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後編

 

 と、言うのがオレの記憶だ。


 前世の前世から続くオレの記憶は、今のオレが死んでも続くのだろうか。

 この世は前回の続きと言うか、過去に戻ったと言うべきなのか、

 かつての少年時代の再現のようなのに、仲間の死体は別空間に存在していた。


 過去転生。


 そんな名称を遥かな過去が教えてくれるが、恐らくこれは平行世界か何かだろう。

 平行のオレは凍死して、この世界のオレの過去に到達して憑依したとなると、この世界のオレは死んだのか。

 いや、生きてきた記憶は確かにある、となると別空間を引き継いでこの世界のオレが憑依存在を食らったのか。


 ああもう、そんなの分からない。


 どちらがどちらを食らったかなんて、記憶の混ざった今となっては判別が付かない。

 ならばお互い様として、オレ達は融合したと思って、お互いを許容すれば良いだけだろう。

 ともあれ、世界はここに顕現して、生きていくのを許容しているのだ。


 ならばそのまま生きていけば良い。


 過去の出来事はそれとして、今から生きる参考にするに留め、それに影響されないように気を付けながらも、命取りになるはずの出来事は避けていこう。

 となると、夢だった探索者も考え直さないといけないかもな。

 あれでとりあえずは生きていけたものの、パーティを組んで数年で迷宮の罠に落ちて、それぞれの死因の果てに今がある。


 恐らくはあの迷宮だけが特別なのではあるまい。


 たまたまあの迷宮の最悪の罠に嵌ったに過ぎず、もしかしたらこの街の迷宮の罠にも同様なのがあるかも知れないのだ。


 迷宮での行方不明の話は何処でも聞く。


 勇猛な、竜を倒すような、そんな探索者が行方不明になった話とか、あの悪辣なる罠の犠牲者となれば辻褄も合いそうな話だ。

 うちの前衛が手持ちの食糧を食った後、腹ごなしに全力でスキルも使っての攻撃に対し、びくともしなかった部屋の区切り。

 そうして火の魔法も水の魔法も通さなかった区切りは、迷宮のヌシにとっては単なる檻のフタなのか、皆の生命活動が止まれば容易く開いたのだ。


 そんな物に囚われれば、いくら竜殺しでも抜けられまい。


 となると、強い探索者は迷宮にとって、邪魔な存在なのかも知れない。

 だから個別の罠に落として餓死させるのだとしたら、次に覚えるべきは転移か。

 確かに手ごたえはあったものの、空間創造を選んだオレに、転移術式は無理だった。

 どちらかを選んだオレは、今ならもう片方を選べる気がする。


 オレは別空間を構築するんじゃなく、現在ある別空間を利用するだけだ。

 そのリソースは比べ物にならず、転移術式の余裕はあるはずなのだ。

 かつての術式を遺産として受け継いだオレは、転移術式を己のリソースに書き加えた。


 かなり便利に拵えていた別空間だったが、遺産とした今となっては改良はもうやれない。

 ただ利用するだけに留まるが、世には無い神話の世界の魔法なれば、これで充分とも言える。

 かつての仲間の死体は別空間の端に、仮想的な墓として分けて死蔵する。

 今更こんな世界の片隅に埋められても嬉しくも何とも無いだろうし、それをうっかり見られたら殺人犯人にされるかも知れない。

 確かに餓死した存在達だろうけど、こんな世界の鑑識の技能など、魔法での調査に留まり、それを用いて知る事が出来るのは、誰の手によってそうなったかに尽きる。


 当時、オレだけは水をふんだんに使っていた。


 だからきっと仲間達は、オレを恨んで死んだはずだ。

 それが八つ当たりであろうとも、そいつの記憶には刻まれているはずだ。


 オレが殺したのだと。


 となればその八つ当たりは遂に日の目を見てしまう。

 そんな解けない冤罪を食らう訳にはいかないので、あいつらの死体は別空間の墓地に永久封印にしようと思う。

