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私には好きな人がいますの。

作者: 七兎

  



私には好きな人がいますの。


ずっと、ずっとお慕いしておりましたわ

私の、私だけの王子様…




「レーナ、結婚しよう」




皇太子殿下にそうプロポーズされた。


最初は、それこそ夢かと思いましたわ。

でも、繋いだ手の温もりからすぐに現実なんだと実感いたしましたのよ。

殿下、貴方は私がどんなにその一言を待っていたことか

想像もつかないでしょう?

私は、貴方に振り向いてもらうため、血の(にじ)むような努力をしてきたんですのよ。

殿下の妻になるため、そして国母となるために。



だって、私の幸せは殿下と結婚すること。


…ね、そうでしょう?



「返事を貰っても…?」


なにも言わない私に殿下が問いかける。


返事?

そんなもの、言うまでもないんじゃなくって?



だって、私の大好きな王子様に言われたんですもの。

悩む必要、ありませんわよね??



「はい。喜んでお受けいたしますわ」



返事と共に、殿下は私を強く抱き締めてくれましたわ。


「絶対幸せにする…」


そう言って。


だから、私はこう言いましたの。


「幸せすぎて夢みたいです」


って。




こうして、私は彼と結婚することになりましたの。





*****




プロポーズをされてから、結婚式の準備はあれよあれよと進んでいきましたわ。

それもこれも、殿下が急がせているらしいから。


私は、もう少し家族との時間を楽しみたいのですが…

殿下はせっかちさんなんですのね。


急がなくっても、私は何処にも逃げたりいたしませんのに。


でも、殿下の「急いで式を挙げてしまいたい」と言うのには私も賛成ですわ。

だって、早く私を殿下だけのものにして欲しいんですもの。

そうしないと、この想いが今にも溢れてしまいそうで…


うふふっ、私たら少しはしたなかったですわね。




あぁっ、結婚式が待ち遠しいですわ…




あっ、そうそう。

結婚に向けて、沢山の贈り物も頂きましたのよ



殿下からは指輪とドレス一式を


「指輪はこれを。ドレスは君に似合うものを僕が用意しても良いかな?」


勿論ですわ。殿下が選んでくださったものに、間違いなんてありませんわ。

私はとっても幸せでしてよ?


お父様からは、ネックレスを


「家に代々伝わる最高級品だ。持っていきなさい」


まぁっ。お父様良いんですの?

代々伝わる最高級品、だなんて…

そうですか。なら、大切に御守りにいたしますわね


お母様からは、イヤリングを


「これは私のお母様から頂いた物なのよ。レーナの黒い髪にとても似合うと思うわ」


あらっ、お母様これ片方しかありませんわ。


…もう片方はお兄様が?

兄妹で半分こ、素敵ですわね。


お兄様からは、サプライズを


「僕からのプレゼントは、当日までお預けだよ。楽しみにしててね」


まぁ。

そんなことされたら、尚更期待してしまいますわよ?

うふふっ。じゃあ、楽しみにしてますわね



他にも沢山の贈り物を頂きましたが、紹介するのには時間がかかりすぎてしまうので、省かせていただきますわ。


…あっ、

でも、もう子供服を贈ってくださる方が居たんですのよ?

まだ結婚もしていませんのに、少し気が早すぎですわよね…






「レーナ、準備はできたかい?」


「はい、お兄様」


私は、殿下から貰ったドレスを身に纏い、ふわりと笑う。

今日は私が頼みに頼みこんで実現した、結婚式の予行演習の日。


勿論、殿下にはお知らせしていませんわ。

だって、結婚式の練習なんて恥ずかしいでしょ?


「とても綺麗だよレーナ。殿下より先に見てしまって申し訳ないな」


「あらっ、それを言うなら私こそ。義理姉様より先にお兄様の晴れ姿を見てしまって申し訳ないですわ。お兄様は普段着でもよろしかったですのに…」


下ろし立ての白いタキシードを着たお兄様を見て、私は笑った。


今日の殿下役、新郎はお兄様が引き受けてくれていた。

元々はお父様にお願いする予定だったのだけれど、お兄様が


『それでは新婦の父親が居なくなってしまうだろう。

バージンロードを花嫁(レーナ)一人に歩かせるつもりなのかい、父さん?

