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サテライトクラスタ  作者: 樫木佐帆
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サテライトクラスタのバックグラウンド 後編 

 この日、課題に対する対策本部が設置された。対策本部名は日時から取り「〇四二〇零時戦線部隊」。試験合格者の中にミリオタが紛れ込んでいたのは言うまでも無い。


 香佐市立ゲーム高等専修学校で最初に発足した学生による組織。この組織の動きは他に書くこととする。組織の動きとして成功したかどうかは先に書いた。真夜中だというのにゲームセンター周囲にまで響き渡る歓声、それが全て。


「サテライトクラスタ」そのゲーム内容について。

 基本的に「ラインブレイカー」と操作形態は変わらない。変わったのはその機体。「サテライトクラスタ」での機体の名前は『械殻』という。前作ではロボット型だったが、少女型になった。場合によって少年のようなタイプも作れる。


 組み合わせるパーツは頭(head)、胴(body)、腕(arm)、手(hand)、脚(leg)、足(foot)、関節(joint)、羽(Boost)からなる。


 基本的に頭は射撃補正や索敵、胴はブースト量やエリア移動、腕は反動吸収、手は魔法制御、脚はダッシュ、足は移動安定に関わる。関節は移動制御や被ダメージ時の安定に関わり、羽はタイプにより飛行型・クイック移動型・直進型に分けられる。

前作では4部分が8部分になりカスタマイズ範囲が広がったが、逆に少女型である事から見た目の変化は少ない。


 そこで服という防具(防御プログラム)を身につける。服によって個体差をつけるのだ。


 前作にあったPCアバターは機体アバターに変更、アバターには髪、瞳、アクセサリー、服(防具)、肌の色からなる。


 つまりPCアバターがそのまま機体として戦うのだ。


コアというシステムも敬称され、前作では緑、今作では血のような赤となった。


 武器は魔法(攻撃プログラム)という位置づけになったが名称は前作のようなミリタリな名前が付いている。


 今作ではプレイヤー名と共に機体名を付ける事が可能になった。Cクラスまでは「仮名」として変更可能、Bクラスからは「真名」となり変更が不可能になる。


CMで流れた二十四節季の謎はまだ明かされない。


 タッチパネルでのチャット内容も微妙に増えた。1秒ほど反応待ちがあり、1秒以内でタッチパネルでのチャットを連続で押すと台詞が変わる。例えば「コア防衛」「○」「一斉攻撃」を2秒以内に押すと「コアは私が守るから全員一斉攻撃」となる。

 ボイス・台詞についてはアバターの組み合わせによって変わる。また隠しパラメータだが、各行動によって性格が変わってくる。もちろん台詞も変わる。好戦的なら好戦的な口調に、防御重視で直ぐ物陰に隠れるなら臆病な口調になる。最初はタイプ別のデフォルトアバターから選択するので、プレイによって台詞が変わるというシステムにプレイヤーは驚いた。


 シミュレーターソフトにてアバターのパラメータが見れる事から、調査班と呼ばれるグループが動き、調査。wikiのキャラクター・台詞項目がとんでもない量の情報で埋まったのは言うまでもない。


 そしてもっと驚くべきは「脳内物質」がアイテムとして売られているのだ。

これによってPCの性格を強制的に変える事ができる。使いまくれば、もちろん精神崩壊する。


 アバターを弄っても性格が影響する事から「魂」というものがあるのではないかと噂されるようになった。


 マップももちろん変わっている。最も変わったのはベースだろうか。


 ベース全体が見えないバリアで覆われ、攻撃力の高い武器でバリアを破壊、またはバリア発生装置を破壊する事が必要になる。「ラインブレーカー」であまり使われなかった榴弾に注目が集まる。

 またプラントや上空からコアを守るシェルターもダメージ数が設定されており、ゲーム後半で破壊可能。


 兵装というものは基本的に無くなったが、そのかわり、任意で4つのタイプの武器設定が出来る。


 前作に慣れた人なら強襲・重火力・遊撃・支援と言う風に装備を固めるだろう。そして前作では固定だった武器を外してギリギリまで軽量化する事も可能になった。これが何を意味するのかは前作でコアアタッカーだった者は一瞬で理解する。


 人が対応できない程の恐ろしい速度で戦場を駆け巡り、コアを破壊する、ただそれだけのシステムとなる。


 プレイ動画を見るだけでそれがわかる。魅了されないはずがなかった。


 メインとしてはこのくらいだろうか。


 前作よりシステムがピーキーになり、戦闘は血生臭く激化する。


 行われるのは、破壊、破壊、破壊。


 少女が少女を殺す。


 悪意で以って敵を排除せよ。


 ゲーム筐体からそのような声が聞こえるようだった。


 公式サイトにも変化があった。

「サテライトクラスタ」公式サイトにはログインという項目がある。

「サテライトクラスタ」稼動前、それは単なるソーシャルネットコミュニティと思われた。普通、人気アーケードゲームではプレイヤーの誰かがソーシャルネットサービスを用意し、集まるのが通例だったからだ。公式でソーシャルネットをやるのは珍しいがあり得ないわけではない。だからそのように見られていた。


「ラインブレーカー」サイト・携帯サイトと同じように機体カスタマイズできるページではないかと読んだ者もいた。


 ログインにはカードIDとパスワードが必要となるが、登録ページは無い。「サテライトクラスタ」βテスト開始後も登録ページは用意されなかった。その謎が次第に明かされつつあった。


 答えはブルーフォレスト社が運営するゲームセンターである。


 初期βバージョンでは3つのPCソフトと連携する。機体データやシミュレートを行うソフト、武器カスタマイズを行うソフト、防具となる服を作るソフト。このソフトで作ったデータをどのようにゲーム側に渡すのか、不明だった。


 ブルーフォレスト社が運営するゲームセンターの受付にIDカードと身分証明する物、パスとなるコードが渡され、そこで初めて「サテライトクラスタ」公式サイトにログインできる。


 最初にログインした者が見たのは、やはりコミュニティと機体簡易カスタマイズ、素材・勲章の確認、ミニゲーム。


 そこまでは予想通りだった。だが意味が分からない項目があった。


 香佐市内の地図、そして項目が細分化されているアップローダーが設置されていたのである。何故、香佐市の地図が表示されているのか、何故、アップローダーが設置されているのか。意味が分からなかった。


 アップローダーは通常のファイルには対応されていない。


 独自の拡張子ファイルだけがアップロードできるように作られているのだ。

まさかと思い、ソフトを起動する。


 まだ使い方も分からず、条件が満たされていないので何も作れない状態だが保存を選択し、拡張子を確認する。


 一致。


 つまりカスタマイズ・創作したデータを、このアップローダーで送れ、と。すぐにBBSのスレッドに報告する。それを見た誰かが書き込んだ。「制限内で無限にカスタマイズできるんじゃね?」


