10 土属性の授業
改めて、魔法の表記について、フローチャート状に分かれていて、
『 』→《 》→「 」→「 」→……
と表していきます!
意味としては『 』の中に《 》の分岐があり、《 》の中に「 」の分岐が……という形式です。
たとえば、
『感覚』→《鑑定》→「生態」
と言った感じです。
この世界では魔法は『炎』『水』『風』『雷』『土』の5つの系統に分かれ、それらは5大属性と呼ばれること。そして、俺が『土属性』であることはかろうじてわかった。属性というのは理系と文系の専攻のようなものだろうか? しかし、困った。肝心の『土属性』の教室が見当たらない。
『土属性』の教室を探し回り、それっぽい教室に首をつっこんで回ったが、やっぱり見当たらない。こんなことなら、不良友達のグレイオス君にちゃんと道を聞いとくんだった。
人がたくさん集まっていそうな教室があったので、突入してみる。
俺が中に入るや否や、不審人物でも見るようにこちらを凝視する生徒たち。と、そんななか、幸運の女神は俺に微笑んだ。見覚えのあるおさげ髪! 向こうはすぐに顔を背けたけど、俺に見つからないようにそそくさと気配を消してるけど、間違いない!
「パン屋の人ー!」
俺はパン屋にいた少女がこんなところにいることに、神の導き手を感じた。
「……な、なに、なに!? なんでこっちくんの!?!?」
「いやーよかった。ちょうど今、困っててさ。それにしても、君も学校に通ってたんだね」
「困ってるのは私よ! なんで朝買ったパンを頭に乗っけてんの!? そしてなぜ私に話しかける!?」
「パン屋の仕事をギリギリまでしてから登校するの?」
「……えぇ、朝はかきいれどきだから、なるべく手伝えって言われてるの……。ってそうじゃなくて!」
「ああ、そうそう。土属性の授業の教室ってどこかわかんなくて困ってるんだ」
「だとしてもなんでわざわざ私に聞くの…………」
「みんな話しかけても答えないで逃げてっちゃうからさ!」
少女は諦めたように息を吐いた。
「ここは水属性。土属性はすぐ隣」
「か〜〜! 灯台下暗しだったか、ありがと!」
◆◆◆
『土属性』の教室で教鞭を振るっていたのは、モンドー先生という鋭い形状の鼻をした若い先生だった。教室にいる生徒は先ほどの『水属性』の人数よりも2倍以上多く、大いに賑わっていた。これもモンドー先生の人気によるところなのか、『土属性』が人気なのか、それともみんなモンドー先生の鋭い鼻を見るのが目当てで集まってくるのか、どれが真実かは謎だ。
学校の校則のようなものはかなり緩いみたいで、ピアスやブレスレットなどのアクセサリーをしているのはむしろ普通だし、制服を改造している生徒もいた。さまざまな髪色が存在するこの世界で、いちいち髪色の指摘を受けるわけがもちろんない。中でも目についたのは、俺の右前方に座っている、ひたすらチューイングガムを膨らませては、しぼませている女子生徒であった。授業中にお菓子を堂々と食べていることを見せつけるとは、なんとも大胆な女だ。きっと不良に違いない。それでもモンドー先生は注意をするどころか、一切気にする様子もなく授業を行なっていた。
しばらく講義が続くと、いかにも飽きっぽそうな女子生徒二人が俺の隣でヒソヒソ話を始めた。俺は気になったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
そうだ! こんな時のために存在する魔法があるじゃないか!