大丈夫、新郎役は僕がやるよ。丁度衣装もあるし、僕も練習できるしね』


と言ってくれたのだ。



今、お兄様が着ているタキシードは、お兄様の結婚式の為に仕立てたもの。

私の結婚が決まって、国をあげての盛大なものにするっという殿下のお達しのもと、既に予定されていたお兄様の結婚式は延期する事になっていたの。

私は気にせずに式をして欲しいと、お兄様にお願いしたのだけれど、お兄様は


『僕の結婚式は、落ち着いてからでいいんだ。フローラもそれでいいって言ってくれたから』


と、幸せそうに笑っていたのをよく覚えている。

私は、そんな幸せそうなお兄様に少し嫉妬してしまったんでしょうね

お兄様を、最後にまた困らせたくなってしまったの


「…こんな素敵なお兄様と結婚出来るなんて、義理姉様、フローラ様が羨ましいですわね」


「アハハッ。僕に言わせたら、こんな綺麗な花嫁を貰える殿下の方が羨ましいよ」


「あらっ、お兄様が貰ってくださってもよろしいんですのよ?」


そんな軽い冗談を言って、困らせてみた。

そうしたら、お兄様は吃驚したように目を見開いたんですの。

でも、それはほんの一瞬の事。

次の瞬間には、困ったように笑いながら髪を弄る()()()()お兄様がいましたわ。


「…そうだね、妹じゃなかったら僕もレーナに求婚してたかもね」


「まぁ、お兄様ったらっ」


ウフフ、と笑いながら私は少し、ほんの少し落胆しましたの。


お兄様、お兄様は知っているかしら?

お兄様は嘘を吐く時、髪をいじる癖があるんですのよ。


そう、今みたいに




**********




「わたし、おおきくなったら、おにいしゃまとけっこんしてさしあげますわっ!」


それは私が、3歳。

お兄様が11歳の時の出来事だった。


産まれた時から、それこそ一番近くで一緒に育った心優しいお兄様。

お母様似の優しいお顔と、お父様譲りの夜空のように澄んだ蒼い髪。

当時3歳の私に、恋をするなと言うのが酷なお話ですわね。



「あははっ、ありがとうレーナ。でも、僕にはもう婚約者が出来てしまったんだよ?」


「こんやく?」


「レーナもこの前会っただろ?フローラ嬢だよ。僕は将来フローラ嬢と結婚するんだよ」


「…おにいしゃまは、フローラじょうがすきなんですか?」


「えっ、あー、う、…うん。好きだよ」


知っていた。

この婚約はお兄様が望んだという事も。


でも、私はその事実を認めたくなかったんでしょうね

…それに、大好きなお兄様が他の誰かに取られるなんて、当時の私には我慢できなかったから


「なら、わたしとフローラじょうどちらがすきですか?」


「えぇっ?!どっちって…」


答えはフローラ様、一択だっただでしょうね。

でも、優しい優しいお兄様は今にも泣きそうな私の顔を見て、生まれて初めて私に残酷な(優しい)嘘を吐いたの。


「…そ、そんなの決まってるだろ?レーナだよ。レーナが一番好きだよ」


自身の髪を弄りながら、お兄様は私にそう言ったわ。

そう言えば…この時からだったかしら、お兄様のこの癖は。


「なら、やっぱりわたしはおにいしゃまとけっこんしますわ」


「あははっ、参ったな…。レーナ、兄妹では結婚は出来ないんだよ?」


「……えっ?」



その時の衝撃は、それこそ半端無かった事をよく覚えていますわ。


だって、こんなに大好きなお兄様と結婚出来ないなんて…

結婚すれば、ずっとお兄様と一緒に居られると思っていた私には、花瓶を割ってお母様に怒られるよりもずっと、ずーっと悲しかったんですの。


「いっ、イヤですわ。わたしはおにいしゃまがいいんです!」


ぎゅっと、私はキツくお兄様に抱きつきましたわ。

本当は、我が儘を言ってお兄様を困らせたくなかったのに

困らせたくなかったのに…心も、体もそれを強く拒否してしまったから


「…ありがとう。レーナは僕の事が本当に大好きなんだね」


「もちろんですわ…」


「…でも、レーナはなんでそんなに僕が良いの?」


「だって、おにいしゃまはとってもカッコイイんですもの。それにわたしといっぱいあそんでくれますわ。このあいだだって、リボンをかってくれました。おにいしゃまは、わたしのすてきなおうじしゃまですわ」


困ったな。

そう言いながらも、私の頭を撫でてくれる優しいお兄様が大好きでした。


「…あっ、そうだ。僕よりカッコよくって、好きになってもらえばなーんでも欲しいものをくれる人がいるんだけど、レーナは嫌?」


「おにいしゃまいがいは、イヤですわ」


「そんなこと言わないで、ね?」


「それに、その人と結婚すれば、レーナは絶対幸せになれるんだ。この世界で一番愛される花嫁さんになれるんだよ?」


本当はこの時、聞きたくもなかったんですのよ?