 これまでのゲームでは、ゲームが提供するデータをプレイヤーは組み合わせるだけだった。プレイヤーキャラ・アバター・武器・その他の武装にしても、本当のオリジナルは作れなかった。それが作れるかもしれない。作れるようにソフトという物があるのだ。


 この情報が回ってから3Dモデルに関する書籍や情報サイト、3Dモデリングソフトへの注目度が上がる事となる。


 ログインページのもう一つの謎、香佐市内の地図。

スタイリッシュにデザインされた地図、そこにポイントがいくつかある。そのポイントは筐体が置かれている施設、主に香佐市にある全てのゲームセンターを指していた。


 カーソルをポイントに合わせると情報が表示される。筐体の込み具合、プレイヤーが筐体にアクセスした時間。そして空白の欄があった。「Floor」とタイトルが付いた空白の欄。何を意味しているのかプレイヤー達には分からなかったが、程なくしてその理由が判明した。「サテライトクラスタ」筐体の近くには本体の筐体とはまた違う小さなモニタ付の機械がある。「サテライトクラスタ」のカードは非接触型ICカードでもあり、その小さなモニタ付の機械にカードを近づけると機械が認識して「Floor」にプレイヤー情報を送る。


 誰がどのゲームセンターにいるのか参照できるようになっていたのだ。ゲームセンター内映像広告システムを開発した会社が作っていたものだ。このシステムは誰がどのゲームセンターに属すのかを示す。つまり、プレイヤーはバラバラであってもゲームセンターとしてのチームが形成される。少し遠目から見れば、香佐市のゲームセンター間での戦い。それを意味していた。「Floor」には訪問者のカウンターが付いている。


 普通に機械にアクセスした数はもちろん、新規プレイヤーの数もカウントされる。

香佐市のゲームセンター間で順位が高ければボーナスポイント、ゲーム内での通貨となる素材が与えられる。


 もちろんIDカードを登録するブルーフォレスト社のゲームセンターが有利になるため、ブルーフォレスト社のゲームセンターはボーナスポイントの対象外となる。このシステムは他ゲームのプレイヤーであっても、「サテライトクラスタ」のICカードを持っていれば、自分は今ここに居ると伝える事ができる。


 ICカードについて、21時00分を過ぎると18歳未満は筐体にアクセスできな い作りになっている。そのかわり「サテライトクラスタ」には未成年学割というものがあり、登録する事で学生ならば学割が適用、ゲーム内ポイントクレジットサービスか、投入金額の減額サービスかを選択できる。これは収入が少ない未成年プレイヤーへの措置として組まれたものである。


全体的なゲームシステムが徐々に明らかになっていき、あまりにも情報が多い事からBBSのスレッドは分散、専門化するという動きが起こった。総合ならここ、プレイ技術ならここ、カスタマイズならここ、と。


 だが「サテライトクラスタ」はまだβテストの段階のため、スレッドを増やす事に反感を持つ住人も多かった。


 そこでよくサブBBSと使われるレンタルスレッド型掲示板が使われるが、それでも対応しきれないほどに情報が多く、プレイヤー達は混乱したが、プレイヤーの誰かがレンタルスレッド型掲示板を大量に借りてBBS群と呼ばれるサイトを構築、プレイヤーはそこを利用する事になった。


 変わった板を挙げるなら設定考察板だろうか。


「サテライトクラスタ」の起動初日の映像やプレイ動画から設定考察という名の妄想を書く板である。というのも「サテライトクラスタ」にはプレイ・世界観の説明書が用意されていない。各カスタマイズソフトもインストールに関する説明書だけがあり、使い方を示す説明書が無いのだ。説明書となる本は5月30日に発売される予定だったが、本が発売され5月30日まで時間がありすぎた。


 プレイヤー達は0の状態から「サテライトクラスタ」のプレイ技術やソフトの使い方を覚えなければならなく、そこでBBSが情報共有用として使われた。非常にプレイヤーに対して不親切で理不尽だったが、だからこそなのだろうか、プレイヤー達は燃えた。


 5月30日、「サテライトクラスタ」の情報本が発売される。あまりに情報が多いために2冊に分けて出版された。


 機体・武器・マップに関する本、カスタマイズソフトに関する本。世界観に関する内容が含まれて無いのはβテストだからという理由である。


 本当の理由は別にあった。プレイヤーに想像させ、プレイヤー独自の世界観を構築させる。


「ラインブレイカー」もガチガチとした設定が無く、それで妄想が膨らんだ。その応用である。


 そして、BBSの中でも過疎板だった設定考察板が賑わいを見せ始める。


 各情報本はまだβテストであり、そんなに買う人はいないだろうと各5千部の出版だった。だが、その予測は大きく外れ5日間で完売する。機体・武器・マップに関する本が売れるのはわかる。しかしカスタマイズソフトに関する本が売れるとは誰も思っていなかった。


 カスタマイズソフトに関する本にはこうある。


 βテストでは香佐市のブルーフォレスト直営ゲームセンターにて登録を行うと、各ソフトにてシミュレート・武器のカスタマイズ、そしてオリジナルの武器や服が作れる、と。


 それを公式コミュニティページにてアップロードするとブルーフォレスト社の審査があり、審査を通ったものがゲーム内で採用される。


 採用されたアイテムはゲーム内で共有、通常の機体・武器・服と同様にゲームポイントで売られる。その収益は制作したプレイヤーに還元され、より広い範囲でカスタマイズ・オリジナルアイテムが作れる。


 尚、一定以上の収益を上げたプレイヤー等には更なるソフトがブルーフォレスト社から提供される。そのカスタマイズ範囲は基礎アバター・BGM・ボイス・台詞・動作・マップ・AIなどを含む、と。


 もう、頭がおかしいのではないかというくらいの、アレさだった。


 誰だってオリジナルの物は作りたい。しかし、このカスタマイズソフトに関する本の文章はゲームシステムに関わるようなところまで作れる事を示唆していた。


 プレイヤーの誰かが言った。怖い、と。


 アーケードゲーマーの理想をこれでもかと次々に放り込むゲーム。


 予想もしていない事態を次々と体験すると人間は興奮と共にパニックや不安状態を引き起こす。ゲームの中は狂気で満ち、精神バランスを崩す者が出始める。


 これはβテスト。テストである。その中にはプレイヤーの耐久テストも含まれていた。


 一方、煮え湯を飲まされていたのは山潟県香佐市より遠いゲーマー達だった。

次々と上げられる動画を含む情報。βテストとは言え、触れるのが遅ければ、それだけ、先を越される。


 いつ正式バージョンとして全国に「サテライトクラスタ」がリリースされるのか。

一年後か、二年後か、あるいはもっと先なのか。「ラインブレイカー」は未だバージョン1.87。いつバージョンアップするのか。わからなかった。全国のプレイヤーの不安、不満は募っていく。それは土曜日曜遠征と呼ばれる休みの日に香佐市まで出向くプレイヤーが増えた事にも現れている。


