』」!! 」



 足は鈍く弾き飛び、ドラゴンは思わぬ衝撃によろける。

 持ち上がった足跡から、重さで砕けた岩、潰れた草花…………変わり果てた妹の姿が。


 見るだけで致命傷だと分かる痛々しい姿。血だらけ、アザだらけ。体中を骨折しているイェーモ。


 すぐ側には、絶望の化身。


 逃げるが正解。

 彼の常識では勝てる存在でないことは嫌というほどに理解できていた。


 対峙した時点で死。


 生き残ることはできない……。


 死ねば終わり。部族の価値観であれば、生き残ることこそが最善。自分の命こそが最優先。生きているのか死んでいるのかわからない状態の重症な妹を見捨てて、自分だけでも生き残ること。


 ……それが最善。



「クソォおおおおお!!!!  「身体強化『加速(ブースト)』」!! 」



 エビィーは木々を蹴り上げ、飛び上がる。



 「 「身体強化『衝撃(インパクト)』」!! 」



 ドラゴンに追撃の拳を与える。


 ドラゴンと比べればあまりにちっぽけな人間の体。そこから生じたとは思えない衝撃に巨大な体は再びよろめく。 効いているのか、それともただ少しよろめかせる程度にしかくらっていないのか。

 

 ドラゴンが反撃をする前に、殴る! とにかく、ぶつける! 死ぬまで!!


 勝てると思っていない。思っていないのに、彼は立ち向かう。

 

 冷静な判断などというものは今はもう意味をなさない。

 ドラゴンに見つかってしまった時点で終わりだ。


 だから…………激情に身を任せる。


 死を眼前に、命の炎を燃やし尽くすべく、魔力、体力、精神力、全てを注ぎ込んで。


 飛び上がっては、大きなドラゴンに、全力の一撃を次々と打ち込んでいく。




 勢いは、時に常軌を逸して力を発揮することがある。

 この時、彼が冷静なままでいたら、エビィーはドラゴンに容易に殺されていたはずである。




 ……………………しかし、理性がなくなった状態では、普段であれば気がつけたような失態を犯してしまうことだってある。



 エビィーは気がついていなかった。

 背後に近づいていた、 " ザンガーの存在に " 。


 敵の一体に気を取られ、もう一つの敵に注意を向けることを完全に忘れ去っていた。

 奇しくもそれは、エビィーとイェーモが意図して仕掛けた戦略と同じ構図であった。


 完全に不意をつかれた状態。

 着地前の無防備な瞬間。


 身体強化は今、機動力に一点突破している。

 今から防御へ切り替える暇はない。


 

「無理だ……」




 なんの意味も価値もない、死。

 虚無だけが広がっている。


 1秒後に迫った死を感じ、無念と苦痛に目を閉じようとしたその時______

 


 ゴッ……!



 何か硬いものがぶつかる鈍い音がした。


 着地と同時に、身を翻す。


 ザンガーはどうしてだか、まだ攻撃を仕掛けてきていない。

 触れられるほど近くにいるのに。

 


 どうして?


 なぜ?



 そんな疑問は置いておく。

 今、この一瞬の判断で首の皮一枚繋がる。


 エビィーはすぐに飛び退いて距離を取る。


 そして、ザンガーの様子を見て思う。何か不慮の出来事があった。


 気づく。

 ザンガーは攻撃をしなかったのではない。攻撃を外したのだ。


 外した?

 これだけ近い距離で?


 敵のすぐ足元に落ちている拳大の岩石。

 石礫だ投げられた石が奴の手を弾いたのだ。


 そこにきてエビィーは、自分が助けられたのだと知る。何者かによる援護射撃。それが自分の命を確実に奪ったであろう一撃を逸らさせたのだ。


 「なぁんだあああ!? 急になんなんナンなんだ? せっかく殺せたのに、あとちょっとで殺せたぁのにぃ!!」


 軽いパニックを起こしているザンガー。


 空すら震わせる声が響いてくる。


「何故だザンガー。なぜ、その【食】はまだ元気に動き回っている。致命傷を負わせる機会が訪れたはずだっただろう?」


 視点が高く、生命エネルギーを感じ取る器官でしか足元のエビィーやザンガーを認識できていないドラゴンは、状況がわからないでいる。ただ、ザンガーがエビィーにトドメを刺すチャンスを逃したということだけしかわからないのだった。


