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螺旋世界 ―シオン―

かくて戯れ時流れ

作者: 琳谷 陸

『レプリカ・ハート』15000PV御礼です。

 楽しんで頂けたら嬉しいです。

かくて(たわむ)れ時流れ




 十貴族。それはこの螺旋(らせん)描く世界に満ちた、魔族と呼ばれる者達の身分階級、その貴族位にある上位十家を指す。

 その昔は十二あったらしいが、絶えたりまとめられたりして今の数だ。

 そして一応その末席に私の家はある。

「限界だ」

 私は、このシアンレードの当主。貴族の義務は様々だが、一様にコストが掛かる。資金はともかく、時間を取られるのが一番辛い。

「研究が、したい」

 私は不死の賢人とされるリッチの家系。リッチとは遥か遡れば人間の魔術師だったものが術により不死へと至ったもの……と言われている。真偽の程は確かではない。

 ()われはどうでも良いが、魔術に強く惹かれる性質であるのは確かな事だ。

 なのに。

「限界だ……。さっさと後継に家督を譲って、研究に打ち込まなければ」

 義務に関わってこれ以上、研究の為の時間を減らすわけにはいかない。




「…………」

 女は真っ赤に染めた片手の親指の爪を噛む。

 歳は二十代後半から三十代前半にしか見えない。室内着としても豪華で色香漂う濃い紅のドレスが良く似合う美女である事は確かなのだが、その形相は現在鬼に近い。

「あの女……」

 きつく巻いて結い上げた金髪を首と共に揺らし、深く暗い緑の瞳を忌々しそうに眇めた。

「ああっ! 本当になんて目障りな……」

(第二夫人ですって? この、この(わたくし)がいながら、息子も二人いるのに!)

 貴族の妻としても、女としても義務を果たしていると自負していた所に、夫から第二夫人を迎えると()()された。とは言え、第二夫人というのは家同士のバランス調整だったりする事も多いので、必ずしも第一夫人の力不足で迎えられるものではないのだが、気には障るらしい。

 そこからはあれよあれよと進んで、その第二夫人が男児を産んだとの知らせが届いたなうである。やってられない。

 バキッッ! と片手に持っていた黒塗りに赤いレースの扇子(センス)が折れる。

「ありえない……ありえないわ!」

 全てにおいて完璧であると自負していた自尊心(プライド)がズタズタだ。

 しかし不思議なもので、例えば浮気の場合、男は女を責めるが、女は浮気した男ではなくその浮気相手の女を責める傾向にあると言う。

「あの女っ!」

 どうやらこちらもその例に漏れず、子供が二人もいながら第二夫人を迎えた夫ではなく、新たに迎えられた第二夫人へ怒りの矛先が向いていた。

 カツカツと深紅のヒールを鳴らして屋敷の奥に設えた儀式室へと苛立ちそのままで扉を開け放ちながら入室すると、室内の燭台が一斉に炎を灯す。

 部屋の中央には巨釜が据えられ、そこに女は次々と怪しげなものが投げ込まれていく。

「殺してやる……呪われろ…………」

 魔女の血族である女にとって呪殺は一番確実かつ手軽な手段だった。

 ――――のだが。

「何故!? 何故、あの女はまだ生きているの!?」

 あれから数年。魔族にとって数年など数日と大差無い。兎にも角にも数年休まず呪い続けた。しかし。

 呪った相手が本日もピンピンして元気に優雅に白い砂浜のプライベートビーチにある第二夫人の為に用意された邸宅でバカンスしてるとなれば、そう叫ぶのも無理はない。

(おかしいわ! この私の魔術が効かないなんて!)

 大小様々な呪いを掛けてみたのだが、何一つ効いていない様子が報告され、女はギリギリとハンカチを噛む。そろそろそのハンカチが噛み千切られそうだ。

 まさか自分の腕が落ちたのか?

 そう思って、使えない使用人に同じ呪いを掛けてみたが、それはたちどころに死んだ。腕が落ちた訳ではないらしい。

(ま、まあ、私の腕が落ちるわけなどないけれど!)