 5月、総合ランキング始動。

「ラインブレイカー」と違うのは平均ポイントランキングという項目がある事だった。


 総合ポイントでは金がある奴が絶対的に有利となるプレイ毎にポイントが加算されるからだ。平均ポイントならば1戦にてのポイントが考慮される。本当の意味で強いプレイヤーだけがランキングに乗るのだ。


 ちなみにこの店舗ランキングは公式サイトのログインページにて確認できるようになっている。


 6月中旬、「ラインブレイカー」最終バージョンとなる1.9アップデート。


 1.9となったが修正は何も無く、だが最後のバージョンらしいイベント戦が用意された。


 最終決戦である。


 今までの装備限定戦とは違い、イベント線専用マップで最後に残されたコアを叩いて破壊するというものだ。


 コアゲージは通常25万の1万倍もある25億。レーダーは強化され、自動砲台も2倍とも言える数。機体ロストによるコアゲージマイナスは無い。


 この25億のコアをプレイヤー全員で壊せというのだ。


 悪夢のようなイベントである。


 直ぐに「ラインブレイカー」から手を引いていたプレイヤーに召集が掛かる。「サテライトクラスタ」に触れられないプレイヤー達はここぞとばかりに金をつぎ込んだ。


 このイベント戦は最初はB下位・C・Dクラス限定、5億までコアダメージを与えるとイベント条件が切り替り、B上位・AとSランク限定限定イベントになる。そこで10億、通産15億までコアダメージを与えると、次はAクラス限定、5億、通産20億までコアダメージを与え、残り5億ダメージまでになるとA上位・Sランク限定による最終決戦が行われる。


 最後にコアを割るのは誰か。


 勢いを失っていた「ラインブレイカー」スレッドが再び賑わいを見せ、残りのコアダメージを報告しあった。


 SNSなどでA上位・Sランクプレイヤーが連絡を取り合い、同じ時間帯で出る。

コアゲージ残り約1千万、ここからSランク・ACE限定戦となる。


 最終決戦らしく台詞が全て最終決戦用に用意された。


 最後にコアを割るのは誰か。皆、固唾を飲んで、見守った。


 7月中旬、遂にコアが割られる。


「ラインブレイカー」全筐体でエンディングとなる特別な映像が流され、最後にメッセージが表示された。


──「ラインブレイカー」は来年1月の1日に稼動終了します。尚、データの入っているICカードは「サテライトクラスタ」にデータを引き継ぐ事ができます。


 ICカードを使用するゲームの宿命として、ゲームが終了するとカードがゴミ同然となる、その救済措置。一旦、プレイヤー達は安心を得る事になる。


「サテライトクラスタ」が永久にβテストのまま全国展開しないと気づくまでは。



「ベータテストは正常に行われます。──とても、正常に。」



 その真は、ゲームがβバージョンでそのβテストという意味ではない。

βテストとは通常、開発中のソフトウェアやネットサービスの発売(あるいは正式公開)直前の版をユーザに提供し、実際に使用してもらって性能や機能、使い勝手などを評価してもらうテストを指す。つまり未完成の製品。しかしゲームは4月の時点で完成されていたのだ。致命的なバグもない。では何が未完成なのか。それは各カスタマイズソフトにある。ほぼ無限のカスタマイズ性を持つという事は。これから作られるカスタマイズやオリジナルデータを待つ「サテライトクラスタ」は。永遠に、未完成の、ゲームであるという事だ。


 だからβテストである。


 2017年の技術であっても全国展開するとデータ量のやり取りがあまりにも膨大で処理しきれない。よって、一地域だけでの可動となった。膨大なデータ量で発生する通信ラグを最小限に抑えるために。


 そのように作られたのだ。最初から。


 開発資本元であるブルーフォレスト社を騙してまで。


 ブルーフォレスト社の上層部が気づいた時には何もかも遅かった。2017年の時である。

 全責任は企画した奥村秀明にあった。当然、会社の上層部は奥村を切ろうとするが、奥村を切った時点で「サテライトクラスタ」の開発は止まる。何故なら「サテライトクラスタ」開発チームの全員が奥村秀明側の人間だったからである。


 奥村を切れば、開発チームも彼に付いていき、無くなる。それでなくてもバージョンアップと称して極端にゲームバランスを崩壊させるだろう。当然そうなれば客は離れる。それだけは会社側も避けたかった。


 開発資金と「サテライトクラスタ」の評判を落として利益を下げる事など出来ない。株価も一気に下がってしまうだろう。


 それくらいに「サテライトクラスタ」の名は知れ渡っている。


 結局上層部は折れる形で奥村秀明の計画に乗ることにした。そのかわり条件付きである。


「サテライトクラスタ」の発表後からインカムが減少している「ラインブレイカー」を以前のインカムに戻す事。そうしなければ「サテライトクラスタ」への投資で赤字になる事はわかっているからだ。


 最終決戦イベントが制作されたのはそのような経緯がある。最終決戦イベント自体のデータは既に出来上がっていたので予定通りだったのかもしれない。


 後に開発チームは語る。


 最初はお金がどんどん動くのが面白かった。給料も上がった。ゲームの評判も良い。でも、バージョンアップを繰り返す毎に虚しいと感じるようになった。怪物のようにお金を吸い上げる、そのようなモノを作ってしまったのだ。今思えば奥村さんは楽しんで仕事をしているようには見えなかった。


 奥村さんは終らせたかったのだと思う。


 ともあれ「ラインブレイカー」はまだ稼動しているとは言え、終了した。


 話は戻る。


 7月中旬まで話を進めたが、もちろん他の動きも同時期に起こっている。

香佐市立ゲーム高等専修学校の学校説明会。ブルーフォレスト社や「サテライトクラスタ」の事もあり、学校説明会はパンク寸前なほど人が集まり、入学に関する学校案内パンフレットも全国から希望があった。


 そこで来年度入学試験の内容が語られる。


 それは前年度とは全く違う、世界中のあらゆる分野から問題を出すというものだった。つまり、自由七科に加えて外国語、コンピュータ知識、ゲーム知識、哲学、美術、アニメ…etc。試験期間は2日間×4。12月末から2月まで行われる。


