未練
「えっとつまり、チャッピーの代わりに立花くんが死んだってこと?」
「あ!いや別にそいつのせいで俺が死んだとか言いたい訳じゃねーぞ。悪いのはトラックで突っ込んできたあのクソ運転手だからな。あの野郎今どこにいるんだか」
頭を掻きながら弁解する彼は、きっと優しく、強い人なのだろう。俺にとってチャッピーは大切な家族だけれど、他人から見ればただの猫だ。自分の命と引き換えに守ろうとするなんて、常人のできることではない。
「立花くんはさ、この世に未練とかないの?」
「まあ、ないこともないな」
そりゃあそうだ。いきなり死んで未練のない人間なんてそうそういないだろう。
「俺に、できることはないかな?」
「ん?なんで裕太がそんなことする必要があるんだよ」
「俺にとって、チャッピーは大切な家族なんだ。家族を救ってもらったんだから、お礼くらいさせてくれよ」
「そうか……なら、たまにここに来て話し相手になってくれよ。ここ最近、俺にかまってくれるのはこの猫くらいだからな。俺が消えるまでいいからさ」
「消える?」
「そりゃあ、いつまでもこのままな訳ないだろ?よく分かんねぇけど、この時間は神様がくれた猶予みたいなもんだと思うんだよ。感覚で分かるんだ」
「そんな……ならもっとマシな願いがあるはずだ。流石にトラックの運転手に復讐とかは無理だけど」
「裕太、俺がそんなに恐いやつに見えるか?」
「いや、見えるよ」
「ぷはっ!そうか、そうだなあ、そこまで言ってくれるなら……」
「何?」
「彩花のこと、どう思う?」
「そりゃあ、可哀想だなって思う」
「ちっげーよ、異性としてどう思うかってことだ」
「そりゃ、可愛いと思うよ。付き合ってた君が羨ましいくらいには」
「そうか、ならよぉ……」
「?」
「裕太があいつの彼氏になってくれねーか?」
立花くんがそう言うと、裕太はまるで時が止まったような感覚に襲われた。いや言っている意味は分かるんだけど、意味が分からない。
「なってくれねーかって、こっちとしては願っても無いことだけど……でも、なんで?」
「ああいや、正確に言うと、彩花に俺のことを忘れさせてやってくれねーかってことなんだ。あいつ、毎日そこのガードレールに来て、さっきみたいに泣くんだよ。私が悪かっただの、ごめんねだの、ずっと謝ってる。俺はもう、あんなの見てられねぇよ」
立花君が初めて悲しそうな顔を浮かべる。そうだ、大切な人を失ったのは山崎さんだけではない。大切な人が目の前で泣いているのに何もできないということがどれだけ辛いことなのか、裕太には想像しかできなかった。
「そっか、でもそういえば、さっきもごめんねって言ってた気がする。なんで山崎さんは謝ってるの?」
「ああ、ちょっとした喧嘩しててさ、仲直りする前に俺が死んだもんだから、負い目を感じてんだよ。悪いのは俺なのに」
「喧嘩ってどんな?」
「しょうもない喧嘩だよ。俺がガキだっただけなんだ。まあそこはいいだろ?で、やってくれるのか?」
「協力はしたい。でも俺なんかでいいの?こんな地味な容姿だし、彼女を振り向かせられるとは思えないんだけど」
「心配すんなって!そこは俺がアドバイスするさ。なんたって俺は彩花から告られた男だぜ?」
「山崎さんに告られた?それって余計ダメなんじゃ……俺と立花くん、全然タイプが違うんだけど」
「いいか、男は見た目じゃねぇ。料理だって見た目も大事だが、一番大事なのは味だろ?要は中身が大事だ。そしてお前は多分いいやつだ。感覚で分かる」
聞いたことのあるセリフだ。確かにそう思うけど、俺は中身だって褒められたものじゃない。
「感覚って……でも具体的にどうするの?」
「それなんだがな、裕太にはストーカー退治をしてもらいたいんだ」
「ストーカーって、さっき言ってたやつ?」
「そうなんだよ。そもそも俺が彩花と知り合ったのは、俺がストーカーを追っ払ったからなんだ。付き合い始めてからはいなくなったんだけどな、俺が死んでから、またストーカーしてるみたいなんだよ。今日はいなかったみたいだが」
「それって、警察に言うべきなんじゃ……」
「当の彩花が気づいてねぇんだ。俺は彩花にも警察にも伝える術がない。それに被害や証拠がないと、警察は動いちゃくれねぇ。被害が出てからじゃ遅いってのに」
「ストーカー退治なんて、俺は喧嘩だってしたことないし力も強くない。それにストーカーって危ないやつってイメージがあるし、武器とか持ってんじゃないかな?」
「そこでだ、俺が裕太の体に乗り移ろうと思うんだ。俺、結構運動神経いいんだぜ?」
「自分で言うのかよ。でも、そんなことできるの?」
「いや、知らねぇけど。できるんじゃないのか?」
「どうやるのさ?」
「いいか?こんなもんは感覚なんだよ。とりあえずやってみるぞ」
どうやら彼は生来の感覚人間らしい。死んだ後もそれは健在みたいだ。
「あ!待ってよ。俺、そろそろ帰らないといけないんだ。親が帰ってくる。こっから結構遠いし、補導でもされたら面倒だ」
「なんだもうそんな時間か、じゃあまた明日ここに来てくれよ」
「立花くんはそこから動けないわけ?」
「いや、そんなことねぇぞ。動き放題だ。幽霊だから怪我する心配もねぇし、むしろ生前より動ける」
「そうなんだ」
「それがどうしたんだよ?」
「じゃあさ、うちに来なよ」
「は?...いいのか?親御さんとか、急に押しかけて迷惑だろ?」
「何言ってんのさ。うちの家族、俺以外は霊感ないんだ。幽霊が一人増えたって、気付きはしないよ」
しかしそういうことを気にするのは、結構意外だった。
「ぷはっ!そうだった、俺死んでるんだったな。久々に人と話して忘れてたわ」
「それにさっきからチャッピーだって君にべったりだ。この調子じゃここから動きそうにない」
「そっか……そうだな!ならお言葉に甘えさせてもらうぜ」
それから俺とチャッピーと立花君は、急いで家へと向かった。