 では何故か。

(まさか……旦那様があの女に何か?)

 自分の術さえ跳ね退けるアミュレットか何かを与えたのか。それはあり得ない事ではなかった。

「おのれ、おのれ! 嗚呼っ、どこまでも忌々しい!」

 癇癪(かんしゃく)を起こして自室の立派な刺繍(ししゅう)が入ったクッションを投げたり引き裂いたり。女が肩で息をしつつ落ち着いた頃には、羽毛と引き裂かれた布地が部屋の床に散乱している有り様。

「術が効かないのなら、別の手を使うだけ」

 第二夫人の子をお披露目する宴が催される日がある。どこの馬の骨とも知れない輩が産んだ子供など、浮浪児と大差無い。

 母子(ははこ)共々、その無様な姿をはっきりと言ってやる。

「そうよ。その程度で充分」

 大勢の前で分不相応だとハッキリさせてやれば、身の程を弁えて何処かへ消えるくらいはするだろう。そんな事を考えた。

 ――――が。

「あの女ぁぁぁぁあ!!」

 大変残念なお知らせで、母子ともども、そんなものが通用する可愛げなど微塵もなかった。

 頭の血管もぶちギレそうである。

 パーティーで顔を合わせた憎き女にその身の程を弁えさせるべく言葉をあくまで優雅に掛けた。結果。

『あら。本当に可愛らしい方だったのね。あの男には勿体無いわ』

『は?』

『子供には手を出さないで、私だけに向けてくる事も、純粋に評価しているのよ?』

『なっ……』

 黒い面白みのない色の髪を結い上げ、褐色のスタイルだけは無駄に整った肢体を夜のような紺碧のドレスに包んだ憎い女。その女が石榴(ざくろ)のような赤い瞳で覗き込んできた。

「この! 私に! なんと言うっ!」

 上から見るような言動、そしてあの子供を見るような赤い瞳。どれを取っても腹が立つ。

 子供を狙わなかったのは眼中にすら無いからだ。

 そして子供はあの女ではなく、夫の欲したものでもある。

 あくまであの女が目障りなだけ。

「今に見ていなさい……必ず目にもの見せてやるっ」

 先の未来でその子供達同士が色々あり、目にもの見せられるのは自身であると、知る(よし)もない。




「どんな領地にしたいか、ですか?」

「そうだ。お前は納める領地をどのようなものにしたい」

 華美ではないが、落ち着いた雰囲気の調度で統一された応接室のローテーブルを挟んで一対ある長ソファ。その一つに腰掛けた七才くらいの褐色肌に白い髪の少年は、向かいに座る白い肌に白金髪と薄氷(アイスブルー)の瞳をもつ外見だけはイケオジな自身の父親を見遣る。

 外見と実年齢が必ずしも合致しない魔族だが、今の少年は珍しく乖離(かいり)していない。

 少年は男の息子である。出自は第二夫人の子ではあるものの、男は子供を平等に跡取り候補として扱っていた。

 領主という立場上、執務に忙しく滅多に会うことがないのは第一夫人の子も第二夫人の子も同じ。今回は実に一年ぶりの()()である。

 正直、めんどくさいなこのオヤジ。と少年は思いつつも、微笑んだまま口を開く。

「楽しい領地にしたいです」

(これで落胆するだろ)

