オポッチョグリサムを探して
大魔法使いガスパネル・ラウ・マナトゥールが、悲哀に満ちた表情で呟いた。
「ああ、オポッチョグリサムが食いてえなあ……」
ガスパネルは骨太な大男だ。硬い白髪を短く刈り込んで、左頬には古い傷跡がはしっている。襟なしのシャツに着古したズボン、頑丈なブーツという簡素な出で立ち。魔法使いのくせに、ローブすら纏っていない。
魔法杖より戦斧でもぶん回しているほうがよっぽど似合う男だ。だが、比類なき大魔法使いにしてムシュカ王国の危機を幾度も救った英雄、『叡知の杖』ことガスパネル・ラウ・マナトゥール本人である。
実際は杖などろくに使用せず、聖ファウラ教の先代教皇猊下から拝領した長杖が薬草をぶら下げるのに便利な棒と化している罰当りにしろ、『叡知の杖』ご本人で間違いない。
精悍な面構えは五十過ぎといった風貌だ。しかし、齢はなんと三百七十八歳。巷では不老不死の魔法の成果だと噂されている。実のところ、近隣諸国との戦のたび、大気に満ちた魔素を体内へ取り込んで大規模魔法を打っ放してきた結果、肉体が活性化し、なんとなく長生きしているという豪快な御仁であった。
「この国のため、民のため、俺なりに尽くしてきたつもりだ。その結果が、この扱いか。罪人のように俺を捕まえ、連れ出すのか。だが、いいさ、お前らだって仕事だものな……恨みゃしねえよ」
口の端へ苦い笑みを滲ませたガスパネル。自分を拘束し、連行しようとしている男たちを見下ろした。頭ひとつ分小柄な彼らは、筋骨隆々としたガスパネルより貧弱だ。しかし、数の力で圧倒し、五人がかりで彼を拘束している。抵抗せずズルズルと引きずられて行くガスパネルは、悲しげに心情を吐露した。
「勝手気儘に生きてきた俺だ。やり残したことは無え。だが、ひとつだけ心残りがあるとすりゃあ、オポッチョグリサムが食いたかったなあ……」
ガスパネルを拘束している五人の男たちは、戸惑いの表情を浮かべていた。
オポッチョグリサム……?
さっきも言ってたけど、オポッチョグリサム?
聞き間違いじゃなくて?
そんな思考が彼らの脳裏をよぎった。男たちは声にこそ出さなかったが、お互いに目配せしあい、困惑をより深めていく。
彼らの先頭を歩き、先導していた統率者らしい人物、六人目の青年がギリッと拳を握りしめ、足を止めた。
ゆっくりと振り返った彫りの深い端正な顔は冷ややかだ。ガスパネルと並ぶほど長身で、けれど線は細く、しなやかな体躯をしている。銀糸の刺繍が施された詰襟の制服と、身に纏ったローブは共に黒。ひとつに束ねた長い銀髪が黒衣に映える。凛々しさと美しさが同居した貴公子然とした風貌は、平時であっても近寄りがたい印象である。
痩身の青年は憎しみを浮かべた鋭い眼差しでガスパネルを見据えた。冷血そうな目を細めると、喉の奥から絞り出すように低く呻いた。
「オポッチョグリサムだぁ……?」
青年の全身から放たれる憤怒の波動。怒気に気圧された部下たちが、ヒッ!と身をすくませる。青年はガスパネルを怒鳴りつけたわけではない。むしろ静かな声量であった。だが、部下を凍り付かせるには十分な迫力だ。ただ一人、当のガスパネルだけが平然と頷いている。
「そうだ。オポッチョグリサムだ。素揚げにすると酒によく合うアレのことだ」
しみじみと同意され、青年の怒りが増した。冷えた場の雰囲気などお構い無しに、遠い目をしたガスパネルが訥々と語る。
「食うと息は臭くなるし、屁も臭くなる。だが、凄く美味い。ちょうどこれから収穫時期だし、きっと美味いよ。確か、お前も好物だろ、レイズ。一昨年あたりに食わせてやったら、お前、美味い美味いって喜んでくれたよな。お礼に、つって草むしりしてくれたっけ。野良着に着替えて、裏庭まで綺麗にしてくれてよう。あんときは、ありがとな」
「くっ……!」