 確かに八つ当たりには困ったものだが、それでもあいつらを憎んでいる訳じゃない。

 なので魔物の死体のように、刻んで粉砕して焼却処分にしようとは思えないのだ。


 全属性のオレなら可能な完全犯罪。


 穴を掘って死体を入れて、燃やして粉砕して埋め戻す。

 土と火と風があれば可能なこの犯罪は、数人の術師の所業を代行する。

 つまり、かつてと同じく、ひとつの属性を極めるのが常識のこの世の中では、単独では無し得ない犯罪なのだ。


 この村から離れた庵に住む、爺さんを失ったオレに蘇った記憶の中で、これからの生き方が自ずと決定されていく。

 探索者になるのは諦めて、このまま外の世界で生きていこうと、自然にそう思ってしまった。

 手っ取り早く稼ぐには適しているけれど、いつかは迷宮の腹に収まる未来を鑑みれば、到底割りに合うはずもなし。

 この世界の迷宮がそうとは限らないが、行方不明の英雄の話がある以上、同様な世界と思わざるを得ない。

 幸いにも別空間の中にはかつての成果が大量に残存し、仲間達が得たお宝もかなりある。

 ならば生活の為にそれらを売れば、生涯苦労はせずに済むかも知れない。

 確かに冒険という夢は絶たれるだろうけど、末期を迷宮の腹の中で過ごすと思えば、まだまだましと思えるからだ。


 とりあえず探索者名簿に名は連ねた。


 そうしなければ身分証明が不可能だったから致し方無かったが、迷宮にだけば絶対に入らない、臆病者の探索者として表の世界をのたくっていた。

 資産は裏で捌けば問題無かったので生活の苦労は無かったが、それを見せないように暮らすのに苦労は必要とした。


 やくざな連中は何処の世界にも存在するようで、小金を持つ雑魚に見える臆病者と定評のある存在に対し、どんな態度を取るかは分かり切っていた。

 だがオレには完全犯罪の手段があるので、野山に誘導して逆に全てをせしめていた。

 穴を掘って落として燃やして粉砕して埋め戻すそれは、土の術師が掘り返さないと見つけられない代物だけど、単なる灰を掘り返しても何の証拠にもなりはしない。


 魔物の死体を焼いて埋めた。


 そう言われれば人の死体との区別が付かないこの世の中では、その灰の成分から生前の姿が再構築出来ない以上、証拠不充分となってしまうだけだ。

 オレの後をつけていたという証言があろうとも、実際に殺した現場を見てない限り、そいつが戻らなかった責任をオレに迫る事は意味が無い。


 確かにそいつが聖人なら別だろうが、やくざな連中の尖兵に対し、どんな態度を取ろうとこちらの自由とされるのが落ちだ。

 この世の中は最初の記憶の世界とは比べ物にならない程に命が軽くあり、その所業次第では奪っても罪にはならない世の中なのだ。


 いかに兄貴分の証言があろうとも、単独で無し得ない行為を訴える無意味さは、誰に問うまでもない。

 あいつが穴を掘って焼いて砕いて埋めていたと、誰がそんな事を信じるだろうか。

 穴を掘るには土の才覚、焼くには火の才覚、砕くには風の才覚が必要であり、3人で行った犯罪とするならまだしも、単独でやっていたなどと、世の常識を覆すようなそんに訴えはは、他人を悪の化身と訴えるに等しく、それが聖人の訴えでない限りは、こちらに対する毀損であると、逆に訴えても誰も変には思わないぐらいの所業となる。


 だから目の前で見せてやったのだ。


 兄貴分の尖兵を目の前で殺し、穴を掘って落として焼いて粉砕して埋めてやったのだ。

 しかもこの秘密を誰かに訴えれば次はお前だと言って脅したのに、あいつはそれを訴えやがったんだ。


 オレが全てを独りでやったと。


 当然、そいつの頭の中身の正常さをまずは疑うのも道理であり、普段の所業から嘘の訴えであるとまずは却下されたのも必然だろう。

 迷宮に入るのを厭うような、臆病者と定評のある探索者が、野山で見つけた希少な薬草を売って得られた小金を狙い、そのまま行方不明になった案件を、その哀れな被害者に求めるなど、誰が思い付くだろう。