 跡継ぎとか、絶対嫌だ。早々に見限らせる為、少年は男が望まぬ答えを返した。

「楽しい領地、か」

 ふむ? そんな事を呟き、長い脚を組みかえる。

 男の口許が小さく笑みに歪むのを、嫌な予感を感じながら見た。

「例えばどんな風に楽しい?」

「…………そこまで考えていません」

 にっこりと笑う少年。

 必殺、子供だから難しい事わかんなーい、である。

「そうか。では、考え付くまで語り合おう」

 思わず舌打ちしそうになるのを堪える少年に、男は微笑ましいとでも言いたげな表情を向ける。

 全神経を集中させ、少年は子供らしい笑顔を保つ。

「結構です」

「シェルディナード。遠慮するな。この父はお前の為にいくらでも時間を割いてやるぞ」

 マジで要らねぇ。そんな言葉が喉まで上がってくるのを感じ、少年ことシェルディナードは黙った。

「ゆっくり考えると良い」

 駄目だ。満足するまで本当にこいつはやる。

 ぶっちゃけると、早く帰って眠りたいのだ。こんなクソ親父(オヤジ)に構っている暇はない。

 リッチに連なるものは、子供時代に二度の大きな儀式を行う。どちらも聖句箱に自身の魂を移すものだ。最初は三つ、二度目は七つ。そう。つい先程その儀式を終えたばかり。疲れている。

 その疲れている子供に対してこの仕打ち。

「…………水棲種族は余程の事情がない限り隣の領へ流れ、保養という意味においても現在の我が領より隣が優るのはれっきとした事実です。我が領にはウリがありません」

 淡々と。先程までの笑顔がウソのように(実際そうだが)シェルディナードは感情の消えた顔と声で言葉を紡ぐ。

 男はそれに驚くでもなく、変わらぬ微笑みと共に遮ることなく耳を傾けた。

「また、我が領は治安面でも不安材料が多くあります」

 この世界は幾つかの階層で出来ている。基本的に下の階層にいくほど魔力が濃く、反対に上の階層ほど薄い。

 魔族にとって魔力は空気と同じ。魔力の濃く満ちた場所ほど住み心地が良い。一番上の階層にあるシェルディナードの家が管理する領地はそういう意味では魔族にとって魅力が薄いのは否めないわけだ。

 さらにこの世界には時折、穴が空く。そこから別の世界の人間含め生き物が入ってくる事もある。

 迷い人だけならまだ良いが、中には侵略目的などの輩も少なくないのが問題だ。そしてその穴が空く確率や頻度が一番高いのが、一番上にある階層なのだから何も魅力がない場所ならなおさら人など集まらない。

「人手不足で疲弊し、更に何の楽しみもない。ディストピアにしたいならともかく、そうでないなら領民に還元するものを作らなければいけない。私達は、領政というシステムの歯車。動力がなければ、歯車だけあっても無駄でしょう」

 つまり、お前ちゃんとやれよ何考えてんだよ。と遠回しに言っているわけだ。

 今のそんな旨味のない状態でも回っているのだから、最低限は保障されているのだろうけど。

 この外道、自分の趣味である研究にばかり力を入れて他が最低限なのだ。そのうち暴動起こされるぞ、と思って調べれば、そもそも暴動を起こす余力すら民にない。なんたる恐怖政治。

「ならばお前の思うその『楽しい領地』になるよう、計画書を作成して、私に提出するように」

 さらっと次の課題を目の前に積まれた。

「行って良いぞ。楽しみにしている」

 いささかげんなりした顔でシェルディナードは父親を見て、ソファから立ち上がって部屋を出る。

 そんな息子を視線だけで見送り、男は満足そうに頷いた。

「適度に手を抜いた甲斐があったな」

 ここ数十年ばかり意図的に手を抜いてギリギリの状態を作って保ち、息子達がどう考えるか見た甲斐があった、と。

 どこから聞いても最低な事を言う。

 基本的に人間より長命な魔族にとっては数日みたいな感覚だが、人間にはほぼ一生。けれど人間など、この男には手に入りやすい研究材料以外の価値がない。つまり気にとめる存在ではないという事。たまったもんじゃない。

 とは言え、最低限でも手の施しようがないレベルではなく、むしろ初期化に近いので、好きなように変化させるには絶好の状態にしてある。

「楽しみだ」

 さっさと引き継いで研究に没頭したい。が、それは義務を果たしてから。

 ならば、その待つ間を少しでも楽しく過ごしたい。

 男は心から楽しそうに、息子の出ていった扉、その先を見て笑みを浮かべていた。


 了

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