修行とお手紙
とはいったものの…
「そこはもっと歩幅を広くして!!」
「は、はい!」
「ちょっと!!ノアおぼっちゃま?男性はそんな仕草しないわよぉ!!」
「うっ…はい!」
…ちょっと厳しすぎやしませんかね???
エトランゼ家を離れて早いもので1ヶ月
コーチである彼…彼女?のローズ先生のもと私は厳しい修行にあけくれていた。
みっちりと組まれたスケジュールの中、魔法基礎学の復習から、これから使うであろう男性としてのダンス、そして今日のような男性の自然な仕草の指導、体力づくり……などなど
余裕だと思っていた男としての生き方は意外と難しく、喋り方などはともかく、女として生きてきたことが染み付いているせいか、とっさの仕草や歩き方に男性らしさが出ない。
「…ふぅ、今日はここまでとしましょ。」
「…ありがとうございました!」
その言葉にローズ先生はうんうんと頷くと
「明日はまたランニングと筋トレからよぉ。頑張りましょうね、ルイおぼっちゃま」
とバッチリウインクを私に落とし、美しくハイヒールを踏み鳴らしながら部屋を出ていった。
「…はぁー」
パタンとドアが閉まると同時に思わず床に座り込んだ。
ひんやりした石の床が心地いい。
「(…ローズ先生はスパルタだけど、女だからと手加減しないところが、さすがお父様が選んだ人ね……)」
さらに、男らしさも女らしさも兼ね備えていて、いいお手本だ。
…嘘じゃないよ。
「(まだまだ、やることはやまずみね…)よし!」
休んでいる暇がないことを思い出し、部屋で男性の仕草でも研究しようかなとからだを起こしたところで、静かにノックの音が響いた。
「どうぞ。」
「失礼いたします。
……坊っちゃま、お手紙が届いております。」
しずしずと入ってきた侍女から手紙を受け取り、裏返すとそこには見慣れた黒の蝋印でNの文字があった。
「…そうか。ありがとう。
…僕は部屋に戻るから、しばらく誰も通さないでくれ。」
「かしこまりました。」
「たのむよ。」
週に一度は届く、その手紙の内容はあまり他人に見られたくはないもののため、私は自室に戻り、誰もいない部屋で手紙の封を切った。
「……ふむ…なるほどねぇ」
そこにはノアからの最近の報告と、私が触れた石について詳細についてが書かれていた。
私がノスカールに到着した3日後、色々と手はずを整えたお父様が、世間にルイ=エトランゼは男であったと公表した。
屋敷の者へは緘口令が敷かれ、やぶれぬよう誓いの魔法がかけられた。
私の予想としては、「女が男?いくら精霊が言ったとしてもそんなことあるわけない!おかしい!」と、ものすごく疑われてしまうのでは?と考えていたが、
疑う声もあったものの、アクエリアス様のご意志ならば仕方ない。なにか事情があったのだろうな。という声が大半であった。
ーーーそうそう、最近では、いろんなご令嬢の嫁ぎ先の候補としてあがってるみたいだよ。モテモテだね。
「ははっ…ノア…思いっきりひとごとね?」
この文章を書く彼が、いい笑顔を浮かべているのが想像ついた。
旅立つ前にお父様に託した手紙は無事に届いたようで、それからノアとは手紙のやり取りをしている。
ノアも私の性別を知らないはずなので、あの時託した手紙には実は男であったこと、いとし子であることを口外しないでほしいこと、もしそれでもよければ友達でいて欲しいことを伝えた。
ノアからの返事は「男でも女でも関係ない。それに「どの魔力を持って産まれてくるかなんて完全な運」なんでしょ?」だった。
「いい友達をもったなぁ」
さらに、ほんのり闇の魔力がこめられており、手紙の内容は誰にもわからないようになっているらしい。天才だ。
しかし、女から男に性別がかわるとなれば、この、ご令嬢達みたいに取り入ろうとする者を始め、政治的にも大きく取り巻くものが変わる。
にも関わらず、良くも悪くも精霊の言ったことならしかたないで片付けられる、この世界の精霊という存在の大きさに…ちょっとだけゾッとしてしまった。