でも、お兄様があまりにも困ったように笑うから…


「……だれですの?」


「皇太子殿下だよ」


「こうたいし?」


「この国の本当の王子様さ。レーナも何度か遊んでもらった事あるだろ?」


「おにいしゃまのおともだち…?」


皇太子殿下は、お兄様の学友だ。

よく昔は、家にも遊びに来ていた記憶がある。


「あぁ。僕が女だったら彼にきっと嫁いでいただろうね」


「…おにいしゃまが、およめにいきたいくらいすてきなひとなんですの?」


「あははっ、そうだね。僕は残念ながら男だから彼の友人だけど、レーナは女の子だ。彼と結婚すれば世界一幸せな花嫁になれる」


「べつに、ふつうでいいですわ」


本当に普通で、普通で良かったの。

でも、その普通は決して叶わないものだったんですの


「僕は、レーナに世界一幸せになって欲しいんだけどなぁ~?」


「おにいしゃまとじゃ、ダメなんですか?」


「僕じゃ、レーナを幸せにしてあげられないから。でも、レーナが殿下と結婚したらレーナも、僕も幸せになれるんだよ」


「おにいしゃまも、しあわせに…?」


僕も幸せになる。

その言葉が、幼い私の心に深く突き刺さりましたの。


だって、殿下と結婚するだけで、大好きなお兄様が幸せになるのよ?

私がお兄様の為にしてあげられる事は、限りなく少ない。

そんな私がお兄様の役に立つには、もうこれしか無いんじゃないかしら

この時は、そう思ったの。


…それに、この恋心(気持ち)はお兄様をただ困らせるだけだもの…


「…おにいしゃまがしあわせになるなら、かんがえてあげてもいいですわ」


なら、こんな恋心(気持ち)はお兄様の

…いいえ、私の邪魔になる。


大好きなお兄様を困らせる位なら…


「おにいしゃま。おにいしゃまにだけレーナのひみつをおしえますわね。…わたし、じつはこうたいししゃまのこともすきなんですの」


お兄様の為なら、この恋心(気持ち)に蓋をしよう。

時間をかけて、少しずつ、少しずつ恋心(これ)を小さくしていこう。


私の幸せがお兄様の幸せなら、お兄様が幸せが私の幸せにも、きっとなる。


今まで、お兄様が言ったことは一つも間違っていなかったんだから、殿下と結婚したら私は『世界一幸せな花嫁』になる。

そして、世界一幸せな花嫁の兄は、きっと世界一幸せ、そうでしょ?


お兄様が言うことは絶対正しいの。

これからも、お兄様の言うことに間違いなんて無いんだから…


そう自分に言い聞かせて、私はこの時初めてお兄様に嘘を吐いた。


「本当かい?なら大きくなったら、レーナの綺麗な花嫁姿を見せて、僕を幸せにしてね」


「はい、やくそくしますわ。おにいしゃまのためにレーナ、こうたいししゃまとけっこんしますわ!」


「うん、約束だよ。…あっ、そうだ。もし殿下と結婚出来たら、レーナに何でも好きなものをあげるから頑張ってね」


お兄様がこんな事を言い出したのは、私に対する罪悪感からだったのかしら?


