家族と居場所
「男として……?」
私が思わず聞き返すとお父様は苦しげな表情を浮かべて、そうだ。と声を出した。
「……幸い、彼…ノア以外の人間は、ルイが精霊の愛し子であることをまだ知らない。
今まではアクエリアスから「10歳まで女の子として育てなさい」とお告げがありそのように育てた。10歳を迎え、他家と交流するにあたり、ルイ=エトランゼは男だったと公表することなった。ということにするのだ。
……これならば愛し子であることがもし万が一、公になったとしても、愛し子として生きていくことの危険が少しだけ軽くなる。」
「愛し子とバレた時の保険として…男として生きる…ということですね」
「…その通りだ。どうだろうか、アクエリアス」
お父様がそう呼びかけると水の壁の中からパシャンと、美しい女性がキラキラと水の玉を纏い現れた。
その姿は1番近いものに例えれば人魚だが、昔絵本で見たものよりはるかに美しかった。
彼女は長いまつ毛に覆われた真珠のような目をこちらへ向けた。
小さい頃から魔法は見えていたものの、魔力が覚醒した今初めて見ることができた精霊の姿に、思わず目をシパシパさせると、アクエリアスと呼ばれた彼女は嬉しそうに私にハグしてお父様にブンブンと頷いた。
「…よかった。」
「女の子として生まれたルイを守る方法はこれしかないの…ごめんね… 」
2人の絶望感溢れる暗い顔は女の子である私が、
これから先、娘を男として生かすこと、そして死ぬまでを男として生きていけるのかどうかわからない…という気持ちで溢れていた。
「(男として生きる…か)」
…私は前世で散々"女"というものはやってきた。
それはもうおなかいっぱいになるまで味わってきたつもりだ。
そのせいもあって、"女"が染み付いているところもあるだろうから、訓練はもちろん必要かもしれない。
が、そもそもルイは男のキャラ。
推しである以上、完璧に演じることができる自信がある。
ただ何故精霊の愛し子として生まれてしまったのかはさっぱりわからない。それによる弊害もなにか起きるのかもしれない。
それでも、わたしは、せっかく生まれ変わったこの人生を諦めたくはない。
「…いいえ、いいえ!!!お父様、お母様、悲しい顔をならさらないでください。
エトランゼ家に迷惑をかけずに生きられるのなら、男として生きていくことに迷いも後悔もありませんわ。」
「「ルイ…」」
目をうるませる両親を前に私は頭を下げた。
ぎょっとした雰囲気が伝わってきたが頭はあげない。
「…このようなわたくしを、見捨てないでくれたこと、感謝致します」
…異端、しかも女の子のだ。
跡取りでもなければ何になるでもない女の子を、下手したら家の立場が悪くなるような爆弾として抱えるなんて、
間違いなく他の貴族の家ならば、殺されていただろう。
しばらくベットとにらめっこしていると、下がっている頭にぽんと軽い衝撃が加わった。
しずかに顔を上げると、お父様もお母様も優しく笑っていた。
「…そんなこと言うものじゃないよ。男でも女でも私たちの大事な子供なのだから」
撫でられた頭と、その言葉に心がぎゅっとなった。
私は今まで、この2人のことをどこか他人の親という認識で見ていた。
前世でいい大人だったので、前世の両親にものすごく未練があるわけではないが、ゲーム内では見ることがなかったルイ=エトランゼの両親としかみることができなかった。
態度には出さないよう気をつけていたものの、"それだけの存在"としか認識できなかったのだ。
「(それでも、この世界の2人にとっての私はかけがえのない家族なんだ。)」
慈愛に満ちた表情に、初めてこの世界に居場所ができた気がした。
「…ありがとうございます」
「お礼なんかいいんだよ。
…とはいえ、世間に公表するとはいえお前は女の子だった身だ。急に男として振る舞うにはまだ経験値がたりない。
それに、魔力も覚醒したばかりでコントロールがきかないだろう。
しばらく…少なくとも社交界に参加する13歳まではエトランゼ家領地のノスカールで男として生きていくためのことと魔術の基礎的な使い方を学ぶといい。世間には療養している事にするから。」
「はい」
ノスカールはエトランゼ家領地の中でも田舎…緑豊かなところで人口がそんなに多くない静かな村だ。
密かに訓練するにはもってこいの立地である。