落涙
彼女は一人だった。店員と少し会話したかと思ったら、一番奥の二人用のテーブルを指差している。誰かと待ち合わせしているのだろうか。
「おい裕太、あの子だよ!あれが山崎さんだよ!しかも一人だぜ!!やっぱり別れたんじゃねぇかな!?」
一真は小声だったが、興奮を隠しきれていない。あの詩織でさえ、食べるのをやめて彼女の方を見ていた。
店員からオーケーが出たのか、彼女は指差した席に座る。裕太たちが座っている席からは割と近い。小窓から入る淡い光が彼女を照らしていて、まるでスポットライトのようだった。
長く綺麗な黒髪は艶があり、雪のように白い肌をより一層際立たせている。顔立ちはやはり整っていて、ぱっちりとした目は西洋の人形を連想させる。華奢な体だったが、胸の膨らみは同年代の女子よりもあるだろう。詩織よりは確実にある。
「あんた、今胸見てたでしょ」
図星を突かれ、視線を逸らし詩織のほうを見ると、口にクリームチーズが付いてる。面白いので指摘はしないが、胸も含め色気のカケラも感じられない。
「普段見れてないから、つい」
裕太は残念そうに、詩織の顔から視線を下げて言う。
「どういう意味よ!!」
大声を上げる詩織にびっくりしたのか、山崎さんがこちらの方を一瞬見た。
「まあまあ落ち着いてよ原田さん、口にクリームついてるよ」
一真が詩織をなだめる。流石の詩織も少し恥ずかしそうにクリームを拭いた。一真が詩織のことを原田さんと呼ぶのには少し違和感があった。一真は普段女友達は基本下の名前で呼ぶので、苗字で呼ぶのは珍しい。
まあ詩織とは俺がらみでたまに会話する程度だし、一真の持っているメモにはきっと詩織のことも書かれているに違いない。敵に回してはいけないやつだと理解しているのだろう。
「でもあの席、山崎さんがいつも彼氏と座ってるんだよ。やっぱり待ち合わせかなにかじゃない?残念でした〜」
先ほどの腹いせに詩織は煽るように言ってくるが、全く悔しくない。
「だから諦めるって」
そもそも最初から上手くいくなんて思っていない。彼氏がいるとは思ってなかったけど、あれだけ可愛いなら、恋人の一人や二人いてもなんら不思議ではない。むしろ黒歴史を作る前に断念できたのはいいことだ。そう思いつつも裕太の視線は無意識に彼女の方にばかり集まる。
ふと、フルーツタルトを一口も食べていないことに気づいたが、半分無くなっていた。山崎さんばかりに気を取られ、詩織への警戒を完全に解いてしまっていたのだ。しかも面積の広い方をごっそり持っていかれた。詩織は淡々とした表情をしている。コーヒーの方は湯気が消え、すっかり冷め切ってしまっていた。
残り少ないフルーツタルトを一口で食べる。なるほどこれは美味しい。フルーツと生地がしっかりとマッチしていて、クリームチーズがフルーツの存在を消してしまわない程度の甘さで、絶妙なバランスだ。その余韻が残っているうちに、コーヒーを流し込む。
山崎さんに飲み物が運ばれる。ここからではなにを頼んだのかよくわからなかったが、湯気がたっているのは確認できた。彼女はそれにミルクや砂糖を入れることなく飲む。
「おー、山崎さんってコーヒーブラックで飲むのか。意外だな」
「なんでコーヒーだって分かるんだよ」
「なに飲むのか気になったから、ずっと店員の方を見てたんだよ」
そういうと一真はメモを取り出してスラスラとペンを走らせた。隙あらば情報を得ようとする姿勢には、呆れを通り越して感心する。
でもたしかに意外だった。今時の女子は抹茶フラペチーノだとか、キャラメルなんとかなるものを飲むイメージがあったからだ。そういった意味では、コーヒーをチョイスした詩織はなかなか渋い。
コーヒーを一口飲んだ後、彼女は少しだけ驚いた表情を浮かべたと思ったら、泣き出してしまった。しばらく下を向いて肩を震わせている。淡い光が涙に反射してキラキラと輝いて、泣いている姿さえ絵になると、裕太は不謹慎ながら思う。そしてその涙を隠すように袖で顔を隠して立ち上がり、会計を済ませて出て行ってしまった。急な出来事に理解が追いつかず、三人とも固まっている。今のは一体なんだったのだろうか。
もし彼女に当たっていた光がスポットライトなのだとしたら、きっと彼女は舞台のヒロインで、俺は彼女とは全く関係のない村人A、ただの脇役に過ぎないんだろう。ふとそんなことが脳裏をよぎる。それでも彼女の涙の理由が知りたいと思ったのは、一体どうしてだろう。でも、同じ舞台に立っているのならきっと不可能ではない。それがもし、悲劇だったとしても。