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書籍化御礼:たなばた

書籍化お礼短編のリクエスト募集で『バレンタインやホワイトデー』というリクエストを頂いていたのですが、時期が合うのでタナバタで書いてみました。

ありがとうございました。

「これは……一体どういうこと?」


カインは、西の神殿併設孤児院に足を踏み入れた途端にそうつぶやいた。

カインがつぶやきながら立ち止まってしまったせいで、差し入れのお菓子を抱えて入ってきたイルヴァレーノがその背中にぶつかってしまった。


「何を急に立ち止まって……あぁ、()()? 今街で流行っているらしくて、チビどもがまねしてるんだ」


カインの肩越しに孤児院の庭を覗き込んだイルヴァレーノが、何に驚いて立ちすくんでしまったのかを察して解説してくれた。カインが驚き、イルヴァレーノが()()と言ったのは、庭の木にぶら下げられた短冊である。

カインが気を取り直して庭に進み、木からぶら下がっている白い()()を手に取ると、刺繍で何事かが書かれている布だった。


「本当は紙にペンで書いてぶら下げるらしいんだけど、紙は高いからな。布の切れ端なら刺繍の練習用にってカイン様や奥様が寄付してくださったのが沢山あるし、文字を刺繍する練習にもなるからってそうなった」


ゆっくりと後を付いてきていたイルヴァレーノが、カインの隣に立って一緒になって木にぶら下がる短冊風の布を見上げた。

カインやエリゼが寄付している刺繍の練習用の切れ端は、刺繍の枠にハマるようにと二十センチほどの正方形に切ってある。布は、中央が薄くなってきたシーツや食べこぼしのシミが抜けなかったテーブルクロスなどを切った物で、本来なら捨ててしまう物を再利用しているに過ぎない。

それでも、孤児院の子たちにとっては大事なものらしく、更に切るのは嫌なのか木にぶら下がっているのは正方形のままの布だった。


あまり、短冊感はない。


「なまえと……おかしが食べたい。いしはじきで勝ちたい。おにくが食べたい。……なるほど?」

「神渡りからちょうど半分ぐらいだから、願い事を書いて吊るしておけば次の神渡りで帰るまでに神様がかなえてくれるかもしれないって事で始まったらしい。セレノスタがどっかからそんな事を聞いて来たらしくて、あっという間にみんなで願い事を刺繍していた」


文字を刺繍するとなると、紙に文字を書くよりは一字一字が大きくなりがちだが、布を正方形のままにしているのできちんとそれぞれの願いが収まっているようだった。


「神渡りの中間だからって、そんな新しい神事もどき、神殿併設の孤児院でやって大丈夫なのか?」

「遙か大昔の資料に『神渡りの日に願いを込めて何かを燃やすと、その煙が帰っていく神と共に神の国へいって、次の神渡りの日に神と一緒に戻ってきて叶う』みたいな一文があったらしくて、その延長と捉えたらいいんじゃないかって」

「何かを燃やすって何をだ?」

「文献が古すぎて読めなかったらしい。 ……神渡りの日に、神殿前で明かり用の火を炊いてそこに短冊を入れて燃やす事にして寄付集めようか、なんて話も神官達がしていたぞ」

「半年後まで、短冊持ってる人なんかいるかなぁ? しかし、なかなかいい加減なもんだな」


そんなんだから、信仰が廃れてるんじゃないのかとカインは他人事ながら少し心配した。短冊もどきをぺらぺらと手に取って見ていたら、グイグイとカインのシャツの裾が引っ張られた。


「カイン様、おかし持ってきてくれたんでしょー? おかし食べたい!」


いつの間にか、孤児院のちびっこたちがカインの周りに集まってきていた。イルヴァレーノを送り届けるのに初めて来た時に比べると、すでに半分ぐらいのメンバーが入れ替わっている。

飢饉があったわけでも、戦争があったわけでもないのに、孤児院には常に一定数の子どもがいる。カインは足に抱きついてきた女の子の頭に優しく手を置くと、ゆっくりなでながら「そうだね、はやくおやつにしようね」とにっこり笑った。