 前年度の試験内容を聞いて「楽そうだ」と思っていた者は全員パニックに陥った。

面接試験も用意されている。面接という名のTRPGではあるが。


 たかが市立のゲーム高等専修学校と舐められていた、その反撃であった。


 ゲーム高等専修学校生徒となった場合、「サテライトクラスタ」ゲームシステムに関われる権利が与えられる。つまり、ブルーフォレスト社のアルバイト社員となって、働いた分の報酬が得られる。ゲームの道に進もうとしている者ならわかるだろう。


 バイトであれ、実際のアーケードゲーム、それも最新のゲームの内部に触れる事ができるのだ。そして寮も併設予定であり寮費は年額50万円を切る。月額に直すと40000円。格安だった。


 この餌が、効いた。


 最初の学校説明会の時点で800人近くの入学を希望する学生・その親が来ていたのだが、学校説明会を重ねる毎に人数が増えていった。試験内容の副次的効果もあり、入学希望者が様々な分野の専門本などを買い求め、読むようになった。


 そして現在中学2年生で来年3年生になる生徒もまた学習をするようになったのだ。


 若き者たちの勘、若き嗅覚が囁く。日本で最も最先端の学校は、この学校ではないかと。


 中学校の授業など役に立たないと不登校となり、家で勉強する子供が増えた。その影響は次第にフリースクールに出る事となる。なぜなら全国のフリースクールとゲーム高等専修学校(ブルーフォレスト社)はネットワークで結ばれ、ブルーフォレスト社による通信教育が行われていたからだ。


「サテライトクラスタ」のICカードはブルーフォレスト社経営のゲームセンターで登録する事で未成年か成年かがわかる。


 未成年者が「サテライトクラスタ」のサイトにログインすると、ある追加項目ページが表示される。それは学習のための情報ページだった。そしてその教材となるテキストは全国のフリースクールに配られている。学校というシステムに弾かれた子供や勉強の意味がわからない子供は皆、フリースクールへと通った。


 フリースクールでは通常、学校の卒業資格は得られないが、1992年から在籍する学校の校長の裁量によって、フリースクール等の施設に通った期間を、学習指導要録上出席扱いする事ができるようになった。2018年現在、それはもっと厳密に制度化されており、学校の校長の裁量というアバウトな判断がなくとも学年基礎学力テストにて学校出席扱いとなり、卒業する事が可能になっている。


 香佐市で毎年行われる3日間同人ゲームイベントは姿を変えようとしていた。


 1つのゲームが人気をそのまま維持する事は難しく、イベント自体もマンネリ化が進んでいた。そこで方向をシフト、同人音楽イベントであるMME3等と提携、共同開催することになった。その共同開催には動画サイトも含まれている。驚くべきはゲーム会社などにも声を掛けたという事だ。「サテライトクラスタ」に対抗しようとするゲーム会社は沢山ある。比較的、交渉は上手くいった。


 開催期間は当初はこれまでと同じ3日間だったが、様々な他イベントを吸収したため最終的に7日間となった。


 真夏に行われたため後に「火の7日間」と呼ばれるようになる。このイベントついでに「サテライトクラスタ」プレイやICカードを登録した者も多い。


 ちなみにゲーム高等専修学校生はボランティアで日射病と熱射病の救護を行った。救護もそうだが、イベント参加者が日射病と熱射病になる前に水や氷で冷やしたタオルを提供、塩分が入ったドリンクを安価で配ったのだ。救護本部を作り、携帯電話での緊急ホットラインで直ぐに動けるよう事前に準備していた。緊急ホットラインの電話番号が書かれた小さなチラシを制作し、配った。救護の場合、具合悪そうな人を見つけるのはもちろん、具合が悪い人の近くに居る人から連絡を貰った方が早い。


 イベント開始前の一週間からイベントでの救護の訓練が行われ、ゲーム高等専修学校生は組織的に動いた。


 日射病と熱射病の総定数は100人。会場はバラバラで日射病・熱射病になるタイミングはランダム。そのような想定で訓練・シミュレーションは行われた。


 ゲーム高等専修学校は学生服に似た私服高だが、イベント時、全員がゲーム高等専修学校の校名が入った半袖のYシャツを来ていた。救護スタッフと書かれた腕章も作られた。印象を良くするためと救護スタッフと参加者に分かるようにするためである。もちろんイベント後の清掃も手伝っている。


 奥村秀明はこのボランティアについて関与も指示など一切行っていないが、ただ一言、“ありがとう”と“大丈夫”という言葉を使いなさい、ついでに折角だから街の人と交流してきなさい、と生徒達に伝えた。印象を良くする事、それが重要だったからだ。


 エピソードが一つある。


 生徒達がゲーム高等専修学校近くの個人経営の商店から水を冷やすための板氷を購入する際、わざわざボランティアなんて大変だなぁと店長が生徒達に言ったところ、

「困っている人がいるとき、助けるのは当たり前だと思うんです」と、返した生徒のまっすぐな顔と微笑みが印象的だったとその店の店長は語る。


 板氷は1つ300円近くするのだが、生徒達の真面目さに心打たれて200円にまけて生徒達に売った。儲けなど無いがそれでも良かったのである。来年も安く売ってやるから、また来なさいと言って。


 浮いたお金をただ貰っとけばいいと言うのに、板氷を買うグループの生徒達は少し考え、浮いたお金でその商店に置いてあるジュースをそこにいた生徒全員の分、買った。


 それもまた店長を感動させた。


 普通の話に聞こえるが、人は誰かのシンプルでまっすぐな心に触れると感動する生き物である。


 この話は町内会の飲み会で広まる事となる。


 小さな出来事だと思うだろうが、このような、砂糖粒のような良いファクターを広範囲に撃ち込む事が重要であった。


 特に「ゲーム」という名が付く高等専修学校は「ふざけている」という先入観がある。それを無くさなければならない。そして、砂糖粒のような良いファクターを積み重ねること。


 それはいつか、人を動かす原動力となる。人は助けられて助ける事を覚える。


 お金を地域に還元する事。お金じゃなくてもいい。優しさを地域に還元する事。

みんなを助けるために。…そう、みんなを。


 8月になってから、次第とスタープレイヤーが香佐市各地で出るようになった。いわゆるAランク進出組である。


「サテライトクラスタ」は基本兵装毎にランクが違う。


 強襲としてはAでも他の兵装でEなら、単純にCとなる。それらを総合してプレイヤーランクが決まる。昇格試験は各兵装毎に用意されている。


 Aランク進出組は各兵装にてランク総合してAランクと認められた者という事である。

 Aランクプレイヤーのプレイを見るためにそのAランクプレイヤーが属するゲームセンターに集まる、そのような光景が日常となっていた。


「サテライトクラスタ」では一度階級が上がったなら下がる事は無い。BならB5からB1まであるが、Cに下がる事はないのだ。一応サブカードも作れて公式登録もできるが、下位ランクで弱者いじめ、または無双と呼ばれるプレイをすると一気に飛び級でランクが上がる。巧妙に下手なプレイをしても戦闘回数・素材総数・購入した装備品・プレイヤーネームなどで中級・上級プレイヤーだと判明する。また、「ラインブレイカー」プレイヤーなら基本的な操作はマスターしているので上級チュートリアルテストをクリアすると最下ランクのD5から一気にC1クラスとなる。