「ほんとうですの?!」


「うん。レーナが望んだものなら何でもいいよ。可愛いドレスでも、お人形でも、庭いーっぱいの向日葵だっていい」


「ほんとの、ほんとですのね?やっぱりなしは、なしですからね!」


「うん、分かってるよ。だから…」



お兄様は「頑張ってね」と私の頭を撫でてくれた。

それが、とても嬉しかったの…



その日から私は、今までの習い事に加え、新たな習い事を一気に10増やした。

3歳児にオーバーワークな事は目に見えて明らかだったが、私は決して譲らなかった。

無理をし過ぎて倒れたことも1度や2度じゃ無いわ。

でも、私は絶対諦めなかった。

だって、大好きなお兄様との約束ですもの。





そんな事を続けて13年、何をとっても完璧とまで言われるようになった頃

私は、念願のお妃候補に選ばれる事となった。



「お兄様聞いてくださいまし。私、殿下のお妃候補に選ばれたんですのよ!」


「凄いじゃないかレーナ!それはレーナの頑張りが認められたって事だよ。僕の妹が未来の国母かもしれないなんて、今から鼻が高いよ」


実質候補と言っても、もうほぼ決定のようなものだった。

だって、私の名前を聞くと他の候補の令嬢達は皆、自ら辞退していったんですもの。


未来の国母(レーナ様)と競うなんて時間の無駄ですわ』


そう言って。


それから一月後、私は正式な殿下の婚約者となった。



殿下は元々お兄様の学友だった。

私も幼い頃はそれなりに交流はあったのだが、最近殿下はお兄様を訪ねて家に来ることもなく、疎遠になっていた。


「久しぶりだな、レーナ嬢」


「はい。お久しぶりでございます殿下。お元気そうで何よりですわ」


殿下と会ったのは、私が正式に婚約者になってからだった。

幼い頃に見た殿下は可愛らしいという言葉がピッタリの少年だったのに、今は凛々しい、格好いい、そんな言葉が似合う素敵な青年になっていて驚いた。


「驚いたな。噂には聞いていたが、本当に綺麗になった」


「うふふっ、ありがとうございます。殿下の隣に立っても笑われないように私、頑張りましたのよ?」


「あぁ。これでは、私の方が笑われてしまうな」


「まぁ、そんな…」


殿下は、その金の髪をなびかせながら優しく笑った。

私を見つめるその瞳に、確かな熱を宿しながら




**********



それから私達の交際は順調だった。

殿下は毎週のように私を訪ねて来てくれたし、プレゼントも来る度に、郵便でもそれはそれは沢山届いたの。

手紙も、3日と空けずにやり取りをしていたわ。

正直、書くことがなくって困った位。


殿下は逢えなかった時間を取り戻すかのように、沢山の愛を私にくれましたわ。

それこそ、抱えきれないほどの愛を




懸念していた皇太子妃としての教育も、13年間の修行の賜物でしょうね、異例の早さでパスすることが出来ましたの。

だからなのかしら。

婚約発表パーティーも、予定より早く開かれることになったんですのよ



「今度のパーティー、殿下はどんなドレスが好きかしら。ねぇ、お兄様?」


「レーナはどんなものでも似合うよ。…そうだ。僕がドレス一着プレゼントしてあげる」


「まぁっ、本当ですか?」


「その代わり、フローラへのドレスを一緒に選んでくれないかな?」


頬を染めながら、そう言ってくるお兄様。


フローラ様に恋するお兄様に私は、いつも一瞬息が出来なくなるのよ?

