タイムマシン
九月がまたやってきた。
昼間は夏の盛りと変わらない。太陽が肌を焼く音が聞こえてきそうで、外に出て居ようものなら、あっという間に日焼けしてしまう。そして、セミはまだ夏のセミが鳴いていて、晩夏のセミまではあと少し待たなければならない。
そんな日中でも、夜だけは別の顔だった。苛烈な太陽が居なくなると、代わりに風が急に優しくなって、人々はほっと一息つく。
時に気温が急激に下がるようなときもあり、そんな時は皆慌てて上に重ねて着るものを、クローゼットの奥から探し出さなければいけない。あわただしいが、少しうれしくもある季節。
そんな九月。
九月になると彼は夜の散歩に出る。毎年、毎年。
ブラッドベリの小説の主人公の様に。
雨あがりで路面がぬれて光っているとなおさら、ブラッドベリ調と言える。そんなときの雨はありがたい。九月の冷気を一層増し、夜の神秘な輝きをさらに補うから。ブラッドベリの小説。夜の街を散歩するだけというあの小説。あれを読んだのははるか昔の若かりし日の事。その時分にははまり込み切れなかったあの感覚が、今はあつらえたように丁度良くなっている。
新しいテニスシューズを履いて野原に駆け出す少年。そんな小説もあった。当時はそちらのほうに惹かれたものだ。いつのころからか、逆転してしまい。もう、新しいテニスシューズで野原に駆け出す喜びは思い出せなくなっている。それよりも彼自身がテニスをしなくなって久しい。今するとなると、肩は激痛に見舞われ、手首はすぐに痛くなり、足だってもつれてしまうだろう。今できるのはせいぜい一時間くらいかけて、ゆっくりと10キロほど走るか、ロードバイクでこれもゆっくりと100キロほど流すか、それくらいが関の山だ。
夜になって、夜の闇に浮かぶ光は少なく、走る車はまばらになって、聞こえるのは虫の声だけになる。月は出ていない。探せば小さく薄くなって、どこかに密やかに浮かんでいるのかもしれない。闇は気持ちいいくらいに深まって、物事の境界をあいまいにする。夜気に溶け込んだ様々な願い、感情、人類のものだけでない想い、現生のものだけでない太古より存在する記憶を含み、もとは誰かの体を構築する部分の一部であった小さな、そして隙間だらけのあの粒子。それらが、隙間だらけの空間に浮かぶあの粒子どもが、お互いの範囲を決めあう、あの物事の約束が緩んだかのように見えるあの闇の中で、寛容に許されて存在するその時に、
歩き出し、肌に九月の気温を感じると、大気の中に少しづつ少しづつ、体を構成する粒子が溶け出してゆくのを感じる。九月の夜の冷ややかな大気とそうやって同化し、溶け込んで、見えなくなり、意識が戻って、体が再構築されるその瞬間に、肉体は時空を超える。いつのころからか手に入れた時空を超える能力。それを使って彼は過去のある瞬間に行く。
「テニスがしたいな」と彼女は言った。
彼女はアルバイト先の、何て言ったらいいのか、いわゆるマドンナだ。ほかに良い言い方があったらそっちのほうがいい。マドンナなんて一昔前のことだ。と、若い日の彼は思う。
この一昔前の、テレフォンカードが最新テクノロジーだった時代の彼の若き日でさえ、この言い方は既に古典的すぎるほどだった。でもほかに呼びようがないだろう。とも思う。
だから、やはり彼女はマドンナだ。
手の届かない、自分には絶対に接点のない、ただのあこがれだった。彼女はこのアルバイト先ではベテランで、アルバイト同士では決してつるまない。いつも、一人でいるか。誰かと一緒にいるとしても、社員さんだったりした。もちろんアルバイトの人間と話はするが、ちょっとした溝を感じるのも確かだった。彼はここに入って半年ほどで、新顔である。その彼は彼女とは話したことがない。その彼女が彼の目の前でそう言ったのだ。意味は明確だ。彼女はテニスがしたい。で、彼はテニスをする。そのことは周知の事実で、誰もが知っている。常にラケットを持ってうろついていればなおさらだった。そして今日もラケットを持っている。今の状況、この部屋には二人しかいない。これも明確。明確でないのは意図だ。①テニスを話題にして世間話がしたい。②ただ、思い付きを口にしただけ。③・・・ほかに何がある?