 夏にもなると、条件が揃い、カスタマイズソフトでカスタマイズを行うプレイヤーも増えていた。カスタマイズソフト各種は一般的なフリーソフトとは違い、複雑な要素を含み、カスタマイズソフトを使えるプレイヤーと使えないプレイヤーに自然と分けられた。


 武器の場合(「サテライトクラスタ」では魔法という位置づけだが)、大まかに言えば、重量・1マガジンの弾数・総弾数・集弾・1発の弾の攻撃力・弾速・連射速度・有効射程・反動・オーバーヒート・リロード時間…etc、これだけの項目があり、レギュレーション内でカスタマイズしなければならない。その組み合わせはデリケートなものである。


 例えば1マガジンの弾数・総弾数を減らして1発の弾の攻撃力を上げたとしても、連射速度・集弾・反動が大きくなり命中率が低くなる。1マガジンの弾数を増やしても撃ちっぱなしにすればオーバーヒートが起こる。冷却装置が付いていない場合はオーバーヒートするとバースト、つまり暴発し武器が使用不可になる。射程・攻撃力は弾の種類によって違う。銃身も射程距離などに関わってくる。カスタマイズソフトではそのように、改造しなければならない。


 そこでプレイヤー達が取った手段とはカスタマイズソフトを使えるプレイヤーの家に集まり、意見を出し合いながらカスタマイズソフトを使えるプレイヤーがカスタマイズするというものだった。


 カスタマイズされアップロードされたアイテムはブルーフォレスト社の審査を受け、通過するとゲーム内に反映され、購入する場合、通常の武器と同じように必要素材と必要勲章を必要とするが、カスタマイズプレイヤーから繋がる4名までのメインフレンド登録をしていると、その4名はゲームポイントでの購入だけという特例が付く。ちなみに審査を通過したカスタマイズプレイヤーには「リモデリングメカニック」の勲章が与えられる。


 問題は防具となるドレスだった。


 服に関するソフトは素体モデルがあり、それに3Dで作った服を合わせるという作りだった。ゲーマーはアニメオタクである場合が多く、有名な簡易3Dキャラモデルフリーソフトの影響もあって、酷くアニメ的な服が次々とアップロードされた。だがブルーフォレスト社側はそれらのアニメ的な服(着物やゴシックロリータ含む)を動作制限を重く、硬く設定した。


 版権関係に絡む服は当然ながら却下、通過してもアニメコスプレ服のような動きに支障が出るような服は本当に動きに支障が出るようなデータにしたのだ。


 ここである意味プレイヤー側とブルーフォレスト社側の対立が起こる。ブルーフォレスト社側は何を「良し」とするのかという読み合いが始まった。服がいくつかアップロードされる内、一つの傾向が見えてきた。現実的な服ならば動作制限は軽いという事が分かったのだ。そして思わぬところから服のデザイナーが出てくる事になる。


 服飾を学んでいる学生の女性プレイヤーだった。プレイヤーというのは違うかもしれない。「サテライトクラスタ」のICカードを作ってもいない、ゲームもあまりやった事がない女性。プレイヤーの一人に依頼されデザインを書いて3Dモデリングできるプレイヤーが3D化し、アップしたところ簡単に通ってゲーム内に反映されたのだ。


 彼女は「サテライトクラスタ」にて自分が作った服を着た少女が戦っているのを見て、一瞬で一目惚れし、プレイヤーとなり、3Dモデリングも覚え、今度は自分で服をデザインしまくった。


 一定量、デザインした服がブルーフォレスト社の審査を通ると「ドレスデザイナー」の称号が与えられ、ゲーム内でのブランドが作られる。彼女は「サテライトクラスタ」初の「ドレスデザイナー」となった。後にデザインされた服は現実に作られ、販売される事となる。


「サテライトクラスタ」ではβテストだというのにどんどん事が進んでいく。「ラインブレイカー」は1.9の最終決戦イベントで一応ラストが付いた。ブルーフォレスト社は他にも家庭用ゲームなどを作っているが「ラインブレイカー2」の制作はない。


「サテライトクラスタ」は全国にリリースするにはバグが多すぎて、目処が立っていないという。少なくとも3年は無理だろう、とはブルーフォレスト社のインタビューでの話である。


「ラインブレイカー」に客を取られていたアーケードゲーム業界は安堵したが、全国のプレイヤーは悩む事となる。バグが多いというが、動画を見ている限り、それは嘘ではないかという疑念を持つプレイヤーが出始める。動画の中で「サテライトクラスタ」は正常に動いている。どこにバグがあるというのか。バグなんか無いのではないか。


 想像してみよう。もし隣の隣の県にて、とんでもなく面白い事をやっていたとするならば。


 貴方がそこにいる限り、置いてきぼりにされるとするならば。


 勿論、「サテライトクラスタ」を無視する事はできる。だが、気になって仕方がない。「サテライトクラスタ」は全てのゲーマーの理想をつぎ込んだゲームだからだ。

無視できるはずが無かった。


「ラインブレイカー」が1.9になり、最終決戦イベントで燃え尽きたゲーマーが諦めるように言った。「ラインブレイカー」が終わり、一応「サテライトクラスタ」が次にあるけれど、もしかしたら永遠に「サテライトクラスタ」は全国リリースされないのかもしれない、と。


 3年間以上もの時間を待てるのか?


