推理
だからといって、追いかける勇気は裕太にはなかった。村人Aがいきなりメインキャストになれるなら、誰も苦労はしないのだ。
「ね、今のなんだったのかな?」
詩織は少しワクワクしたような口調で言う。
気持ちは分からないでもないが、あんまり嬉しそうに聞くなよ。泣いている人間は大抵悲しい事や辛い事があったらから涙を流すのだ。
「うーん、きっとコーヒーが好みじゃなかったんだよ」
一真は適当な返事をした。
「そんなわけねーだろ。山崎さんここの常連なんだろ?毎回泣いてることになるぞ」
「相変わらず裕太は冗談通じないなー、モテないぜ〜」
「余計なお世話だ。でも二人用のテーブルってことは、詩織が言ったように待ち合わせって線が濃厚だよな」
裕太は顎に手を当て推察するが、よく分からない。
「誰かと待ち合わせてたけど、時間になっても来なかったから泣いた、とかかな?でもしっくりこないよね。それが彼氏だったとしても、やっぱり泣くほどのことじゃないし。私だったら電話しまくって、遅れてきた彼氏に土下座させるね。逆に泣かせてやるわ」
その姿は容易に想像できた。そしてきっと冗談ではないのだろう。詩織ならやりかねない。
「コホン!君たち、ここは私の出番であるね」
出たな偉人。
「井上くん、なにかわかるの!?」
「なあに、初歩的なことだよワトソンくん。彼氏と別れたって話が本当だってことだよ。それも振られてね。山崎さんはいつも彼氏と喫茶店に来る。でも一人で来た。確かに後から彼氏が来る可能性もないことはないけど、彼女は携帯はおろか時計さえ確認しなかった。原田さんがさっき言ったように、遅れて来る人間がいるなら連絡ぐらい取ろうとするだろ?この時点で待ち合わせの可能性はないのさ!!」
「うんうん!それでそれで!!」
詩織は前のめりになりながら、一真の話を聞いている。興味津々な詩織に機嫌をよくしたのか、一真の顔はますます得意げになる。
「あとは泣いたタイミング。コーヒーを飲んだ直後だったよね。つまり結論はこう!彼氏に振られた山崎さんだったが、彼氏のことが忘れられず思い出の喫茶店に立ち寄った。いつも座る席でいつものコーヒーを飲んで思い出が蘇り、感極まって泣いた。こんなもんかな!!」
一真特有のスラスラとした喋り方もあり、妙に説得力がある。実際なるほどと思ってしまったが、全ては憶測に過ぎない。
「井上くんすごい!あんな少ないヒントから、ここまでの推理ができるなんて!!」
二人のやりとりは、詩織のわざとらしい反応も相まって胡散臭かった。海外の通販番組みたいだ。
「なあ一真、山崎さんの彼氏ってどんな奴なの?」
「え?ああ、それは知らないよ。俺、男には興味ないから。俺のメモにはその子に彼氏がいるかいないかしか書かれてないよ」
彼氏の具体的な話になった途端、一真はあからさまにテンションを下げる。どんだけ興味ないんだよ。
「詩織は見たことあるんだろ?どんな感じだったんだ?」
「うーん、背が高くて、髪は金髪で若干不良っぽかったかな。彫りが深くてすごい男前だった」
「まさかの不良かよ。絶対に分かり合えないタイプだな」
「あくまで不良っぽいってだけで、断定はできないけどね。私が知ってるのはそれくらいかな……あ!もうこんな時間!今日観たいドラマがあるんだった。先帰るね!ご馳走様!!井上くんもじゃあね!!」
そういうと手を振りながら風のように去っていった。本当に騒がしい奴だ。時計を確認するともう七時を回っていた。
会計を済まし、一真と店を出る。そういえばフルーツタルトを啜ってもらうのを忘れていたが、そんなことはもうどうでもよかった。分かれ道まで、しばらく一真と歩く。
「気になるのか?山崎さんのこと」
「まあ。あんなことがあれば誰でも気になるだろ」
「そうか、ところで裕太は原田さんのことどう思ってんだ?」
突然話題を変えられたので、少しだけびっくりした。
「どうって、ただの幼馴染だよ。前もそう言わなかったっけ?」
「もったいないなー、あんな可愛い子が幼馴染なのに。恋愛感情とかねーのかよ」
「確かに外見はいいけど、中身に問題がある。俺は見た目が良くて不味い料理より、見た目が悪くても美味い料理の方がいいね。それに詩織だって、俺のことオモチャみたいなもんだとしか思ってねーよ。あいつ理想高いから。お前の方こそ最近どうなんだ?」
「俺?中学の時は適当に付き合ってたけど、高校に入ってからはないかな。なんかさ、悟ったというか本気の恋がしたいっつーか。追いかけられるより追いかけたい!的な?」
「ほー、流石モテる男は違いますねー。メモなんか必要ないんじゃないのか?」
「あのなあ、努力なくして女の子と付き合えるほど俺はイケメンでも、金持ちでもないんだぞ」
その言い方じゃあ、イケメンや金持ちが努力してないみたいだ。
「俺のメモはさ、付き合いたい人に近づくためのものじゃない。付き合えそうな人間を探すためのものなんだ。俺だって一応、身をわきまえてるつもりだぜ。無理だと思った人間には手を出さない。山崎さんみたいな人とかな。今までの俺なんて所詮、難易度の低いクエストばかり見つけてクリアしてる臆病者に過ぎないのさ」
「好きでもない人と付き合いたいか?俺には理解できないなあ」
「本気になればなるほどうまくいかないもんさ。結局恋愛なんて、本気になった方が負けなんだ。本気になった方が苦しいし辛い。そうならないようにしているだけだよ」
「でも、一真の事を本気で好きだった子もいるかもしれないだろ。可哀想じゃないか」
「だから俺は臆病者なんだ。常に有利な立場でいたい。自分が傷つくのが怖いんだよ」
なら恋愛などわざわざしない方が良いではないかと思ったが、今までそういうことから逃げてきた自分が一真に意見するのもなんだか失礼な気がした。
「でも中にはいるんだよ。負けても良いって思える子がさ。こんな俺でも、闘おうって思える人が」
そういう一真はなんだかうれしそうにも見えたし、悲しそうにも見えた。