1 初めての「ただいま」
「アホな理系男子が、異世界転生した先が不良男子だったが、記憶がないから器用貧乏な謎の能力で好き放題することにした」
アホリダン・イテフリダン・キナキナスキホー☆
玄関の前、俺は表札の「バルニコル」の文字を確認する。
うん。ここであってるっぽいな。
俺の家は。
トントンと扉をノックをする。この世界ではチャイムはないのだ。
扉が開き、顔を出したのは中年の男性。初めて見る顔だけど、きっと彼が俺のお父さんなのだろう!
「ルナット……今までどこをほっつき歩いて……
「「 こんばんは!! 俺、ルナット! 15才!! 」」
何か言いかけた父に被ってしまったが、俺は元気よく挨拶をした。
やっぱり、どんなときでも挨拶は大事だと思う。
目を丸くして言葉を失っているお父さん。奥の方からお母さんであろう、女の人が現れた。
「ただいま! あなたが俺のお父さんで、あなたが俺のお母さんだよね? こんばんは!!」
「急に帰ってきたと思ったら、あ、あなた、何を言っているの……?」
お母さんらしき女性が、俺の様子を見て明らかに動揺している。
おっかしいな。
とりあえず、ノリと勢いで押し切ろうと思ったのに、煙に巻けるどころか真剣に困惑しはじめてしまっている。なんとも真面目な夫婦のようだ。
けど、これだけは伝えておいた方がいいんだろうね。というか先に言っておく方が良かったのかも。
うん、そうかも。
俺は頭をかきながら、アッハッハと軽快な笑い声と共に、おもむろに真実を告げた。
「俺、記憶喪失になっちゃいました! てへっ!」
◆◆◆
数日ほど遡る。ルナット・バルニコルが記憶喪失になったなどと言い出す前のこと。
バルニコル家では修羅場となっていた。
「ルナット」
父は真剣な表情で息子を呼んだ。真面目な働き者だが、寡黙で普段は自分からは話しかけない男であった。それだけに、只事でないことは察せられた。
「あんだよ?」
気だるそうな返事を返す息子。苛立ちを含んだ威嚇のような返事だった。
「お前、学校でまた、問題を起こしたそうだな」
ルナットは学校では周りから煙たがれる、素行不良な生徒だった。その実、同じ不良仲間と群れることでしか大きな顔をすることができない小物だった。
「あぁん? ほっとけよな? オメーには関係ねーだろ」
「学校の先生から連絡があったんだ……。問題行動をする仲間と一緒に、他の生徒からお金をとりあげたと……。最近は家に帰ってくるのも遅いし、いったいどこでなにを……」
父は半分は怒りを感じていた。しかし、もう半分では学校から伝えられたことを思い出して、情けなく感じていた。
初めの頃はルナットも素行不良というわけではなかった。しかし、学校内で授業についていけず、友人とも上手くいかなくなっていっていた。
そうして、不良グループとつるむようになっていき、どんどん悪い方向に感化されていっているのだと。
情けない……。
口下手で、ろくに学校の話を聞いてやれなかった。
母親や妹に相談するのは、ルナットのプライドが許さなかったのだろう。子供の頃の「ママとミアは俺が守る!」と言っていたあの時の少年は、彼の中にいつづけているのだろう。
格好をつけたがりな、多感な時期のこの青年の弱さを受け止めてやれたのは父親である自分しかいなかったのだ。こうなる前にもっと話を聞いてやれていれば……。
後ろの方で状況を静観していた母と妹。しかし、正義感と気の強い妹は、兄のあまりにも不遜な態度に駆け出していた。
「アンタのその自分勝手な行動で、パパとママにどれだけ迷惑かけてると思ってんの!?」
母がその小さな体を抱き止めるように抑えた。
「ミア! いいから、お父さんに任せましょう!」
今までこの不良は暴言を吐いても、家族に手は上げたことがなかった。しかし母は、体が小さい妹がこの兄に歯に衣着せぬ物言いで噛み付くたびに、今度こそ間違いがあるのではないかと気が気でなかった。
ルナットは立ち上がる。
そして、足音を立てながら、玄関へと向かった。
「ルナット、お前、どこへ行く気だ……?」
「いちいちうっせぇな! 俺がどこへいこうと勝手だろ? 干渉してくんなよ鬱陶しい!」
「「 ルナット!! 」」
「数日はもどんねぇから」と、捨て台詞のように吐き捨て、家を後にした。
◆◆◆
「ほほう。これがマイホームかぁ、ノスタルジ〜」
記憶失って史上、初めての我が家に妙にテンションが上がっていた。
俺が家の中を見回す中、両親は俺だけに目を奪われているようだった。
「それで、ルナット……どこまで覚えていないんだ……?」
恐る恐る尋ねる父。
「覚えてるのは、自分の名前くらいっすかねー…………うわー何この結晶! 電灯の代わり? 電気通ってないのに光ってんの? 魔法じゃん!」
「で、電気?」
家の中はとても新鮮で趣深い。いとあわれなり。
中でも見慣れない器具があると、ワクワクしてしまう。
正確にいうと、俺が記憶喪失というのは正しくない。
現代社会にいた頃の前世の記憶はしっかりがっつりあるのだ。生粋の日本産まれの日本育ち。
ないのは、こっちの世界での記憶。
「うわっイスじゃん! テーブルの上には皿もある! スプーンもある! 料理もある! そして、ハシは、なーい!! ウヒョオオ!」
両親は「これは重症だ……」と心配そうにしていた。
でも仕方ないじゃないの! 前世で外国に行ったこともほとんどなかった俺には、どれもこれも物珍しいんだからさ!