 3年間待ってそれでも「サテライトクラスタ」が全国リリースされなかったなら、待っていた3年間は無駄になる。3年間あればゲームから遠ざかってしまうかもしれない。あの熱狂は何処に? あの一瞬であるが、その一瞬故に通じ合っていた空間は何処に?「ラインブレイカー」で組織戦の面白さを知ったプレイヤー達は普通のゲームでは満足できなくなっていた。


「ラインブレイカー」と同じようなシステムの他者アーケードゲームもリリースされたが、話題の大きさは「サテライトクラスタ」と比較にならない。BBSの「ラインブレイカー」スレッドでは思い出話とPS4版「ラインブレイカー」だけの話が投稿される。


 それでいいのだろうか。


 今日もまた香佐市のプレイヤーから「サテライトクラスタ」の動画が投稿される。


 秋、香佐市にて新たなゲームセンターが作られ始めた。


 その数、12店舗。


 12店舗ものゲームセンターが作られるとは一般的・常識的に見て異常である。香佐市でのゲームセンター需要が他の地域よりも高く、これからもっと高くなると予想されたためと言える。「サテライトクラスタ」は香佐市しかプレイできない。ならば、香佐市にゲームセンターを作るしかない。出遅れれば出店が規制されるだろう。


 そうしてゲームセンター建設ラッシュが始まり、香佐市のゲームセンターは22店舗になった。


 エンターテイメント特区である香佐市は、本当の意味でゲームの町として知られていく事になる。


 この時期から香佐市の土地の値段が徐々に上昇する。


 この先ずっと上昇する気配が見られたので各エンターテイメント系企業は香佐市の土地購入に動くことになる。


 そして、様々な動乱を巻き起こした2018年は終る。


 この年、香佐市人口の減少がストップ、2000年になって初めて増加に向かったのだ。今はまだ300人ほどの増加だが。それでも市としては大きな成果である。


 2019年。1月1日「ラインブレイカー」可動停止。


 2018年の年末から別れを惜しむようにプレイヤーは「ラインブレイカー」をプレイした。動画総数は5万を越える。この5万という動画数はゲームカテゴリで最も多く、この動画数を越えるゲームは現れなかった。名プレーや珍プレー、ほのぼのとしたシーンをMADにした動画には思い出コメントが寄せられた。


 アーケード「ラインブレイカー」スレッドも一応、停止することになる。


 12月~2月、香佐市立ゲーム高等専修学校入学試験。


 受験生は語る。悪夢のような試験だったと。


 凄まじく広い範囲から問題が出され、回答は全て文章で書かなくてはならない。受験者を悩ませたのは問題の一つ一つが様々な要素を複合していた事にある。知識だけを覚えていても、答えられないのだ。全て想像力が必要となる問題ばかりだった。


 例えば日本史にて「織部焼」に関する問題が出されたとする。当然、皆、織部焼のルーツについては知っている。ルーツだけは。


 千利休の弟子であり、千利休が持っていたひび割れた茶の器から破調の美を見出した古田織部。問題にはこうあった。「破調の美とは何か、現代での破調の美を含めて答えなさい」日本史でありながら美術の要素も含んでいたのである。


 試験は前年同様、外に出て何か持ってきても良かったのが救いだった。


 面接試験はTRPGだが、プレイヤーキャラは自分の分身を作り、使う。自分の分身を作るという事は鏡を見て自己とは何かを客観的に見るということになる。それでTRPGプレイするという事は自分は何が出来るかを確認・自覚させる。これらを考慮され、試験合格者が決定された。


 香佐市立ゲーム高等専修学校には専門科もあったが、まだ生徒募集をしていない。


 ちなみに面接試験の前、「ハイテンションあっちむいてホイ」で順番を決めるというものがあった。


「ハイテンションあっちむいてホイ」それは悪魔のゲームである。


 ジャンケンまではいいが、“あっちむいてホイ”にてハイテンションな動きをしなければいけない。ハイテンションじゃなければいつまでも続く。


 これを試験のプログラムに入れたのは奥村である。


 ちゃんと理由もある。緊張を解きほぐすためだ。今からゲームをするというのに緊張してはゲームを楽しめない。そしてもう一つ効果がある。新入生の場合、最初の1ヶ月は友人を作るために動くだろう。そこで重要なのが「人当たりの良さ」であり、それは表情を和らげる事、笑いや微笑みで表れる。


 人は誰かの笑顔を見て安心するよう、出来ている。


 何故かこういうゲームになると本気でハイテンションになる奴がいる。奥村はそのような、単純なゲームで熱くなる奴を遠くから見ていた。不合格となる予定の生徒だったが奥村の指示により合格となる。


 特筆すべき事は香佐市立ゲーム高等専修学校を設計した故・瀬戸幼一の娘となる春原千衣が合格した事だろう。瀬戸幼一と奥村秀明は高校・大学での親友であり、奥村は春原千衣を産んだ春原律子も知っている。


 この3人の関係は直接的に「サテライトクラスタ」とは関係しないので省略する。


 4月、第二回入学式が行われ、香佐市立ゲーム高等専修学校は全2学年となった。ちなみに新規生徒には上級生が付くという制度を採用している。これは組織的にどうのこうのではなく、単なる奥村の趣味、本人曰く「萌えるから」であった。


 まあ、しかし、上級生が付くというのは色々とメリットがある。上級生によるサポートがあるからだ。


 春は、様々な事が変わる季節でもある。引っ越すには良い季節とされた。


 しかし限度というものがある。


 突然、何の前触れもなくブルーフォレスト社が香佐市に本社を移したのだ。


 現在はネット時代であり、データをやりとりできれば制作する場所などどこでも良い。


 ゲーム業界では高等専修学校の事業に専念してゲーム開発はフェードアウトするのかと思われていた。


 ゲーマー側では香佐市にブルーフォレスト社が移った事で、やっと「サテライトクラスタ」全国版の開発が進むだろうと言われていた。


 2019年、

 年号が平成から令和に変わる年。この年にはあまり大きな事は起こっていない。「サテライトクラスタ」の正式バージョンの開発状況も含めて。コロナウィルス蔓延と香河県(架空)のゲーム規制条例がこの年のトピックだろうか。


 コロナウィルスに関しては世界規模だからか東日本大震災よりもショックがでかく香佐市での同人イベントも中止せざるを得なかった。


 この騒動は秋まで続き香佐市で行われるはずのイベントもすべて中止か延期になった。


 正確には冬に行われる事になる。そのタイミングでしか開けなかったのだ。


 ゲーム規制条例については後にゲーム偏愛者が出る事になる。


「ラインブレーカー」は全国で稼動中だが、最終決戦も終わり、一度撤去、別ゲームがインストールされ再出荷された。


 香佐市立ゲーム高等専修学校学校説明会、入学試験は前年同様。


 香佐市は過疎が進んでいた香佐市外の周辺市・町と合併。合併の是非を問う住民投票が法制化されてからの合併だった。これで香佐市の人口は67万を超える。この合併した市や町は工場農業(フィルム農業技術)が進む中、自然農業がまだ主流な市・町であり、それが逆に農家の収入の低下を招いていた。香佐市と合併するしか生き残る道しかなかったと言える。