振り向けば、お菓子を抱えたイルヴァレーノにはより多くの子どもたちがまとわりついていて、身動きとれなくなってしまっていた。

その様子がおかしくて思わず吹き出したカインをイルヴァレーノがじろりと睨んだ。


「さ、早く食堂に移動しよう。おやつの前には手を洗わないとね。一番だーれだ!?」


カインがそういってパンと軽く手を叩けば、「ボクだ!」「私だもん!」と小さい子達が我先にと水場へと走っていく。子どもたちの後をゆっくりと追いかけながら、カインとイルヴァレーノは自分たちが短冊に書くのなら、と願いについてどうでもいい話をしていた。


食堂に入って子どもたちの間にすわり、一緒にビスケットを食べるカインとイルヴァレーノ。年長の子が年下の子の口元を拭ってやったり、大きいビスケットを半分に割ってやったりと甲斐甲斐しく世話をする様子を微笑ましく眺めていた。


「そういえば、あのぶら下げている布達は神渡りの日に燃やすの?」


ビスケットを食べ終わり、ぺろりと指を舐めながらカインが何気なく、誰にともなくそう聞いた。イルヴァレーノがカインが舐めた指を掴み、ハンカチで拭っている。「行儀がわるい!」と小声で叱責していたが、カインは聞こえないふりをした。


「糸を解いてまた練習に使ったり、解くのが難しいみっちりと刺繍してあるやつとかはハンカチとして使うよ。燃やすなんてもったいないもん」


この孤児院の子たちは、刺繍の練習に散々使った後の布切れをハンカチとして使っている。手をあらった後に水気を拭いたり、小さい子が食事で口の周りを汚した時に拭いてやったりと大活躍らしい。

この点についてだけは、街の親のいる子どもたちよりもお上品である。卒業していった子たちも奉公先で驚かれるらしい。それがきっかけで裁縫関係ではない奉公先でも刺繍の手仕事をもらえたりと、恩恵もあるらしい。


「でも、お願い事が叶うには燃やして神様に持って帰ってもらわないといけないんじゃないの?」


それぐらい、追加の布切れを持ってくるのは大したことじゃないし、次に来るときはまた布を持ってこようかと頭のなかで考えながら聞いた問いには、こんな答えが返ってきた。



「ボクのお願いはもう叶ったから、燃やさなくてもいいかなー」

「もう叶ったの? なんて書いたの?」

「おやつを沢山たべたい! ってかいたの。 カイン様とイル兄ちゃんが叶えてくれたね」


神様いらないねー! なんて、神殿併設の孤児院で言っては大人たちが真っ青になりそうなセリフを口にしている。そういえば、先程手にとった短冊もどきには『お菓子が食べたい』と書いてあった物もあった。


「まだ、叶ってないんじゃない? おやつを『沢山』食べたいんでしょ? 次はもっと沢山もってくるから、願いはソレまでまたお預けだね」

「やったぁ! カイン様ありがとう!」

「カイン様! 俺は肉食べたいって書いた! お肉!」

「青い刺繍糸が欲しいの! 青い小鳥の刺繍をすると欲しがってもらえるのよ!」


「お前たち! 図々しいぞ!」


次々と、自分の願い毎をカインにかなえてもらおうと声をあげる子どもたち。ついにイルヴァレーノが声をあげて叱るが、カインはまぁまぁとその背中を軽く叩いた。

子どもたちの願い事が、カインが叶えられそうなささやかなものばかりであることに気がついて、カインは少し悲しくなった。


「今度、みんなでバーベキューをしようか。川原で、火を炊いて、野菜やお肉を焼くんだ。石はじき用の強い石も探せるし、バームクーヘンってお菓子も作れるぞ〜!」


バーベキューという言葉は、この世界には存在しない。それでも『みんなで川原で肉を焼く』という言葉に反応して子どもたちは盛り上がり、いつやろうか、川原で何して遊ぼうか、どれくらいお肉がたべられるのか、とそれぞれで楽しそうに話が弾んでいった。


この世界に、タナバタの概念の持ち込んだ人が居る。『オセーボ』と違って『タナバタ』という名前ではないものの、短冊に願い事を書いて吊るすというのは間違いなくタナバタの風習だ。


盛り上がる子どもたちをニコニコと眺めながらも、心中で複雑な思いをめぐらせているカインだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] イルヴァレーノのしっかり者ぶりが、際立ってますねぇ♪刺繍は随分やってませんが、何か、刺繍をまたやろうかな…という気分になりました!
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