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サテライトクラスタ  作者: 樫木佐帆
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童話:月の果ての物語


  そこは今から遠い遠い未来の月。人という人、生き物という生き物はとうに滅び、人間達が作り出した知性の結晶と呼べるオートマチック・インテリジェンス・ロボット達だけがその遠い遠い未来の月に国や町を作り、住んでいました。


 ロボット達は人間の真似をするように作られており、それは人間そのものと言ってよいほどの文化を持っています。恋愛や結婚はもちろん、何か植物ロボットを育てたり、音楽を聞いて楽しんだり。宗教までもロボット達の文化に含まれています。そんなロボット達に唯一無いのが死というものです。ロボット達はエネルギーがある限り生きつづけ、どこか故障しても部品を取り替えればいいのですから、わたし達の身近にある「死ぬ」という概念がロボットには理解できないのです。


 ある日の事、作られてから数千年も立ち、これからも永遠に生き続けることに疑問を持ってしまった一体のロボットが、高い高いビルの上から飛び降り、修理できないほどに壊れてしまいました。それはロボット達が初めて体験する「死」というものでした。それまでただ一体も自分で自分を壊そうとは思わなかったのです。この事件の衝撃はロボット達が住む月全体を駆け巡り、やはり、作られてから何百年も立っているようなロボットが相次いで永遠の生に悩み、自分を壊すという出来事が起こりました。こうなってしまうともう止まりません。この動きは遂に「死、こそが真の自由ではないか」とするロボット達により戦争となってしまいました。


 合い違うもの達が争い、どちらかが生き残るというものではなく、ただただ自らを壊すための戦争です。ロボット達には痛みがありません。痛みを感じる心もありません。だから、人間なら一瞬で焼き溶かすような、ロボットでも体がバラバラになってしまうようなミサイルが月全体へ降り落ちました。毎日毎日、まるで雨のように。


 炎の雨が止んだ頃、ロボット達が住んでいた月は、ロボット達とロボット達が作った建物の残骸で溢れかえる廃墟となりました。バラバラになったロボット達は、残っている頭や手や足を、がきがきと動かしているだけです。辛うじて頭も手も足も残っていたロボットは月全体で1体だけでした。名前をエーテルと言います。


 エーテルの親となるロボットが炎の雨からエーテルを庇ってくれたお陰でエーテルは助かったのです。エーテルはまだ作られて6年も経たない子供のロボット。外で何が起こっているのかわかりません。母親も父親も炎の雨でこなごなになってもう、いません。何をしたらいいのかわからないエーテルは仲良しでいつも遊んでいた女の子型のロボット、アンナを探そうと思い立ちました。


 アンナのことを思うとエーテルはいつも胸が苦しくなります。胸という部品はありますが、思考によって調子が左右することはありません。でも確かに胸が苦しくなるのです。ただ苦しいだけではなく、どこか甘く、いとおしくなる様な。いつしか自分の唯一の存在としてアンナのことを思っているエーテルがいました。


 エーテルはアンナが住む家へと向かいました。しかしアンナが住む家もまた炎の雨でこなごなになってありません。アンナの姿もありませんでした。


 エーテルは急に悲しくなりました。どうしてこんなに悲しくなるのかわかりません。自分の思考にエラーが生じたのか調べてみましたが、どこも壊れているところはありません。でも、とても悲しいのです。そのまま五年間、悲しみにくれて、ふと地面を見たとき、エーテルはアンナがいつも付けていたリボンを見つけました。ボロボロになっていましたが確かにアンナのものでした。エーテルはアンナが近くにいるかもしれないと探しましたが、アンナ自身の体はどこにもありません。でもエーテルが見つけたアンナのリボンはエーテルに希望の灯を燈しました。この世界のどこかにアンナの欠片があるはず。だからそれを全部拾い集めて、アンナを直そう。


 エーテルの長い、長い旅が始まりました。


 エーテルは、何年も、何十年も、何百年も、歩き続けました。雲の海から湿りの海へ、眠りの沼からコーカサス山脈へ、カルパチア山脈から虹の入江へ。旅の途中、皮膚はボロボロとはがれ、指は朽ち、左腕は捥げ、右足が動かなくなりましたが、それでもエーテルは歩き続けました。どこへ行ってもあるのは自分と同じロボットの残骸と廃墟があるばかり。アンナの欠片は見つかりません。旅の終点がどこかもわからず、ただ、アンナへの想いだけを頼りにエーテルは歩き続けたのです。その姿は歩くことすら不思議なくらいでした。


 エーテルは今も歩き続けています。

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