 昔は綺麗な川が流れ、綺麗な川にしか生息しない魚や蛍が沢山生息していたという。それが農薬によって失われ、肝心の田は米の需要が無くなり減反。この合併した市・町は香佐市のような都市を目指そうと合併したのだった。農業を捨てる事にしたのだ。


 香佐市は都市だからこそ、緑豊かな土地を求めていた。緑を潰すわけにはいかない。まず香佐市は今まで農業だった田を観光として扱う事を決定した。失われた蛍を蘇らせるために。


 合併した町の一つ、高幡多町(架空)は有機農業運動誕生の地(1973年~:当時は高度経済成長期であり農薬が大量に使われた)であり、何年もかけて蛍を蘇らせた町でもある。夏の夜、高幡多町の田には田に生息するゲンジボタルやヒメボタルが光の乱舞を見せる。早速、川の汚染度や田や土の残留農薬の調査を実行した。


 そして国の法律が少し変わった。


 公職選挙法上の選挙権が改正され、16歳以上から選挙権を有することになったのだ。国(各党)としては現行政党を維持するため、比較的説得しやすい子供をターゲットにしたのだ。


 それまで票のアテにしていた第1次・第二次ベビーブーム世代やその上の世代が年老いて人口減少した事も要因の一つである。だが、現代の子供はネットワークネイティブ世代であり、各党がどのような党なのかすぐに分かる。特に40代以下はネットワークの影響が強く、世代が下がる毎にTVの影響が弱くなっている。この選挙権改正は結局、各政党にとってデメリットを引き起こすが、国民側とすると非常に正しいものだ。


 そして一度変えた法律はすぐには戻せない。


 2019年現在、政党は統合や分裂を繰り返し、今は分裂の時期にある。


 それくらいだろうか。


 取り残されたのは全国のアーケードゲーマーだった。ブルー・フォレスト社の公式発言では「サテライトクラスタ」のバグフィックスで後3年はリリースできないとの事で、ゲーマー達は絶望する。


 香佐市は全国のアーケードゲーマー達にとって萌えの発祥地である東京都の空葉原(架空)同然のように思われていた。そこにゲームプレイヤー達、私達の聖地があるのなら。


 そこに「サテライトクラスタ」があるのなら。


 誰かが言い出した。


 みんなで移住しないか、と。


 この年から2020年に掛けて香佐市に移住する者が急増する。


 2020年。


 やっとこの世界の舞台「ワールド2:鋼織世界クラスタ」の舞台となる2020年。


 プレイヤーは香佐市住民として架空のアーケードゲーム「サテライトクラスタ」に触れる事になる。


 ゲーム世界でも、ゲームの中の現実でも。






 貴方の香佐市への移住を心よりお待ちしております。








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香佐市のタイムライン


・一部プレイヤーにアバターカスタマイズソフト配布。条件は総合Aランクの者。ブルーフォレスト社運営のゲームセンター窓口にて入手できる。

・香佐市立ゲーム高等専修学校生徒による香佐市内のバス路線の最適化、交通バス会社へプレゼンし採用、来年度からその路線が使用される事になる。

・様々な方面から「サテライトクラスタ」を我が地域にという要請が入るが、無視。というか不可能だった。

・コンビニエンスストア・スーパーマーケット・ファーストフード店等の出店エリア規制。このエリア規制は主に香佐市と合併した区域に適用される。

・第二のゲーム専門学校の計画が立ち上がる。

・近年の不況の影響により夏の花火大会が中止。

・一部プレイヤーに新武器のカスタマイズ機能解放。

・蛍が生息する田の土を他の移植、他に川の浄化の対策がなされる。同時に不法投棄対策強化。

・香佐市人口が70万を突破する。周辺の市や町と合併した事もあるが2万は香佐市外からの移住者である。この動きを見て香佐市は政令指定都市化への動きを強める。

・香佐市、市長選挙。矢上建一郎が恐るべき人脈を使い、香佐市市長当選。ここから10年間市長を務める事になる。市議会議員もこの年から様変わりする。

・一部プレイヤーにBGMアップロード機能解放。条件は動画サイト上でテーマBGMをアップロードし、ブルーフォレスト社に認められた者。

・機体カスタマイズソフト配布。条件はモデリング系勲章持ちプレイヤー。しかし機体を作るにはブランドを立ち上げなければならなく、それには個人でかき集める事が不可能な素材量が必要となる。つまり、プレイヤー達から素材をかき集めるしかない。これには理由があり、上級者になるほど対戦回数が多く、その分素材が増えすぎていらないほど溜まってしまう。一種のゲーム内ブルジョワである。それを解消するためのシステム。

・香佐市立ゲーム高等専修学校に初の海外留学生が来る。この海外留学生はブルーフォレスト社の家庭用美少女ゲームを装った英語学習ゲームで声を担当した子である。ちなみにこの英語学習ゲームは英語学習ゲームなのに泣けると話題になった。

・ハイブリッドバスによる香佐市⇔全国への夜行バスサービス開始。(ネットにて受付、比較的人が多いところを経由するシステム。つまり規定路線が無い。このシステムは土日遠征プレイヤーから出され、香佐市立ゲーム高等専修学校経由で夜行バス運行会社にプレゼン、緻密なデータを提出したからか即採用された。

・香佐市立ゲーム高等専修学校生徒を中心に各学校生徒と連携、各地域の祭のリデザインが行われる。

・一部プレイヤーにボイス・台詞カスタマイズソフト配布。ボイスは声優養成所に協力を要請、使用された。

・昨年中止となった花火大会を復活させるために生徒達が動く。今までの花火大会は企業の協賛で企業が花火を購入していたが、個人でも買えるようにシステムと購入ルートを作ったのだ。2尺玉は60万ほどするが、それを全生徒で分割、購入し、打ち上げた。7月7日の事である。

・香佐市、全地域に小規模な専門学校を設立。その専門学校は工・農・商・医療・衛生・社会福祉・服飾・文化…etcとかなり細分化されている。数年後、香佐市の文化レベルは飛躍的にアップする事になる。

・毎年恒例の香佐市同人イベントにて昨年よりも外国人が多いという事態が発生、海外留学生と英語を話せる生徒が中心になって対応した。ヘッドホンマイク・携帯・モニタ6つでチャット12面打ち。訓練を受けていない常人だと半日でダウンするがこれを交代制で7日間やってのけた。

・第二のゲーム専門学校、施工開始。

・香佐市、人口72万人突破。国に政令指定都市化を申請。

・香佐市立ゲーム高等専修学校第1期生が修業年限3年を終了、ほとんどの生徒が専門課程へ進学。大部分は大学へ進学。一部は各専門分野の会社に就職。もちろんそれ以外もいる。

