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前編

 

 オレには前世の記憶があった。


 と、言っても今は無いって訳じゃない。

 過去形で話しているのはもう人生が無いからだ。

 そう、寿命が近い……うん、まもなく死ぬんじゃないかな。


 この世界は歪だった。


 この世界ではただひとつの属性を極めるのを常識とし、ふたつの属性を覚えるのは邪道とされ、それ以上などは悪徳とも外道とも言われて迫害の存在とされていた。


 まあ、普通は覚えようにも適正が無いのだが。


 前世では妄想ながらも多彩な魔法が紙面を彩っていた。

 そう、確かに魔法の種類だけは凄まじくありはしたが、全ては妄想の産物とされていた世界だったのだ。


 オレもその世界の住人として、他の者と同じく魔法に憧れた時期もあったが、いつしか諦めてただの空想物語として区別を付けたものだった。

 それでも欲しかったのは間違いなく、この世界に転生してそれを知ったオレに、世の常識がストッパーにはならなかったのも致し方あるまい。


 それでも一応は大人まで経験した過去から、はみ出し者の末路は知っていた。

 なのでオレの秘密は安易に漏らさず、生きていこうと決意していた。

 そう、表向きは世の者達と同様にひとつの属性を極めつつ、裏では全属性を極めようとしていたのだった。

 そうしてこの世の常識が間違いだったかと思わせるような出来事が起こった。

 つまり、神話の世界には存在したとされる空間魔法の獲得に到ったのだ。


 そう、全属性が鍵だったのだ。


 全ての基本属性が相互に干渉し、世界に新たな世界を構築する。

 それはこの世界とは次元が異なっており、直接の干渉は出来ないものの、その適正のある者のみがそれを制御して、自在に扱う事が出来た。

 それはかつて憧れた魔法の区分では、空間魔法かと思われた。

 神話の世界には確かにあったとされるその魔法は、別空間を構築して様々な物品を収めており、各地に移動してはそれを配る様は、まさに神の所業とされていたものの、そこに到る道は閉ざされていた。


 それもそうだ。


 全属性が鍵なのに、ひとつの属性を極める事が美徳とされる世界において、そんな学説が採用されるはずがない。

 だからオレはそれを発表するのを諦め、己のみがそれを活用するに留まった。

 今の現状でも生きていられるのはその恩恵であるものの、もはや表には出られないのも確信している。


 迷宮は恐ろしい。


 一度捕らえられるともう出られないとされていたが、出られない者が実際にそれを世間に知らせる術も無い事から、行方不明になった者がそういう事態に陥っているのではないかと言われるだけに留まり、魔物に食われて消えたとされる表向きの事実とは別に、関係者の心の中のみ生きていた学説だったが、それでも拠り所にはなっていたはずだ。


 そう、今のオレがその状況だろう。


 ここは迷宮の一角でありながらも、魔物は発生していない。

 魔物という代物は、倒せば何かしらを落とす。

 それは食物であったり物品であったりするものの、何かしら落としてくれる。

 探索者はそれらを集め、時には食糧としながらも探索を続けるものだが、荷物が大量になって致し方なく戻るのが常だった。


 オレには空間魔法があったので、様々な物品の収納には事欠かず、ドロップ品は全て回収して今に到るのだが、いよいよ食料品が怪しくなってきた。

 ここに落ちた時には大量の食糧があり、多彩な魔法を極めていたから水にも苦労はしなかった。


 オレは……いや、オレ達はそれぞれ個室のような所に追いやられ、対話は出来るものの行き来が出来ず、もちろん食糧の融通も出来なかった。

 オレは世の慣例のとおり、ひとつの属性……火使いと登録されていたものの、全てを操れる事から水に苦労はしなかったのだが、お互いの部屋の中が認識出来るという、不思議な迷宮の機能からそれはすぐさまバレた。

 水筒の水が尽き、そこに追加しているのを知られたのだ。


 だからオレは言った。


 確かにふたつは邪道だが、保険として水の確保は必要だと思い、隠れて練習していたのだと。

 皆はそれを糾弾し、表に出たらもう二度と組まないと言うに到り、既に心は離れていたのだろう。


 オレは皆の事を吹っ切った。


 連日、身体を洗う様は皆にどんな思いをもたらしたのだろう。

 野郎のストリップを否応無しに見せられる生活の中で、自らの喉が欲しても得られないソレが無駄に流れている有様。

 オレのみがそれを享受してゴクリゴクリと喉を鳴らし、身体を洗っては無駄に流していく。

 そうして何処にあったのか肉を取り出し、火の魔法で焼いて食うのだ。

 仲間だった連中の呪詛にも等しい恨み言を聞きながら。


 だがもうそれも尽きて久しい。


 確かに水の使い手のみは永らえていたものの、食い物が無ければ魔力も尽きる。

 体内に活力と呼ばれる、魔力の元になる物を取り入れないと、魔力は発生してくれないのだ。

 所詮は無から有は作れないのが世の常識であり、水使いはパーティの生命線ではあったものの、食い物無くしてはその職務も果たせなかった。

 前衛の大食い連中がその気配を閉ざした後、探索を主とする盗賊が忌まわしき所業に身を貶めて、それも限度を越えて生命を閉ざした。


 さすがにオレも水使いもそれを真似ようとは思わなかったが、食欲には確かに影響した。

 オレ達は水のみでなんとか生きながらえていた。

 共に己を身を食らうなど、到底出来そうになかったからである。


 それももう過去の事。


 魔力の尽きた水使いがその気配を閉ざし、オレはひとりになった。

 行き来さえ出来れば渡せる食物もありはしたが、それも叶わないとなればひとりで味わうしかなかったが、他の気配がある限りはそれも叶わず、かろうじての生を繋ぎながら、オレは確かに願っていた。