息と屁が臭くなる好物について言及された青年────レイズの白い額へ、静脈が浮かび上がる。いわゆる青筋というやつである。煽るつもりのない煽りほど、腹立たしくなるという典型的な事例であった。しかも、生活感を感じさせない酷薄そうな美青年の謎めいた私生活が、わりと所帯染みたほのぼのエピソードに彩られていることを、部下の面前で暴露するという手酷い仕打ちのオマケつきだ。
込み上げる怒りを押し留めようと四苦八苦しているレイズの気も知らず、薄く苦笑したガスパネルはやれやれとかぶりを振った。ため息とともに、なおもしつこく繰り返す。
「あーあ、オポッチョグリサムが食いたかったなあ……」
握り拳を震わせたレイズが、くわっと目を見開いた。
「好きなだけ食べればいいでしょうが! オポッチョグリサムでもムッガンボでも、なんでも!」
珍しく声を荒げた上司へ、部下たちは顔を強張らせる。普段、冷静な人間が激昂する姿は恐ろしくてたまらない。そして怯えるのと同時に、心の底で「ムッガンボ……だと……?」と更なる困惑を募らせた五人の男たち。
一方、ガスパネルは期待に目を輝かせている。
「え、いいの?」
オポッチョグリサムを求めるガスパネルへ、極寒の眼差しでニコリと笑ったレイズ。勿論よろしいですよ、と頷いてみせる。
「腹が破れるまで、豚の如くかっ喰らっていただいて結構ですよ、お師匠様」
「ほんとに? そこらじゅう臭くなるけど、ほんとにいいの?」
「ええ、いいですとも。ただし、今月の建国式典の宮廷魔法使い特別顧問として勤めをまっとうされ、来月来訪されるナツノ帝国の外交使節団が帰国されるまでの警護と、再来月に他国へ外遊される王太子殿下の随伴を無事果たされてからになりますが」
「オポッチョグリサムの時期が終わっちまうだろうがぁ!」
「ははっ、そのようですね」
乾いた声で笑ったレイズ。落胆するガスパネルの様子にいくらか溜飲を下げたものの、相変わらず目だけは笑っていない。元々色白のレイズだが、オポッチョグリサムを理由に勅命を断ろうとした師匠への怒りと、連日の激務による疲労で顔色はすっかり蒼白だ。
ガスパネルを拘束している部下、五人の上級魔法使いたちへ、キビキビと指示を出す。
「さあさあ、皆さん急いで戻りますよ。秋まで行事が目白押しです。猫の手だろうが引退した師匠だろうが、使えるものは何でも使わなければ我々が過労死してしまいますからね」
レイズ青年が率いる一団は、近衛騎士団でもなければ悪の組織でもない。ガスパネルを連行する目的もまた断罪ではなく、まして処刑でなどあるわけがない。
レイズ・ラウ・ロウは、『叡知の杖』ガスパネル・ラウ・マナトゥールの愛弟子。ここムシュカ王国の宮廷魔法使い筆頭である。
ムシュカ王国では、建国三百年を記念する大規模な建国祭を控えていた。くそ忙しいというのに、ナツノ帝国の外交使節団の来訪やら王太子殿下の外遊やら、他の年にやれよと言いたくなる外交行事が目白押し。レイズたち宮廷魔法使いも、日々忙殺されており、ついに過労で倒れた部下が出たという報告を受けた。
レイズ・ラウ・ロウ宮廷魔法使い筆頭は、その報告を聞くと書類の山に埋もれていた机から静かに立ちあがった。彼は宰相閣下の執務室へ無言で向かい、一刻後、非公式の勅命書を手に戻ってきた。
非公式のため王国の記録には残らない。近衛騎士を引き連れて勅命書を運ぶ必要もない。強制執行も出来ないが、それでも間違いなく勅命だ。
何か不祥事に発展した場合、王の名前が入っていないと屁理屈をこねて、偽物だと主張することに定評のある非公式勅命書である。
大人と偉い人は、最初から逃げ道を用意しておくものである。
ガスパネル・ラウ・マナトゥールを、宮廷魔法使い臨時特別顧問に命じる────非公式の勅命書には、そう記されていた。ちなみに、雇用期間は半年だ。何が起こるかわからないので、余裕をもって作成してもらった。レイズも宰相閣下も救国の英雄を酷使する気満々だった。