「石が! 石が飛んできた、きやがった!!! くそっ、くそっ!」



 上空のドラゴンの耳に届くほど大きな声で、喚く。


 ドラゴンは察した。どこまでも苛立たしい、理解の外にいる「アレ」が邪魔をしたのだ。


「ザンガー! 周囲を探せ!! 見つけ出して殺せ! 壊せ!! 【食】にならないアレは手心を加えておく必要はない、バラバラにしておけ!!」



 「アレ」の正体をザンガーは知らないが、石を当ててきたどこかに潜んでいる外敵のことだと理解した。


 石の起動から、方向を考え、ザンガーは持ち前の機動力で駆け出していく。


 ザンガーが去って、目の前に残ったのはドラゴンとエビィー。そして潰れたイェーモ。

 状況は最悪であることには変わりない。


 けれど、エビィーは引き攣った顔で、それでも笑っていた。




「……ははっw。はははは…………www。あいつ、ドラゴン相手に挑んで本気で生き残ってんのかよww。

 ……んじゃ……俺も負けてらんねぇか…………wwww」




◆◆◆




 とりあえず、投石はうまくいってよかった。エビィーを間一髪助けることができたようだった。

 もちろん、ただの石投げで、攻撃を弾くなんてできない。魔法の力で威力と狙いの精度を高めている。


 ドラゴンとの戦いでは魔法が使えなくなっていた俺だったが、今は問題なく使えている。


 それでは、いつ魔法が使えるようになったのか。


 答えは、ドラゴンが空高く飛び上がって、俺に向けて巨大な炎の魔法を撃とうとした時だ。



 あの時、ドラゴンの広範囲『炎魔法』からは走ってもとても間に合わなかった。今、俺がなぜだか知らないが魔法は使えないのはわかってる。

 けれど、いつもの癖で咄嗟に魔法を使って自分の機動力を補おうとしてしまった、なんと思いもかけず発動したのだ。


 『身体起動』で全速力でその場を離れ、何とか着弾地点から遠くへ離れることができたのだ。


 ドラゴン……強すぎるよ。とても勝てそうもない。

 でも、俺のことを倒したと思ってどっか飛んでいってくれたし、追いかけられてた女の人は逃げ切れたみたいだ。

 


 目的は達成したので、とりあえず俺はドラゴンに吹き飛ばされて遠くに飛んでいった《(ステッキ)》を回収しにいく。そして、朧げに見えてきていた「魔法が使えなかった理由」について、考えていた。



 魔法は、ドラゴンから離れて《(ステッキ)》を投げたとき、きちんと発動した。

 『移動(ムーブ)』→《ターゲット指定》で狙い通りに《(ステッキ)》をドラゴンに当てられた。


 しかし、その後ドラゴンと会話をしてから魔法を使おうとしたら、魔法が発動しなかった。


 原因は会話?


 いや、違う。


 その前から魔法は使えなかったはずだ。


 イェーモがさっき言っていた。


「体内に流れる【生命エネルギー】が【魔力(マナ)】と仲良しなせいで、生き物のすぐ近くでは魔法が使えない」

と。


 一般的に魔法は現象に一度変換してからでないと生命体に当てることができない。

 体を直接炎魔法で焼いたり、吹っ飛ばしたりできないのだ。

 

 そして「すぐ近く」というのは、生き物によって違っているはずだ。


 無論人間と、体の大きなドラゴンでも。



『ドラゴンという巨大な生命体の近くにいたせいで【生命エネルギー】が邪魔して魔法が発動できなかった』

 


 これが結論だ。


 だからこそ、ドラゴンは地面にいる時に魔法を使わなかった。


 ドラゴンの体から離れたところでしか魔法を発動できないは、ドラゴン自身も同じ。足元にいる俺を狙うには一度距離をとるために飛び上がるしか無かったのだ。



 そしてこうもイェーモは教えてくれた。発動時間と変換効率を犠牲に、直接魔法をかけるようにしたものが【魔法陣】の役割だと。

 つまり、エビィーたちの『身体強化魔法』であれば、ドラゴンの周りでも発動することができるというはずなのだ。

 

 だけど……。


 そこまで考えて俺は思う。

 俺、ドラゴンに攻撃手段ないじゃん。


 俺の攻撃手段は全て【魔法陣】を解さないで使う魔法だ。


 【魔法陣】は変換効率が低い、つまり、器用貧乏な俺の能力では、相手を傷つけるだけの威力の影響力を【魔法陣】を介した魔法では作り出すことができない。


 うーん。


 それにしても何か忘れてるような……。


 そこまできて、俺はエビィーたちを放置して来たことを思い出した。

 さっさと合流するかぁ。別れるとき喧嘩したから、もう先行っちゃってるよね。


 …………ん? そういえば、ドラゴンが飛んでいった方向ってエビィーたちのいた方向じゃ……。



 そうして、俺はエビィーの援護をしたわけだった。

 ドラゴンの近くにいては魔法が使えない。


 とにかく『五感魔法』で望遠しながら遠くから石を投げて援護することしかできないけど、エビィーたちなら『身体強化魔法』があるからドラゴンの近くでも、魔法を使えるだろうし、何とかしてくれるでしょ。

