まーやの一日
「ねえねえ、まーや、起きてよまーや」
朝の7時から自動起動接続をセットした『ブラインダー』から柔らかな子供の声がして僕の眠りは邪魔される。僕は夢を見ていた。まだ僕が小学生だった時の夢だ。僕の友達がクラスのみんなに陰湿ないじめを受け自殺し、僕はその友達を助けられなかったと絶望して僕も友達を追って自殺しようと学校の屋上から飛び降りた。そうして僕は全身を打って半身不随となった。そんな過去の夢だった。
こうして誰かの介護無しには起き上がるのも難しい体となったが、今は『ブラインダー』がある。誰かと会話もできるし文字も打てるしSNSもできるし掲示板に書き込めるし本も読めるしテレビや映画やアニメも見れるしゲームもできるし買い物もできる。リアルではないが旅行だっててきる。結構何でもできちゃうから現状に悲観していない。まあちょっとだけ後悔はあるけれど、あの時の僕は間違ってなかったと断言できる。
「やあ、みんな何時から起きてたの?」と僕は『ブラインダー』ごしに子供達に声を掛ける。ついさっき、という声やアニメ見てたから5時くらい、と沢山の子供の声が返ってくる。子供は元気だなあ。
僕の名前は篠原真矢。『ブラインダー』にインストールされた『スペル・バインダー』で神様と呼ばれる“パンプキンヘッド”の守口航と出会い、友達から親友となり、いつの間にか何だか知らないが『夢見司』と呼ばれる『スペル・バインダー』の生みの親である奥村秀明が作ったコミュニティに属し、こうして子供達の話し相手となっている。ある種の教師みたいなものだ。子供達の話相手でもあるけれど。年上なんだけど友達感覚らしい。大人にしては子供だし、親や兄としては説教くさくないとかで友達。それで子供のみんなからは「まーや」と呼ばれている。僕もこの呼び名を好んでいる。
「さて、今日は何を話そうか」と僕が言う。すると子供達から「宿題ごまかすの手伝って」やら「何か面白い話して」やら「まーやの事が聞きたい」やら返ってくる。
僕の事を聞きたい、か。そうだな、今日はさっき見た夢の事を話そう。そして今に至るまでを話そう。人との出会いは大事だと子供達に教えてやろう。
こうして僕の朝が始まる。ところで今日は平日だ。子供達、学校に遅刻しなければいいんだけど。
もちろん学校にいけない子もいる。長く続く少子化で子供は少ないがそれでも学校に行けない、合わないという子供もいる。そんな子供のために僕は勉強を教えている。中には僕から勉強を教わりたいという変わった子もいる。学校、いいと思うんだけどな。リアル友達ができるし、体育館やらで体を動かすこともできる。
子供たちが学校に行く時間まで、僕の過去を話す。この会話というか僕の『ブラインダー』での行動はアーカイブでいつでも見れたり聞いたりする事ができる。
今日、夢に見た僕の過去を子供達の反応を見たり聞いたりしつつ話す。悲しんだりする子もいるし、何か勇気づけられる子もいる。良い事だ。僕にできる事はこういう事しかない。
朝の8時ごろ、大半の子供達が学校に向かう時間、僕は会話をしつつ食事を摂る。今日の朝ごはんは牛乳をかけたコーンフレークだ。それと大好きなコーラ。甘い物好きにはたまらない。そんな僕の食事に子供達は親近感を覚えるらしい。まあ少しジャンクだしね。
「まーや子供っぽい」
「シリアルはちゃんとした朝食だよ」
「でも朝からコーラ飲んでるし、昨日の朝はハンバーガー食べてたし」
「良い事教えてあげよう。大人になるとこんな子供っぽい食事も許されるんだよ」
「いいなーいいなー、俺んちなんかちゃんと味噌汁とご飯とおかずを20回噛んで食えってうるさくてさー」
「良い親じゃないか。昔は僕もそんな食事してたよ」
「まーやも?」
「うん」
「好き嫌いあった?」
「ありまくり。特にピーマン」
「俺も俺も。ピーマンなんか野菜じゃないよな。毒だよあれ」
食事を摂ったら、僕は学校へ行けない子に向けての勉強会を開く。今日は算数だ。僕の場合は学校で教わる算数に大人の数学を軽く混ぜて話す。こうすると子供達の食いつきが良い。余計な雑談を含めるともっとだ。
「りんご2個とみかん2個を足したら?」
「4!」
「そうだね。でも違う考え方もあるんだよ」
