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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第二章 2

 この家は、最も過酷でありきたりな問題を抱えている。

 夕食でのことだ。なぜか和食と洋食が同時に出てくるんだよ。しかもどっちもフルコースに近い量だ。和食はご飯、味噌汁、つけもの、おひたし、魚の煮物。そして洋食はパン、紅茶、ハンバーグに、見たことがないへんな形の野菜を煮たようなもの。家族の好みでどっちかを食べるのかと思ったが、違う。ちゃんと全員分、両方出てるんだよ。テーブルの上は料理でいっぱいだ。何かのパーティかと思うくらいだ。

 そして、食事中はだれもしゃべらない。黙々と料理を口に運んでる。そのうち、じいさんも親父も、和食と洋食を残らず平らげてしまった。つまり二人分の夕食を平らげていた。じいさんは今にも息絶えそうなほど細くて、頬がげっそりとやせているのに、いったいどこにこの料理が入ったんだろう?

 僕は何がなんだかわからないのでぼーっとしていた。そしたら、向かいに座っているおばさん(スダの『おふくろ』だ)がすさまじい形相でこちらを睨んでいる。あわててハンバーグを口に運んだら、今度は隣のばあさんがこっちを睨む。

 ケンカか?いったいどうなっているんだ?

「ご、ごちそうさま」

 息苦しくなってきたし、これ以上食べられそうにないので、食事を半分残して(それでも一人前はちゃんと食ったんだぞ!)部屋に退散しようと思ったら、だれかに足を引っ掛けられて、思いっきり板の間に倒れた。

「こら!私の煮物が食えないってのかい!?」

 犯人はババアか!むかついた。振り向くと、なぜかおふくろさんが満足げに笑っているのが目に入った。勝利の笑いだ。親父とじいさんはこちらを無視してお茶をすすっている。

 結局席に戻されて、二人分を強制的に食わされる羽目になった。

 吐き気を抑えるために腹と口を交互に押さえながら部屋に戻る。そして思った。これはおふくろさんとババアのケンカだろうな、と。

 実際はケンカどころの騒ぎじゃなかったんだけど。



 三日が経過した。スダとして体験したこの生活でわかったのは、スダの一日は嫁姑のケンカに始まり、同じくケンカで終わるということだった。朝起きると、朝ごはんの采配をめぐって口論をしている母とババアの金切り声が聞こえる。二人を無視して、じいさんと親父はトー巣を食い、逃げるように家を出て行く。幸平によると、スダもこの二人と同じで、朝早くに家を出て学校へ行くらしい。僕もそれにならうことにした。

 学校では誰とも話さず(みごとに誰にも話しかけられなかったぞ!)帰りは家に直行。

「帰りたくないらしいけど、行くところもないみたいだね」

 と幸平が言った。悲しすぎるぞ、スダ。

 夕飯になると采配争いは過激さを増していく。母とババアが別々に作った夕食を、男たちは黙って平らげるはめになる。二人分を毎日だ!スダが学校では何も食べないのはこの夕食のせいなのだ。そのあと、テレビを見たければ、居間でずっと座っている母親の苛烈な愚痴を聞かされる(ババアの悪口だけじゃない、夫と息子も気に入らないらしく、どうしてお前はそんなに頭が悪いんだ、やぱり父親に似たか、と言われる。いったいどこのホームドラマだ、これは?)

 一週間が経過するころには、この家で生活する唯一の方法がわかった。

 できるだけ自分の部屋から出ないことだ。精神的に落ち着いているにはそれしかない。

「どう、慣れた?楽しい?中学生」

 窓から幸平が現れた。笑顔が妙に腹立たしい。

「楽しいわけないだろうが!とんでもない家だぞ?自分の部屋がなかったら今ごろ神経症だ!」

 今日はじめてまともにしゃべった。自分の声でない声で。未だに慣れることができない。はじめは歩くのもぎこちないくらいだったんだ。しばらく空を飛ぶ生活をしていたからかもしれないし、単に自分の体じゃないからかもしれない。足をどう動かしていいかわからなくてガタガタだったのだ。さすがに今は歩けるけど。

「前から凄いなーとは思ってたんだけどね。ここのおばあさん」

「ババアもひどいけど母親もひどい」

「たぶんおばあさんのせいだと思うよ。昔は優しいお母さんだったんだよ」

「そんなことより、いつまでここでスダユウイチやってりゃいいんだよ?」

「やぱり抜けられないの?体からは」

 目を閉じて精神集中してみる。毎晩試しているが、ダメだ。

「何年か辛抱したら学校卒業できるから、家出すれば?」

「簡単に言うなよ。僕の体じゃないんだぞ?だいいち、こんな変なやつになるくらいなら死んでやる!」

「死んでるよりはいいと思うけどな……」

 幸平がうらやましそうな目でじっと僕を見た、そういえばユーレイなんだっけ、幸平は。

「ごめん。でもさ、僕がこの体使ってるってことは、本物のスダはどこへ行ったわけ」

「抜けてどっかいっちゃったんじゃない?生き霊みたいにさ」

 最初に学校に来たときのことを思い出す。スダはたしかこっちを見ていた。確かに僕が見えていた。目が合ったんだ。あのときのスダはどこへ行ったんだ?

「まさか死んだんじゃないだろうな」

「わからない。不思議だなあ」幸平はまたいつもの口癖を発した「もしかしたら眠ってるだけなのかもしれないしね。岩本君の特殊技能ってことでいいんじゃない?とりあえず」

 一回取り付いたら抜けられない特殊技能……なんて迷惑な。

「一応梶村さんとサミに聞いてみようかな。たぶん心当たりないと思うけどね。サミにはもう事情説明したんだけど、なんか機嫌悪いんだよね、最近」

「何で?」

「岩本君が来ないからじゃない?字室君も行方不明だから話す人が減るでしょう?」

「へーえ」

 ユーレイたちの紅一点、サミは、どうやら人が来なくなると不機嫌になるらしい。女王様だなあ。

 幸平が帰ったあと、僕は英語の宿題を片付けることにした。中学生の宿題なんてすぐに終わるさ……たぶん。


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