・香佐市に於いて産業・地域経済が回復しはじめる。既に回復していたとも言えるがデータが無かったのだ。

・香佐市にある会社の求人情報に変化が生じはじめる。条件に高卒・大学卒である事がほとんどだったが、中卒を条件にする所、または条件なしの求人が増加しはじめる。

・「サテライトクラスタ」にてSランクプレイヤーが誕生。条件はA1クラスポイントカウントストップ→試験での昇格という物ではなく戦闘で得られる各勲章を一定量集めなければSランクは出てこないという仕様であった。この情報が出回ってからSランクプレイヤーが出始める。

・Sランクプレイヤーが24人へ。ここで「サテライトクラスタ」で謎だった二十四節季の名称が明らかになる。項目は各分野の成績や課金額などを考慮した限定24名であり、プレイヤーによる名称の奪い合いが始まる。なお一定期間その状態を維持しないと剥奪され次のプレイヤーに移る。

・香佐市第二ゲーム専修学校の建設が始まる。この第二学校には専門課程と高等課程がある。特にAIを専門とする。

・「サテライトクラスタ」が1.00へバージョンアップ。システムを一部組み替え、データ量と負荷を低減。

・香佐市立ゲーム高等専修学校卒業者を獲得するためエンターテイメント系企業のいくつかが香佐市に支店を設立。また、エンターテイメント系の専門学校を作り始める。

・Sランク100人突破と同時に二十四節季の25番目の機体がSランク戦に登場。四季にして一歳、神咲美鈴の機体である。この機体はAIで動くのだが、非常に高性能かつ無慈悲にまで戦闘特化したAIであり、人間では対応できず誰も撃墜できないという事態が起こる。

・AIプログラミングソフト販売開始。それと同時にゲーム内にてSランク限定特殊武器「AIドライブ」配給開始。神咲美鈴を撃墜するのは誰かという静かな戦いが始まる。

・特殊動作プログラミングソフト販売開始。挑発行動や合図行動を自由にカスタマイズできる。

・香佐市、政令指定都市へ。中心である「野幌区」・これから発展する「若草区」・歴史的建造物が多い「和泉区」・緑が多い「緑守区」・海と面した「港区」の5つの区に分けられる。

・この年の初夏、いわゆるゲリラ豪雨により川が氾濫するなどの水害が起こるが、 香佐市がまるで一つの組織のように動き、救援活動を行う。

・ブルー・フォレスト社、ウィザード級ハッカー達を数十人スカウトし、日本一あるいは世界一強固なデータセンターを設立。マグニチュード8の震度にも耐えられる設計である。とりあえず最初は「サテライトクラスタ」の裏設定集データを置き、日本中のハッカー達にハック攻撃をさせ、それを全て防ぎ(正確には1人の少女ウェブウィザードに抜けられたが、すぐにその少女と契約)脅威の安全性を証明。各情報系企業に売り込む。もちろん設備内には、各種コーラの自販機がある。おまけにドクペもある。

・香佐市の文化度が東北で最も高い事から美術関連志望の若い人たちが香佐市に移住しはじめる。

・香佐市、人口74万人突破。

・二十四節季プレイヤー招待イベント開催。事実上のSSランク戦。そのなかの一人がフリスクの入れ物にMDMAを仕込み、それを摂取して超人的な活躍をする。

・世界的な都市格付けにて25位を獲得。それから数年後トップ5に入る。

・個人Vtyberの世界的流行により世界中で母国語、英語、日本語のトライリンガルな子供が育ち始める。


そして


・奥村秀明、大学時代の親友である瀬戸幼一・春原律子の子である春原千衣から告白される。擬似親子という関係を築きつつ、後に結婚する。そして舞台はARメガネことブラインダーでの「スペル・バインダー」へ。


 その後の事は、誰にもわからない。


 バックグラウンドやタイムラインに書いていない事も沢山ある。


 でも、きっと、


 桜が接ぎ木され全国に広まったように、香佐市で育ち学んだ者が、全国に広がっていくのだろう。


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 ひとつの町が発展していく様を見るのは、楽しくて、悲しいもんだね。

 僕が子供の時にあった商店はコンビニの全国展開の煽りを受けて、潰れた。

 小さな書店も、大きな書店が出てきて、潰れたな。好きだった本屋とか無くなっちゃったし。

 都市との平均化を求める田舎では仕方が無い事なんだけどね。

 便利で豊かになったと言えばそうなんだろうけどさ。

 田舎暮らしのおばあちゃんが家族と共に新しい住宅地に引っ越して痴呆症になった話知ってる?

 うん、田舎でさ、田んぼの土地がどんどん売られて新しい分譲住宅地になってるじゃない?

 きっちりと仕切られた道と安っぽい洋風の家が立ち並んでさ。

 そういう所って全国どこを見ても同じなんだよ。

 だから痴呆症が進んじゃうんだよね。自分がどこにいるのか分からないって。

 自分がどこにいるのか分からないというのは…とても怖い事だと思うんだよ。

 お年寄りだけじゃなくて子供もそうだね。

 そういう所で育った子供というのは…ぽっかりと穴が開いているような感じに見える。

 家はからっぽで、周囲もからっぽで、でも隠れる場所も無くて…キツいよな。

 ああ、そういや今日さ、ちょっといい事があったんだ。

 午前中休みだったからゲーセンに行ってラインブレイカーやってたのね。

 そしたら幼稚園に入る前の子供なのかな、いきなり俺に近寄って僕と筐体を見てさ、これ何? 何? ってすっげえ興味深そうに聞いてくるんだよ。

 俺、子供嫌いなの知ってるだろ? だからめんどくせえなと思って。

 そん時ちょうどリザルト画面だからタッチパネルで「ここ押してみ?」って、子供が画面押すと箱開いてさ、そんな事でもきゃあきゃあ楽しんでさ、

 俺が金払ってるのにレバー奪い取りやがって、しょうがねえから操作ちょっと教えてやってさ。

 あまりに楽しむもんだから1クレ奢ってやったんだよ。チュートリアル分な。

 そして下にある漫画喫茶に行って漫画本見てたら上から子供のきゃーわー言う声が聞こえるんだよ。

 心の中ですげえ笑ったね。久しぶりに良い気分になった。最近のガキも悪くねえなってさ。

 うん、だから居場所を作ってあげたかったのかな。

 ゲームセンターは…無くなっちゃいけないんだよ。子供と弾かれた奴の居場所だからさ。

 何語ってるんだろな俺。…感傷的なのかな。わからない。

 最近、一人で酒を飲むと泣いてしまうんだよ。


──ブルー・フォレスト社「ラインブレイカー」「サテライトクラスタ」開発・企画者 飲み屋での発言(泥酔中)



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