「え? 4じゃないの?」
「りんごとみかんは別物だから足せないっていうね」
「えっ? えっ?」
「果物は全部で何個? っていう問題だといいんだけど」
「あーあー、そういう事かー」
「うん。人間は、りんご3個、みかん2個を見ているうちに、数という概念を発見あるいは発明したんだと思うよ。2、3と云う数字には、りんごやみかんの大きさも、重さも、味も、色も含んでいないんだ。そして、そこにある状態を表してる。この抽象的な状態表現が数」
「よくわかんないけど、なんとなくわかる」
「数同士には演算ができるんだよ。まあこれは問題が良くないよな」
「へー」
子供達を悪い数学の道に進ませる話をしつつ、こうして午前中が過ぎていく。
昼間は娯楽の時間だ。僕も娯楽を必要とする。昔ながらのツイッターや5ちゃんやディスコード、その他の掲示板を見たり、ゲームをやったり映画やアニメや漫画や小説を見る。サロメお嬢様最高。いつだって最高。これもアーカイブされる。本当はエロ本が見たいのだが、その場合は『ブラインダー』を外して電源を切る。まあ半身不随なのでアレは勃たないんだけど。4時間くらいはこうしている。
そろそろ子供達が帰ってくる時間だろうか。同時接続数が500人ほど増えている。人気者だなあ、僕は。500人が同時に喋ったりするのでちょっとどころかかなり混乱するけども。『ブラインダー』内なので、人は自然とグループに分かれる。その一つのグループの中心が僕だったりするけれど。遠いグループは話し声も小さい。とは言っても中心だから僕の声はちゃんとみんなに伝わる。
今日の話題は最近見た漫画やアニメだ。子供達は喜々として僕におすすめの漫画やアニメ、ヒーローものを推してくる。リストアップする。明日はこれらを見よう。最近では子供向けでも性癖を歪ませる漫画もあったりして侮れない。小説も見て欲しいのだが小学生なので仕方がない。今度読み聞かせようかと考えるが僕はあんまりイケボじゃないのでお嬢様風ボイチェンでも使うか。最近では機械音声でも自然に聞こえるものもあるのでそれでいいかな。でも、みんな僕の話す声が聴きたいだろうからなあ。機械音声では息遣いやテンションや抑揚が伝わりにくいし、リアルタイムで立体映像も出せない。あ、このへん改善すれば売れるんじゃね?
午後7時になる。ここからは子供達の会話を打ち切り、中学生や高校生、あろうことか大人も混じってネット上で会話をする。この中学生や高校生たちは小学時代の頃から僕に通じている。様々な話題が出る。会話にはニュースが多く、みんな僕の意見を聞きたがっている。僕はただの若者なんだけど。自分では自覚は無いけど話しやすいのだろうか。そういえば選挙が近い。今の時代、選挙カーの大音量で走り回ったりするのは爺さん議員だけだ。みんなでゲームもしたりする。ゲームをすると不思議な事に汚い言葉が多くなるもので僕もその一人だ。一旦ゲームをやり始めるとゲーム大会になるのが常で、今日は『スペル・バインダー』の気分だ。何故なら“パンプキンヘッド”の守口航が会話に参加しているからだ。何やら最近、守口は恋をしているらしい。知らんけど。
午後10時までゲーム大会は続き、ここからは『夢見司』の時間となる。まあバイト先だ。僕の療養費は『夢見司』から出ている。無職にとってはありがたい事だ。あ、無職じゃないか。強化現実──今は拡張現実という名が広まってるけれど──用のプログラムを打ってソフトを作ったり、これから組織としてどうするかを話し合う。多くの子供達と繋がってる僕は貴重な存在らしい。僕がプレイしたゲームや僕たちが作ったソフトやプレイしたゲームや何かを子供達がプレイしたり見たりするからだ。ある種の広告塔とも言える。悪くはない。
午後11時頃、僕が寝る時間だ。健康的に過ごしたいのもあるし、とある掲示板に「おはみょん!」と書き込んで掲示板のみんなを和ませるのが楽しみであり日課だからだ。今日はあの夢を見ずに済むだろうかと思いつつ、寝る。思い出したくはないが大事な過去。僕の友達だった君は天国にいるのか、それとも生まれ変わっているのか。こうして僕こと「まーや」の一日が過ぎていく。
──もしも、君が、生まれ変わったのなら、僕はまた、友達になりたい。