 怖かったのでずっと隠れていた。


 これでオレの身の潔白は保持され、当局は兄貴分の身辺の調査に重きを置いた。

 人は自分より弱い存在を疑いの目では見ないものであり、より強い容疑者をまずは疑って掛かる。


 猫と虎がそこに居れば、まずは虎が殺したのだと疑って掛かるものなのだ。


 真実は猫に殺されたにしても、虎の疑いが完全に晴れるまでは、猫に疑いは来ない。

 しかも人に懐いているが如く、甘えた鳴き声で幻惑すれば、それが人殺しの欺瞞であると誰が思うだろうか。


 オレはそれを目指した。


 表向きは弱者を装い、裏ではやりたい放題になっていた。

 とは言っても別に悪の限りを尽くした訳じゃなく、単に強者からの干渉を避けなかっただけだ。

 以前にも増して食糧を別空間に詰め込む作業の中で、資金獲得の途中で何度も干渉を受けたものだが、それに折れると見せかけての逆襲は常時行っていた。


 ある大物が欲しがっていた物品を見せびらかし、捕らえられてそいつの屋敷に連れ込まれ、まだあるのかと尋問される中で、隠し場所を吐いたと思わせて探しに行かせ、人員が減った屋敷の中の人員を殲滅し、お宝の類を全てせしめ、戻ってきた人員も殲滅した。

 さすがに一気にはきつかったので分散させたに過ぎなかったが、見せた牙は対象の全てを黄泉路に送る必要がある為に、確実に殲滅する為の方策として実行したに過ぎない。


 下っ端に成り済ましてそれを見せる。


 思わず身を乗り出す大物の首を風の才覚で跳ね、溢れる血は火の才覚で焼いて止め、全てをせしめた後に風の才覚で粉砕して、血生臭い空間を焼却する。

 空間魔法と火の才覚を合わせたその業は、空間魔法をただ利用するだけの現在のオレにとっては叶わぬ魔法と思われたが、リソース的には可能であったらしい。


 すなわち、別空間の構築こそがそのリソースの大半を占めていたのであり、現存する今となっては空間魔法の所有するリソースは知れていた。

 この世界と同様な空間を構築するその所業こそが大量にリソースを必要とするのであり、その空間をただ利用するだけの存在に必要なリソースは僅かであったのだ。


 巨費を投じて拵えた図書館の利用客に、高額の利用料を請求しないのと同じく、ただ使うだけの存在に対しては、僅かなリソースの提供が必要だったのであり、空間魔法の他のリソースも知れているとなれば、その全てを制御するのも可能であった。


 なので空間ごと焼けたのだ。


 炎熱空間という、オリジナル複合魔法の恩恵は、その空間内での出来事の全てを焼却する。

 大量殺人であろうと、淫靡な夜の運動会であろうと、炎熱空間の後にはどんな猟犬の鼻も役には立たない。


 かつて氷のほこらで氷の悪霊を空間ごと焼いた時に分かった事だが、穢れた魔素ごと焼けばどんな存在も消失するのだと。

 封印しか出来ないとされたその存在に対し、封印術式の魔法陣を無くしたと騒ぐ連中が滅びた後、やけになって放ったそれは、全てを焼き尽くして全てを消した。


 そうして外の連中の企みを知り、そいつらもまとめて焼いてやったのだ。


 確かに封印術式の魔法陣は安くはないが、人柱にしてしまえば魔法陣が浮くなどと、そんな勝手な思い込みで封印術者の荷物から魔法陣を奪い取り、失敗すると分かっている封印式に臨ませて、表の扉を閉じてそのまま次の犠牲者を求めようとするその所業。

 確かに普通の術式では無理だったと言えば、今回のような腕に自信のある術者が得られるかも知れないが、そう何度も使える手じゃない事は確かだろう。

 つまり、彼らは複数の封印術式の魔法陣を、関係者全てを犠牲にする事で無償で得ようと魂を悪魔に譲り渡した存在であったのだ。


 それを焼いて何が悪い。


 なので今のその村は、痕跡も無いままに草原の中に埋もれているはずだ。

 全員を切り刻んで殺した後に、村の財物全てを慰謝料として徴収し、範囲指定の炎熱空間で悉く灰にしてやったのだ。


 世界が変わったせいなのか、その村は現存していた。


 そうして名のある封印術師の募集はされており、その高額の依頼料と共に、失敗したら悪霊に飲み込まれるという注意事項があり、それでもと挑戦者は後を絶たないらしい。


 オレにはかつての世界で村に貯蔵されていた複数の封印術式の魔法陣もある事だし、心得が無くても封印ぐらいはやれる。

 そもそれあれは無属性術者が知らないうちに会得した、融合魔法の産物なので、厳密に言うなら2属性魔法となるはずが、片方が無属性なので融合魔法とは看做されず、単なる無属性魔法の派生と思われていた。


