表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サテライトクラスタ  作者: 樫木佐帆
10/40

夢の荒野と孤独な獣

2011年制作。




 2011年3月10日


 いつもながら会社の屋上で焼酎を呑んでいるダメ社員の奥村のポケットの中で着信音と共に携帯電話が振動した。元々、奥村は親しい関係、というか、奥村によって信頼できる人間しか着信音は設定していない。携帯を取り出す。樫木という名の人物からのメールだった。アイツからのメールはいつも禄でもないと、ああそういえば自分の周りはそういう人間しかいなかったな、と奥村は思い直した。


 携帯を開いてメールを表示させる。


 件名:コッペリア放送局からのお知らせ

 内容:東北の宮城にてM9の地震発生。津波被害により現在6700人、予測では2万名死亡。自衛隊の救出者もほぼ同等。リアス式海岸の土地柄、海に繋がっている川の逆流、田や畑が多い平坦な土地により被害拡大。また福島第一原子力発電所1~4まで爆発と共に機能停止。恐らく廃棄に向かう。放射能パニック中。近隣の県ではオイルショック並みのガソリン・灯油買占め発生。食料も同様。インターネットでの動きはほぼ予測通り。完全復興は津波による建物の破壊で阪神淡路大震災の2倍の長さだと考えられる。


 本当に禄でもない内容だった。世界超えてのメールがこれかよ。奥村の携帯電話が奥村と情報共有するために静かに光り始める。世界間の情報共有のための情報が携帯から、正確に言えばこの世界に良く似た異世界から送受信される。映像にノイズが入りMAD映像っぽくなっているの樫木という名の人物は酒に酔って自失状態、良く言うとトランス状態にある時しかこういう事ができないからだ。某魔法少女アニメのBGMと共に災害のMAD映像が送られてくる。幻覚系覚醒剤でのバッドトリップにも似ている。情報共有が終わり樫木からのメールは消えていた。


 さて。と奥村は思案する。星を模した時計を見る。猶予は24時間。今日は徹夜かな、いきなりのゲームとは関係ない徹夜作業を上は許してくれるだろうか。デスマーチ中だと言い訳するか。奥村は計画の修正する事に憂鬱になりながらも、その瞳は獣のように鋭かった。


 すぐに矢上健一郎という青年に連絡する。


 「はい、もしもし」

 「電話では久しぶりだね、奥村だ」

 「そういえばメールとネットだけでしたね。電話という事は」

 「緊急。最優先。これから様々な事をネット経由で送る」

 「了解、こっちの受け取り先はどうします?」

 「メッセでは遅いし会話の時間が勿体無い。細切れにした文章ファイルzipを斧で。コメントはs.a.t.e.k.u.r.aでサテクラ、DLパスはその逆。10分毎に更新して確認」


 斧(https://www.axfc.net/uploader/)を使うのは奥村の作法だった。


 「…死亡者が出るんですね」


 奥村は矢上のこういう察しの良い所が気に入っている。余計な会話しなくても済むからだ。


 「1万死んで、1万助かる、予測」

 「え?」


 奥村は嘘を付いた。被害は2万人以上に及ぶ。だが1万人助かるのは嘘ではない。自衛隊らによる救助で1万人以上は助かっている。だが1万という数はわかりやすく、イメージしやすい。


 「それくらい死ぬって事だよ」

 「…え? あ、あの」

 「冗談ではない。冗談のように人が死んでいく」

 「…いや、でも、数年前に起きた関西の直下型地震でも6千くらいで」

 「嘘だと思って、君に冗談の電話をしていると思うかい? エイプリルフールには早すぎるね」

 「…いいえ」


 電話ごしの矢上の口調が急に重くなった。無理も無い。いきなり百や千ではなく1万という死亡者の数を言われ、誰が想像できるだろう。現実味の無い数値。お金やゲームスコアでしか想像できない数。奥村は冗談なら冗談と発言を訂正する。普通なら電話もしない。ネットのやりとりだけだ。それが電話を使ってきたという事は…、いや、被害が大きすぎる。地震でもそんなに一気には死なない。あるとすれば津波だが、津波でも港付近が壊滅するだけだ。矢上が、…原因は? と聞いた。どう説明しようか奥村は一瞬迷ったが。


