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家族

 一真と別れて、家に帰る。親が家に帰って来るのはいつも遅い。最近は暖かいのでシャワーで済ませていたが、今日はゆっくり湯船に浸かりたい気分だったのでお湯を張り、沸きたての湯に肩まで浸かる。普段ならここで極楽と呟いたり、鼻歌を歌ったりする気持ちのいい瞬間だったが、裕太の口からこぼれたのは浅いため息だけだった。


 彼女はなぜ泣いていたのだろう。さっきの詩織達の意見ではまだ納得行かず、モヤモヤする。どれくらいモヤモヤしているかというと、この風呂の湯気が自分の心から漏れているモヤモヤとした何かなんじゃないかと思うくらいにはしていたが、体を洗っている間に湯気が消えても、裕太のモヤモヤは消えなかった。


 風呂から上がると、夏でもないのに珍しく心霊番組がやっていた。最近は昔と比べて、こういう類の番組は少なくなった気がする。裕太は馬鹿馬鹿しいと思いながら、内心笑って番組を見ていた。しかしこの嘲笑は裕太が幽霊を信じていないだとか、タレントのわざとらしいリアクションに向けられたものではない。幽霊を信じていたからこそのものだった。


 裕太は家族では唯一霊感があった。それは幼い頃からあったものではなく、中学の時急に見えるようになった。霊感といってもたまに黒い影が見えたり、そういう場所に敏感だったりするだけだった。嫌な感じのする場所は大抵人が自殺したとか、ここで昔事故があったんだという話を後から聞く。


 この番組の映像のようにハッキリと見えたりしたことは一度もない。そもそも作り物だ。

 裕太は霊感があることを家族や詩織達には内緒にしていた。物心がつく前ならともかく、中学生が急に霊感がある事を暴露すれば、厨二病を患った痛いやつと思われるし、特に害があるわけでもなく、自分や周りが不幸になることもなかったのでわざわざ言う必要はないと判断したからだ。初めは怖かったが、慣れればなんともない。



 心霊番組が終わると、ドラマが始まった。恐らく詩織が観たいと言っていたものだろう。タイトルは「イケメンフェスティバル〜誰が私の王子様?〜」というものだった。興味がなかったのでテレビの電源を切る。静まり返った部屋に、2階からガタッという音がした。幽霊ではない、うちで飼っている黒猫のチャッピーだ。


 チャッピーは目を光らせながら階段を降りて来る。光が当たると暗闇に潜めていた黒い毛並みが姿を現す。首には赤い首輪を付けていて、チャッピーの文字が刻まれている。夕方まで家に誰もいないので、チャッピーが屋根を伝って家を出入りできるように、2階の窓は少しだけ開けている。小学生の時から両親は共働きで、その寂しさを埋めてくれるチャッピーは、裕太にとって大切な家族だった。最近帰って来るのが遅い。新しい友達でもできたんだろうか。



 チャッピーはニャーと鳴くと、裕太のズボンの裾を口で引っ張った。ごはんが欲しいのかと思ってキャットフードを取りに行こうとするが、チャッピーはそれに逆らうようにグイグイと引っ張る。どうも様子がおかしい。裕太が動きを止めると、チャッピーは付いて来いと言わんばかりにシャーと鳴く。裕太は仕方ないからついて行くことにした。



 もう30分は経っただろうか。途中からチャッピーは速度を上げたので、裕太も小走りになった。普段運動しないので、息があがる。どこまで行く気なんだろう。駅を通り越し、商店街に差し掛かる。何年か前に大型のショッピングセンターができたのもあって、ここ数年は足を運んでいなかった。夜遅いからか元々寂れているからなのか人通りは一切なく、街灯が夜道を照らしているだけだった。



 そういえばここは3ヶ月前に、暴走したトラックが歩道に突っ込むという事故があった。その際、一人の男子学生が死亡したらしい。確か名前は……立花永遠、だったはずだ。ニュースでは名前だけで、顔までは出ていなかった。ニュースになった翌日には、学校中その話で持ちきりだったのに、もう話題にすら上がらない。


 嫌な予感がしたけれど、それと同時に芽生えた好奇心が、裕太の足を進ませた。交差点の角でチャッピーが止まり、何かをじっと見つめている。


「この先に何かあるのか?」


 裕太が顔を覗かせると、ガードレールの前で一人の女子高生が、白い花束を持ってしゃがんでいた。裕太は自分の目を疑った。女子校生との距離は20メートルくらいだろうか。この距離からでもわかる。山崎彩花だ。


 彼女は相変わらず泣いていた。街灯の光が彼女を照らしていて、数時間前喫茶店で見たあの姿が蘇った。



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