旅の支度
「わかりましたわ。では、出立はいつに?」
そうと決まれば、と思って話をしたが、2人の表情は浮かない表情だった。
「事態が事態なのもあり、情報の危険性を考えるのならば、今晩にでもと言いたいところだが…」
「…でも、あなた、ルイはまだ病み上がりなのよ?」
「…そうだな…しかし時間が経つほど危険が増すのも事実だ…」
ふーむと唸るお父様に
「急ぐのであれば今晩でもかまいませんわ。
不思議と健康状態も問題ありませんし、ね?」
そう横にいたアクエリアスにいうと彼女はニコニコと頷いた。
お父様はそれを見てしばらく黙り込むと、
「…では今晩にするとしよう。必要なものがあったら何なりと言いなさい。」
「……心配ですがそうもいってられませんものね…あとは容姿をかえなければなりませんから、あとで私のお部屋にもいらしてね」
「はい。お父様、お母様」
ニコニコと返事をすると、お父様はまた指をパチンと鳴らして、おおっていた水の膜をパッとはじけさせた。
それと同時に横にいたアクエリアスも手をヒラヒラ振りながら泡になって消えてしまった。
急に消えたアクエリアスに驚いていると、
「今度はルイの魔力で彼女を呼んであげなさい」
と私頭をひとなでして、お母様と私の部屋を出ていった。
「(なるほど、魔力も勉強不足…修行しなきゃだわ。お礼も言えてないし。)」
2人が出ていってまもなく、入れ違いに入ってきたメイドたちに旅立ちの指示を出しつつ、
「とりあえず、私の出来ることを。
ここを離れる前に、一つだけやっておかねば!」
私は羽根ペンを握るべく机に向かった。
外はあっという間に夜の帳をおろし、
真っ暗闇の新月空の下、私はエトランゼ家の裏口に立っていた。
既に誰かに見られていることを考え、腰まであった髪を原作のルイのように耳くらいまでバッサリと切り落とし、洋服は兄の幼い頃のものをお母様に貸してもらった。
パッと見て令嬢には見えない…どころかちょっと華奢めな美少年になってしまった。
そんな姿の私を両親は少し驚くと、とても似合っていると褒めてくれた。
「…あの、」
「どうした?」
「お父様に1つお願いがあるのです。」
「なんだ?」
「これを…」
不思議な顔をお父様に、私は懐からそれを取りだし手渡した。
「手紙か?」
「はい。旅立つ前に、ノア手紙を送りたかったのですが、宛先が分からないので、お会いすることがあればお渡ししていただきたいのです。」
ノアという名前しか分からないが、私の大事な友達のノアがうちを訪ねてきたことから察するにまた来る可能性もある。
あらぬ誤解をされぬように、ちょっと田舎に行って男の子になってくるね!と手紙をしたためたのだ。
「わかった、渡しておこう」
「ありがとうございます」
手紙を無事に渡せたことに安心していると、今度はパタパタという足音とともに少年が走ってきた。
「ル、ルイイイイイ!」
「わ!お兄様!どうしましたのそんなに泣いて」
涙でぐしゃぐゃの少年…3つ上の兄ことエトランゼ家の長男ユーリ=エトランゼをとりあえず抱きとめた。
「だってっ…ルイが、遠くにいくってきいて…っ!」
「何も今生の別れという訳ではありませんわ。
何年かしたら戻ってまいりますし。ね?」
「うっうん…」
「泣いていては美青年が台無しですわよ、お兄様。
お母様、お兄様をお願いしますわ」
「ええ。ほらユーリこちらへいらっしゃい。」
お母様はお兄様をひっぺがすと、今度は私を抱きしめた。
「……ルイ、少ししたら戻ってくるとわかっていても心配だわ。元気で…たまに遊びに行くから体調に気をつけるのよ?」
「大丈夫です。お母様。
このルイ=エトランゼ、立派な男の子になって帰ってまいりますから。」
そっと離れるお母様にニッコリわらうと、
「お嬢様、そろそろ。」
待たせていた従者が声をかけてきた。
「ええ。わかったわ
…では。いってまいります!」
こうして、涙目の兄と心配そうな両親に見守られながら馬車は裏口を出発した。
馬車の小さな窓からみえる大きなエトランゼ家がだんだんと遠ざかっていく。
この世のまさに実家を離れる事に何だか寂しさを覚えて、ちょっとくすぐったくなったが、それと同時に決意も固まった。
「さて、いい男にならねば!」