困惑
駅前のカフェは平日でも賑わっていた。それでも三人が入れないほどではない。すぐに席の方へ案内される。
三人が座るにはちょうどいいサイズの円卓だった。店内は落ち着きのある雰囲気で、木とコーヒーの匂いが入り混じった空気感がなんともいえない。
主に学生が多いが、パソコンで仕事をしていると思われるサラリーマンや、楽しげにお茶をしている主婦たちもちらほらいる。うちの旦那がどうだとか、御宅の息子さんはご立派だとか、うちの息子も家ではだらしないだとか、家族への不満が飛び交っている。
よくあんなに喋れるものだ。コーヒーにアルコールは入っていないはずだが、そうでもしていないと色々やっていけないんだろうなと裕太は思った。
詩織がメニュー表を渡してくる。裕太は選ぶのが面倒だったので、同じやつでいいよと言った。注文を済ませ、やっと山崎さんの件について話すことができる。
「で、例の件なんだけど」
と、いかにも重大な秘密かのように話し始める。
「ああ、握手会のチケット取れなかったって話だろ?アイドルの」
「あはっ!井上くんちょっと……やめてよ……思い出したら、また笑い止まんなくなっちゃうじゃん!」
「お前らな、あんまり人を茶化すなよ……誤魔化すのに必死だったんだよ」
よくよく考えたらあの時は相当恥ずかしかったなと、裕太は両手で顔を覆った。
「そりゃあ山崎さん狙ってるなんてバレたら、学校中の笑いもんだもんなあ。いや、むしろ英雄扱いじゃないか?あの容姿でイケメン彼氏持ちの山崎さんを奪おうだなんて、普通のやつなら考えないしな」
「え?」
一真が流暢に喋るもんだから、理解するのに少し時間がかかった。
今こいつ、イケメン彼氏持ちって言ったのか?聞いてないぞ、彼氏がいるだなんて。そして詩織が驚いていないということは、この事を知っていたのか。裕太が固まっていると、フルーツタルトとコーヒーが運ばれくる。
早速詩織がフルーツタルトに手を伸ばし、一口パクリと食べる。「おいひぃ」と珍しく乙女のような仕草で言うが、裕太はそれどころではない。
「なにがおいひぃ、だよ!お前山崎さんに彼氏がいるってこと、知ってたのかよ!?」
「うん」
当たり前のように首を縦に振るので、裕太は怒るにも怒れなかった。
「やっぱお前知らなかったのかよ。俺のデータによればもう付き合い始めて1年になるな。お前、こういう話に疎いし友達少ないもんな」
「友達が少ないは余計だろ。まあ、事実だけど。 というか詩織はそれを知っててなんで俺に山崎さんを勧めてきたんだよ」
フォークを詩織に向け、威圧する。そんな威圧など気にもしないかのように、フルーツタルトを口に運んでいく。もう半分は無くなっていた。
「私勧めた覚えないんだけど。裕太があんまりムキになるから面白くなっちゃってさ、でもまさか本気にするなんて思わないよ。だって裕太、山崎さんを見たこともないんでしょ?」
たしかに、なぜ俺はあの時本気になってしまったのだろう。いつもの俺なら、詩織の冗談くらい、軽く受け流せるだろうに。
「もうやめだやめだ、馬鹿馬鹿しい。恋愛沙汰なんて俺らしくもない」
「言えてる。だけどさ、最近、彼氏と別れたらしいんだよ。たしかな情報じゃないけどな。もしかしたらワンチャンあるかもしれないぜ」
「え、そうなの?私もさ、この喫茶店よく来るから何回か見かけたことあるんだけど、たしかにここ3ヶ月くらい見てないかも。たしかに彼氏の方超イケメンなんだよね。タイプではないけど」
詩織が一般人をイケメンだというのは珍しい。
「お前、ここの喫茶店によく来るってことも知ってたのかよ」
「そりゃあね、じゃなかったらわざわざラーメン食べに行くの邪魔してまで、ここに来ようなんて言わなかったし。まあフルーツタルト食べたかったのは本当だけど」
これも計算だったのか。だとしたら最初からそう言えばいいのに。そう思うと、一真のドヤ顔は滑稽だった。
「とにかく、彼氏がいるなら俺は」
諦めると言いかけた時、喫茶店ドアが開く。入ってきたのは、山崎彩花だった。裕太は顔を知らなかったので正確には山崎彩花と思わしき人物だったが、きっとそうに違いないというオーラが、彼女には漂っていた。