 「原子爆弾4000個を一気に一箇所で爆破した場合のマグニチュードは9。君の家に水槽はあるかな、それを色んな物が置いてあるテーブルに一気に掛けてごらん、テーブルの上にあるものはどうなる?」

 「…簡単に、無くなりますね」

 「津波に関する基礎知識はこれからテキストで送るけど、今ネットに繋いでる?」

 「あ、はい」

 「google地図で太平洋側、山潟中心の20km基準地図出して。そこから海の方に少しスライド」

 「はい。出しました」

 「君が神様として、水槽をブッ掛ける。海底からブッ叩いてもいいけど、まあ、それで付近の港町は全滅する」

 「何時、というのはわかりますか? というかどこからそんな情報が」


 未来予測という名の世界間人口調整が他世界からとは言えない。去年作られた最新鋭の地震シミュレータが異常な値を検知している。原子爆弾4000個を一気に一箇所で爆破した場合はマグニチュード9とさっき言ったかな。外国でのマグニチュード8事例と非常に近似している、と奥村は言った。そして君が住む土地は約30年サイクルで大地震が起きる土地であるとも。


 一定サイクルで大地震が起きるという情報は嘘ではない。実際、本当に起こっている。頭の中で結びつけるのは難しくはないだろう。ただし、今回は陸上で震度7、海底では震度9。そして耐久力が無い原発などで被害は東日本を巻き込むほどの大規模になる。しかし、そこまでは矢上に伝えなかった。伝えてもどうしようもなかったからだ。


 矢上は矢上の方で、まだ地震や津波災害が起きていないというのに1万は死ぬという情報が信頼できる筋から、この場合は奥村というアル中のゲームデザイナーだが、告げられた。奥村は最新鋭の地震シミュレータがと言っているが情報ソースなどないに等しかった。当たり前だと言える。災害は起きてから気付くものだ。信じるかどうかは矢上に掛かっていた。そして矢上は奥村は冗談を使い分けるという事で信頼していた。間違いなく来るのだろう。それも矢上が住む近くのところで。矢上は考えているようでキーボードを叩く音とマウスのクリック音が微かながら聞こえる。津波で検索しているのだろう。やっと矢上が口を開いた。


 「……避ける事は?」


 奥村は淡々と、不可能、犠牲者は出る、と伝えた。矢上の反応は無かった。無理も無い。起こる保証も無い災害とは想像力を使い、脳を疲弊させる。嘘であればいい、外れてくれればいいのだが、この場合、起こる保証も無い災害という前提は無い。起こるのだ。間違いなく。


 「堤防があるはずでは?」

 「堤防など、堤防を越える波が来れば意味がないよ」


 想像力を使った返答。情報を全部矢上に渡しても良かったのだが、余計な情報、特に一瞬で死んでいく人たちの情報を渡してもどうしようもない。動けなくなるだけだ。それか無謀な動きをして巻き込まれる。先に情報を得た者はそうなりやすい。矢上という青年の性格を考えるに、津波災害のデッドラインを越えて動きそうだった。


 「矢上くん」

 「…なんでしょう」

 「君の仕事は前線での災害救助ではない。それは自衛隊の仕事だ。間違っても実際に行って助けようとするな」

 「……」


 酷な言葉だっただろうか。奥村はこのような時、要点だけを話す。結局それが2次災害を止める事ができると知っているからだ。


 「君がいるところは一応安全だが、テープ補強が先だ。君が居るところだけ守れ。意味はわかるかい?」

 「…いいえ」

 「みんなを守ろうと地震前に行動するとキチガイに見え、地震後は未来が見える救世主さまだ。それもいいのかもしれないが、後で責められるだろう。どうして情報を教えてくれなかったのかと、皆が避難できたはずなのにと」

 「……」

 「まあ、健闘を祈るよ。こっちはこっちで動く」

 「……はい」

 「長期的に見て、必要な段階を踏んでいると考えなさい」

 「……はい」


 携帯の通話を切り、ベンチから立ち上がる。若い癖に人脈が広い矢上であっても全てを助ける事は出来ない。それは矢上も知っている。24時間では不可能な事もある。1万の犠牲はどうしたって出るだろう。必要なプロセスとは言え、奥村の心は痛む。獣になったはずなのに、心はまだ人間のままだ。そんな心など消えてしまえばいい。


