書籍化御礼:アウロラ先生の算術教室
一巻発売記念、書籍化できたのはなろうで応援してくださった皆さんのおかげです
お礼短編です。
「ヒロインや攻略対象達の今」というリクエストを元に書きました
アウロラは、アクセサリー工房の会計カウンターの脇に椅子を出して座っていた。会計カウンターの内側にはセレノスタが座っている。
「セレノスタお兄ちゃん。カウンターの上の木片はいくつ?」
「いち、にい、さん……十個だ」
「うん」
カウンターの上には、小さな木片が十個載っている。まだ見習いのセレノスタが木彫り細工の練習をするための端材である。
それを、アウロラが二つのまとまりに分けた。
「右がいくつで左がいくつ?」
「右が三つで左が七つだ」
「うん。三と七を足すといくつになる?」
「十だろ?」
「うん」
アウロラは木片をもう一度くっつけて一列に並べて「十個だよ」と言ってセレノスタの顔を見た。セレノスタはそれに黙って頷く。
アウロラはもう一度木片を二つのまとまりに分けて、同じ様にセレノスタに質問をする。
「一個と九個だ」
「うん。じゃあ、一足す九は?」
「十だろう。 十個の木片を分けたんだから、足したら十になるのは当たり前だろ」
「うん」
セレノスタが少し不機嫌そうに眉をゆがめた。近所で評判の天才少女だか知らないが、あまりにも自分をバカにしすぎなんじゃないかと思ったのだ。
アウロラは気にせず、四個と六個、五個と五個など分ける数を変えながら同じことを繰り返していった。木片は十個しかないので、何回やっても何度聞いても答えは十だ。
いよいよ、セレノスタの機嫌が悪くなり始めたところでアウロラは木片を椅子の下にある木片かごへ片付けて向き直った。
「じゃあ、セレノスタお兄ちゃん。足したら十になるゲームをしよう!」
「足したら十になるゲームってなんだ?」
「うんとね、例えば私が七!って言ったら、セレノスタお兄ちゃんはすぐに三!って答えるの」
アウロラの話を聞いて、今目の前の木片でやっていたことを口頭でやるのだとセレノスタは理解した。そして、そんなの簡単だと思って頷いた。
「じゃあ行くね、一!」
「九だ!」
「そしたら三!」
「七だな!」
セレノスタは余裕の表情を浮かべている。アウロラはニコニコと笑顔で数字を上げていき、セレノスタが正しい答えを返すのを聞いている。
「そしたら、セレノスタお兄ちゃん。次は字の勉強しようね。基本文字は覚えたから単語の書き方を覚えていこう」
「わかった」
セレノスタは黒い石版の上に白い布を貼った板を取り出した。この板に軸の太めの羽ペンを使って水で書くと布が透けて下の黒い色が浮かび上がり、文字が出てくるのだ。アウロラが弱いながらも風魔法が使えるので板いっぱいに書いたら乾かせばまた文字を書くことができるようになるのだ。
平民にはインクも紙も贅沢品だ。全く買うことができないというほど高くは無いが、ひたすら文字の練習をするために消費できるほどには安くないのだ。
この白い布を貼った黒い石版なら、たとえ魔法が使えなくても一晩置いて置けば自然に乾いてまた使えるようになる。少しずつ時間を置けば文字の練習に繰り返し使えて便利だった。
「自分の名前と、同じ工房の職人達の名前は書けるようになったんだよね」
「ああ。今日は、手本としてアクセサリの部品一覧をもらってきた」
「じゃあ、それを書いていこうね。お兄ちゃん」
手本を横に置き、アウロラが読み方と綴りの決まり字について説明しつつセレノスタが繰り返し同じ文字を書いていく。読み方を口にだしながら、文字を書いている時に
「セレノスタお兄ちゃん! 二!」
「はっ?」
「二だよ! 二!」
「あ、えーと……八!」
「ふっふっふ〜。油断したね、セレノスタお兄ちゃん。足したら十になるゲームは油断した時に仕掛けるからね!」
「くそぅ。今のは油断しただけだからな!」
「あはははー!」
セレノスタが住み込みで働いているアクセサリー工房は、貴族向けショップの下請け工房の一つである。工房で直接買うこともできるが、商品が陳列されているわけではなくオーダーや半オーダー品ばかりなのでめったに客は来ない。
まだまだ見習いのセレノスタは、めったに来ない客の為に店番をしつつ、アウロラに算術や文字を教わったり、金具の取り付けや木くずで彫刻の練習をしたりしている。
そろそろ昼食だと先輩職人が声をかけてきたのを区切りに、アウロラは工房を後にした。
セレノスタは、片足が不自由なのも構わずいつも杖を付いて入り口まで見送りに来てくれる。
「こんにちは!」
「アウロラ、今日も元気そうだね」
「こんにちは!」
「アウロラ、ひらき切っちゃった花を持っていきな」
「ありがとう!おばさま!」
振り返りながら、手を振って道をあるき家へと戻るアウロラは八百屋にも花屋にも声をかけられる。
産まれたときからずっとこの王都の庶民街に住んでいるので、南区域全部が知り合いみたいになっている。ニコニコとすれ違う大人たちに手を振って歩く。
「セレノスタお兄ちゃんと出会うってイベントは、前回はなかったんだよねー。イル様と出会わないのとなんか関係あるのかなー。いや、イル様と出会っちゃうとアレなんで出会わないなら出会わないでいいんだがー?いやしかし、だがしかし、それで暗黒面に落ちたまんまの人生送り続けるのもアレだもんなぁ。つかさ、つーかさ、もう色々めんどくせぇし能力隠して学園行かずに平民人生送るのもアリじゃね?ってもう天才アーちゃんって大評判だよ! なぁにぃ! やっちまったなぁ! 美少女は黙って! 玉の輿! 美少女は黙って! 玉の輿! いや、玉の輿じゃなくっていいんだって」
家の近くになり、職人街や商店街とちがって人が少なくなってきた道でアウロラは早口で独り言を言いながら歩く。
明るい桃色のボブヘアにまんまるの目の愛らしい顔。勉強ができて、どうも魔力もあるらしいと近所で評判の人気の少女。
しかし、近所の人は「独り言激しいよね、あの子。やっぱり天才はちょっと違うのかもね」と言い合っていた。
アウロラは、近所では違う意味でも評判の美少女であった。