第三話
「そもそも救世主っちは召喚されたら四の五の言わずに言うことに従うものでしょう! 二年間も無駄にして! 二年間もご機嫌取りさせて! しかも私の純潔まで奪って許せない!」
同意のもと、というよりどちらかというと救世主っちが押し倒された方なのだが、勝手なことを言うと隣に寄り添うイケメン騎士やんの胸に抱かれてわざとらしく泣く王女ちゃん。
(そういえば、初めてあった時は、国王どんと王女ちゃんの言葉に呆然としていたな)
と、過去を思い出せるくらいには冷静な救世主っち。
そう、出陣パーティ時からのあまりの待遇の違いにも関わらず、救世主っちは冷静であった。
「救世主っちの功績がないとは言わぬ。褒美を渡すゆえ述べるがいい。領地でも爵位でも渡そう」
「では、穀倉地帯である侯爵領と貿易の拠点である伯爵領を併合してください」
絶対断られるだろうけどね、と思いつつ言う救世主っち。
「ふん、結局褒美か、見苦しい、厚かましい」
嘲る騎士やん。
「その領地は王国の柱。渡すことはできぬ。金銭なら応じよう」
「では国家予算一年分を」
これも断るだろうけど、と思いつつ述べる。
「これからの王国の発展に必要な富だ。応じられぬ」
「では逆に、どんな褒美なら渡してくれるのですか?」
「うむ。王国の血肉となるために、死を授けよう。その遺体を国土に撒くことで王国は一層豊かになる。光栄な褒美だろう。喜んで受け取るがいい」
「そうだそうだ」
「喜べ」
「死ぬがいい」
「自分のためなら誰をどれだけ踏み躙ってもいいんだよ、ざまぁをみろ、だまされやがって、救世主っちめ」
広場中、いや、眼下の王国民の集団からも声が上がる。皆この展開を準備していたのであろう。
あまりにも、あまりにも理不尽な物言いにも救世主っちは微塵も怒りをみせなかった。
それどころから王国で学んだ礼儀作法の集大成とでも言うべき優雅な礼をしてこう言った。
「ありがとうございます」
同時に召喚初日の激昂時の光などロウソクの火としか思えない光が、救世主っちを中心に広場全体に広がった。
救世主っちが帰路で苦悩していたのは、何も巨人族だけのことではない。この世界の精霊魔法全てを使えるようになった救世主っちは、たどり着いてしまったのである。元いた世界に帰る方法、という欲しかった答えに。
それは全世界全ての精霊魔法力を用いれば可能であった。そして今、救世主っちは全世界全ての精霊魔法力を使える。
ただしこれを使い、そして救世主っちが元の世界に戻ると、この世界で精霊魔法を誰も使えなくなる言うことである。精霊は今まで同様いる。風だって雨だって太陽だって大地だって自然のまま。ただ、今まで精霊に各個人が語りかけて力を借りていたのに対して、必ず救世主っちを介して借りなければならなくなってしまったためである。
本当だったら救世主っちに悩む必要はない。誘拐犯に慈悲などない。帰る一択だ。しかし、討伐込みで三年の月日で情が生まれた。
同じ窯の飯を食った仲間。称えてくれた王国民。彼らから文明の火を奪うも同然の行為を躊躇わないほど、薄情にはなれなかった。
(これで「婚約破棄」「追放」とか言われたら笑うけど。ライトノベルの読みすぎか)
帰路に妄想する程度には「まさか」と思っていた展開に、救世主っちは感謝を述べた。まさか心置きなく帰れるように悪役を演じてくれているんじゃないかと疑うレベルであった。
救世主っちはまず、全王国民の精霊との繋がりを切った。
突然の喪失感に蹲る群衆。
「なにを、した」
尋ねる国王どんに懇切丁寧説明してあげた救世主っち。
「自分のためなら相手をどれだけ踏み躙ってもいい、でしたね。ご高説、確かに賜りました」
顔面蒼白になる国王どん
「待て、この国王どんの首一つで許しを請えぬか?」
「国王どんが死んで詫びるから、精霊魔法を王国民から奪わないでくれ、つまり帰ることを諦めてくれってことですか? 嫌に決まっているでしょう。私が躊躇していた唯一最大の理由である王女ちゃんや王国民との絆ってのが幻想だって教えてくれた今では」
「救世主っちと結婚します! だからお願い、ここに留まって」
「あんなこと言う王女ちゃんの、何を今更信じろと?」
虐待母親といい、王女ちゃんといい、自分の女性を見る目のなさに嫌気がさしながらも突き放す救世主っち。
「では、皆さんさようなら。ついでに、軍事的緊張関係にある他の国にも状況を教えておいたから」
そして救世主っちはこの世界から姿を消した。
全精霊魔法力は伊達でなく、三年分の老化を戻せただけでなく、召喚された直後に戻れた。記憶も思い出してる。
「そうだ、鯛の塩釜焼き作ってたんだ、思い出した」
ご飯、蛤汁、野菜小鉢を出したところで玄関の開く音がした。息子くんが帰ってきたのだ。
「てでいまー」
「おけーりー」
いつものように声をかけ合う二人。
すぐにさりげなくキッチンに身を隠し、帰れたことに喜びの涙を隠れて流す救世主っち、いや、お父さんであった。
(本当に、おかえり)