 携帯を閉じ、ふと隣を見ると子供の頃の自分が居た。幻覚なのかどうなのか知らない。大丈夫だよと軽く頭を撫でようと思って手を伸ばすと、その子供はビクっと怯えた。昔の自分にも嫌われているんだなと奥村が子供から目を離して悲しく微笑むと、子供は奥村の上着をくいくいと引っ張って、おどけてみせた。奥村を怖いと思いながらも自分の反応でバツが悪くなったのだろう、奥村を笑わせようとしていた。そう、子供の頃の自分は、誰かを笑わせたかった。そうしないと自分の居場所が無かったからだ。ゲームデザイナーの本質とは、子供の時から変わっていない。


 もう一度、今度はゆっくりと手を差し伸べた。ぎこちなかったけれど。子供は、笑わせようとした事が伝わったのか、笑って、奥村の手を取り、淡く消える。不器用だったね、と奥村は今はもう消えた子供に語りかけた。久しぶりに子供の頃の自分と会った事で、小学生の文集、将来の夢の部分を思い出す。


 「ゲームシナリオライター」と書いた。


 変わっていない。

 変わっていなかった。


 奥村はそれで少しだけ笑った。



scene2


 奥村は携帯から会社内にいる渡部、それとTCGのメンバーと『ライブレ』のメンバーに緊急招集メールを出した。こういう時のためのマニュアルは奥村が既に作っており、奥村が「緊急招集」とだけ書いたメールを出せば、ほぼ全員集まる。この手は使いたくなかったが今回は仕方がなかった。


 TCGの部署に戻った奥村はすぐにテキストを書き始めた。上司の渡部はいない。その代わりプログラマーの遣水が居た。ちょっと、と呼ぶ。


 「え、はい? なんですか奥村さん」

 「トラック一杯にガソリンと灯油給油できる奴は身近にいるかい?」

 「はい?」

 「トラックの給油じゃなく、トラックに積むガソリンと灯油が必要だ」

 「え? あ、いやぁ、ああそういえば、ガソリンスタンドの店長が友達だったりしますが」

 「じゃあ、会社から全部金だすから、そのガソリンスタンドを抑えて」

 「…は?」

 「そこにあるガソリンスタンドのガソリンと灯油を全部買い占めるってことだよ」

 「…は、はあ、…いいんですか?」

 「やれ。責任は全部渡部に押し付ける。数日間、君が言う知り合いのガソリンスタンドを占拠する。それと東北に親戚は?」

 「いませんけど…何か?」

 「いや、いい。今すぐ連絡してほしい。全部使うからと」

 「え、あ、はい。…でも、何でですか?」

 「買占め前の買占めで迅速に輸送するためだよ」

 「値段でも上がるんですか?」

 「それならいいんだけどね」


 奥村は遣水に笑って見せた。パニックを悟られてはいけない。10枚のテキストが出来上がり、すぐにzipにして斧に流した。DL上限は1に設定しているのでDLすればファイルは消える。テキストの一番最初のページに、人を信じなさい、今はネット時代だ。と書いた。気休めでしかなかったが、樫木の情報を分析するにネットが今回重要な鍵となってくるだろう。矢上がどこまでやってくれるかが心配だった。


 矢上はまだ若い。ネット上では人脈を広く持つものの、自分の生まれた地区では単なる子供で青年だ。活動には限界がある。それを見越してどう動けばいいのかというテキストを書いている。ネットの人脈とリアルでの人脈の違いをこれから嫌というほど思い知らされるだろう。そして近くで死んでいく数百から数千、そして2万に達するだろう犠牲者に耐えられるだろうか。ブラウザでテキストを送った後、奥村は次のテキストに取り掛かった。データを送れば矢上は感づくだろう。2万ほどの人を見捨てろと言っているようなデータだが、下手に動けば矢上が巻き込まれる可能性がある。24時間で出来る準備などたかが知れている。


