表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

二月十四日の恨言唄

「集団幻覚? 集団幻想なのかな……乗れなかった私はどうすればいい」


 チョコレートのような暗い色をした、集団幻想にぶち込まれたマリオネット。糸の出処は分からない。実体もあるし、意識も持ってるのに糸が見つからないから、チョコレートの波に踊らされてる。自分が何をしているのか、不安定さと所在なさを抱えながら。


「結局、何で上辺だけの関係しか築いてない人に“友チョコ”なんて渡せてるんだろう……私」


 分かってるつもりではいる。女の世界では、上辺だけの関係でも無いよりはマシだと。無ければ、居場所なんか無いと。この人になら渡したいと思う友人に渡す───それだけじゃ、駄目なんだと。向こう側が私に何をするのかは関係なく。スクールカーストなんて、社会でもきっと同じことで、だから、こんな私も。


「…………馬鹿みたいで」


 タイミング良くなったのはメッセージを受信したスマホ。耳によく馴染んだメロディは、丁度私が座り込んだタイミングで鳴った。今日もまた、貴方も想っているタイミングで鳴らされる。私を揺らしてるなんて想定してないのは分かってるのに、ぼろぼろの吊り橋みたいに簡単に揺れる。


「笑える」


 当たり前じゃん、他に本命がいるんだから同級生の男子とかどうでもよかったよ。何言っても信じて貰えなくって、ずっと針のむしろに座らされてた、残りの小学生生活。それでも、年に一度巡ってくるバレンタインデーには“友だちごっこ”を強いられて。しんどかったけど、無視出来る程の強さなんて持ち合わせてない……今も昔も。


「結局、中学が一番楽だったな……いや、小一の方が楽か」


 部活があるから、校則破ると面倒くさいからって良い言い訳だったな。ざんねーんとか、思ってなさそうな声色は、一瞬私を動揺させただけで終わらせてくれた。もうそれには戻れない。当時も今も、早く大人になりたいと願っているから。


「友チョコなんて作ってる時点で、子供なのかな…………」


 子供だなんて言わないで。オーブンが余熱が終わったよと告げる。私はまだ座り込んだまま。生地だって、指定の時間が終わったのにまだ冷蔵庫で眠ってる。いつまでも、何時までも進まない。私が立ち上がらない限り。


「もう、作らなくてもいいかな」


 遅いよ。馬鹿じゃないの。()()()はもう「クラス全員」とか、そういう全体の中に飲み込まれてるんだよ。作ってくるねと目の前に出された言葉はいくつあった? あんたの言う“友だちごっこ”はちらつかなかったのか? 今更止めることなんて、出来ないんだよ。なんて愚かな、集団幻想。それをいつまでも何時までも脱せない、私も。




 高校生になってから、「一人分ずつ」ラッピングするのをやめた。女子力が欠如してるからとか、冗談めかして言ったけど、本当は誰に、何人に渡せばいいのか分からないから。誰々のチョコレートが凄い、とかそういうのと比べられないために。比べられて居心地が悪くなるのは御免だから。寝かしすぎた生地はどう評価されるのか、そんな不安が胸の中にある。


「作ってきたから、食べてね」


 こんな言葉がこの(私の)口から出てくるなんて。

 ああなんて、


 なんて虚無感。




 タッパーの底の、いくつか散らばった形の悪いブラウニー。今年も余り物は家族で処理する。私は食べない。私が食べるのは一番最初に、一番綺麗に切り分けて一つだけラッピングした、特別なブラウニー。味なんて変わらないけど、一番美味しそうに見えるもの。


 貴方には渡せないから。せめてもの救いとして、自己満足させるために。毎年毎年、写真を送る。渡したいのに、今年作った友チョコだよ、あげないよと冗談めかしたメッセージと共に。贈りたい相手なんて、一人しかいないのに。


 かさり、と音をたてる白い糸。可愛い柄がプリントされたビニール。貴方のためだけに買ったメッセージカード。全部全部、受け取って貰えたらどんなにいいか。このチョコ一つの価値は、“友だちごっこ”の友チョコを全部合わせたって勝てないくらいなのに。




 今年もまた受け取ってくれない貴方に恨言をこぼして。今年もまたそんな自分に恨言の唄を唄って。


 今年もまた私は涙を落とす。

完結です。お付き合い頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