「コート予約しようか?」反射的にそう言ってから、急に彼の心臓がその存在をアピールしだした。普段は大人しいくせに。正面から見たらその鼓動を刻む動きは、シャツの上からだってわかるに違いない。胸に手を当てて隠したい。手のぬくもりが心臓に伝わって鼓動が落ち着くまでそうして居たい。それよりなにより吐きそうだ。どうしよう?と彼は考える。
「うれしいな。」と彼女。笑顔が彼の吐き気を一気に晴らす。太陽が霧を消すように。
太陽?太陽なんかじゃ、言い表せない。ほかにもっといいものがあるはずだ。だが、彼にそれを考えるだけのゆとりはない。次に彼に襲い掛かるのは疑問だ。聞き違い?
発せられた言葉はその瞬間に宙に消えてしまう。「うれしいな。」と言ったのか?何か他の言葉だったのか?「う」で始まり、「な」で終わるほかの言葉か?なんだろう?思いつかない。それは時間にして数秒もない。聞き返すことは更に思いもつかない。しかし、聞き違いかもしれないが、この目に入る彼女の笑顔は依然として事実だ。この笑顔が好意を表していないとしたら、世の中くるっているとしか言いようがない。「発狂した宇宙」フレドリック・ブラウンの小説。あれには美人が出てきたっけ?ととっさに考える。いや、少し落ち着いて、常識的に考えるべきだ。もしかしたら、聞き違いではなかったかもしれない。と、彼は思う。心臓の鼓動は少し落ち着いてくる。
それでもまだ確信はない。馬鹿みたいだが、男を馬鹿みたいにしてしまう女性をマドンナと呼ぶのだろう。頭の隅でそう考えるだけの余裕はある。彼の脳は、全体としては今役に立つ状態ではない。しかし、ほんの一部だけは機能しているようだ。だから、夢が冷めないうちに、既成事実を作ろうと考える。確かな証拠として後から確認できるものが欲しい。
スケジュール帳を取り出す。
「いつがいい?」
「九月に入ったら。」そう。彼にとって九月が特別になったのは、この時からだった。
そして、あともう一押し必要だ。
「二日でいいかな。コートの空き時間がわかったら連絡するよ。」
「いいよ。」
彼は、スケジュール帳に予定を書き込んだ。これで後から見直しても、この瞬間が夢でなかったと信じることが出来る。そうかな。本当に?
