母親
家の前に着くと、裕太だけが息を切らしていた。普段運動しないので、この往復は結構きつい。呼吸を整え、親が帰っているかどうかを確認する。
「リビングの電気がついてるし、車もある。親が帰って来てるみたいだ」
「まずいのか?」
「さあね。それより、立花くんはどうやって入るの?壁とかすり抜けたりするの?」
「そんなことできねーよ。俺も玄関から堂々と入るぜ。まずは俺のこと見えるかどうか確認しなきゃだろ?もし見えたら、なんとか誤魔化してくれ」
「そうか、まずそこからだよね。見えないとは思うけど、どうにかやってみるよ」
玄関のドアを開ける。ただいまと言うけれど、返事はない。
「なんだ?誰もいないのか?」
「いや、リビングに母さんがいる」
リビングの扉を開けると、スーツ姿の母がテレビをつけビールを飲んでいる。
「母さん、ただいま」
母はテレビ画面から目を離し裕太の方を見たが、すぐテレビに視線を戻す。どうやら立花くんのことは見えてないみたいだ。
「あんた、どこ行ってたのよ」
「チャッピーがなかなか帰って来ないから、探しに行ってたんだ」
「ああ、そういえばいなかったわね。見つかったの?」
「うん」
「じゃあ早く寝なさい。明日も学校なんだから」
「うん、おやすみ」
母との短いやりとりを終え、チャッピーと立花くんを連れて2階の部屋に入る。
「ほら、君のこと見えてなかったろ?」
「ああ、それは良かったけどよ、裕太のお袋なんか冷たくねぇか?こんな夜遅くまで帰って来なかったのに、ずいぶんあっさりしてんな」
「まあ、人には人の家庭があるってことだよ」
「親父さんはまだ帰って来ないのか?」
「家には母さんしか居ないんだ。俺が中学の時に父さんは別居し始めてさ、それ以来母さんは僕に興味ないみたいだ。この家じゃ俺も、幽霊みたいなもんだよ」
「なんか、聞いちゃまずかったな。すまん」
「別にいいよ。どうせ説明しなきゃならなかったし、それよりも急がなきゃいけないことがあるだろ?」
「ああそうだ、ストーカーをぶっ飛ばすために乗り移りの練習するんだったな」
「どうやるんだっけ?」
「そりゃあ、フュージョン的なあれだろ。やってみるぞ」
「やり方とかよく分からないんだけど。その漫画読んだことないし」
「あんなもん適当にやりゃいいんだよ。俺だって振り付けはうろ覚えだ。感覚だ感覚」
そう言って立花くんは準備体操をする。幽霊にも準備体操は必要なのだろうか。
「よし、準備完了!いくぞ、フュ〜〜〜〜ジョン!」
立花くんの動きに合わせ、裕太もそれっぽい動きをする。自分のぎこちない動きに、笑いそうになる。
「ハッ!!」
手を重なるが、すり抜けてしまった。立花君は人に触れられないみたいだ。
こんなにシュールな空間はそう無いだろう。もしかしたらこれはドッキリで、どこかにカメラでも仕掛けてあるのでは無いかと裕太は疑った。
「……何も起きないけど。しかもすごい恥ずかしいんだけど、これ」
「馬鹿野郎!一回の失敗で諦めんじゃねぇ!もう一回だ!!」
それから30分ほど、何度もフュージョンを繰り返したが、一度も成功しなかった。
「はあ、もう無理ギブアップ」
「何泣き言言ってんじゃねぇ、もっと熱くなれよ!」
「そんなこと言ったって、このまま続けても成功する気がしない。やっぱりこういう時は専門の人に聞いてみるしか……」
「そんな奴がいるのか?」
「専門ってわけじゃないんだけど、何か分かるかも。美術の先生でさ、その人だけは俺が霊感があることを知っているし、その人自身も霊感があるから、もしかしたら君のこと見えるかもしれない」
「あ、そういやストーカーのことだけどよ、どうも俺のことが見えてるみたいなんだ」
「どういうこと?」
「彩花の後をつけるもんだから、顔を見てやろうと思ったんだ。そしたら俺に気づいて逃げやがった。それ以来見てねぇ」
「どんな奴だったの?」
「帽子被ってサングラスだったから顔は分かんねぇけど、背は少し高いくらいで体型は普通だった。何歳くらいかもよく分からん」
「ほぼ情報ないじゃないか。でも、君のこと見えるってのは結構な手がかりじゃない?」
「俺の知る限りでは、見えるのはお前くらいだ。だからお前をストーカーだと思ったわけだしな。その先生が俺のこと見えてたら、そいつが犯人かもしれねぇな」
「そうかもしれないけど、霊感ある人には君のこと見えるんじゃないの?」
「どうだろうな、でも犯人候補になるのは確実だ」
「まあ、確かめてみるしかないね。生徒でも、君のこと見えるやついるかもしれないし」
「ああ、そうだな」
「よし、色々と汗かいたからシャワー浴びてくるよ。チャッピーのごはんも取りに行かなきゃだし、立花くんはゆっくりしてて」
「ああ、そうさせてもらう」
シャワーを浴びチャッピーのご飯を取りに行くと、母がスーツのまま寝ている。裕太は母を起こさないようにそっとキャットフードを取り、毛布を掛ける。テレビと電気を消して呟く。
「おやすみなさい、母さん」