生気の失せた目で働き通してきた宮廷魔法使いたちは、喜びで咽び泣き、上司レイズを神のように拝んだという。潮騒に似た部下たちの嗚咽と感謝の呻き。おんおんと鳴りやまぬさざめきに包まれて、転移魔法陣を展開したレイズは、まだ頬の涙も乾かない部下たちの中から若手五人を引き連れて、師匠の元へ飛んだのだった。
ガスパネルの元へ転移が許されているのは、数少ない弟子のみである。他の人間は、転移しようとしてもガスパネルが張り巡らせた防御結界に弾かれて、辺境の砂漠や氷山の頂上といった過酷な場所へ放り出される楽しい仕組みになっている。
去年まで、転移が許可されていたのはレイズだけだった。現在は、もう一人転移を許された人間が増えている。だが、転移魔法などという難解な術式が使いこなせない未熟者なので、事実上、ガスパネルの元へ転移できるのは、まだレイズのみである。
転移魔法を感知したガスパネルは、愛弟子の来訪を喜んでウキウキと出迎えた。しかし、光の消えた目をした血色の悪いレイズと、泣き濡れてヨタヨタ立っている部下たちが庭先に現れたのを目撃すると、おおよその事情を察し、慌てて家の中へ逃げ込んだ。まあ、すぐに捕獲されてしまったのだが。
「オポッチョグリサムが食いたかったなあ……」
諦め悪くガスパネルが繰り返す。両腕を一人ずつに掴まれて、二人がかりで背を押され、庭の魔法陣へと引きずられていた。拘束役から離脱した残りの部下一名は、タンスの肥やしと化していたガスパネルのローブと荷袋を抱え、同僚たちの背後からヨタヨタついてくる。
頑健なガスパネルなら、腕力だけで彼らを振りきり逃亡するのは容易である。しかし、疲弊しきった魔法使いたちが哀れ過ぎて、抵抗する気になれなかった。
ちょっと小突いたら、即死するに違いない。きっと、傷んだトマトみたいにペチャッと潰れてしまうだろう。なんで上級魔法使い、すぐ死んでしまうん?
想像したら、可哀想過ぎて、ガスパネルの涙腺がゆるくなる。
かといって王宮へは行きたくない。擦りきれるまで酷使されるのは明らかだ。働きたくない。そのため、ガスパネルは積極的に弟子を助ける気になれず、ぼやきながら引きずられているという訳だった。
「あのう……ひとつ、伺っても……よろしい……でしょうか……?」
右腕を抱えている魔法使いが、苦しそうな息の合間から質問を投げ掛けた。ムキムキのガスパネルは非常に重い。引きずるのは重労働だ。
瀕死の魔法使いを気遣って、ガスパネルが優しく頷いた。同情するなら歩いてくれよと皆思ったが、ガスパネルだって心底行きたくないので仕方ない。
「うん? どうした? 何でも訊いてみろ」
「先程……ガスパネル様と筆頭がお話になっておられた……『オポッチョグリサム』と……『ムッガンボ』の件なのですが……」
「ああ。どっちも美味いよな。それがどうかしたか?」
「お話の流れから、どうやら食物ということは察せられたのですが……浅学の身ゆえ、どちらの名前も初耳でして……いったいどのような珍しき食物なのか、産地や味など、是非ご教授いただけないかと……」
ガスパネルの右腕を抱えた仲間へ、その他四名の部下たちは心の中で、でかした!と賛辞をおくった。実は気になって仕方が無かったのだ。しかし、どんなに尋ねてみたくても、大物師弟のやり取りに割ってはいる勇気が出なかった。
「……珍しい?」
質問を受けたガスパネルが、怪訝そうに眉をひそめた。
「オポッチョグリサムもムッガンボも、ムシュカ王国じゃ一般的な食い物じゃねえか」
「えっ!?」
声をあげた魔法使いとともに、その他四名も同時にギョッとした。
そんな珍妙な名称の食物など、これまで聞いたことがない。
「だいたい味の説明つったって、オポッチョグリサムはオポッチョグリサム味だし、ムッガンボだってムッガンボ味としか言えねえよ」
「なんですと……」
もしや、からかわれているのだろうか?