 これから壊滅的な大地震と津波が起こるなど、誰が信じるのだろう。幸いに東北では20年から30年サイクルで大地震が起こっていた。そうでなくても地震が頻発しやすい土地柄でもある。これを利用する事にした。データがあると人は信じやすい。避難訓練という名目で動くにはあまりにも時間が少ない。だが地震のデータを元に、こうこうこういう理由で避難訓練を行うのでと避難場所だけを設定した簡略的な1枚の紙なら見てもらえる可能性がある。命令系統も「ここに移動せよ」だけだ。それをコンビニでコピーしまくり、配る。それだけでは誰も配る人がいないので緊急の日給バイトを使用する。金など後で何とでもなるだろう。


 奥村が今書いているのは避難所に集まった被災者達に向けてのものと緊急ボランティアのための指示文章だった。即席の組織を効率よく動かすためのノウハウ。交通、特にバイパス付近の車両渋滞の麻痺、ガソリン不足、食料不足、停電による携帯電話機能停止の対処、余震による不安を和らげるための対処、子供を持つ親への、子供の年齢にあわせた対処、避難場所での大勢が一斉に集まる事でのストレス対処法、支援物資を積んだ車両を優先させるためのノウハウ。放射能についての基礎知識と原発がどのように日本で作られてきたかの基礎知識。マスコミと流される映像の対策。


 それも次々とアップローダーに送ったところで矢上から電話が来た。


 「奥村さん」

 「なんだい?」

 「奥村さんは…こういう時でも楽しんでいるんですか?」


 奥村の、まだ人間の部分の心が痛む。楽しんでる訳が無い、助けたいんだ、など言えた、が。


 「まあ悪くは無いね。1週間でとんでもない量のデータが取れる」


 そう、答えた。奥村は信頼する人間に対しては正直に話す。


 「…大量の人が死んでもですか」

 「ああ、そうだね」


 矢上は何か考えているようだった。でもそれが言葉に出ない様でもあった。


 「先ずは震度7の地震、そして大規模津波が港から襲う。最初は100人単位での死亡者が報じられるがすぐに5000に膨れ上がる」

 「……どうしたらいいんですか」

 「さっきも言ったが、君の仕事は災害救助ではない。被災者の救出だ。恐らく停電に伴って渋滞や買占めが出る。それを止めるには、という事だ。そしていきなり大地震が来ると叫んでも誰も聞いてくれない。まだ災害は起こっていない」

 「でも、起こるんですよね」

 「ガソリンと灯油などの燃料が使えなくなる。電気や携帯も。燃料を求める渋滞の影響でほとんどが徒歩で助けを求めてくる。日本の生活水準は高い。食料は困るだろうが、餓死はしない。山奥ではわからないけど。あとは子供のケアだ。それは送った文章に書いてあるね」


 電話の向こうで、泣いているような、音が聞こえた。若いという事は死に慣れていないという事だ。


 「奥村さんは悲しくないんですか?」

 「悲しむ? どうして? まだ何も起こってはいない事に対してどうして悲しむ事があるんだい?」

 「……」


 絶句とも言える沈黙が10秒ほど続いた。奥村が続けた。


 「僕はゲームデザイナーで、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 「……」

 「人でなしの職業なんだ」

 「……」

 「そして、唯一繋がりのある君に情報を送っている。ここからは君のゲームだ」

 「ゲームとか、そんな…」

 「ゲームだよ。完璧な物理計算が目の前にあるライフゲーム、君、及び、君達は迅速に被災者を救済しなければならない」

 「……」

 「君、僕が人間的であればいいって思っていただろう? 感情的に地震が起こるから逃げろって言った方が人間らしい。でも自分が感情任せで訴えたところでパニックは伝染して誰かの生存率を下げる。暴動は起きないだろうけど、混乱は続く」

 「……そうですね」

 「僕がパニクってもいけない。それは僕と君との信頼を下げる事になる。君もパニクってはいけない。助けられる人を助けられなくなる」

 「はい」

 「じゃあ、切るよ。何かあったらすぐに電話する事。明日の午前までは大丈夫と見ているが、災害が発生したら停電や回線が切れる事が予想される」

 「はい」


 電話を切り、奥村はため息をついた。そして額を手で覆った。手は冷たかった。

 会社内に居た何名かはすぐに奥村の下へ来た。


 奥村は地図を取り出し、ラインを引き、ラインの内側に家族や故郷が居る者は直ぐに電話しろと伝えた。理由は伝えなかった。パニックになるからだ。パニックは情報と共に伝染する。それだけは避けなければならない。起きた後ではどうしてもパニックになるからだ。