本当だった。しかし、彼はまだ、コートを予約してもなお、電話をしながら、彼女のドタキャンで、これが無駄になった時のことを考えていた。でも、当日になって、彼女の白いテニスウェアを見たら、やっと実感がわいてきた。
そして、無駄にならないように、バイト先の連中を誘ったことをちょっとだけ後悔した。
でも、ちょっとだけだ。二人きりで、テニスコートで、炎天下で、時間が持つわけないだろうと、彼は考える。話すことなんて何もないのだ。共通の話題なんてあるわけがない。それでもなんとか、コートの貸し出し時間の二時間をそつなくこなし(あくまで彼自身の自己評価では)テニスの後、皆で飲みに行こうという話になった時もほっとした。皆で飲みに行ける。もちろん彼女だって参加する。まだ望みはつないでいる。何の望みだろう?それでも、ふたりだけだったら、これでもう今日は終わっていたところだという確信が彼には有った。皆をダシにして、居酒屋であと少しだけ彼女を横目で盗み見ることが出来るなら。それで、それだけで十分に幸せというものだ。
一度、それぞれが解散して、着替えてから、駅前に集合することになった。
駅前にある居酒屋に、そのまま皆で入っていく。彼も彼女もいっしょに入った。
盗み見はできなかった。彼女は彼の隣に座ったからだ。今までで最も近い距離にいる彼女はとても美しかった。
もうここまで来たらわかってないのは彼だけだった。皆がなんかおかしいと思っていたのだ。彼女がこういった集まりに参加すること自体珍しかった。ましてやこの炎天下にテニスなどと柄でもない。ありえないことが起こったのだ。だから、皆この二人に気を使い始めた。そのせいもあって、二人は大勢の中にいても邪魔をされずに、十分に話をすることが出来た。
酒の強い彼女である。噂として、皆が知っている。
「メニューの順番に注文して飲もう。」そう彼が言ったのも、噂を聞いていたからだ。
「大丈夫?」と、彼女。そういう風に言われると、彼としても負けるわけにいかない。
結局二人して飲み続けて、二人だけで盛り上がり、その他大勢は二人の視界から消えて、その他大勢もその事実に気が付いて、これは付き合いきれないとばかりに、一斉に帰ってしまった。彼も彼女も気にしない。その他大勢がいるときもいないときも、この世界は変わらない。
彼女は低い声である。囁くようにゆっくりと話す。聞き取りにくい声ではない。むしろ、どんな騒がしい中にいても、その声だけはあらゆる騒音を超えてはっきりと聞こえる。
特殊な声だった。そして、声すらも美しい。
かつて、彼はこんな心地いい声を聴いたことがない。後にも先にもこれっきりの声だ。
音、音で言えば、特殊な音階で緻密に組み立てられたクラシック音楽のようだ。
あの、アルファー波を引き出すという、人をこの上なくうっとりさせる美しい音。
カバレリア・ルスティカーナのインターメッツオのような、或いはドビュッシーの月の光のような。いつまでもこの声を聴いていたい、と彼は感じている。話の内容ではない、その声が、目の前にいる彼女の美しさが、彼に時間を忘れさせる。もちろん彼女の話は面白い。
大学では、国文学をやっているという。言葉遊びや、古語を使った会話を要所に入れてくる。
知的で美しく、この上なく心地よい声を持った彼女。
居酒屋が閉店するまで居て、閉店と同時に外に出る。九月の優しい風に酔いを醒ましながら、二人で駅の階段に座った。終電なんかもうなくなっている。空いている店もない。
二人ともまだ、19歳だった。冷たさが心地いいコンクリートの階段に座って、お互いに前を見ながら話をしている。互いの声を聴くだけで、見つめあうことすらまだできない。体温が感じられる距離ではない。かといって離れているわけでもない。これ以上はない、これ以下もない距離に二人はいる。彼は時折彼女のほうを見る。本当の出来事なのか、確認をする。そして彼女の美しさに耐えられず、また前を向く。暗闇に、うるんだ彼女の瞳が淡く光っていた。その口元には絶えず笑みがたたえられていた。月の明かりが彼女の髪の艶で反射をする。静まり返った街に二人のささやくような声だけが、そこにとどまっている。夜の底に二人はいる。昼の過酷な暑さからは想像もできない九月の夜の優しい風の中にいる。