そんな疑惑が部下たちの頭をよぎる。しかし、先頭に立つレイズが振り返り、うんざりした視線を部下たちへ投げてよこした。
「お師匠様は嘘などついていませんよ。どちらも一般的な食べ物です」
「で、ですが……聞いたことがありません」
「異国語で、しかも古語なんです。ムシュカ王国では、我々が知っている名前で呼ばれていますから」
「なるほど」
例えば、東方にあるヤパンガ国では、小さい簡素な住居のことを『庵』と呼ぶそうだ。『庵』の古語は『いほ』という。ヤパンガ国民でも古語に疎い人であれば『いほ』と言われて『庵』のこととは気付かない。まして彼らムシュカ国民がガスパネルから『俺のいほが云々』と言われた場合、ピンとこなくて当然だ。
『ああ、いほってのはヤパンガ国の庵という建物の古語だね。そして庵は、うちの国でいうところの寂れた小さい住居のことでしょ。つまり、このムキムキ大魔法使い爺さんは、森の奥に建てた自宅の襤褸小屋について言及しているんだね!』なとど、スルスル理解するのは不可能。
おそらく、正解を即答できた人間が師匠の言動に詳しいレイズ以外であったなら、思考透視という伝説の邪法使いである可能性を、まず疑ってかかるべきである。
「お師匠様は、おそろしく年寄りです。事物の名称が、それを覚えた当時に滞在していた国の古い言語のまま固定されている場合があるんです」
「あー……、そういえばヤパンガ国から嫁いできた私の祖母は、この国の言語を流暢に話していましたが、アスィピッラ(肉のゼリー寄せ)を、ニカガリ?だかニコガリ?だかとずっと呼んでいましたね。他にもいくつか、ヤパンガ語らしい単語を使っていた気がします」
「それと似ているかもしれませんね。なにぶん四百歳近い老人ですので、融通がきかないのでしょう。多少の我が儘や奇妙な言動は、労りの心で受け止めてあげて下さい」
無理矢理働かせようとするくせに、ずいぶん失礼な弟子である。ガスパネルは顔をしかめた。しかし、死相が見え隠れするほど疲労が蓄積し、あきらかに休息が必要な若人たちの精神状態を慮ると、叱りつけたい気持ちが失せていく。
この段階の人間は、やたら攻撃的になったり、塞ぎこんだり、躁状態へ振りきれて奇声とともに走り出したりするものだ。こちらこそ、ひ弱な小僧どもを労りの心で受け止めてやろうではないか、とガスパネルは落ち着きを取り戻す。
冷静になると視野が開けるもので、忘れていた人物の存在を思い出した。
「あっ、そうだ。おい、ティト!」
すでにレイズが庭へ展開した魔法陣の手前だ。移動直前にしろ、指示を残せることに安堵する。ガスパネルは自宅を振り返り、大声を張り上げた。
「居ねえのか、ティト! おい、返事をしろ!」
「は、はいぃ……!」
開けっ放しの扉の奥、小屋の中から少年の頭がピョコリと覗く。淀んだ目をした大物ばかりが突然押し掛けてきたために、怖気づいた彼は気配を殺し、部屋の片隅で震えていたのだ。
家から顔だけ出しているティト少年へ届くよう、ガスパネルは大声で話しかけた。
「俺はこれから王宮へ向かう! しばらく戻れんから、留守を頼むぞ! 困ったことがあれば、まず村長へ相談しろ!」
「分かりました!」
ガスパネルは魔法陣へ押し込まれた。レイズと部下たちも、続々と魔法陣の中へ足を踏み入れる。他に何か伝えるべき事柄がないか思案する大魔法使いの傍らで、弟子とその部下たちは雑談を続けていた。レイズの魔力を注がれて、魔法陣が白い光を強めていく。
「筆頭、先程は話が逸れてしまいましたが、結局、オポッチョグリサムとは何なのですか?」
「特別な物じゃありませんよ。誰でも知っています。いいですか、オポッチョグリサムというのはですね……」
