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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第二章 5

 家に帰るころにはすっかり日が暮れていた。玄関を開けていつも通りに自分の部屋へ行こうとすると、いきなり横から出てきたお袋さんに腕をつかまれ、居間に引っぱりこまれた。

「な、なにするんだ!」

 見ると、居間には家族全員が揃っていた。いや、それだけなら別に夕食前だからいいんだけど、食卓の上に何ものってない。何より、部屋を覆っているこの険悪な空気は何だ?親父と爺さんは並んで正座してこっちを不安げに見ている。ばあさんが薄い目でこっちを睨んでいる。僕は腕をつかまれたまま、お袋さんの顔を見た。どうやらかなり機嫌が悪そうだ。目が釣りあがって今にも怒鳴りだしそうな顔だった。

「あなた、この家にいるのが嫌って、本当?」

 おふくろさんが僕の腕を握ったまま、低い声で言った。

 親父を見ると、ごめんな、って感じに手を立てた。

 ……つまり、僕が帰りに話したことをしゃべったんだな!

「どうなんだい?何が嫌だってんだい?」

 ばあさんまで責め口調だ。どうしようか。素直に認めるべきか?それとも『そんなことないよ』とでも言ってごまかすか?

「全く、これもあなたがなってないからですよ」ばあさんがお袋さんに文句を言い出した「あなたがもっと勉強も面倒もちゃんと見てたらね、子供がそんなこと言うはずがないんですからね」

「なんですって!?」お袋さんが叫んだ「そういうお母さんこそどうなんです?口うるさく人の悪口ばかり言って。家の中が暗くなるのはあなたのせいでしょう?」

「何?あなた、何でも私のせいにするのはおよしよ!これだから都会で遊んでた女は」

「何ですって!」

 二人のいつもの言い合いが始まってしまった。

「今日は飯、ないのかなあ」

 じいさんがのんきな声でつぶやいた。残念そうというより嬉しそうだった。

 二人のぎゃあぎゃあ声を聞きながら僕は考えた。ごまかしておけば、今まで通りの生活がまた始まるんだろう。朝はケンカの声から逃げるように家を出て、昼は食べないで夕食が二人前だ。

 もし、はっきり嫌だと表明したらどうなるんだろう。想像がつかない。あっさり態度を改善してくれるとは思えないなあ。この二人仲悪いし。

 いろいろ考えた末、僕は大芝居(といってもほとんど本音だ)をうつことにした。なんせこれは僕の人生じゃないしな!どうなろうと知ったことじゃない!

 僕は言い争ってる二人の間に入って、両手で二人をおもいきり引き離した。お袋さんが驚いた顔でこちらを見た。僕は部屋にいる全員を見回して睨んだ。

「……もううんざりなんだよ!あんたたちには!」ありったけの大声で叫んだ。こうなったら派手にわめいてやれ!「嫁姑のケンカだか何だか知らないけどな、毎日ギャーギャーギャーギャー低レベルなわめき声聞かされてるこっちはたまんねえんだよ!夕飯も一人分で十分だろ!どうしても作りたきゃ自分の分だけ作ってろ!」

 座卓を思い切り蹴った。何も上にのってなくてよかった。今の大人四人は、ポカーンとした顔でこっちを見ていた。驚きのあまり何も言えないって感じ。ますます腹が立ってきた。勝手に口が動いた。怒りが体の奥から流れ出すみたいに。

「それに、親父とじいさんもなさけねえよ。びしっと『夕飯は一人分にしろ、けんかするな』って言えば済むことだろうが!じいさんなんかあのヘビーな夕食のせいで胃が変になってるだろ?そういうことはきちんと言わないとダメなんだよ。おい、親父もなんとか言えよ!」

 僕は正面きって親父の顔を見た。たのむからしっかりしてくれ。そして気づいてくれよ、僕はあんたの息子じゃない。本物の息子はこの家が嫌になって自分の体から出て行ってしまったんだぞ?今ここにいるのはただのユーレイだぞ!

 沈黙が数分続いた。みんながお互いの動きを伺っているようだった。みんなの視線は少しずつ、僕から親父のほうへ移っていった。

「……かあさん、良子、話があるから一緒に奥に来てくれ」

 親父がとうとう重い口を開いた。

「何の話ですか?ここで話せば済むじゃないですか」

「あんた、嫁の分際で夫にそんな口をきくのかい」

「いいから来るんだ!」

 親父が一喝した、すげえでかい声だったので空気が震えて、みんながびくっと動いた。何だよ、ちゃんと怒れるんじゃねえかこの親父も。

 お袋さんとばあさんは、大人しく親父のあとを追って奥の部屋に消えた。あとに残されたじいさんは、ぼんやりした目で三人を見送ったあと、こちらを振り返った。こちらの様子を伺っているようだ。あまりにあっさりことが運んだので、僕は急に頭が冷えた、そして猛烈に恥ずかしくなってきた。顔に熱を感じる。きっと真っ赤になってるんだろうな。

「じいさん。今日はもう寝な。俺もそうする」

 僕は逃げるように廊下に出ると、部屋に続く階段をかけ上がった。



 部屋に入ると、窓の前に誰かがいた。幸平だ。

「聞こえたよースダ君の声。近所に丸聞こえ。まずいと思うなあ」

「俺だって今後悔してるんだから、ほっといてくれない?」

 ベッドに体を投げ出す。スプリングの反動で体が浮いた。妙にやわらかい感触が背中に伝わる。この体は生きているんだ。

「前から思ってたけどさ、岩本君って」

「何だよ」

「けっこう性格きついよね」

「は?」僕は起き上がって幸平に抗議した「どこがだよ。こんなに友好的でおとなしい学生いないぞ、今時」

「でもさっきの怒りかたも、いつもの話し方も、どっか嫌味だよ。スダ君だったらぜったいああいう言い方はしないね。絶対みんな何かがおかしいと思ってるよ」

「そんなこと言われても、俺は実際スダじゃねえんだよ!」

「あれ、一人称が『俺』になってる。岩本君、いつ変えたの」

「あ」今初めて気がついた「今まで何て言ってた?僕?」

「僕ちゃんだった。ま、どっちだっていいよ。梶村さんの前でだけ僕って言ってくれれば。あの人けっこううるさいからね、そういうの」

「へえ」

 今ごろ下で、大人三人は、どんな話をしているんだろう。うまく仲良くなってくれないだろうか。ま、そんなのは無理だろうから期待しないでおこう。 

 それにしても、スダ本人はいつになったら戻って来るんだ?

 



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