話した内容は何も覚えていないが、スケジュール帳には映画という文字が増えている。
街灯が消え、始発に乗るらしい乗客がぼちぼち集いだすと、夜の闇は薄く薄くなっていく。夢から覚めるように現実の朝が始まり、心地よい疲れに後押しされて、名残惜しく二人は別れる。それぞれのホームに向かい、始発電車に乗り込んで、互いが確認出来る位置に座り、その距離からだと互いに見つめあうことも可能で、そうして見つめあいながら、電車の振動を体に感じている。
「後朝の別れね」と、これはもちろん彼女のセリフ。そのセリフを彼は心の内で何回も反芻する。そして、昨夜のあの酒量をこなした自分に驚いてしまう。普段だったらとても無理な量だったから。駅のホームから漂いだした霧が体を包む。彼女を乗せた電車が先発する。空気を吐き出す音がして、ドアが閉まる。ガラス越しの風景がゆっくりと動き出す。
そして彼は再び現在の人になる。あのホームにいた二人。あの二人はこの恋の行方を知らない。しかし、彼はそのことを知っている。知りすぎるほどに知っている。何度も何度も思い出しては、後悔し、その呪縛からはついに逃れることが出来なかった、この恋。
彼女は彼にとっての藤壺中宮になったのだった。
藤壺中宮というのは「源氏物語」に出てくる、主人公源氏の初恋の人である。藤壺は源氏には義理の母に当たる。その藤壺にかなわぬ恋をして、最終的には藤壺をうしない、挫折した源氏が再び藤壺を別の人に見出だそうとする物語が「源氏物語」の大筋である。もちろん誰かが誰かの代わりになることなんかない。結局一生かけて、何度も何度も失敗と挫折を繰り返しながら、その試みが成就することはない。成就することがないゆえの恋ともいえる。決して手に入らないがゆえにかえって求める心は大きい。そして、身代わりになった女たちは手に入らないものに決して勝てることはない。藤壺と似ているという理由だけで連れてこられた女たちは、源氏の不幸と二人三脚だ。だが、そういったいわゆる自明の理というものは恋する思いの前では力なく、はかないものだ。というよりも、恋の力というもの、あまりに巨大すぎて、しかも貪欲、他の物を一切合切飲み込んでしまう怪物なのである。その怪物が彼の胸に潜んでいる。
この怪物にかかると、彼女の存在すら、彼の存在以下になる。この世の中で最も得難く、美しく、大切に思える存在は怪物の前では無力だ。最も大切なのは、彼女の満足ではなく、彼自身の満足なのだ。そのための彼女はある意味怪物の生贄なのだった。生贄は資質を求められる。彼を満足させることが出来るという資質を。もちろん恋愛の初期においては怪物は息をひそめている。ある種の魔法が怪物を押しとどめている。その存在を気付かせもしないが、じっと出番を待っているのだ。そして、機を見るなり顔を出し、残酷な仕打ちをする。自己肯定を得んがために、もっと直接的には自己満足を得んがために、彼女を傷つけるようになる。
源氏が無理やりに藤壺の体を奪ったように。そこに思いやりの心はない。ただ自分だけの満足を得たいがための行いである。後先も考えてはいない。衝動的で短絡的で自己中心。結果、藤壺は源氏の子供を懐妊する。義理の母でありながら、藤壺の立場はない。そのようなことにすら源氏は気が付かない。盲目的な、あまりに盲目的な行為。
ここまで象徴的ではないにしろ、彼の心理とその行いはこれに近いものがある。
しかしながらはっきりと共通するのは、内なる怪物の存在に彼も源氏も気が付いていないということ。そんな恋が長続きするわけがない。
怪物を飼いならすことが出来るだろうか?努力して何とかなるものだろうか?
時間が解決してくれるのだろうか?相手が変わると怪物の出方も変わるのだろうか?