 早くあいつら死んでくれないかと。


 ひとつの属性を極めるのが理想とされる世の中で、ふたつ以上は邪道とされる世の中で、全てを扱えるなど魔王ともされそうな世の中で、それを隠して生きてきたこの人生で、全ての気配が消えたこの空間で、オレはそれを活用した。


 別空間から取り出された温かい食い物。


 それは作られてすぐに収められた料理の数々であり、飢えていた身体を確かに癒してくれる代物であり、全ての気配の消えたこの空間に侵すが如く、美味そうな匂いを振りまいてそこに顕現した。


 オレはそれを食った。


 無我夢中で食らい、そして飲んで飲んでまた食らった。

 大量に入れてはおいたものの、出す口実の無かったそれら。

 時の進まぬ別空間の中で、ただひたすら眠っていたそれらは遂に日の目を見たものの、渡せる相手は既に存在しておらず、己のみでそれを味わっていったのだ。


 だがそれももはや尽きた。


 あれから半年だか1年だかが過ぎ、あれ程にあったはずの食糧も遂に尽きる時が訪れた。

 まずは料理が尽きたものの、ドロップ品である肉はまだまだあり、調味料もあった事から生存の継続には事欠かなかったが、それとていつかは尽きるもの。

 更なる時を経て遂に尽きてしまった今となっては、塩辛い干肉のみがその生を維持していた。


 塩水を飲むと更に喉が渇く。


 だけど水だけはひたすらある状況ならば、塩水を飲んでいれば水分の摂取には困らない。

 他の食物が尽き、保険であった塩辛い干肉がその生命を繋ぎ、乾いた喉を水が潤す。

 塩辛い干肉は保存食としても人気の無い代物ではありはしたが、半永久的に腐らない非常食としては確かに優秀であったが為に、誰もがリュックの片隅に入れておく代物。


 あれは初期の頃に、他のメンバー達が捨てると言うから受け取った代物であり、そのまま別空間の肥やしになっていた。

 あの頃、優秀な保存食が世を賑わし、その耐久性と味と価格から、皆が乗り換えた。

 そう、不味い干肉を捨てて乗り換えたんだ。


 かつての記憶からその名称を知っていた。


 他の転生者が成し遂げたと思われたそれは、確かに懐かしい味をしていた。

 4つ入って250円だったかな……なんて記憶が蘇ったものだった。

 確かにオレもかつては愛用した食品ではあったものの、それでも干肉は捨てなかった。

 もっとも、空間魔法が無ければどうなっていたか分からない。

 邪魔にならないからとりあえずは死蔵しただけであり、余裕が無ければ捨てていた可能性もゼロじゃない。


 それが今、生きている。


 いやもう、生きていた、と言ったほうが良いか。

 コップの中に塩辛い干肉の欠片を入れて、水を注いで温める。

 そんなスープもどきで永らえた時も、遂には報われなかったのだ。


 あれからどれぐらいの時が過ぎたのか、ある時級に部屋の区分が開かれた。

 オレも当時は他の連中と同じく、動かないままで死を待っているように見えており、かろうじて生を繋いでいたように見えてはいたものの、他の気配が尽きた状況なら、オレももうじき死ぬと思ったのだろう。


 他の連中の死体を目の当たりにして、改めて迷宮の恐ろしさを知る。

 オレ達を纏めて処分する為に、まずは個別でその生を奪い、そうして纏めて処分するのかと知ったが、そうなる前に仲間は全て別空間に収めてやった。


 ざまあみろ。


 オレはこの迷宮に食われるかも知れんが、仲間達は食わせはしない。

 なんて格好良い事を思いながらも、オレは単に仲間の死体を見ながら飯は食いたくないと思ったに過ぎなかったのだ。

 そうして広くなった世界で、いきなり裕福になった生活で、仲間達が持っていた調味料を活用し、かなりの時を永らえた。


 だがそれも終わる。


 だけども終わる前にやりたい事があったので、最後にと残しておいた活力を得る。

 蘇る魔力は身体中に行き渡り、これから行う魔法の成功率に確かな手ごたえを見せてはいたが、先の無い魔法がゆえに、それがどうしたと思うだけだった。


 さあ死のう。


 傍らに拵えた氷の棺の中で、オレは凍死をする予定になっている。

 既に睡眠の術式は己の身を蝕み、身体の自由を奪っている。

 今のオレに出来る最高の氷魔法は、風と水の融合魔法だ。

 これも邪道とされる世の中など、くそったれと思って習得した業。


 これで死ぬのだ。


 そうして意識は閉ざされていく。

 他の皆は餓死したが、オレだけは凍死する。

 それが迷宮に対する意趣返しになると、そんな役体も無い事をどうして信じられたのだろう。


 まあいい、とにかくもう終わるのだ。


 この迷宮の片隅で、化け物の腹の中で、仲間の死体を隠したオレは、餓死じゃなくて凍死する。

 あの別空間はオレが死んでも変化は無いはずだから、仲間の死体は手に入らないよ。

 残念だったな、迷宮と言う名の化け物よ。


 さらばだ。


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