物音を聞きつけた何かが別の部屋から姿を現す。
ピンク色のヒラヒラをつけた、なんとも小さく可愛らしい女の子だった。
「アンタ! どの面下げてもどってきてんのよ!! ワルぶって、かっこいいとか思ってんの? パパとママに悪いと思わないわけ!?」
俺の顔を見るなり、フリフリ少女は罵倒を始めた。手を腰にあて、もう片手は人差し指をピンと立て俺を指差している。
おお! これが俗に言うツンデレ妹というやつか!
「何ニヤニヤしてんのよ? なんなの、バカにしてんの? ねぇ?」
「あら〜可愛いでしゅね〜。妹ちゃんかなぁ? ご機嫌ナナメでしゅかぁ?」
「は、はぁ!?」
ピンクな妹は顔を思いっきりこわばらせた。
いや〜、俺、妹か弟ほしかったんだよね〜。
小さい子供は好きだけど、日本での俺は兄弟は姉しかいなかったので、なかなか触れ合う機会もなかった。
「ママ……あいつ、気持ち悪いよ……」
もっと触れ合いたかったが、妹ちゃんはそっぽを向いて、お母さんのところにかけて行った。
お母さんは、「ミアちゃん。勘弁してあげて。お兄ちゃんは記憶喪失で変になってるみたいなの」と、妹をなだめた。
名前はミアというらしい。
ピンク少女のミアは母の足元に抱きついて、顔をうずめながら、こう言った。
「ああいう手合いは、甘やかしたらどこまでもつけあがるのよ」
小学校でいうと3、4年生であろう小さな子供の口からとは思えない難しい単語が飛び出してきて、びっくりした。こりゃ、将来有望そうだ。
しかし、続けて「キオクソーシツ?」と知らない単語に疑問符をつけて口にした。
やはりまだまだ子供らしかった。
ここは、お兄ちゃんとしての威厳が試されるところだと、前のめりで解説した。
「ずばり説明しよう! 記憶喪失は頭を打ったりして「ここはどこ? 私は誰?」ってなってしまうことであーる!」
「あんたに聞いてないわよ!」
あらあら、強がっちゃって。
お母さんが補足した。
「記憶喪失っていうのは、色々なことを忘れちゃう怪我とか病気みたいなものかしら」
「頭の病気? それであんなにバカみたいになっちゃったの?」
「記憶喪失になっても、普通はバカみたいにはならないんだけど……」
この場合はバカみたいになってるみたいな言い方だ。
「病気だったらうつったりしないわよね? アタシまでバカみたいになりたくない!」
「大丈夫よ。うつったりはしないから」
うぉいうぉいうぉい、散々な言われようだよ。
お母さん、冗談とか言わなそうなタイプだけに、真面目に答えていらっしゃるようで余計にタチが悪い。
初めは状況が飲み込めなかった父も、だんだんと冷静さを取り戻してきたようで、俺に状況を説明するように促してきた。
「とにかく、今覚えていることを話してみなさい。今までどこにいて、どうやって家に戻ってきたのかを」
父、母、妹、俺で、ご飯が置いてある食卓を囲って座った。
夕飯前だったようだが、ご飯を食べることよりも俺の話を聞くことのほうが優先度が高そうだった。
俺はお腹すいたし、あとでいいんだけどなあ。
「うーん、そうだなぁ……。覚えてることはほとんどないんだけど……。記憶がはっきりしてるのは、今日の午前とかからの記憶かな? まず、何も思い出せないまま最初にいたのは、 " 誰もいなそうな山の中 " だったんだよ」
とても自然が素晴らしい山の中で体験したついさっきの出来事を、俺は懐かしむように思い出していた。
『読者の皆様』
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