…でも、すぐに


「もうっ、またですの?」


そう言ってお兄様に笑顔を向けるの。



お兄様の、いい妹であるように




…でも、ごめんなさい。

本当は、いや、すごく嫌なの。


お兄様の心に私が居ないのが、お兄様の一番が私でないのが。

その表情が、声が、心が、私ではなく、フローラ様に向けられていると思うと…

とても、そう、とても辛いの



3歳の頃蓋をした小さな恋心は、月日を、年月を重ねるごとに小さくなるどころか、どんどん大きくなっていきましたわ。


忘れようにも、ずっと傍に居るんですもの。

どんどん素敵に成長していく、私の自慢のお兄様


忘れられる訳、ありませんわよね…


「…それで、それが本当の狙いでしたのよね?」


お兄様に気づかれないように、何事も無かったかのように、私は声を絞り出しましたわ。


「頼むよレーナ。僕じゃ彼女の好みが分からないんだ」


「そろそろフローラ様の好みが分からないのは、さすがにどうかと思いますわよ?」


昔からフローラ様の事になると、お兄様は必ず私に相談してくるの。

いつも自信満々のお兄様だけど、自分の恋には凄く奥手


お兄様からのプレゼントなら、どんな物でもフローラ様は喜ぶでしょうけど、それは絶対教えてあげないの。

もし、それが今みたいに私を苦しめることになっても、お兄様との残り少ない時間を大切にしたいから…






フローラ様はお兄様の婚約者


『改めて紹介するね。彼女はフローラ。レーナ、未来の義理姉様だよ』


お兄様、私お姉様は欲しくないの。

私達兄妹は、そう2人だけでいいの。




栗色の髪はフワフワで、まるで綿菓子のよう。


『僕は、フローラのフワフワで明るい栗色の髪が好きなんだ』


私の髪は闇のように深い黒。

さらさらのストレートが自慢だったけど、お兄様の好きなフワフワの髪にしたくって、毎日三つ編みをして寝ていたわ




性格は、とても素直で可愛らしい令嬢。

支えてあげたいような儚さがとても魅力的


『フローラは危なっかしいから、僕が守らないとね』


比べて私は、王妃教育の賜物により自衛も完璧。

お兄様に守られるなんて、どんなに望んでも叶いっこない



「…私の幸せは殿下と結婚する事、それでいいんですわよね…?」


「えっ、何か言ったかい?」


「ーーーいいえ、何も。そうですわね、フローラ様なら…」



私には兄がいる。

8つ年上の兄は、私の憧れであり…初恋だった。



容姿端麗、成績優秀、街を歩けば皆から次々声をかけられるような、そんな人気者。それが私の自慢のお兄様。


そんな彼に見てほしくって勉強も、嫌いなマナーの勉強も、自身の手入れだって頑張ってきたんですもの。

お父様も、お母様も、大好きなお兄様も私が頑張れば頑張るだけ褒めてくれたわ。



それが、とても嬉しかったの。




本当に、それだけで良かったのに…





**********




今まであった事が、走馬灯のように甦る。

覚悟は決めてきたはずなのに、私ったら…



「レーナ、どうかしたか?」


「ごめんなさい殿下。ドレスを着るのに少し、疲れてしまったのかしら…」


今日、私は彼と結婚する。


殿下に頂いたドレスに袖を通すのは今回で2度目。

着るのも脱ぐのも大変なデザインだが、今までドレスは数えきれないほど着てきたんだもの、疲れることなんてない。


「大丈夫かいレーナ、入場遅らせようか?」


「ありがとうございます殿下。でも、大丈夫ですわ」


だって、皆さん待ってますのよ?

主役が登場しなければ始まりませんわ


「…それよりも、花嫁(わたし)に何か言うことはございませんの?」


「勿論あるとも。レーナ凄く綺麗だよ」


「うふふっ、ありがとうございます殿下」


「一番に君を見れた事が嬉しいよ。誰かに見せるのが勿体無いな…」


「まぁ、殿下ったら…」


ごめんなさい殿下、貴方は二番。

私の一番はいつでもお兄様なの。


「そろそろ行こうか?」


「はい」


殿下にエスコートされながら、教会までの道を歩く。

道中、殿下が「緊張する?」と聞かれたけれど、ここは先日お兄様と一度、一緒に歩いた道だ。

緊張も、不安も無い。

だって、お兄様も緊張することはないよって言っていたもの。


入り口の前につくと、お父様が待っているの。

殿下とはここで一度お別れ。

殿下には先に入場して待ってもらうの。

お兄様にも言われたわ、先に僕が行って待っているから、ゆっくりおいでって。


殿下が先に入ってから、時間にしては数分だろうけど、私にはその時間が永遠に感じられたわ。

ずっとこの扉が開かなければいいのになんて、マリッジブルーかしら?


前回は、あんなに早く入りたかったのに、可笑しいわね



ドアが開くと、私はお父様に連れられて足を進めるの。


…でも、どうしてかしら。

足が、まるで鉛の様に重いの。


まるで奴隷のように、足枷と重りが付いているんじゃないかと思うくらい。


足元を見ても何も無いのよ?

あるのは、お兄様に貰ったアンクレットだけ。


『本当は結婚式の当日に渡したかったんだけど、僕からのプレゼントはアンクレットだよ』


『さぁ、左足を出してごらん。誓いの指輪じゃないけど、僕とお揃いだから』


そう言って、式場で跪いてアンクレットをつけてくれたお兄様は、誰よりも素敵でしたわ


「レーナ、手を…」


重い足に鞭を打ち殿下の前まで行くと、殿下から手を差し伸べられる。

私はお父様の腕を離し、殿下の手を取るの。


そして神父様の前に立つと、神父様がこう言い出すのよ


「新郎、アゼル=ディリータスに問う。汝は病めるときも、健やかなるときも、新婦レーナ=アリアランスを愛すことを誓いますか?」


「誓います」


あらっ?

お兄様の時と少し違うわ。

確かあの時は…


『新郎、レインフィールド=アリアランスに問う。汝は病めるときも、健やかなるときも、新婦レーナ=アリアランスのみを愛し、心身共にレーナ=アリアランスに生涯捧げることを、ここに誓いますか?』


『誓います。たとえ、神に背くことになろうとも』


どちらが正解なのかしら?