 無属性とは単一の属性にあらず、融合の果てに存在するものなり。


 先天的に火と水の才覚が同率である者は、最初から融合魔法を当たり前にように行使する。

 それは火にも水にも偏らない魔力であり、得られるのは無関係な魔法、すらわち無属性。

 最初の世界で言うなら念力であったり、物質透過能力であったり、存在の封印であったりと、通常の魔法とは全く異なる存在でありながら、何故かこの世界に存在する者達。


 最初は迫害の中にあったらしいが、物質を透過する者をどうやって捕らえるものか。

 本人は離れていても、武器が勝手に人を殺しに行く現状を、どうやって防げば良いものか。

 それでも人は残酷なもので、抗えない幼子のうちに見つけ出し、その命を絶つ事を始めたが、先人の能力者にとっては逆鱗にも等しく、その試みが聖人によって禁じられるまで争いは続き、両者のわだかまりも消えないうちに条約が締結されてようやく収まったという。


 それは神の約定とされ、破った者には神罰があるとされ、かなりの存在がその時期に消えている。

 ある属性至上主義国家がそっくり消え、迫害の元締めもあらかた消え、世界の人口が半数以下になった頃に人はようやく諦めたらしい。


 そうして現在は無属性という名で落ち着き、ひとつの属性として他の属性と同じ位置に収まっている。


 当時、絶対優勢であったはずの無属性術者達がそれに従ったのは、聖人が実は同類であったのでは無いかという疑いがある。

 神の約定などと言いつつも、無属性の極致である封印術式において、世界を相手にその命を掛けて挑戦した結果なのではないかと。

 差別した存在の命を糧にするその術式は、恐らく最初の大量死亡でその術式は確立され、その後の差別の気配があるたびに補給された事で、現在でも朽ちる事無く世界の法則として収まっているのではないかと思われる。


 つまり、世界の存在が全て聖人君子になれば朽ちてしまう術式にしたせいで、未だに朽ちる事なく現存している様は、実に見事と言う他は無い。

 全属性になればその事は知れるみたいだったが、それを覆すつもりの無いオレにとっては、単なる世界の真実として記憶に留めるだけである。

 いわゆる鑑定と呼ばれるその技は、誰も使えない全属性の付録のような位地取りとして、今はオレと共にある。


 世界に掛かる封印術式を鑑定すれば、かつての聖人の術式が知れるだけなのだ。

 そうして神の約定とされる全てが、かつての存在達が成した封印術式だとも知れた。

 オレも望めば新たな封印術式を世に成す事は恐らく可能であるだろうが、世界の許容が限界に近い上に、成せばその命が絶たれる決まりを知れば、何も成そうとは思えない。


 だからただ知るのみに留めるのだ。


 また後年、のっぴきならない事態が起これば、誰かが成すかも知れない。

 だからその為に僅かに残った世界のリソースは置いておくべきであり、興味のままに命懸けの術式を成すなどと、無駄な事はしないに限る。

 まだ生存を始めたばかりのオレにとって、興味以外の事を成す理由にはならない。


 まだ死にたくはないからな。


 ともあれ、今は順調な生の中で、知りたい事はあらかた知れた。

 オレを妨げる存在もかなり消え、表向きの弱者な存在は今も元気に生きている。

 ただ生きるのみなら飽きるはずのその生も、かつての所業を知る事で更なる生への興味は尽きる事は無い。


 そういや最初の生で誰かが言っていたな。


 生きるまで生きたら死ぬるであろうと。


 そうだな、オレもそいつを見習って、生きれるだけ生きてみよう。


 前世とその前の記憶を持って、未知なる物を探しながらひたすらに。


 さて、今日は何をしようかな。

 

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