書籍化御礼:カイン二歳です。『システムコール!』
ついに書籍1巻が発売されました。
これも、皆さんのおかげです。
乳母がウトウトと船を漕ぎ出したのを見計らって、カインはそっと部屋を抜け出した。
二歳になってだいぶ足腰がしっかりしてきたし口も回るようになってきた。とはいっても、油断すると頭の重さですぐに転んでしまうのだが。
産まれたときから違和感があり、脳が発達してくればはっきりと「自分が異世界に転生している」という認識を持つに至っていた。
前世の記憶を持ったまま海外に生まれ変わったのかと思っていたが、乳母が指先から風を起こしてモビールを揺らしていたり、母が水差しに指先から水を足しているのを見て「やべぇ。魔法ある世界じゃん」と思ったのだ。
とてとてと、小さい歩幅で一生懸命あるいてベランダまでたどり着くと、重たい窓を体重をかけて押し開く。びゅうと冷たい風が吹き抜けて行ったが、気にせず外に出た。
「システムコール!」
カインは、大きな声で叫びながら指をSの字に動かしてみる。
遠くからピーという甲高い鳥の鳴き声が聞こえ、びゅうと音の鳴らして風が吹き抜けていった。
何も、起きなかった。
「……えへん。おほん」
誰もいないのだが、気恥ずかしさからごまかすように空咳をする。キョロキョロと周りを見回して、やっぱり誰もいないことを確認するともう一度背筋を伸ばして腕を上げた。
「コマンド!」
そう言いながら、今度は立てた指をまっすぐに下にさげる。
思い描いていたような半透明のウィンドウは現れず、やはりぴゅうと冷たい風が抜けていって静かなベランダにはカインの甲高い声の残滓だけが響いていた。
「……えほん。おほん」
ごまかすように空咳をして、キョロキョロと周りを見渡す。窓に近寄ってガラス越しに廊下を覗き込み、誰も居ないことを確認するとまたベランダの真ん中へと足を進めた。
「ウィンドウオープン!」
両手の親指と人差し指でカメラの画角を決めるように四角形を作って、ソレを広げながら叫ぶ。二歳の小さな指では小さな四角形しかできないが、腕を広げながら四角形のカドを離すことでその内側にコマンドウィンドウが現れるはずだった。
しかし、カインの指の間からはベランダの手すり越しに葉の落ちた木の枝が風に揺れる様子が見えるだけだった。
「……えほん。おほん」
また、ごまかすように空咳をしたところで今度は温かい風が背中側から吹き込んできた。
「カイン様?」
「ぎゃぴっ!」
掛けられた声に振り向けば、そこには乳母の女性が立っていた。廊下へと続く窓が開けられており、室内の温かい空気がそこから漏れているのだった。
どこまで見られただろうか? ウィンドウオープンを試すまえに確認したときには確かに廊下には誰もいなかったはずなのである。
「いつの間にベッドを抜け出したのでしょう? お風邪を引きますよ。さ、お部屋にもどりましょう?」
そういって、温かい笑顔を浮かべて手を差し出してくる。
カインはそっとその手をにぎると、素直にベランダから廊下へと移動していった。
(今日はここまでかな)
自分の、金色のサラサラの髪の毛と真っ青な瞳。メイドには青い髪の者や緑の髪の者もいる。極めつけに大人たちが使う魔法。
カインはここがゲームや小説の世界なのではないかと疑っていた。ゲーム実況者としてなにかプレイ中のゲームの中に入り込んだとか、もしくは徹夜続きだったのが祟ってプレイ中に寝落ちしてゲームに入り込んだという夢を見ているのかも知れないとも考えた。
だから、脱出方法を色々と試してみていた。見ていたゲーム監禁系アニメのマネをしたり、オンラインゲームから帰還出来なくなるというシナリオのゲームのマネをしてみたり。
もしくは、普通にプレイしていたMORPGやMMORPGのメニューの出し方を思い出してみたりもした。
自分がゲーム外の人間であることに気がついたら削除されてしまうという内容の小説もあったので、脱出方法の模索はなるべく見つからないようにもしていた。
二歳児では、つねに大人の目があることが当たり前で、どうにも貴族に生まれたらしいと認識したカインはますます一人になることが困難であることを認識していた。
一人でベランダに出ていたなんてなったら、怒られてもおかしくない状況だ。
「いま、おんもはとても寒いですよ。遊びたいのでしたら、あったかい服装になってからお庭に遊びにいきましょう、カイン様。乳母やを心配させないでくださいませ」
「ごめんなさい」
やはり、怒られた。寝たフリをして、乳母がうたた寝するのを見計らって外にでたのでとても後ろめたいカインは、素直に謝った。
かといって、また次もスキさえあれば抜け出して色々と試す予定ではあるのだが。
「あの、カイン様。悪い夢をみて怖かったり、寝る時に読んでいる本がわからなかったらおっしゃってくださいね。一人で独自の祈祷をしなくても、乳母やがついてますからね」
「……はい」
きちんと、こっそりと、かくれてやれているつもりだったカインだが、ちゃんと見られていたようだ。
こちらの世界では通じない「ゲーム用語」を叫びながら小さい体を一生懸命動かしていた様子は、大人たちにはさぞや滑稽に見られたに違いない。
「可愛いけれど、ちょっと様子のおかしい公爵子息」は、何かあったら危ないからということで、妹ができたことを生まれる直前まで教えてもらえないのだった。