視覚の右上にある目のマークで……『感覚』→《五感強化》→「聴覚」っと。
カーソルを女子生徒たちの方へ向けると、彼女たちの声が鮮明に聞こえ出した。
「この間の行方不明事件……まだ見つかってないらしいよ」
「突然いなくなったんだって聞いたよ……。さらわれたのかもって」
「えー、だっていなくなってたのってこの街の中で割と有名な【魔戦競技】の選手だったんでしょ?」
「誘拐したとしたら、犯人は相当強い魔法が使えるってことよね。もう殺されてるのかも……」
「え〜〜こわ〜〜」
異世界でも事件とかあるんだ。考えてみれば当たり前のことなのに、なんとなく不思議な感じがした。そういえば、さっき歩いている時もすれ違った生徒が行方不明事件の話をしていたような。
「土魔法は皆もよく知る通り、土だけに力を行使する魔法ではない。土魔法の起源が土の行使だったこと、土がこの魔法を扱う上で最も扱いやすいことからそう呼ばれている。しかし、土魔法を使いこなせるようになるということは、あらゆる固形物に影響を与えられるということであることは分かっているだろう」
ふむふむ。土魔法っていうけど、岩や金属なんかもよく変形させるってことね。
「では、そろそろ実技演習として、粘土を使った土魔法の基礎訓練に移ろう」
モンドー先生はさっきの二人の女子生徒に目配せしながら「講義を黙って聞いていることに疲れてしまった生徒もいるみたいだしね」と付け足した。二人は頭をかいて、悪びれてみせた。
粘土は魔法でそれぞれの生徒の机の上に運ばれてくるのかと予想してみたが、そこは案外普通で、モンドー先生から順番に手渡されていった。全員に粘土が行き渡ったところでモンドー先生は再び教室前方から語りかけだした。
「さて、土魔法の土台となるのはどのような概念か? それは"変形"の概念だ。土魔法の最も初歩的な魔法を想像してもらえれば分かるとおり、地面や石を"変形"していることがわかるだろう。そこで、皆には、粘土に触らずに魔力のみの力で【球体】にしてほしい」
生徒たちはそれを聞いて、小声でコメントを言い始める。「ただの球かよ」「簡単そう」という楽観的な声があちこちから聞こえてきた。その声のどれかに反応したのだろう、7:3分けの髪型の頭の大きなメガネの、いかにもガリ勉といった雰囲気の男子生徒が大げさに両手の平を上に向けてやれやれと息を吐いた。
「君たちは何も分かってやしないね。この課題の本当の難しさをさ。【球体】ほど難しい課題は他にないよ」
ガリ勉少年の隣にいた生徒が反応した。
「複雑な生き物なんかを作るよりよっぽど簡単じゃないか?」
「いいや? 例えば紙に絵を描くとする。牛の絵を描くとすれば、一見書き足す箇所が多くて複雑そうだけど、ある程度画力があり、時間をかければ模写することができる。モデルより多少ツノが小さくとも、体のラインが違っていても、正解になるんだよ。牛には個体差があり、体の向きやポーズによっても線が変わってくるので誤魔化しがきくんだ。
だが__」
ガリ勉メガネ君は空中に指で円をかいてみせた。
「円形をかくとなると、誤魔化しはきかない。なぜなら、正解があるから。円の形というのはこうでなくてはいけないという唯一無二の形状が決まっている。正方形などの場合、これも形が決まっているが、線が真っ直ぐな分、まだ作りやすい。さて、紙に円を描くのが難しいのだから、立体で【球体】を作ることがどれほど大変なのか少しは理解できただろう?
それからモンドー先生に向き直って頭を下げた。
「先生、僕を含め勝手な発言をして授業を中断してしまったことお詫び申し上げます。ですが、先生の出している課題の重要性が理解できていない者が多数いるようでしたので、発言をさせていただきましたこと、ご容赦ください」
そうして言い終わって満足した後に、俺の方を一瞥して鼻で笑った。
えー、俺、何も言ってないんだけども?
