屋上
確か山崎さんは、突き当たりの角を左に行ったはずだ。裕太はこの辺りにはあまり来ないので土地感はほぼない。
「一真!一緒に来てくれ!」
裕太はそう言うと全速力で走り出した。一真もそれに釣られて走り出す。もちろん立花君も一緒だ。
「おい裕太!一体どうしたんだよ!?」
一真は訳の分からない状況に戸惑っているようだ。
「説明はあとだ!それより、あそこの角を左に曲がったら何がある?」
「特に何もないと思うけど、強いて言えば廃ビルがあったかな。近所じゃ幽霊が出るとか噂がある」
突き当たりを左に曲がると確かに5回建くらいのビルが見える。想像とは違い原型を留めた普通のビルだったが、確かに立ち入り禁止の看板と鎖で囲われていて、その鎖を潜りながら廃ビルに山崎さんが入って行くのがギリギリ見えた。
「おい裕太、今の見えたか?彩花のやつあのビルに入って行ったぞ」
「うん、俺も見えた。急ごう」
ビルの前に着くと鎖を潜り、入り口の扉を勢いよく開けると、もともとここは何かの会社だったのか出勤表やボード、デスクが散乱しているが、山崎さんの姿はない。しかしよく耳を澄ませてみると、カツンカツンと階段を上る音がする。屋上に向かっているに違いない。屋上についた後どうするのかは、直感的に分かった。普段なら歩いて上るのも面倒な階段を、一段飛ばしで駆け上がる。屋上の扉を開けてようやく山崎さんの背中が見えた時には、彼女は屋上の手すりを乗り越えようとしていた。
「山崎さん!何やってるんだ!!」
裕太は山崎さんの腕を掴み、引き戻す。
「離してよ!!」
そう言って彼女はすぐにその手を振り払った。彼女の顔には涙の跡がくっきりとついていて、酷く疲れているようだった。
「誰か知らないけど近づかないで!ほっといてよ!!」
今にも泣き出しそうな目で裕太を睨みつける……というよりはなにか助けを求めるような顔をしているように見えた。そんな顔をされては、ほっとける訳がない。
「彩花……」
立花君が呟く。一真は目の前で起きている出来事についていけず、呆然としている。
裕太は再び踏み出して手を伸ばす。
「山崎さん、だめだよ。そんな事したら悲しむ人が、君にはいるんじゃないの?」
ありきたりな言葉だったが、立花君の事を思うとそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。
「一体貴方になにが分かるの?それ以上近づいたら……」
彼女はバックからなにか機械を取り出す。形状ではピンとこなかったが、彼女がボタンを押すとバチバチという音を立てて青い電流が走る。スタンガンだ。
「おい裕太!気をつけろ!!」
立花君が叫ぶ。その忠告に裕太は足を止めようとするが、連日のダッシュと階段のせいで足が絡まる。やばい、止まらない。そう思った時にはもう遅かった。スタンガンは裕太の右脇腹に突き刺さる。バチバチという音と共に麻痺した体が崩れ落ち、手すりに頭を強く打ち付ける。でもなぜだろう。一瞬の出来事なのに、ゆっくりと意識が遠のいて行くが分かった。