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54 まどろみ

 エビィーが怪我をしたのを見つけたとき、俺は「しめた!」と思った。


 漫画でたまに聞く「しまった」と「しめた」は、逆の意味らしい。どうやら「しまった」は敵にしてやられたりして困ったときに使う言葉で、「しめた」は逆にうまくいったときに使うもののようだ。


 つまり、扉を閉める人と閉められる人がいて、閉めた人は喜んで、閉められた人は悔しがっているのだろう。


 今回、俺は扉を閉める側だった。

 まあ、別にそんなに相手が「しまった!」となることでもないけどね。


 俺は『回復魔法』に重ねて『スキャニング』をしていた。『スキャニング』は、魔法を分析する魔法だが、それだけではない。いろいろなモードがある。


 二次試験では物質の成分と形状をスキャンしたし、内包するエネルギー量もスキャンできる。

 そして、なんと物体の動きもスキャンできるのだ。


 一次試験でコンビを組んだセルドリッツェさんが言っていた。どんなものにも【物の記憶】というものがあり、動きの記憶もあるそうだ。


 俺はエビィーに動きの『スキャニング』を行った。魔法が解除されるまで、エビィーの動きはビデオ動画のように録画され続ける。


 では、なぜそんなことをしたのか?


 もちろんこんな冴えたこと、考えたのは俺ではない。


 我らが参謀メイさんが、言っていたのだ。隙を見てエビィーの動きに『スキャニング』をかけるようにと。


 メイさんは言っていた。見たところ、この参加者の中で、魔法と無関係に純粋に体の動かし方が優れているのはエビィーだと。その身体能力、動きを俺ができるようにするため、こっそりと動きを『スキャニング』する。


 エビィーなら一緒にいる機会も多くて、やりやすそうだしね。


 『スキャニング』によって、俺はエビィーの機敏な動きを真似できるってわけだ。



 で、そこまでは良かったんだけど、突然のエビィーたちの質問攻め。


 俺の魔法がおかしい、どうやってできるようになったか、だって?

 知らんぞな!


 隠してるわけじゃないけどさ、よくわかんないし説明できないよ……。


 俺にだけ見えるカーソルを操作して、視界の周囲に見える8つのアイコンのような部分に意識を向けると、なんかパソコンみたいに操作した通りのことが起きるって……? 伝わるわけないやーん!


 そもそも「パソコンみたいにね〜」とかって言っても、この世界にパソコンって存在しないし。


 そして自慢じゃあないけどねぇ、俺の説明はとても下手なんだよ!!


「あ、見て! なんかこの岩、鍵穴みたいの空いてるよ! おもしろくない!?」


 困って別の話題にしようとした必死の頑張りも虚しく、二人は一切興味を示さない。


「二次試験のときとかも空いてたよね。いやぁ、こんな自然の中に鍵穴なんて不思議だナア……」


 関心ゼロ。

 俺のよくわかんない魔法のことなんかより、こっちの方が面白いでしょうに……。


「うーん、自分でも正直よくわかんないんだけど、色々な魔法がちょっとずつできるみたい。仕組みとか聞かれてもうまく答えられないから困るけど……」


 どうせちゃんと説明してもわかんないから、簡単に話してみた。これで納得してくれるといいんだけど。


「そんなことより、あの雲、めっちゃ顔に見えるよ! あれ! 今度は珍しい形の石が落ちてる!」


 二人は、腑に落ちない表情をしていたが、その後俺の別の話題を振りまくる作戦で、どうにか収まってくれた。



 空が暗くなってきた。夜に近づいたということではなく、厚い雲が空を覆ったからだ。

 ポツポツと雨が降り出す。


「ここらへんで休憩しようか」


 イェーモがそう言って、俺たちは鬱蒼とした洞穴で雨宿りをすることになった。


 目的の本拠地までは、あとどれくらいあるかはわかんない。

 けど、だからこそ体力を温存して長距離でも大丈夫なように備えるべきなのだろう。


 岩場に腰掛ける。雨雫が時々落ちる音が、洞窟内に響く。


「さっきハーブを見つけたから摘んでおいたんだ。ルナットは、ハーブティーは飲める?」

「美味しそうだね。いただこう!」


 気の利くイェーモだ。


 テキパキとした動きで、配布された袋から道具を取り出し、火を起こしてくれる。

 キャンプ用の道具みたいのが入っているようだが、俺には使い方がよくわからない。

 二人と合流できて本当よかった。


 思えば、初めてこっちの世界で記憶がないことに気がついたとき、一緒にいてくれたのも彼らだった。

 選抜でも、共に力を合わせるチームとなって頑張ってきた。


 俺と同じアホな仲間のエビィー、常識人のイェーモ。彼らとは願わくばずっと、いい仲間でいたいところだ。


「ねえ、二人はどうして選抜に参加してるの?」


 選抜に参加している人は大体2パターンのどっちかの目的で参加しているらしい。


 【魔戦競技(マジナピック)】にギルファス家の選抜枠として参加すること、または、選抜の過程で有能さをアピールしてギルファス家のお抱えにしてもらうこと。ロズカのようにどっちにも当てはまらないケースもあるかもだけど、それはまあ例外だろう。


 エビィーたちはどうなんだろう?