結論を先に言うと、否であった。
これはもう変わりようがない。理屈ではない。経験に基づいている。
物語の中で、源氏はやはり最終的に孤独な不幸な存在となってしまうが、彼の人生もまた、それを全く踏襲した人生になってしまった。
彼は孤独である。成るべくして成った孤独。
思えば、若い時にこの最後のエピソードを呼んだ彼は、納得ができなかった。あまりに寂しすぎる最後で、この華やかな物語にふさわしくない気がした。その疑問自体が、彼もまた、わかっていなかったということの証明だった。
今ならわかる。成るべくして、当然、落ち着くべきところに落ち着いたのだ。
だから、タイムマシンがいくら有っても意味がないと思っている。過去に戻るのは、過去のいい時を味わうだけのことだ。何か決定的な出来事が有って、それを変更すればこの人生が修正されるなんて、そんなことはあり得ない。すべては落ち着くべきところにしか落ち着かないのだ。途中が少しくらい変わったところで、終着点は変わらないのである。
だから、彼はこの力を使って過去に戻っても、出来事に変更を加えようとしない。
別の人生。それを求めているわけではない。自らの人生自体は大満足とはいかないものの、気に入っているのだ。そこは矛盾だが仕方がない、事実だから。自分がありのままにふるまって得られる以上のものを望む気はない。だから、そんなある意味無欲で、ある意味我儘な彼だから、タイムマシンは手に入ったのかもしれない。
そんなことを考えながら家に帰ると、部屋に女性がいた。長い黒髪がつややかで美しい女性だ。向こうの世界に行くときは一晩かかる。だから、帰ってくるときはいつも朝方だった。
朝日の中でそこだけに静謐な空気が漂っていた。初めて会う女性だが、彼はこの女性を知っている。芥子の香りが漂ってくる。彼の息を呑む音が響く。その瞬間にすべての謎が解けたのだった。「六条御息所・・・」
彼女をうしなった後、彼女に似た女性をひたすら探した。だが結局見つからず、最初の結婚は避けられぬ理由によるものだった。自らへの罰のような結婚だった。その罰を一生かかって償うのだと観念した。しかしその結婚は破綻した。彼は何もしていない。そして、二度目の結婚では、彼は彼女を忘れられると思えるような人と出会うことが出来た。とても幸せだったが、あらがえぬ魅力を持つ女性が突然現れて、その女性にどうしようもなく心を奪われ、抑制をうしなった。一度目の結婚のあの牢獄のような日々でさえ思いもしなかった、不倫という関係に及んで、二度目の結婚も破綻した。これは源氏物語の大筋そのものだ。詳細は違う。源氏の時代に不倫という行為はないからだ。源氏は最初、葵の上という女性と結婚したが、これは望んだものではない。冷めた関係はやがて葵の上の死によって終わりを迎える。次の正妻は紫の上である。この女性は源氏の理想そのものであったが、その魅力にあらがえない女性の登場で二人の関係は醒めた物に代わってしまうのだ。
目の前の女性は源氏の最初の妻である葵の上を生霊となって呪い殺した女性である。芥子の香りは葵の上の病状を加持祈祷で治そうとしたときに焚かれたものだった。この女性もその体の内に大きな怪物を飼っている。嫉妬のあまり生霊となった彼女にその自覚はない。悪意を持っているわけではないのだ。怪物は彼女がコントロールできる範囲を乗り越えて、勝手気ままに暴れまわるのだった。その力、1000年超えてもまだ暴れまわっていたと見える。
「そう、あなたはあの人の生まれ変わりの姿です。」六条御息所と思しき女性はそう言った。
「あなたはこの1000年間で何度も生まれ変わったわ。そのたびに同じ人生をあなたは送った。私はただそれを見ているだけ。でもね、傷つけたいわけじゃないの。傷ついたあなたを見たいわけじゃない。どうしようもできないの。」
彼には分った、きっと彼女はこのセリフを1000年間にわたって言い続けてきたのだ。
彼自身も自分の内にある怪物から逃げられなかったわけが、今さらにはっきりとわかった気がした。やはり逃れられるものではなかったのだ。
薄雲が近づいてきた。どうやら彼の雲隠れの時が来たらしい。思えばこの六条御息所という女性、一番哀れなのではないだろうか、と彼は消えゆく意識の中でそう思う。
そう思う一方で、彼の怪物が顔を出す。次もまた同じ人生でも、悪くない。次の紫のゆかりはどんな人なのだろう?