 奥村の周りに集まってくる人数は一人、また一人と増えていく。ああ、仲間が居たんだっけな。


 これだけいればゲーム大会でも出来そうだ。


 そう、ゲームをやろう。それしかゲームデザイナーとしての自分は存在しないのだから。



scene3


 矢上は奥村から送られてきたテキストを見ていた。電話を切ってからどうすれば、どうすればいいんだろう、と崩れ落ちるように座った。動けなかった。港町に住む友人に電話しようと思ったが、奥村のテキストには絶対に電話するなと書いてあった。正確には電話して助けてもいいが、後々面倒になると。預言者として崇められたくなければ電話しないように、と書いてあった。


 それでも。やる事をやらなければ。


 矢上は友達である数人にメールを送った。


【緊急だけど日給2万以上の仕事で募集。限定20名で先着順。仕事内容はすげー地味。近く市で避難訓練やるんだけど、そこで不備あるといろいろとマズいんで、そのための材料というか、準備でちょっと人が必要になった。日給2万だ。会社ズル休みしても得な金額だ。というか今来れる奴は返メよろ。あ、子連れ大歓迎。誘ってもいいよ。金は出す。とにかく人が欲しい。】


 日給2万に釣られてすぐに返答メールが次々とメールフォルダに溜まっていった。限定20名は嘘で、全員を巻き込むつもりだった。


 それは奥村が出した指示だった。若い人をとにかく集めろと。死なせるな、とも。中学生以下の子供を動かすには、時間が足り無すぎた。大人もなんだかんだで動かないだろう。


 助けられない。


 涙が止まらない。掌で覆っても涙が溜まって、零れ落ちる。


 畜生、と思いながら腕で涙を拭った。


 やることはいっぱいあった。丁寧にもチェックシート形式で奥村は送ってきた。80%クリアしろと。


 誰もまだこれから大災害が来るだなんて知らない。



scene4


「うーい、どったの? みんな集まって」


 ドアから渡部が入ってきて、奥村はしまったと思った。渡部には緊急収集のメールアドレスを知らせていない。いや、緊急招集なんです、と仲間の誰かが渡部に伝えた。どういう事だという顔を奥村に向け、奥村は渡部の顔を見れなかった。渡部は皆の顔を見渡し、顔色を読み取り、苦い顔をした。