「お前はどうなんだよwww?」


 エビィーは答えず、むしろ尋ねてきた。


「俺は……その、こっちにきてシェリアンヌちゃんとオーマンさんの役に立ちたいなって思ったけど、【魔戦競技(マジナピック)】で優勝することが目的だよ」


 俺は天井を見上げながら話した。

 アウスサーダ家の刺客として、メイさんがギルファス家の内部を監視するためのカモフラージュだなんて、言えない。


「そうだよなw。俺らもそうだww。自分の力試しw」

「じゃあ、ギルファス家で雇ってもらおうとかじゃないんだ」

「どうすっかなw。その時のノリで決めるわwww」

「さすがだねエビィー! 適当だ!」


 もう選抜試験も半分派過ぎたはずだ。


 今まで意識しなかった、これからのこととかも考えてしまう。


 ハーブティーの落ち着く香りが鼻を癒してくれる。

 

「まあ、ギルファスで雇われるとか、雇われないとかで違うだろうけど、そっからどうするの?」


 エビィーはよく分からなそうな顔をしている。


「色々落ち着いたらさ。それから先、どうするの?」


「どうって、何がよww?」


 言葉が足りなかったみたいで、うまく伝わっていない。


 もう一度別の聞き方をしてみる。


「んー、だから夢とか。長い目で見た時にやりたい事とかさ」


「…………。そりゃあ長生きだろw。生きることが生物の目標だww」


 イェーモはハーブティーの準備をしているからか、エビィーの言葉に何もツッコミを入れない。


 それとも本気なの?


 ただ、生きること。これが2人にとって唯一の目標?


 でも、そうだとしたら、あまりにも……。


「俺さ、イェーモとかは動物詳しいから、そういう職業についたらいいんじゃないかって思ってたんだ」


「研究者かw。そういうのは向いてねぇよ、イェーモはwww。文字の読み書きは俺等はそこまでできねぇw」


 いや、そうじゃない。

 学者じゃなくても動物に関係する仕事はある。


「例えば、そうだなぁ。動物園で働くとか」


「動物園……w?なんだそれwww」


 ヘラヘラとしているが、バカにしているというわけではない。エビィーもイェーモも知らないんだ。この世界には動物園というものがないのかもしれない。


「大きな敷地に動物をたくさん飼って、たくさんの人が見に来るんだよ!」


「動物をたくさん飼う? それで人が来るの? そんなの一部の人しか……」


「来るよ! いっぱい来る! 動物をたくさんっていっても面白い動物とか、色んな種類の動物を見えるように展示するんだよ!」


 何せ動物園は前の世界では当たり前の有名な娯楽だったんだ。

 初めての動物園は人気になるに違いない。

 

 イェーモは俺の話しに興味を示していた。イェーモ、生き物好きだもんね。


「2人が思ってる以上に動物を見たいって普通の人も思ってる。施設を作るのは大変だけど……。夢はデッカイほうがいいって、偉い人も言ってるし! お……ありがと」


 彼女から手渡されるコップを受け取る。


 中には心地のいい香りのハーブティーが入っている。


 匂いだけで落ち着く……。


 なんだか眠くなってくる。しっとりとした雨、暗い空間にゆらゆらと揺れる炎。


 でも俺が寝ちゃっても、大丈夫だよね。


 2人には悪いけど、エビィーとイェーモが起きていてくれれば安心だ。



 2人はいつでも信用できて……頼りになって……









「「  グゴォオオオオオオオオオ!!  」」








 唐突な爆音。何かの雄たけびのような音。

 俺はうっかりコップを落としてしまう。


 床にできるハーブティーの水たまり。


「ごめん! せっかく入れてくれたのに……」


「い、いや、しょうがないよ。それより、なんか今すごい音がしたね」


 音の正体を確認するため、俺はエビィーたちと洞窟を飛び出す。


 高いところから空飛んで見るのは俺の専売特許だ。


移動(ムーブ)』→《自由移動》→「対象を自分」


 俺は『身体起動』で(エビィーたちに言わせると、これは『身体起動』とは違うみたいだが)、体を浮かび上がらせ、高い木の上に捕まる。


感覚(センス)』→《五感強化》→「視覚」


 望遠能力で、遠くを見通す。

 300メートルくらいかな? 俺はとんでもない生物の姿を目撃する。


 すぐに下に着地してエビィーたちに知らせる。


「……ドラゴンだ」



 エビィーたちの顔が一気に青ざめる。真面目なイェーモはともかく、いつでもヘラヘラと余裕そうなエビィーの焦った顔はそうそう拝めるものではない。それだけ、恐ろしい相手ということなのだろう。


 前もエビィーたちと一緒にいた時、ドラゴンと出会した。

 あの時も、二人はただ事でない感じだった。


 身を隠して、去るのを待った。


 イェーモは小声で呟く。


「できるだけ、音を立てず、反対方向へ、移動しよう。この場所は人の形跡が残り過ぎてる」


 当然、俺も賛同すると思っていたようで、すぐに身を翻す。

 彼女たちの常識からしたら、それが当たり前なのかもしれない。


 しかし……


「いや、あのドラゴンと戦ってみよう」


 ポカンと口が開く二人。俺だって、無意味にそんなことを言い出してるわけじゃない。


「すぐ近くに参加者の人がいて、ドラゴンに襲われてるんだ。だから助けようよ!」


 二人は顔を見合わせた。



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