大魔王の里帰り
魔族は基本的に長命で、宿る魔力の大きさによって強さと地位が決まる。
「大魔王様、こちらにサインをお願いします」
そして私、魔族一の魔力を持つ大魔王。
魔力は元々あったわけでなく、大魔王を退きたいという前大魔王から譲り受けた。
なんでも魔力を譲るにあたり一番相性が良かったのが私だったらしい。
拒否もできたが、あの時の私は名誉なことだと喜んで引き受けたのだ。
「ああ」
書類を受け取ってサインする。
大魔王になって百年、書類にサインをする毎日。
他にも何かしようかと声を掛けたこともあるが、大魔王様の御手を煩わせることではございません、と断られた。
大魔王はしんどいな。
無表情で書類を返すと部下はすぐに退室していく。
城の自室はいつも一人だ。
少し席を外して戻ってくると机に見慣れぬ封筒が置いてあった。
母からの、たまには帰ってきてはどうかという手紙だった。
人恋しくなって初めて帰省することにした。
「おかえり」
久しぶりの母は笑顔で迎えてくれた。
魔力が増えて外見もだいぶ変わったが、以前と変わらない態度にほっとした。
「なあにその仏頂面は!愛想よくしないと怖がられるわよ」
口煩い小言すら懐かしく癒される。
「すぐ戻らなければいけないのかしら」
お茶を出しながら母は言う。
「いや、ゆっくりしていいと言われているから」
「あら?皆さん優しいのね」
出されるお菓子も好物ばかりで嬉しい。
もそもそとお菓子を食べながらぼそりと呟いた。
「……大した仕事もしていないし、私が城に居なくても困らないんだ」
そう愚痴る私に、母が目を丸くする。
「何言ってるの?あなたがここにいるのもお城の皆さんが調整してくれたからでしょう」
そう言って、手紙の束を見せてくれた。
どれも城の印が押してある。
「時々あなたの近況を教えてくれるの。突然大魔王になったあなたに不便がないよう気を遣ってくれているみたい」
親切ねぇ、と母は嬉しそうだ。
「あなたの様子がおかしいからって里帰りを提案してくれたのも皆さんなのよ」
そんな馬鹿な。
信じられないが、どの手紙も私の身を案じるものばかりだ。
ガタっと椅子を鳴らして立ち上がった。
「ごめん、城に戻るよ」
「……またいらっしゃいな」
驚きに揺れる私を、母は穏やかに送り出してくれた。
早くみんなに会いたい。
会って、ちゃんと話さないと。
「いい仲間を持ったわねぇ」
母は手紙の束を抱え、記憶よりだいぶ美形の、しかし冴えないままの息子をいつまでも見送るのだった。