「…只事じゃねえな。何が起こってる? テストプレイにしては皆顔が重い」

「これから地震が起きます」

「それだけのために全員集めたのか?」

「いえ、地震は東北地方で起きますが」

「ますが、何?」

「マグニチュード9の地震です」


渡部や周囲の人間がざわめいた。


「え、マジで?」

「陸側の地震はマグニチュード7で阪神淡路大震災より大きいですが、それはあまり問題となりません」

「どういう事?」

「津波です。大規模な津波が、テーブルの地図見てください、この辺まで達します。ライン引いてあるところ」

「…嘘だろ?」

「嘘であって欲しいですけど」

「つまりここまで来るって事は、その辺の建物とかは」

「全壊どころか全部流されます。鉄筋コンクリートの建物以外は」


渡部は信じられないような顔をしている。


「…どれくらい死ぬ?」

「2万は行くでしょう、津波で」

「津波で?」

「ええ」

「ソースは?」

「最新の地震研究筋から」

「いつ起こるって?」

「明日の昼ぐらいです。で、問題なのがここからで」

「ここから? 2万の犠牲者の上に何があるって…あ」

「原子力発電所」

「……」

「耐久性が低い発電所がやられます。スリーマイル事件は知ってますか? あれよりも酷い被害が起きます」


こんどこそ皆が絶句した。


「復興は長期化。阪神淡路大震災より長い年月が掛かるでしょうね」


渡部が思い出したように『サテライトクラスタ』の香佐市はと聞いた。


「一部港に面していますが、他の港町よりかは面積が小さい。地震直撃の方がダメージでかいでしょうね」

「俺が言ってんのはそういう事じゃなく」

「地震の後は地価が安くなります。買い時かもしれません」

「奥村」


奥村は名前を呼ばれて渡部のほうに振り返った瞬間、渡部に殴りつけられた。場が一瞬にして凍りついた。奥村は渡部の顔が見れない。


「今そういう事言っている場合かよ」

「……」

「死ぬんだぞ、2万近い人が」

「……」

「避ける方法はあるのか」

「ありません」

「……」

「……地震が津波が来ると呼びかけても人は動きません」

「……殴って済まなかった。他には何かあるか?」

「集団心理として大規模な買占めが起きます。ガソリン、食料、日用品。ガソリンや灯油については遣水に支持して1箇所抑えて貰う予定です。できるなら3箇所抑えたいですが」

「ここへの被害は」

「震度4ぐらいですが、小規模な買占めが起きるでしょうね」

「取れる作戦は」

「買占め前の買占めを行い被災地に届ける事。一部でスタートさせています」

「あの例の青年か」

「ええ。既にテキストを送っています」

「プリントアウトできる?」

「もうしてあります」


 渡部がテキストを受け取り見る。それはまるでこれから起こる事が予言されているような内容だった。地震と津波の被害、買占め現象、原子力発電所の爆発、日本経済の低迷。


「なあ、あの青年にも似たような事言ったのか?」

「ほとんど同じ事です。発電所関連は伝えていませんが」

「……それで俺たちは何をしろと」

「買占め現象前の買占めは買占めではありません。そこで買占めを行います。自分達の分ではなく被災地に送るための。リストに必要になるものが書いてあります。これを皆で役割分担して購入し被災地に真っ先に送ります。」


 メンバーの一人が泣いていた。津波が起こって被害を受ける地域に親が住んでいるらしい。奥村は電話で地震の事は伝えるなという。どうしたらいいのかと泣いていたのだ。奥村は少し考え、お前が事故で危篤状態になっていると会社側から伝えるという案を出した。明日の午前中までは地震は起きない。会社側が移動費を出せば急いでやってくるだろう。被災地にメンバーの関係者が一人しか居なかったのは幸いだった。しかし、会社全体としては…いるだろう。他の会社で働く人も。全員を救うのは無理だ。


 今何時だ? と渡部が聞いた。午後2時を回っていた。渡部が大きな声で「緊急事態により、これより会社を早退してよし。各自被災準備をする事。一人暮らしの奴や自由な奴は奥村のリスト通りに買出し。以上。いいか、地震は必ず起きる。奥村が言うなら先ず間違いは無いだろう。地震なんて起きない方が良いに決まっているんだ。阪神淡路大震災だって突然に起きた。でも今は予測がある。あの時とは違うんだ。楽観視するより危機感を持て。では一旦解散」


 メンバーが走り出すように部屋を去っていった。それはそうだろう。明日のために準備をしなければならない。渡部が頭を掻きながら、さっきは済まなかった、大丈夫かともう一度謝った。渡部は奥村を殴った事で気付いた事があった。殴った時、奥村が子供のように震えていた事だ。歯向かうという事をしなかった。普通なら怒るだろう。しかし奥村は…。


「渡部さんも帰るんでしょう?」

「ああ、嫁と娘がいるからな、ああ、帰る前にいろんな会社に声掛けるよ。コンテナごと売ってくれるかもしれん」

「ありがとうございます」

「必要な物は?」

「電池と電池で動くゲームハード、ソフト、ぬいぐるみ、勉強の教材、乳幼児に必要な物、これらを大量に買い占め香佐市に送ります」

「わかった」

「それで一つ頼みたい事があるんですけど」

「何だ?」

「緊急的にCMを流して欲しいんです。会社を通じて。声優さんにもお願いして。内容は白バックの黒字でいいです」

「すぐにかけ合う。ダメだったら殴るか泣き倒す」

「それと地震が起きたらすぐに暇している声優さん全員に声かけて、バスで香佐市に送ってください。童話の朗読会を開きます」



 こうして長い、本当に長い一日が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