神父様はお兄様の時も、今日も同じ方なのに


「では新婦、レーナ=アリアランスに問う。汝は病めるときも、健やかなるときも、新郎アゼル=ディリータスを愛すことを誓いますか?」


「…誓います」


やっぱり、ここも違うわ。


『新婦、レーナ=アリアランスに問う。汝は病めるときも、健やかなるときも、新郎レインフィールド=アリアランスを愛し、その心はレインフィールド=アリアランスに生涯捧げることを、ここに誓いますか?』


『はい、誓います』


本当はあの時、誓いの言葉はやらない予定だったのだけれど、お兄様が


『通しで一通りやらないと、レーナだって本番不安だろう?』


と言って、誓いの言葉から本番さながらにやったのだけれど…

本当は、直前までお父様達に反対されていたらしいんですの。


本当の結婚式より先に兄妹で誓いを交わすなんて、って。


私はお兄様と誓いが出来ると聞いたときは、夢のようだと内心喜んでしまったのだけれど、もしかしたら、お父様もお母様も…



ーーいいえ、考えすぎよね?

私の気持ちがばれているかもしれない、なんて。




「では、誓いのキスを」



そう神父様に促され、殿下はベールに手をかけましたわ。




『レーナ、とても綺麗だよ。僕の花嫁じゃないのが本当に惜しい位だ』


あの時お兄様はそう言って、私の額に軽くキスをしたの。


『流石に唇には、出来ないけど…』


そうはにかみながら。


本物の結婚式じゃなくっても、偽りの誓いでも

それでも、私はあの時とても幸せでしたわ。


あの言葉をくれた時、お兄様が自身の髪に手を当てていたとしても…



ベールが上がりきり、殿下から「目を閉じて」と言われて私、気づいたんですのよ。

私、今まで殿下の後ろに見えるお兄様を見ていたって。


今日初めて殿下の顔をちゃんと見た、なんて言ったらお兄様は怒るかしら?

それとも、馬鹿な妹だと呆れてしまう?


私がお兄様を好きだと言ったら、結婚なんてしなくっていいと言って、この場から連れ去ってくれるかしら?


()()()のように、私を求め、私だけを愛してくれるなら…



「レーナ?」


殿下に声をかけられても、私はお兄様から目を離すことが出来ませんでしたわ。

お兄様の顔を目に焼き付けるように、瞬きも惜しい程でしたから。


でも、この時間は長くは続きませんでした。

…続くわけ、ありませんわよね



だって、私が見つめるお兄様は、私を見ていませんでしたもの。


お兄様は隣に座っているフローラ様から何かを言われ、その頬を紅く染めていましたわ。

それは、それは幸せそうに…





私はそんなお兄様を見て、ゆっくり目を閉じましたの。



頬を伝う涙は、きっと嬉し涙だと、そう自分に言い聞かせて…






「レーナ、愛しているよ」




暗闇の中、誰かが私に愛を囁いた…



**********




私には好きな人がいますの。



ずっと、ずっとお慕いしておりましたわ

私の、私だけのお兄様。


でもそれは決して、そう、決して報われることない恋ですの。

自覚したときから…それは、分かっておりましたわ。


本当に分かっていたんですの。


…だって、私達は実の兄妹ですもの


決して二人は結ばれることのない、運命だって。



だから、この想いには頑丈な、それはそれは頑丈な鍵を掛けてしまおうと思うんですの。

間違っても、この想いが溢れてしまわないように。



お兄様にだけは、決して気づかれないように…。



今までだって、想いに蓋をすることなんて沢山してきたんですもの。

だから、これからだって大丈夫ですわ



お兄様との思いでは、誰にも汚すことの出来ない私の大切な、大切な宝物。



…大丈夫。

良い子の演技なんてお手のものですわ。


だって、あの人も、貴方も気づきませんでしたでしょ?







だから







だから、私は貴方の妹で居ても良いですわよね、お兄様…?









一年後、レーナは男の子を出産する。



それはそれは可愛らしい子で、殿下も大変喜ばれたそうだ。

長子である彼は、後に父である王の跡を継ぎ、国をより良く導いたと言われている。

とても聡明な王で、民にも大変人気のあるよい王であったと。



彼が20歳の時、現王は王位を我が子に譲る。

彼は母の薦めで隣国の姫を娶り、沢山の子宝に恵まれたと言われている。






子供達はどの子も彼に似て、夜空のように澄んだ蒼い髪が美しい子供達だった、とそう伝えられている…



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