 多分……。



「オイィい!! お前か! お前なんかぁ!」


 唐突に呼び止められる。

 ようやく来たようだ。


 俺は木の上から下を見ると、やたらめったら目つきの悪そうな男がこっちを見ている。

 エビィーを攻撃しようとしてたやつだ。ドラゴンに命令されて本当に俺のことを探しにきたようだ。


「ルナット・バルニコルをお探しかい? だったら俺かもね!」


 木から降りて、男に近づく。


 こいつは敵だ。

 ドラゴンを目の前にして、エビィーを攻撃しようとしてた。ドラゴンの指示に従って動いている。


 どういう存在なのかよくわからないけど、とにかくこいつは敵で間違いない。


「そうか。安心したぁ。つまり、お前を壊せば、命令達成、成功ってことだなぁ?」


 男はニタァと笑った。




◆◆◆




「まさか、ドラゴンと意思疎通ができるとはなw。その上、人間を使って人間狩りしてるなんて……ww。なあ、ドラゴンさん、俺たちを見逃すって選択肢はないのかよwww」


 エビィーはヘラヘラと口を動かす。必要以上にいつもの自分を演じる。

 動揺、怒り、恐怖、焦燥、それらを飲み込んで。


「【食】が交渉をするつもりか。命乞いか。愚か。力の差がある者同士では交渉など成り立たない。やはりニンゲンは愚かだ」


 ドラゴンの足が正確にエビィーを踏み潰す。


「 「身体強化『打撃耐久(プロテクト)』」 」


 エビィーは避けない。

 硬化した体は、ドラゴンの体重を受けて、それを正面から耐えうる。


「全然きかねえな……」


 ただの意地。普通ではあり得ない重さの踏みつけ。

 耐えるのがやっと。それでも平気なフリをする。


 エビィーはドラゴンを挑発する。

 勝てないなら、せめて自尊心を削る。


 それが妹を無惨な姿へと変えた、【生きた災害】へのせめてへん意趣返し。


「何だ……? 貴様、どうして潰れていない?」


「おいドラゴンwwww。お前、人間を愚かだとか言ったよな……w」


エビィーは加速してドラゴンと間合いを詰める。しかし、先ほどの奇襲とは訳が違う。【生命エネルギー】を感知するセンサーが正確にエビィーの位置をとらえ、巨大な尾がいい位置にくる。


「 「身体強化『打撃耐久(プロテクト)』」 」


 ギリギリ間に合う身体強化。地面に勢いよく打つ落とされるエビィー。

 魔法が防御力を補っていても、それでもダメージはある。


「きかねえよ……w」


 エビィーに勝ち目などない。

 それでも先ほどとは違う。気持ちが違う。


 傷つきながら、それでも無理して笑う。


「愚かなのはドラゴン、お前だよwww。バーカwwwww」


 踏み潰そうとした足を、今度は避ける。


 足元に潜り込んで、何とか一撃、どうしても入れたい。

 エビィーの一撃は確かに入る。しかし、やはりダメージとなっているのかわからない鈍い感触。



「お前、判断間違ってるぜwww?」



 

 ドラゴンは無視して上空に飛び上がる。ルナットを焼き払うために発動した巨大な『炎魔法』をエビィーに撃つため。


 飛び上がって距離を取ると、エビィーは離れないようにドラゴンに向けて飛び上がった。


「おらw! こいよwww!! 打ってこいよwww。 「身体強化『熱耐久(アンチサーモ)』」 !!!!」


 巨大な炎が、空高く飛び上がったエビィーを包む。

 生命が生存などできないほどの超高温。


 しかし、 エビィーの『身体強化魔法』はそれすら耐えうる。


 そのままドラゴンに殴りつける。

 強化の入っていないエビィーの一発はドラゴンにとって、虫にぶつかられた程度の感触。


 ドラゴンは思った。

 想像より抵抗はしている。確かに、予想外。

 しかし、ドラゴンにとって獲物がしぶとくとも、依然として脅威と感じるほどの相手ではない。


 先ほどのルナットと同じ。

 しぶとく抵抗する羽虫。


 羽虫には、危害を加える力などない。


 そう。


 本当の予想外は……その後に訪れた。


 高く飛び上がったことで、周囲の感知がしやすくなったのだ。

 そして、気が付く。



(ど、どういうことだ……どういうことなのだ……!! ザンガーの体が…………動いていない? 【生命エネルギー】が少しずつ漏れている……このままだと死ぬのか!? なぜ、あんな……)


 エビィーは、ドラゴンが空中で固まっているのを見て、ヘラヘラと落下した。

 蓄積したダメージでボロボロのまま、ヘラヘラと笑う。


「ようやく気が付きやがった……。お前の猟犬じゃルナットに返り討ちだっての……w」



 すっかり夜になってあたりは暗くなっていた。落下していくエビィーの目には、空に浮かぶ真っ赤な月が映っていた。


 信じられないほど大きな、真っ赤な月だった。


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