小さなため息
ステラ王子は宿舎として割り振られた古い宿屋で相部屋になった王子がため息をつきながら荷造りしているのに気づいた。
ステラと同じ部屋になった王子の名はシオンという。
そのシオンに「明日を待たずに帰るのかい?」とステラは声をかけた。
「ああ、僕はひと目クローズ姫を見たかっただけだから」とシオンはステラに向かって微笑んだ。
なにか事情がありそうだなとステラは思う。
「まあ、確かにそんなに可愛らしい姫ではなかったが…」
「うん、見た目はそんなに素敵な姫ではないけど彼女は割りと感じがいいよ。遠慮がちな笑顔が、守ってあげたくなる気にさせる」
「そうなんだ…君は今日姫と話すことができたのかい?」
「いや、今日は会っていない。
…実は僕は去年も姫の花婿選びに来たんだ。そして姫に選ばれた。
でもその時僕は断ってしまった」
「なぜ?今の口ぶりでは姫を気に入ってるように思えたが…」
「ふふ、一瞬の気持ちを押さえられなかった…とでも言えばいいのかな?
姫はあの時私の前に進み出て、あなたにするわと言って手を差し出したのだ。
僕はその時姫が小さくため息をついたのに気づいた。
今思うと子供っぽい話だがカチンときた。
ため息をつきながら差し出された手を取る気がしなかった。
僕のプライドが傷ついたのだ。
女と言うのはとてつもなく無遠慮に男を傷つけることがある。
僕は僕の傷ついた心をかばうために報復する必要があった。
だから差し出された姫の手を取らずその場で姫との結婚を断ったのさ」
「去年断ったのになぜまた今年来たの?
レアメタルが目当てだと思われかねない。そう思われるのは君も不本意だろう?」
「ハハ、そうだね。付き人にもそう言われて止められた。でも僕がどうしても行くと言ったら一人で行けと言われた。僕の付き人はとても厳しいのだよ」
「ああ、だから君には付き人がいないのか、変だと思った」
「僕は馬鹿だった。
すでに姫に心を寄せていたからこそ小さなため息にあんなに傷ついたのだと気づいたのは国に帰ってからだった。
それにしても君はとても話しやすい男だね。君のような優しそうな人と姫が結婚してくれたら僕は嬉しい。姫も幸せになれるだろう。
姫に…選ばれるといいね。
姫の元気な姿を見られたから僕は満足だ。
では、これで失礼する。君の健闘を祈る」
そう言ってシオン王子がステラに別れの握手を求めてきたとき
「ちょおっと待ったあっ!!」と二人の話をドアに耳を当てて立ち聞きをしていたプポルとユリカがドアを開け飛び込んできた。
「プポル、どこに行っていたのだ」とステラが声をかけた。
「いや、実はロビーでススン姫の付き人に捕まって口説かれてました」とプポルは答える。
「オイッ!」とユリカがプポルに向かって凶暴な声を上げたが、おっと、今はコイツと喧嘩している場合じゃないと思いシオン王子の方を向き「このステラ王子は私の大切なススン姫が一目惚れした相手ですからクローズ姫と結婚するわけにはいかないんですよ!」と叫んだ。
その言葉にステラ王子はえっと小さく声を上げた後視線を泳がせた。
プポルはさっきユリカからその話を聞き、縁結びの協力を申し込まれ快諾したばかりだったので別に驚かない。
クローズ姫に好きな人がいるんじゃしょうがない。
それならば少し裕福そうなススン姫とステラをくっつけたいと今は思っている。
ユリカは「それに、クローズ姫はあなたが好きなんですよ!?帰っちゃだめです!」とシオン王子に詰め寄る。
その迫力にシオン王子は少し戸惑った。
「あ、この人クローズ姫のお友達のススン姫の付き人で、さっきクローズ姫がオタク様と結婚したいってススン姫に言ってるのを聞いたんですって」とチョビチョビプポルがシオン王子に説明する。
「そんな…ことはないと思うが…そうか…もしそれが本当なら僕も嬉しい、が」
「が?」
「やはり帰る」
「なぜ?!」とその場にいた三人同時に声を上げた。
「僕は彼女と結婚できない。
もし僕と姫が結婚したら…人々は僕がレアメタルに目がくらんで姫と結婚したのだろう思うだろう。レアメタルがまだ発見されていなかった去年は結婚を断ったのに…
姫はそんな恥知らずな欲深い男と思われるであろう僕と結婚したら皆に愚かな姫だと笑われてしまう。
第一去年の無礼を親が許さないだろう」
そう言ってシオン王子は肩を落とした。
「ああ、やっぱり来なければよかった。なんだかかえって辛い。
あらゆることはタイミングを逃すと台無しになるのだ。
僕と姫の縁はすでに去年切れてしまったのだよ」
古い宿屋の客室に重い空気が充満する中、開けっ放しだったドアからいきなり美しい王子が入ってシオン王子に言い放った。
「ばっっかじゃないの?!切れた縁ならつなぎ直せばいいじゃない!」
みな突然のススンの登場に驚いたが一番驚いたのはユリカである。
「ス…ス…ススン様…どこらへんから話聞いてたんですか?」とユリカは震える声で尋ねる
「え?そこ重要?えっとクローズ姫はあなたが好きなんですよってユリカが叫んだあたりから」
良かった、その前に私がこの王子はススン姫が一目惚れした相手ですからって叫んじゃったところは聞いていないんだと、ユリカはほっと胸を撫で下ろした。
なぜかそこにいた一同も胸を撫で下ろした。
ステラは特に。