部下からの問いかけに、レイズが説明を再開する。しかし、彼らの会話を聞いていたガスパネルは、ハッと何かを思い付いた。
レイズの声に被せるようにガスパネルが大声を張り上げたため、オポッチョグリサムの正体は側に立つ部下たちにしか聞き取れなかった。
「俺が戻るまでに、オポッチョグリサムを買っておいてくれ、ティト! 頼んだぞ!!」
切実なガスパネルの叫び声と、レイズの部下たちが浮かべていた『あ、あれね』というモヤモヤが晴れた和やかな笑顔の残像。それらを置き土産に、眩く発光した魔法陣の上から、はた迷惑な魔法使いたちは王宮へと転移した。
「えぇ……」
最早、魔法陣の痕跡さえ残っていない。ヨロヨロと屋外へ歩み出た少年は、途方に暮れて立ち尽くす。
少年の疑問を解消してくれる人間は、もういない。一瞬にして王都へ旅立ってしまった。
「オポッチョグリサムって、何なんですか……?」
少年の藁に似た色の髪が、風に吹かれて揺れていた。
偉大なる大魔法使い『叡知の杖』ガスパネル・ラウ・マナトゥールの弟子にして、宮廷魔法使い筆頭レイズ・ラウ・ロウの弟弟子。
彼の名前はティト。
鼻のあたりにうっすらソバカスを散らせたティトの容姿は十人並だ。愛嬌のある柔和な面差しが優しそうな印象を与える以外に、これといって特徴はない。
そして、中身についても外見と等しい出来である。
知能も才能も極めて凡庸。秘めたる力なんてものは無い。チート? そんなものは無い。たとえパン屋のロドリゲスさんが手刀で海を割ったとしても、ティトはそんな能力に目覚めはしない。
去年弟子入りしたばかりのティトは、まだひとつも魔法が使えなかった。そう、ガスパネルの弟子のくせに、覚えている魔法すら無いのだ。皆無。一切無し。ゼロ。本当にまるで全く無いのである。
一応、平均的な魔力量は保有しており、この先、血反吐を吐くほど努力すれば中級魔法使いくらいには、なれるかもしれない。
上級魔法使いになるには、死ぬ直前までの努力と、神の奇跡が必要になるだろう。
王宮勤めの上級魔法使いを目指すとなると、努力と奇跡の他に、自分より有能な魔法使いを潰していく暗殺術が必要だ。一口で言えば無理筋である。
兄弟子レイズが顎で使っていたあの上級魔法使いたち。モブめいた彼らだが、本来、ティトのような凡庸な少年が接する機会が無いほど精鋭集団の一員なのだ。
「そんな……あんまりです、お師匠様……!」
がくりとティトが地面へ膝をついた。子供らしい滑らかな頬の上を、大粒の涙がはらはらと零れ落ちる。
「宮廷魔法使いさんたちでも解明できなかったオポッチョグリサムの謎を、僕一人の力だけで、解き明かせと言うんですか? それが、僕へ与えられた試練なのですか!?」
訂正しよう。頭の出来まで平均的というのは誤りだ。ティト少年は人並みよりも、ほんのちょっぴりお馬鹿さんである。
「へへ……いつまでも、泣いてなんかいられないな。お師匠様の期待にこたえなくちゃ」
涙を拭ったティトが立ち上り、決意のこもった表情で空を仰いだ。晴れ渡った青空を白い雲が流れていく。
「これから、忙しくなるぞ。試練を乗り越えるためにも、まずは精力をつけないと」
これは、魔法を使えない魔法使いの弟子ティトが、師匠の無茶振りに応えようとオポッチョグリサムを探し求める────そんな過酷な冒険の物語。
「晩飯はニンニクの素揚げで決まりだな!」
過酷な……冒険の……冒険、の……。
幸せは、いつも足元に。青い鳥は子供部屋の鳥籠に。オポッチョグリサムは、おそらくキッチンにある!
むしろ、ムッガンボとは何なのか?
ティト少年の試練(?)は、ここからだ。素揚げを食べて無駄にうろちょろするだけだろう。
どっとはらい。