先生は苦笑いしていた。
この優等生気取りのガリ勉君に苦笑しながら、モンドー先生は話を締めくくった。
「あー、別に訂正してくれなくてもよかったんだが……まあそういうことでとりあえず実際にやってみるように」
こうして粘土を魔力で【球体】にするという実技演習が始まった。俺はしばらく周りの様子を眺めていた。生徒たちが魔法を使って粘土を動かしている姿が面白かった。
どれどれ、みんなどんな形になってんのかな。こんなとき便利なのが、『感覚』→《五感強化』》→「視覚」っと。
生徒たちは最初の余裕に反して苦戦を強いられていた。楕円型、途中で不自然な角ができてしまっている形、アメーバのように凹凸ができているもの。例の7:3分けガリ勉君も、他より多少は上手に使っていたが、よく見ると、ところどころ曲線が不自然になっているのが分かった。
そんななか、異才を放っていたのが一人。
「スピルツ君! 君は天才だよ!」
モンドー先生は手放しに彼女を褒めていた。周りの生徒も、「ロズカすごい!」「さすがロズカ!」とたたえていた。それはチューイングガムを膨らませていた女子生徒だった。ショートな栗色の髪。体温の低そうな表情。背は高くないが、全身には自信が満ちたただずまいは、少女を大きく見せた。呼ばれ方からスピルツは名字で、ロズカが名前だろう。
どれどれ、と好奇心から彼女の机の上の粘土を見ると、確かに完璧な、まさに【球体】と呼ぶに相応しいものがそこにあった。
確かにこれは他の子とは別格だ。
ロズカと呼ばれた少女は褒められても、特に嬉しそうにするでもなく、一応形式的に頭を軽く下げた。
そろそろ、俺もやってみるか。昨日寝る前に色々試して、自分の魔法でできることというのは簡単にではあるけれど、把握していた。
まず、カーソルで粘土を選択。
視野の周辺に常に映り続ける8つのマーク。
『感覚』、『魔法陣』、『物質』、『形状』、『移動』、『仕事量』、『生地』、『書庫』
そして、今回の課題のような場合は…………選択するのは、『形状』だ。
そこから《対象物を変化》を選択すると、「 "設計図" を選択してください」という文章と共に、白黒のさまざまな形のモデル( "設計図" )が載っている薄透明なリストが出てくる。モデルは、球体、立方体、直方体、細長い円柱、円盤型、さまざまである。念じるとリストは下の方へとスクロールされていき、次から次へと別の形の "設計図" が現れる。
そして最後に現れたのは……俺の裸体の "設計図" だった。なんのギャグだよ。自分の銅像でも作れるようにということだろうか? せめて服は着せてくれ。
もちろん、俺が作るのは、課題となっている【球体】。 "設計図" を選択すると、俺の目の前の粘土は意図も容易く変形した。
「な……なんだって! バルニコル君、一体君はどうしてしまったんだ!? こんな…………こんな、綺麗な球体。スピルツ君並ではないか!!」
モンドー先生がいち早く俺の目の前の粘土に気がつき、声を発した。先生はその鋭い鼻が突き刺さるのではないかというくらいに俺の粘土に顔を近づけて見ていた。
先生の声に反応して野次馬が集まってくる。
「なんか、やってみたら出来ちゃいました」
俺はどうもすごいことをしたらしいのだが、実感が湧かないでいた。やったことはパソコンをいじるような要領で、球体を選んだだけなのである。周りからは「嘘だろ?」「あの不良が?」と、驚きの声が上がっていた。その中で苦し紛れに「どうせマグレに決まってる」という声を聞き逃さなかった。
俺は、「ほい」と隣の子の机の上の粘土を指差す。そしてさっきと同じ操作をささっとする。その粘土は全く同じ、完璧な【球体】となった。生徒たちが時間をかけても作れなかった形をすぐさま作り出したことに、彼らはアゴを大きく開くことしかできなかった。
それ、もういっちょ。俺が指をさすたびに野次馬とモンドー先生の視線がそこに映り、粘土の変形を見ては驚きの反応を見せてくれるので、とても楽しい! あっちの粘土も「ほい、ほほい」ついでにその粘土も「あほい」。
調子に乗っているうちに、俺の周りの粘土は全て【球体】となった。
もう、ケチをつけようとする生徒はいなかった。
◆◆◆
授業が終わり、生徒がまばらに立ち去っていく中、ガリ勉君が熱心にロズカに話しかけているのが目に入った。
「やっぱり、君は優秀だ。君のような優秀な人間は『土属性』でなく、僕と同じ『雷属性』に所属し、その才能を伸ばしていくべきだと思うんだが」
と、謎の勧誘をしていた。Mr.ガリ勉君、キミ、『土属性』の教室にいるのに『雷属性』なんかい! 心の中でツッコんだ。と思ったら、声に出ていたようで、生徒数人がこっちに振り向いた。
ロズカは一言、「興味ない」と言って去っていった。うーん、見事なフラレっぷりだ。これは、あちゃーですぞ。
ガリ勉君、今度は俺の方に来たので、「えっ、俺も勧誘されちゃうのかな、どうしよっかな〜〜困っちゃうな」と待ち構えていた。
すると、
「僕は君のような、不真面目な生徒のことを僕は認めないから」
と捨て台詞を吐いて、行ってしまった。
これが性差? 俺が男だから? なんとなくね、第一印象でそうじゃないかと思っていたんだけど、やっぱりそうなんだろうね。彼はムッツリスケベなのだろう、と納得した俺だった。




